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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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Y2 そして戦争は始まった

 魔族軍に動きあり。
 僕がその報告を耳にしたのは、つい今朝のことだ。
 魔族領に潜入していた密偵からもたらされた報告だ。

「ついに来ましたか」
「そうだね。来ないほうが僕としては良かったんだけど」
「ユリウス、そういうわけにもいかねーだろ。お前が戦いを好まないのはよく知ってるが、人族と魔族は宿敵同士。いつかこうなることはわかってただろ?」
「そっすな。先代の勇者様が亡くなってから魔族も活発になってましたし、ワイはむしろ良く持った方だって思いやすがね」

 聖女のヤーナ、元冒険者のジスカン、元盗賊で今は改心したホーキン。
 仲間たちが言うように、先代勇者様が亡くなってから今まで、魔族は活発に活動していた。
 それが大規模な戦争に発展することもなく、今まで小競り合いだけで済んでいたのは、むしろよく持った方なのかもしれない。

「それで、魔族軍はいつごろここに?」
「今ハイリンスが確認に行っています。もうそろそろ、あ、戻ってきましたね」

 ヤーナの言葉に振り向けば、そこには小さい頃から付き合いのある幼馴染にして、クオート公爵家の次男であるハイリンスがこちらに向かって歩いてきているところだった。

「ハイリンス。どうだって?」
「ああ。進軍速度からして、明日にはこの砦に到達すると予測されてる」
「そうか。いよいよか」

 戦争。
 僕は勇者になってからというもの、日々戦いの中で生きてきた。
 けど、今回ほどの規模の戦いは初の経験だ。
 それは何も僕だけじゃない。
 先代勇者様の時代は大規模な戦争がなかった。
 だから、ここまでの規模の戦争を知るのは、今はもうほとんど生き残っていない、先々代の勇者様を知る世代となる。
 その世代になると、長命な種族でもない限り、ほとんどの方が戦うこともできないご老体だろう。
 つまり、この戦争に参加する人族は、皆ここまでの大規模な戦争を体験したことがないことになる。

 対する魔族は人間よりも長命だ。
 中には先々代勇者様と同じ世代か、さらに古い世代の魔族がいてもおかしくない。
 その経験の差がどう出るか。

 それに、単純な戦闘能力も魔族は高い。
 人族よりも優れた身体能力に、人族よりも優れた魔力。
 そして、人族と変わりない知性。
 ステータスの劣る人族が、ステータスの高い魔物相手に戦えるのは、スキルの力と知恵の力が大きい。
 けれど、魔族にそれは通用しない。
 なぜなら、魔族も人族と同じスキル、知恵を使いこなすのだから。

 正直に言うと、怖い。
 けど、勇者である僕が不安を表に出すことは許されない。
 人族の希望である僕が、そんなことじゃ、みんなまで不安に思ってしまうだろうから。

 僕は不安を隠すように、首に巻いたマフラーを軽く握る。

「前から気になっていましたけど、その首巻きはなんですか?暑い時でもしていますよね?」
「これかい?これは、母様の形見なんだ」

 真っ白い、何の飾り気もない首巻き。

「これは、母様がシュンを産んで亡くなる前に、僕に編んでくれたものなんだ」

 母様はシュンを産んですぐ、体調を崩してそのまま亡くなってしまった。
 折しも魔族が活発化し、僕が勇者となった時と重なるようにして。
 父上は母様を失った悲しみを背負いながら、それでも国王として忙しく働いていた。
 そのせいでシュンとスーとは疎遠になってしまった。
 時間が経てばきっと親子として普通に接することができるようになると信じているけど、今は二人共学園に通っているはずだ。
 卒業するまでは父上には我慢してもらうしかない。
 あの二人が学園を卒業したら、きっとすごいことになっているに違いない。

「そう。そうでしたか」

 ヤーナが言葉に詰まったようになる。
 しまったな。
 余計なことを聞いたとでも思ったかもしれない。

「ヤーナ、気にすることはないよ。もう吹っ切れたからね」
「ですが」
「そうそう。気にする必要なんかないぜ。むしろマザコンが!って言ってやるくらいでちょうどいいんだよ」
「ハイリンス、それはさすがに言い過ぎじゃないかい?」

 ハイリンスのおどけた口調に笑って返す。
 周りからクスクスという笑い声が聞こえた。
 これでいい。
 勇者の周りに暗い雰囲気は似合わない。
 フォローしてくれたハイリンスに感謝だ。
 やっぱり、持つべきものはよき理解者たる友だ。

「この首巻き、何で出来てるか知ってるか?」

 ハイリンスがヤーナに尋ねる。
 あー、それは教えないほうがいいんじゃないかな?

「普通の布ではなさそうですね。これだけ毎日着けているのに傷の一つもありませんし」
「そうそう。こいつはかなり特殊な素材で作られていてな。現在では入手は不可能と言われるほど貴重なものなんだ」
「え、そんなに貴重なものだったんでやすか?」

 元盗賊の性なのか、ホーキンの目の色が変わる。

「ああ。正解は、蜘蛛の糸でしたー!」
「い、く、蜘蛛ー!?」

 あーあ。
 ヤーナが椅子から転げ落ちる。
 ヤーナは虫が大の苦手だ。
 その中でも蜘蛛は一番苦手で、だから僕は今までそのことを黙っていたのに。

「うん?それ、もしかしてエルロー大迷宮の蜘蛛糸か?」

 話に食いついてきたのは、意外にもジスカンだった。

「うん、そうだよ。よく知ってたね?」
「ああ。冒険者の間じゃ、結構有名な話だからな」
「あ、ああ!エルロー大迷宮の幻の蜘蛛!思い出したでやす!ほっほー。これがその蜘蛛糸でやしたかー」

 へえ。
 結構有名だったんだ。

「え、なんですかその話?」

 ヤーナがおっかなびっくりといった様子で聞く。

「ああ。俺もまだ小さい頃の話なんだが、エルロー大迷宮でとある冒険者パーティーがタラテクトという名前の蜘蛛型の魔物の巣を焼き払ったんだ。この魔物は普通に戦えば弱いんだが、極希に巣を作ることがあってな。その巣がとにかく厄介で、見つけたら即座に焼くのが冒険者の暗黙の了解だったんだ。でだ、その焼き払った巣の奥から、大量の糸が発見されたんだ。驚いたことにそんじょそこらの魔法糸じゃ、全く敵わない非常に優れた魔力伝導性と、物理耐久力を持ったすごい糸がな。持ち帰られた糸はとんでもない値段で取引され、糸を持ち帰った冒険者は一攫千金を得たってわけだ。冒険者の成功譚としちゃ、結構有名な話だ」
「その後、タラテクトを捕縛するのが流行したそうでやすね。結局同じ糸を作り出せる個体は発見できず、幻の蜘蛛って呼ばれてるんでやすよ」
「へー」

 母様が使ったのはその糸で間違いない。
 聞いた話では、目利きのいい大商人が王家への献上品として、真っ先にその冒険者から買い叩いたものだったらしい。

 なおもその話題で盛り上がる仲間たちをよそに、ハイリンスが念話を飛ばしてくる。

[ユリウス、今回の魔族の動き、どうにも妙だ]
[何が妙なんだ?]
[敵は戦力を分散させて、人族領域に一気に攻め込んでくるようだ。だが、戦力を分散させる意味がわからない]
[何か思惑があると?]
[ああ。一点集中の方がはるかにいいはずなのに、わざわざ戦力を分散させるんだ。何かあると思っておいたほうがいい]
[その何かに心当たりは?]
[さてな。流石にそれは俺にもわからん。だが、油断はしないほうが良さそうだ]
[わかった。ありがとう]

 僕はザワザワとした嫌な予感がした。
 まるで、いつの間にか巨大な罠に嵌っていたかのような。
 けれど、勇者として、ここで逃げることは許されない。
 蜘蛛の糸で作られた首巻きを、僕はもう一度握り締めた。
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