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逆ハーレムには恒例の『呼び出し』を受けました……っ

作者: 天羽 月奈

前々から思っていた『呼び出し』について、形にしてみました。

 朝、下駄箱に入っていた『呼び出し』の手紙に、私は一日中身体の震えが止まらなかった。

 心臓が早鐘のように打ち、知らず知らず、手には汗をかいている。

 誰にもつけられていないことを確認して―――呼ばれた教室に入った。


「来てくれたわね、水城さん」

「……はい。菅原様」


 にこ、と笑って迎えてくれたのは、二つ上の菅原美智子先輩。

 天使の輪が常にある艶やかな黒髪をストレートに伸ばし、すらっとしたモデル体型は女子なら誰しも羨むものだ。しかも、成績も学年トップで副会長の右腕だと自他共に認められているほど。才色兼備とは、彼女の為にあるような言葉だ。


「どうして私に呼ばれたか……分かってるわよね?」

「……そ、れは」


 声が震えるのが止められなかった。

 カーテンの閉められた部屋は、少しだけほの暗い。


『放課後、この場所で待ってるわ 菅原美智子』


 地図と共にいれられていた手紙はそんな内容だった。

 しかし、この部屋にいるのは彼女だけではなかった。

 菅原様の取り巻きが数人。憎憎しげに睨み付けてくる。

 それに希望を見出して震えたのを、菅原様は別の解釈をしたようだ。


「皆もやめて。威嚇しないで。私は彼女とお話をしにきたの。……話は杜若かきつばた様達のことよ」

「……達?」


 不思議に思って首を傾げると、そうよ、と菅原様は静かな瞳で見つめられた。


「ええ―――私達、『杜若』だけではなく、『葵』や『柏』、『桐』『橘』の者達も貴女の事を疎ましく思っているの」

「そうよ! 皆の『若様』たちを、貴女一人で独り占めなんて―――!」

「やめなさい。静かに聞けないのであればここから出て行くという約束よ」

「……っ、すみません」


 『杜若』『葵』『柏』『桐』『橘』―――それは、この学園の生徒会を指し示す言葉だ。

 この学園は、100年ほど続こうかという程の歴史ある学校だ。

 そうして、この学校の生徒会は『五紋』と呼ばれる旧家が代々勤めている。稀に例外はあるが、歴代で見れば本当に稀だ。

 それが、先ほど菅原様が言った『杜若』『葵』『柏』『桐』『橘』の五つ。

 それぞれが起こった時代も古く、歴史もあり、未だ現代社会で多大なる権力を持っている家だ。

 そして、菅原様は『葵』の家紋を持つ男―――葵木あおき 玲央れおの親衛隊長である。

 新鋭隊というのは、数ある夢小説や漫画などで書かれているとおり、ある人を好きで立ち上げたサークル的なものの本格派バージョンといったところだが、この学園の親衛隊はどちらかというと『盾』的な役割が大きい。

 多大なる権力を持つ『五紋』の御曹司達には非常に面倒ながら権力闘争がつきまとう。

 それが御曹司達に危害を与える前に事前に止める役目を負うのが、『新鋭隊』別名『五紋の盾』だ。ただ、発足時はそうだったのかもしれないが、今となってはどちらかといえば『ミーハー』的要素のほうが多い。容姿も頭のほうも優れている御曹司達に熱をあげるご令嬢達は多い。『五紋の盾』の本当の意味を理解しているのは、隊長と守られている側の御曹司達だけではないだろうか。

 いや―――守られている方も、守られている側だからこその驕りによって増長しているところがあるから一概にそうとは言えない。顔と権力を持つものは、得てして人間的に欠けている部分が多すぎる事を、私はよく知っている。


 どちらにせよ、今目の前にいる『葵の盾』は『盾』としての本当の役割を理解している部類だ。


「それで、お願いなのだけど―――彼ら『五家』から離れてくれないかしら」


 お願いといいつつ、その願いを拒否する意思は与えられていない、有無を言わさぬ口調に、私は今度こそ、ぶるりと震えた。

 目の前が霞み、目頭が熱くなる。


「つまり、私達にとっても『五家』にとっても、貴女は邪魔なのよ。彼らは貴女のことばかりで、仕事はしているけれど、そろそろ『新鋭隊』の者達の不満が爆発しそうだから―――!?」


 彼女の淡々とした言葉は、私の心を貫いた。

 ああ、本当に嬉しい。

 やっと、だ。

 やっと来たのだ!

 私のターンだ!! 待ってた! 本当に、いつくるかって待ってた!!


 思わず、そのスレンダーな身体に飛びついた。

 驚いて身を硬くした彼女たちに、私はぼろぼろと感極まって涙を流しながら驚いている菅原様を見上げる。


「ちょっと貴女何して―――!?」

「嬉しいっ!!」

「―――え?」


 隣から制止の声が聞こえるのを無視して、心のままに叫ぶ。


「ああ、本当に嬉しいです、菅原様っ! やっと、やっと来たと思って―――本当に、本当にありがとうございます!! いじめが酷くなかったのは嬉しかったのですが、もう呼び出しが遅いから実は全員がグルで、私の逃げ場をなくしてるのかと思ったんですよ?! その想像が恐ろしくて恐ろしくて…………っ、今日の朝、菅原様の手紙を見たときの私の喜びは口に出せないほどでしたっ!! この喜び、分かってくれますか!? 分からないでしょう、やっぱり……。今日一日、この時間が楽しみで楽しみで、今日ほど良い感情で早く授業が終わってほしいと願った事はありませんでした……っ! 清和様だとお話を聞いて貰えないかも知れなかったので、呼び出しをしてくれたお相手が菅原様だった事にも、大嫌いな神に感謝したくなるくらいで―――よかったです、これで、これで、やっと、やっと私の生活に平穏が…………っ!!」


 くッ、と声を詰まらせて、さめざめと泣いた。

 あの地獄の日々が終わるのだ。

 いつまでたっても来ない『呼び出し』に不安で押しつぶされそうになったが、本当によかった。

 あと少しだけ我慢すれば何とかなるはずだ。

 うれしい事に、明日はパソコンの授業の日。マイパソを持ってきても怪しまれない、絶好の機会。

 この嫌な、地獄の日々から開放され、せめて日常生活だけでも平穏にっ!!


「……っ、て、待って、落ち着いて……っ? どういう事か、わからないのだけれど……」

「―――っ、あ、ごめんなさい、菅原様、親衛隊の先輩たちも……興奮してしまって……」


 正気に返ると、先ほどの自分の行動が恥ずかしい。

 高校生にもなって、殆ど関わりのない先輩に泣き縋るなんて。それも、学園のトップをひた走る憧れの元となる先輩なら尚更だ。


「えぇっと……」


 困った顔をして何を聞こうか迷っている菅原様に、私は笑顔で答えた。


「はい! とりあえず、私を彼らから引き離すお手伝いをお願いしたいですっ!!」

「「「……はい?」」」


 彼女たちの呆然とした顔は、それでもやはり、美しさは崩れていなかった。






―――水城里奈、16歳。


 幼い頃から美麗家族に囲まれ、彼ら全員、性格がぶっとんでいた為に『平穏』『平凡』を切実に望むようになった彼女は、女子高校生になった今、異様に達観した感性の持ち主となった。

 転生していたことも、その感性に一役買ったのだろう。

 しかも、その転生した世界が『Heaven lovers~夢の学園生活~』とかいう乙女ゲームだったことにもよる。里奈は転生しただけでも異常事態だと思っていたのに、乙女ゲームとか何ソレ鬼畜……っ!と愕然とした。思わぬ出来事に、気づいた初日など体調不良で早退した。

 まあ、キャラがドン引きするほど濃い美麗家族から離れたくて寮生活を希望したのだから当然である。

 主人公は当然の如く、転校生。KYな天然純粋っ子だ。

 そして、里奈の役は―――主人公の隣の隣の隣のクラスのクラスメイトAだった。

 その時だけは感謝したのだが、残念な事に神様は笑って里奈を絶望の縁へ叩き落した。

 つまり、何故か、生徒会の面々と関わりを持ち、そうして、何故か、気に入られる……という、ある種の王道をひた走ってしまったのである。

 絶望のうちに絶望した里奈は、ひたすら『その機会』を狙っていた。


 こういうパターンの時に必ず訪れる試練―――すなわち『呼び出し』を。


 しかし、生徒会の親衛隊はまともだった…………里奈にとってひじょうに不幸な事に。

 ゲームの中では簡単にいじめや呼び出しが行われていたが、現実は責任が負わされる為、そうそう安易な手を使えないらしい。当然の事であるが。その事実を知った時、里奈はショックで寝込んだ。

 新鋭隊隊長達が隊員を宥めすかしてくれていたおかげで、里奈の生活は平穏だった。

 …………美形達がよってたかって話しかけてくる、その非日常以外は。


 そして今日、やっと里奈は呼び出しを受けた。


 里奈は心の底から喜んだ。

 今日だけは、いつもの対美形用鉄仮面もなりを潜め、美形達に笑顔を向けて相槌をするくらいに喜んだ。


 そう、彼ら―――生徒会から自分自身を守ってもらうため『交渉の場』を望んでいたのだ。


 一般女子高校生の里奈が全生徒の憧れ『五紋の盾』と会うなどという目立つような事が出来るはずがない。しかし『呼び出し』ならば別だ。生徒会達にばれない秘密裏の場所と時間を、向こうが勝手に用意してくれる。それも、女子の間では暗黙の了解というやつで里奈が呼び出された事実も出回っているので、変な場所を歩いていても気にとめたりしない。


 これほど『五紋の盾』と話をする機会を得られる時など存在しないだろう。


 そうして、その機会を思う存分活用するため、里奈は必死に説得した。


 ―――明日、水城里奈は視聴覚教室にて菅原美智子の呼びかけによって集まった『五紋の盾』の主要人物たちに『水城里奈の主張――私は平穏・平凡を手に入れたい――』を上映する。




 『呼び出し』を受けた方が『呼び出し』をした方に助けを求めたら、凄くいいんじゃないのかなーと思っていたので、形にしてみました。

 この後、里奈は親衛隊に切実に訴えます。

「私はっ! 本当に! もう! 美形と絡むのは嫌なんです! 美形共が全員ぶっとんだ思考の持ち主とは言いませんが、既に私の中ではそういう常識が出来上がっているので!! お願いしますっ! 彼らから私を! 私を守ってください!!」

 女同士が利害の一致をして結束すると、最凶に心強いと思います。

 里奈の家族を『写真』だけで知っていた新鋭隊の隊長さん達は、想像の斜め上っぷりに知らなくてよかった新しい世界の扉を知ります。ドン引きです。

「美形は観賞用ですっ! もう、残念すぎる美形は私の生活に必要ないっ!」と叫ぶ里奈に心底同情しますwww

 前書きやタイトル、本文などの里奈の震えや涙、『……』は全て喜びによって言葉を詰まらせた表れですwww

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― 新着の感想 ―
[一言] 数ある乙女ゲー転生パターンのなかでも、意外なところに着眼点がいったところが、予想をついてとても良かったです 主人公の震えには騙されました、まさかああくるとは。楽しかったです
[一言] 面白かったです! ほんと、ぜひ、長編を読みたいです。 男子とのやり取りとかも読みたいです。
[良い点] 長編を希望! [気になる点] 短編だとハーレム構成員と親衛隊とのバトルが読めない! 読ませてください! [一言] 続編を…待ってます(ふふふ)
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