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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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S1 日常が終わった日

 その日は、何の変哲もない日だった。
 学校に行って、友達と駄弁って、授業を受けて、家に帰ったらゲームして、飯食って風呂入って寝る。
 そんな、在り来たりな日になるはずだった。



 俺はその日、眠い目をこすって学校に向かっていた。
 前の日にオンラインゲームで、夜遅くまで遊んでいたツケが来ていた。
 運良くハゲさんと一緒の野良パーティーに入れてもらえたので、時間を忘れて夜通し遊んでしまった。

 ハゲさんというのは、俺が遊んでいたオンラインゲームのちょっとした有名人だ。
 その呼び名の通り、ハゲ頭の渋いオヤジのアバターを使った人で、無課金、極端なステ振りのロマン仕様、という、凄まじいキャラを使いながら、巧みな操作で第一線を張るというとんでもない人だ。
 キャラ作りの為か、チャットですらほとんど会話もしない、渋すぎるプレイスタイルに惹かれるプレイヤーは多い。
 そのハゲさんと一緒にプレイできるのだから、無駄にテンションが上がってしまったのは仕方がないだろう。

 学校につき、欠伸を噛み殺しつつ教室に入る。

「はよー」
「おはよう」
「オッス。…どした?すんげー眠そうだけど」

 俺は同じクラスの友達、笹島京也(ササジマキョウヤ)大島叶多(オオシマカナタ)に挨拶をする。
 この二人は俺と同じゲームで遊ぶ、いわゆるゲーム仲間だ。

「おう、聞いて驚け。昨日ハゲさんと野良パーティー組んだ」
「マジで!?」
「おう、マジマジ。おかげでほぼ徹ゲーしちまった」
「うわー。マジかー。あれか?俺が落ちた後か?」

 叶多は途中まで俺と一緒に遊んでいた。
 けど、そろそろ寝るからといって先にログアウトしていた。

「チクショウ。それならもうちょい粘っておけばよかった!」

 本気で悔しそうな叶多。
 けど、叶多が抜けたから野良パーティーを募集したんであって、叶多がそのままインしていたら、ハゲさんと一緒になることはなかっただろう。

「で、で。間近で見たハゲさんってどうだった?」

 京也に聞かれて、俺はハゲさんの勇姿を思い出す。

「あれは人間業じゃないわ。べスベルウィッチの魔法を、前進しながら避けるとか信じられるか?」

 べスベルウィッチは、上級ダンジョンのボスなんだが、こいつがまたエグい。
 ネットでは「別ゲー」「弾幕」と呼ばれるくらいで、とんでもない量の魔法攻撃を連発してくる。
 このボスの厄介なところは、魔法の切れ目がないことだ。
 隙というものがなく、放っておくとずっと魔法をぶっぱなし続けてくる。
 普通は魔法防御力を底上げして、削り合い覚悟で特攻するか、盾役の後ろから、同じく魔法で応射するかして倒すのがセオリーだ。

 それを、ハゲさんは真正面から、すべての魔法を躱して懐に飛び込み、切り伏せてしまったのだ。
 そりゃ、驚いた。
 リアルで口を開けてぽかーんとしてしまったくらいだ。

「さすがハゲさん。韋駄天の二つ名は伊達じゃないね」
「いや、いくら素早さガン振りでも、腕がなきゃそんな芸当できねーだろ。やっぱ最後にものを言うのはこれだよ」

 叶多が自分の腕を叩きながら言う。
 確かに、同じステータス、同じ装備でも、ハゲさんと同じことができるとは思えない。

「あー。もっとうまくなりてー」
「今日終わったらレベル上げやるか?」
「いいよー」
「俺も賛成。なるべくキツイとこでトレーニングしようぜ!」

 話がまとまったちょうどその時、チャイムが鳴った。
 そのまま解散し、それぞれの席に着く。
 その約束が果たされることはないと知らずに。



「あれ?」

 席について授業の準備を始めて、俺は筆箱が鞄の中にないことに気づいた。
 そういえば、ゲームの情報をノートにまとめるために、使った記憶があった。
 多分そのまま鞄にしまい忘れてしまったんだろう。

「あちゃー」
「どうしたの?」

 俺の声に隣の席に座る、長谷部結花(ハセベユイカ)が反応した。

「筆箱忘れた」
「ありゃりゃ。仕方ない。あたしの貸してあげるよ」

 長谷部はそう言ってシャーペンと消しゴムを渡してくる。

「悪い」
「うむ。お菓子1個で手を打とう」
「無償じゃねーのかよ」

 苦笑しつつ了承して手を振る。
 やっぱりその約束も、守れないと知らずに。



 そして、その時は来た。

 それは古文の授業の時だった。
 眠い。
 俺は猛烈な眠気と戦っていた。
 教壇には岡ちゃんの愛称で呼ばれる、小柄な教師が教科書片手に、古文の朗読をしている。
 ほとんどの生徒は机の上に広げた教科書に目線を落としている。

 俺は必死に眠気を振り払い、ふと顔を上げる。
 目に入ったのは、左前の席に座る女子生徒の姿だ。
 リホ子と呼ばれるやつだ。
 本名ではない。
 リアルホラー子、略してリホ子だ。

 ガリガリに痩せていて、青白い顔に、いつも陰鬱な表情を浮かべている、不気味な女だ。
 あんまりこういう人の悪口を言いたくはないんだが、そうと分かっていてもどうしても相容れない感覚がした。
 リホ子は眠気と戦う俺を嘲笑うかのように、堂々と居眠りをしていた。
 苦々しい気分になりながら、リホ子から視線を外す。

 そこに、それ(・・)はあった。

 それは、亀裂だった。
 教室の中で、俺以外にそれの存在に気づいていた奴はいなかっただろう。
 ちょうど教室の真ん中、その頭上で、何もないはずの空間に、亀裂が走っていた。
 亀裂としか言いようがなかった。
 しかも、それは段々と大きさを増していく。
 今にも割れそうになる亀裂。

 俺はそれを見ても、呆然としているだけで何もできなかった。
 何か出来たとしても、多分結果は変わらなかっただろうが…。

 亀裂が盛大に割れる。
 それと同時に感じる凄まじい激痛。

 そして、俺は、俺達は、死んだ。
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