31話「男の背中」
俺は非常に疲れている。
触るな!読者の諸君……絶対に俺に触るんじゃないぞ!筋肉痛だから。
朝から阿修羅商店街で痴漢に間違えられて警察に追われるし、大学とバイトで体はクタクタだし……風にあたるだけで体が痛い。
そして今、俺はとんぼ町から3キロ離れた『強者集い体育館』通称バトルクラブの玄関前にいる。
なぜ俺がこんな血の気の多い場所に来たかと言うと。
《体育館内》
「おぉ〜来たか完助君……ん?どうした、フラフラじゃないか?」
「よう友蔵ジィさん。筋肉痛なんだよ、体に触ったらチョキで殴るぞ」
そう、こういうイベントには毎度一撃家が関わっている。
なんでも今日は拳使郎の強者集い体育館ボクシングの部でのデビュー戦らしい。
とりあえず俺は友蔵の隣のパイプ椅子に腰掛ける。
「……で、今は誰が戦ってるんだ?」
俺の質問に答えた恥芽。
「見ればわかるでしょ、お父さんだよ」
あ〜本当だ、眼鏡を外してモヒカン頭で悪徳プロレスラーみたいな格好をしている光太郎さんだ。
普段は大人しそうな格好をしてるから気がつかなかったな……ハハッ(疲れているのでローテンション)
「Iam.CHAMPION!ハッハッハッハッ!!」
光太郎さん……キャラ変わってるし、ちゃっかり勝ってるし。
「なんでプロレスなんだ?」
「今日のメインは拳使郎の試合なんじゃがな、この体育館では年中無休で様々なジャンルのバトルが繰り広げられているんじゃよ」
「あっそ、あまり俺には縁のない場所だな。なんでジジィと仲の良いピョン太を誘わなかったんだよ」
「誘ったんじゃがな、シュバリエ君の仕事に興味があるから彼女に付いていくそうじゃ(ストーカー)」
「あぁ、じゃあ今ごろウサギのヤツ死んでるな(ストーカーだから)」
光太郎さんがタオルで汗を拭きながらリングを降りて俺の席のとなりに座る。
くっ……汗臭い、この臭いによく耐えられるな恥芽よ。
「ところで愛子さんは?」
「愛子なら拳使郎のセコンドですよ」
光太郎さん、いつものキャラに戻ってる。
ジャジャーン!
『赤コーナー!とんぼ町の赤い猛獣!いちげき〜けん〜しろ〜う〜!!』
激しい音楽とともに現れた赤い髪に染めた拳使郎。
おいおい父親が父親なら息子も息子だな。まぁ拳使郎は普段茶髪だから真面目な光太郎さんの真っ黒な髪よりマシだけど。
つーかセコンドの愛子さんのほうがバトルオーラの量が多く見えるのは俺の気のせいだろうか?
『青コーナー!とんぼ町の殺人マシーン』
ドキッ!
まさか東野さんか!?
『ゴリラ〜ン・バナ〜ナ〜ン〜!!』
誰だよ!
身長めちゃくちゃ高すぎだろ!2メートルは軽く超えてるじゃん!しかもゴリラみたいな顔で筋肉ムキムキ!名前は適当!
「アイツ何歳だ恥芽?」
「13だよ」
マジか!あの顔で拳使郎より年下かよ!
カァァン!
ゴングが鳴り、愛子さんの声が体育館に響き渡る。
「拳ちゃん!がんばって!相手をよく見るのよ!」
ドカドカドカドカドカドカッ!
確かに拳使郎は相手をよく見て殴られてるな。
フックやアッパーが見事に決まる。まるでサンドバックだ。
確かに拳使郎は強いが相手は大人でもビビるビックゴリラだぞ。
パンチが速すぎて見えないし全部顔面に直撃させている。
大丈夫かよ拳使郎のヤツ?まさかカウンターとか狙ってるんじゃないだろうな?
「マズいですね父さん。相手はゴリラ並のパワーを持っているし、なにより速い」
「うむ、フェイントも完璧じゃ。拳使郎は全てにおいて負けておる……が!」
なんだ?なんか勝つ見込みでもあるのか?
「なんです父さん?」
「もうすぐ来るわい!」
なにが来るんだ?
「あれ?お母さんがいない」
恥芽が気づいた、確かにセコンドにいた愛子さんが消えている。
そのとき体育館の大きな扉が開いた。
キィィ……
なっ!!
終羽里!?
愛子さんと一緒に終羽里がいる……どーなってんだ?何でココに終羽里がいるんだ?
「愛子さんに頼んで終羽里君を電話で呼んでもらったのじゃ……これで拳使郎は強くなるぞ!」
強くなる?拳使郎に終羽里の姿を見せていつもの‘ドキーン’状態にさせようというのか?
こんなに多くの人がいるのに終羽里に気付くわけが……
……ミテル
拳使郎のヤツ、殴られながら終羽里の方を‘超’見てる。
「うおぉぉ!パワー全開!くらえゴリラ野郎〜!!」
ボッコォォン!!
ゴリラの腹に拳使郎の右ストレートパンチがめり込んだ。
ゴリラは涙を流して悶絶した。
拳使郎の完全勝利である。
カンカンカァン!
『勝者!一撃拳使郎!!』
「ハッハッハッ、見事じゃ拳使郎!今日の家訓は‘一触即発’にして正解じゃたな!」
どのへんが正解なんだよ?
「おめでとう拳ちゃん!」
喜ぶ愛子さん、そして未だ状況が飲み込めない終羽里。
「カッコイイな〜兄ちゃん、僕も早くリングに立ちたいな〜」
「ハハッ恥芽には十年早いよ」
才能ないからってソレはヒドいぞ光太郎さん。
「どうだ見たか女!俺の逞しい背中を!ほ……惚れただろ!?」
レイを着けた拳使郎がココで再び終羽里に告白した。
「……誰あなた?」
拳使郎は砂と化した。
もちろん一撃家のメンバーは拳使郎のフラれ姿を悲しんだ。
「終羽里、そいつ拳使郎だよ。髪が赤いからわからなかっただろう?」
「……ふ〜ん」
薄い反応、やっぱりダメだな……終羽里に拳使郎を惚れさすなんて。
「……私は兄さんが試合に出るって聞いて来たんだけど」
はい?
「ご、ごめんなさい完助君。そうでも言わないと終羽里ちゃん来てくれないから」
そりゃないよ愛子さん!
「……がんばってね兄さん」
ガァァァァン!
この日、俺こと此似手完助は生まれて初めて臨死体験をした。