挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
16/470

15 楽園を失うとき

 今日も今日とて怠惰を貪る。
 あー、マイホーム様様だわー。
 食事は勝手に向こうの方からやって来てくれるし、防犯もバッチリだから危険なダンジョンの中でもぐっすり安眠できる。
 硬い床には柔らかな糸を敷いているから、寝心地も最高。
 日課になりつつある糸だしをしながら、ゴロゴロとくつろぐ。
 あー、幸せ。

 思えば前世はかなり忙しなく毎日を送ってたんだなー。
 私はそんな自覚はなかったんだけど、今考えると平均睡眠時間4時間ってどうなのよ?
 前世の私の生活サイクルは、朝起きて学校行って、終わったら家に帰ってきてひたすらゲーム、深夜の眠気がピークに達したところで寝る。
 そんな生活だったからなー。
 ゲームをやるのは楽しかったけど、今思うと、やらなきゃならないって義務感が無きにしも非ずだった。

 ネトゲの非課金でありながらトッププレイヤーに混じれるっていう、誇りと周囲の期待に応えようとして、つい自分のキャパシティを超えていた気がする。
 こんな私が、周囲の期待に応えるとか、何の冗談だって気持ちよ。
 唯我独尊。
 他人の目なんか気にしない。
 そう思ってたけど、ちょっとだけはそういう人間らしい感覚もあったんだなーって、この生活をするようになってから気がついた。

 だから、今の本当の意味で何もすることがない生活をしてみると、全てを投げ出してやったという解放感があった。
 最初のうちは、暇になったら耐えられなくなるかも、っていう不安があったけど、杞憂だったみたい。
 ネットもゲームもない環境は、確かに暇だけど、耐えられないわけじゃない。

 どうも私は普通の人より幸せを感じる基準が低いみたいだ。
 ぶっちゃけ生きていられればそれだけで幸せだ。
 食と住が保証されている今の生活は、この上なく幸せだ。
 いっそこのままここで一生を過ごしちゃおうかと思うくらいだ。
 蜘蛛としても寿命がどのくらいあるのかは分かんないけどね。

 ただ、そうは思うけど、いつかはこのマイホームを離れなきゃいけないだろうなと思う。
 不測の事態、環境の変化、巣を破ってくるような強敵の出現。
 いつになるかはわからないけど、その時はやってくると思う。
 変わらないものなんてない。
 だから、その時が来るという覚悟はしておこう。



 そう決意したけど、早すぎるよ!
 覚悟できてないよ!

 慌てふためく私の視界の先には、炎上するマイホームの入口の一つがある。
 ウトウトと眠りについていたところに、急に火の手が上がった。
 私が丹精込めて作り上げたマイホームは、何の抵抗もできずに火の海に徐々に飲まれていく。
 無敵を誇った私の蜘蛛糸、火に弱いというまさかの弱点が判明してしまった。

 しかしなんで急に火の手が?
 その答えはすぐにわかった。
 人だ。
 火の奥に人間の男がいた。
 その手には松明が握られている。
 あれの火を使って私のマイホームを燃やしたに違いない。

 まずい。
 火に遮られてよくは見えないけど、男の後ろにも何人か人の姿が見える。
 火をつけたのが偶然であるとは思えない。
 明らかに、蜘蛛の巣を警戒しての行動だろう。
 そうなると、巣の奥に私という蜘蛛の魔物がいることも認識してるに違いない。

 このままここにいると、火に巻かれて死ぬか、人間に追い詰められて死ぬかの2択しかない。
 幸いまだ火の手は私のところまで届いていないし、逆側の脱出路から出れば人間に追いつかれることもないはずだ。

 私はもう一度だけ、マイホームの中を見回す。
 転生してから今までの大半をここで過ごしてきた。
 丹精込めて作り上げた。
 色々な発見をしたのもこの場所で、その度に一喜一憂した。
 今まで私のことをずっと守ってくれたのも、この場所だった。
 下手をしたら、前世の自分の部屋以上に愛着があるかもしれない。
 それだけ濃い時間をこの場所で過ごしてきた。

 私は駆け出した。
 火の手とは反対方向に。
 複雑に張られた蜘蛛の巣を、器用に通り抜けていく。
 最後の網。
 そこを越えればもう二度とこの場所には帰ってこれない。
 そこを越えればもう安全なんてどこにもない。

 それでも私は迷わずに最後の網を潜る。
 振り返りたい衝動にかられたけど、そんなことはしない。
 今は少しでも遠くに逃げることを考える。

 こうして私は、マイホームを追われることになった。



 余談だが、マイホームに火を放った冒険者たちは、その後、マイホームの中央に放置されていた、大量の私の糸玉を発見したらしい。
 そこまでは運良く火の手がまわらず、彼らはそれを回収。
 その糸を使った服がとんでもない高額で取引されたという。
 中にはどこぞの国の王様までそれを購入したそうで、一時期話題になったのだとか。
 私がその事実を知ることになるのは、もっとずっと後のことだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ