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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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B1 魔王の側近は会議で溜息を吐く

 長い廊下を歩く。
 俺の斜め前には小柄な背中。
 俺よりも頭2つ分ほど低い。
 そのせいで歩く速度は俺に比べるとかなり遅い。
 おかげで俺は普段よりもゆっくりとした動きをしなければならない。
 難儀だが、だからと言って追い抜かすわけにもいかない。

 なぜなら、目の前を歩く少女こそ、今代の魔王なのだから。

 長い廊下を時間をかけて進み、たどり着いたのは一つの扉の前。
 そこで魔王様は歩みを止める。

 正直に言うと、この扉を開けたくはない。
 開けたくはないが、開けないわけにもいかない。

 俺は思わず漏れそうになる溜息をグッと飲み込み、扉を開け放つ。
 そして、魔王様に道を譲り、恭しく頭を垂れる。
 魔王様はそれが当たり前であるかのように、俺に一瞥もくれずに室内に踏み込んでいった。

 魔王様が室内に入っていったのを確認し、俺もその後に続く。
 音が鳴らないようにそっと扉を閉める。

 振り返った室内は、いわゆる会議室だった。

 魔王様が座るべき上座の席を中心に、円形のテーブルが部屋の中心にある。
 その円形のテーブルには、合わせて10人の男女が既に席についていた。
 魔王様の入室に合わせて起立したのはその中の半数。
 残り半数はそのまま席に座っている。
 問題は、その席に座ったままの奴らの中に、我が弟も含まれていることだ。

 また出そうになる溜息を喉の奥に押し戻す。
 魔王様の椅子を引き、着席を促す。
 やはり魔王様は俺に一瞥をくれることもなく、優雅さの欠片もない無造作な仕草でどかりと椅子に座った。

 居並んだ面々の何人かが顔を顰めるのを俺は見逃さない。
 多分魔王様も見逃していないだろう。
 その反応を見て楽しんでいるのだから当然だ。
 悪趣味だと思うが、ここで俺まで表情に出すと後で何を言われるかわからない。
 ポーカーフェイスを貫くのがこの魔王様に対しては一番有効なのだ。

「それでは、会議を始める。バルト」
「は」

 魔王様の開催の合図。
 それに短く答える俺。
 はっきり言うと、この開催の合図を出し終わった時点で、魔王様の出る幕はなくなる。
 会議の進行も、実務も全て俺が進めているのだから。
 正しくは、俺に押し付けている、だが。

「では、まず各方面の報告から聞こう。第一軍から順に報告を」

 この会議のいつもの流れで、それぞれ各地に展開されている軍の活動報告を聞く。
 俺の言葉に席を立ったのは、先々代の魔王の頃から将軍を務めるという、アーグナー第一軍団長。
 アーグナー殿は人間から見れば若々しく見えるだろうが、その実長命の魔族の中でも長く生きる古参のお方だ。
 何故この方が魔王を務めていないのか不思議になるほどの実力と器を持った方だ。

「第一軍はレングザント帝国の正面、クソリオン砦への進行準備が整いました。兵站も配備が完了しましたので、お声がかかればいつでも進軍可能です。以上となります」

 余計な報告を挟まず、端的に済ませるアーグナー殿。
 質実剛健なその気性が垣間見えるようだ。

「第二軍も同様です。ですが、もう少しお時間を頂ければ、裏工作が実を結ぶかもしれません」

 アーグナー殿の次に席を立ったのは、妖艶な美女だ。
 第二軍団長サーナトリア。
 彼女は魔族の中でも色香を武器にするサキュバス族だ。
 裏工作とは、おそらくその手の類のものだろう。

「どれだけの時間が掛かる?」
「早ければ2、3日中にでも」
「進軍に支障がなければ進めてよし」
「ありがとうございます」

 思わずドキリとさせられそうになる艶美な微笑を浮かべ、サーナトリアは席に着く。
 しかし、サーナトリアが席に着いても、次の第三軍団長はなかなか腰を上げない。

「コゴウ第三軍団長」
「あう。やっぱり、戦争になるだか?」

 俺の呼びかけに、巨体のコゴウがその体を縮めるようにして言った。

「どうしても、戦争は避けられないだか?」
「避けられんな。避けられるならそうしている」
「あう。どうしてもか?」

 なおも言い募るコゴウに、俺がくどいと答えようとした時、それを遮るように違う言葉が室内に響き渡った。

「どうしてもだ。しかしコゴウ第三軍団長、君がどうしても戦争を避けたいというのであれば、方法がないこともないぞ?」

 魔王様だ。
 その顔には残酷な悪戯を思いついたかのような、意地の悪い笑みが張り付いている。

「な、なんだか?」
「簡単なことだよ。第三軍全員で世界の礎になればいい」

 魔王様の言葉にコゴウが固まる。

「どうした?それで戦争は回避できるぞ?」
「す、すんません。もう言わないだす。だから、勘弁してくだせえ」
「コゴウ、これに懲りたら余計な口を出さないことだ。報告はあるか?」

 魔王様がなおもコゴウを追い詰めようと口を開く前に、俺はすかさず割って入る。

「全て順調だす」
「よろしい。次」

 魔王様は少し不満げな表情をしているが、これでいい。
 第四軍、第五軍、第六軍と問題なく報告が済んでいく。
 次の第七軍団長の番になる。
 しかし、その第七軍団長、俺の弟でもあるブロウは一向に席を立つ気配がなかった。

「ブロウ」
「兄貴、やっぱり俺は納得いかねえ」

 腕を組み、ふんぞり返りながらブロウは苦々しく告げる。

「なんで今まで魔族を取り纏めて仕切ってきた兄貴じゃなく、そこのポッと出の女が魔王なんだ?おかしいだろうが!?」
「ブロウ」
「兄貴も兄貴だ!どうしてそんな女に傅いてやがる!?そいつに兄貴が忠誠を誓うような器があるようには見えねえ!」
「貴様!魔王様に対して無礼にも程があるぞ!」

 溜まった鬱憤を吐き出すブロウに、激高したのは第五軍団長のダラドだ。
 ブロウとダラドは性格が合わないのか、度々こうして激突する。
 その度に周りが止めに入るのだが、今回は誰も止めようとしない。
 ブロウに同調するもの、ダラドに同調するもの、静観を決め込むもの。
 軍団長の反応はそんなところだった。
 ただ、心情はどうあれ、この場は皆静観を決め込むつもりのようだ。

「ブロウ、誰が魔王でも我ら魔族は魔王様に付き従うのが世界の摂理!それを忘れたか!?」
「知るかよそんなもん!あの女がそんなたまか!?俺はあいつがなにかしているところすら見たことねーぞ!?」
「我らごときが魔王様のお考えを疑うことなど許されると思うか!?魔王様には我らには想像もできぬような深遠なるお考えがあるのだ!」
「そういうのは思考することを放棄してるって言うんだよ!魔王の命令だからって理由でなんでもはいはい言えるわけねーだろうが!てめーで考えることも出来ないバカが、俺に意見してんじゃねーよ!」
「貴様、言うに事欠いて我のことを馬鹿だと!?」

 激しく口撃を交わし合う二人に挟まれて、第六軍団長のヒュウイがその童顔を迷惑そうに歪める。
 その他の軍団長は成り行きを見守っている。
 中でも、第四軍団長はその思考が俺でも読めない。
 第四軍団長メラゾフィスは、表情の抜け落ちた青白い顔で微動だにしない。
 この男は曲者ぞろいの軍団長の中でも特によくわからない存在だ。
 その動向には注意しているが、今のところ怪しい動きはない。

「上等だ!」

 ついにブロウが得物に手をかける。
 つられてダラドも得物に手を伸ばすが、その手が得物に届くことはなかった。

「な、体が」
「動かぬ!?」

 二人の体が本人の意思を無視して静止していた。

「悪いんだけどさー、下らないことで喧嘩しないでくんない?」

 まさにその喧嘩の原因である魔王様の辛辣な言葉。
 驚愕が室内を支配する。
 それは、動きを封じられた二人だけではなかった。
 彼らは魔王様がどうやって二人の動きを封じたのか、それがわからないのだ。

 それも無理はない。
 魔王様は今まで極力自分の力を見せなかった。
 今二人の動きを止めているのは目に見えないほどの細さの糸だ。
 その糸が二人の首の後ろに伸びている。

 マリオネットの糸。

 この糸に捕われたものは魔王様の操り人形と化す。
 それは生きているものに限らない。
 俺が知る限り、魔王様はこの糸で、戦闘用に開発された人形10体を同時に操り、敵を殲滅することができる。
 ただ、俺も知っているのはそこまでだ。
 魔王様はまだ俺にも奥の手を見せていない。
 魔王様はブロウが言うような無能ではない。
 魔王は魔王であるが故に魔王なのではない。
 魔王は魔王足り得るからこそ魔王なのだ。

「あんまり下らないようだと、私が直々に殺すよ?」

 壮絶な笑み。
 それを見て、この場で魔王様に逆らおうというものはいなかった。
 マリオネットの糸が引かれる。
 それだけで二人は強制的に席に座らさせられる。
 同時に糸は二人から離れ、そこでようやく体の自由が戻る。

「申し訳、ございません」
「…」

 ダラドが顔を青ざめさせて謝罪を口にするのに対して、ブロウは何も言うことができない。

「では第八軍の報告を」

 兄としては酷いかもしれないが、不抜けた弟はそのまま放置する。

「何も問題ないよ」

 第八軍団長ラースは言葉短にそう告げるだけだった。
 この男はあまり魔王がどうのといった事に興味を示さない。
 代わりに、別のことでいろいろと問題があるのだが、この場では特にそれは関係がないので大丈夫だろう。

 問題は、残りの二人だ。

「第九軍も問題なく進軍可能だ」

 その男は一言で言えば黒い。
 まるで体と一体になったかのような黒い甲冑。
 わずかに顔に見える浅黒い肌。
 髪も黒い。
 ただ一点、目だけは異様なほど赤い。
 その男は、名前さえわからない。
 ただ、黒と呼ばれる。

「第十軍、問題なし」

 そして、その黒の男の隣に座る少女は真逆の白。
 着ているローブは純白。
 晒された肌も異様なほど白い。
 三つ編みにされた長い髪も白い。
 目を閉じているため、全ての色が白だった。
 この女も、名前さえわからない。
 ただ、白と呼ばれる。

 魔王様が魔族軍の幹部に加えた二人。
 その素性はわからない。
 わからないが、想像はできる。
 この二人、おそらくは支配者だ。
 この世界を裏から操ると言われる、支配者。
 そのうちの二人なのだ。

 魔王様がどうやってそんな二人を配下に加えたのか、俺には知る由もない。
 ただ、その圧倒的なまでの不気味さに、どうしても警戒心が沸く。

「うんうん。順調だね」

 ご機嫌そうに頷く魔王様。

「じゃあ、戦争を始めようか」

 そして、その言葉で、魔と人の、最悪とも言える大戦争が、静かに幕を開けた。
 俺はその事実に、ひっそりと、溜息を漏らしたのだった。
新展開突入です。ちょっとだけ本編はお休みして、人魔大戦編に突入します
+注意+
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