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僕と彼女とアルマゲドン
作:太郎鉄



アルマゲドンに至るまで 5 僕は決断を迫られる


僕は父さんと共に、母さんを連れて街を出ようとする。しかし、すごい数のいろんな名前の戦闘機が、空をうじゃうじゃ覆ったので、ひとまずそれを思いとどまる。

「タイミングが悪いな」

玄関に戻ると、父さんが忌々しそうに呟いた。

「せっかく隼太が決心してくれた矢先に…」

確かにタイミングとしては悪すぎる。よりによって今日攻撃を再開しなくてもいいのに。

何だか幸先がとてもよくない予感がする。

そして、悪い予感は大抵当たる。

僕は窓から空を眺める。すると、妙な事に気がついた。恐らく、戦闘機の数は過去最高と言っていい程たくさんあるのに、一機として攻撃してこないのだ。

鬼達も膠着した戦闘機に手を出さない。僕は昨日の美佳の言葉を思い出す。

『もう、誰も殺さないから…』

何だか、胸が痛くなる。もしかして、美佳が命令してるんだろうか…。

「美佳…」

思わず口に出してしまった僕に、父さんの視線が突き刺さる。

「隼太、辛いのは解るが、もう忘れるんだ」

「…わかってるよ」

膠着状態は続く。戦闘機は空をぐるぐる回るだけで、相変わらず攻撃の気配は見えない。

牽制するように鬼達が戦闘機の周りを囲む。帰れと促しているように見えた。

鬼達の数もどんどん増える。戦闘機に死角をつくらないようにしているらしい。

僕は気付く。

多分、美佳が僕達を守ってくれているのだ。なるべく人を殺さずに、僕達が安全に逃げれるように。

美佳は本当にずるい。最後の最後に、こんな優しくならなくたっていいじゃないか。

「父さん」

「なんだ?」

「行こう。多分、大丈夫だ」

僕は父さんと母さんを先導するように、玄関のドアを開ける。

そして、銃を突き付けられる。

銃を僕に向けてドアの向こうに立っていたのは、外人の兵士だった。軍服に身を包んだ、体格がよく、青い目をした白人。年は30を何個か過ぎていそうな感じだけど、厳格そうな雰囲気が、その兵士に年齢以上のものを漂わせていた。

傍らにいる、こっちは僕とそこまで年も変わらなそうな若い兵士が、日本語で僕に言った。

「両手を上げて、家の中に戻ってください」

僕は当然、彼の言葉に従った。このようにして、僕と家族は拘束された。

リビングが重い空気に包まれていた。、僕達は銃を突き付けられたまま、頭の上に手を置いて、ダイニングテーブルにうつ伏せにさせられている。兵士2人は僕達の背後に立っていた。

母さんは眠ってしまっていた。父さんは彼らに、母さんが精神的に衰弱している事を説明する。若い兵士が厳格な方にそれを通訳すると、厳格な方が頷いた。何かに安心したような表情だった。

若い兵士が僕達に言う。

「あなた達は、人間ですか?」

突拍子もない質問に、思わず僕と父さんは顔を上げる。

「動かない!」

若い兵士の怒号。

「質問には、はい、いいえ、だけで答えてください。答えるのはあなた、ミスター隼太だけです。解りましたか?」

僕はうつ伏せに戻って
「はい」
と言った。

若い兵士の質問。

「改めて聞きます。あなた達は人間ですか?」

「はい」

「では、あなた達はあの生物ーー我々はヒューマン・フェイクと呼んでいますがーーに今まで拘束されていたのですか?」

僕はそれについて考える。確かに、あれはある種の拘束であったように思う。美佳は力を誇示して、僕達の自由を奪ったのだから。

でも、本当にそうだろうか?僕がここを出る事を早急に決断していたら、美佳はやっぱり納得はしないまでも僕の決断を尊重したのではないだろうか。

事実、美佳達は街を出ようとする僕らを守っていてくれているのだから。

だとすれば、今までここを出れなかったのは、僕の美佳に対する恐れとか、好意が招いたものじゃないのか。

僕が、ここにいたいからいた、それだけの事じゃないのだろうか。

ここで、僕は
「はい」
と言うべきなんだと思う。彼ら兵士の目的とか正体は解らないものの、僕達の今後の立場を考えれば、そう言っておいた方がいいに決まっている。

それでもやっぱり、僕の口から出てきた言葉はーー。

「いいえ」

「では、あなた達は自らの意志でここに留まっていたのですね?」

「いいえ」

「それでは、回答が矛盾しますよ。その矛盾について説明してください。あなたの言葉で構いません」

「僕達ではなく、ここに留まっていたのは僕の意志です。父さんと母さんは、僕に付き合ってくれていただけですから」

父さんが小さな声で
「隼太…」
と呟く。

「なるほど、納得しました。ミスター隼太は、自らの意志でここに留まっていたのですね?」

「はい」

「では、あなたはあの生物達の仲間という事ですか?」

僕は答えるのを躊躇う。これに
「はい」
と言ってしまうのは、いくら何でもまずすぎる。

僕は気付かず震えていた。

「どうしました?早急に答えてください」

「いいえ、だ」

父さんが口を開いてしまう。

「隼太は無理矢理付き合わされいただけだ。やつらの仲間などでは…」

鈍い音がした。
「シャラップ」
という声。厳格な方が銃のグリップで父さんを殴ったらしい。父さんのうめき声が聞こえる。

厳格が英語を喋った。多分、若い兵士に向かって。僕はこの時、若い兵士が通訳であるという認識を初めて持った。

「質問に答えていいのは、ミスター隼太だけです。これは命令です。次に背いたら、撃ちます。いいですね」

「…はい」

「では回答をお願いします」

僕は鬼達を仲間だと思った事がない。その意味で、この回答は
「いいえ」
のはずだ。しかし、でも、美佳は…。

「時間を無駄にしないでください」

首筋にひんやりとした感触。銃口が、直接肌に触れていた。心拍数がぐんぐん上昇していくのがわかる。まいったな。

僕は
「いいえ」
と答える。

「仲間でないなら、何故、あなたはここに留まっていたのでしょう。あなたの言葉で構わないので教えてください」

「僕はあの、鬼達とは仲間じゃありません。でも、美佳は、美佳は僕にとって、仲間というか、その…」

「美佳というのは、ヒューマン・フェイクのリーダーですね?美佳がなんだというのです?」

「恋人でした」

しばしの沈黙ーー。きっと驚いているんだと思う。

若い兵士が厳格の方に僕の言葉を伝えているらしい。

「では、あなたは美佳を愛していたからここに留まっていたという事でしょうか?」

「はい…」

唐突に髪の毛を掴まれて、引っ張られる。僕はなにが起こったのか解らない。テーブルに叩きつけられた。痛すぎる。さらに2回繰り返されて、鼻血がどばどば洪水になった。

立たされて、厳格に胸ぐらを掴まれる。殴られる。殴られる。殴られる。

痛みが徐々に消え、意識を失いかけた。

「やめろ!息子に何を!」

父さんが僕を助けようと、立ち上がって厳格に突っかかる。銃声。飛びそうな意識が元に戻った。

父さんは厳格に脚を撃たれていた。うずくまりながらも、悪魔を見る目で厳格を睨む。

僕は恐怖と困惑と驚愕で混乱する。まだまだ厳格は僕の顔を、腹を、殴る蹴る。僕が倒れても、止める気配は微塵もなかった。

ようやく、若い兵士が厳格を止める。厳格の表情ーーひきつっていた。怒りとか悲しみとか憎しみとかが、やはり入り混じって、厳格も混乱しているらしかった。

厳格は若い兵士に何かを伝える。

「マイケル・コール大佐からの言葉を、私なりのニュアンスの解釈も含めて訳し、あなた方に伝えます」

厳格の名はマイケル・コールというらしかったが、僕は痛くて、父さんが心配でそれどころじゃない。

「貴様ら、あれだけ人を殺しておいて、自分達は呑気に恋愛ごっこか?ゴキブリ以下のケダモノが!恥を知れ!」

恥を知った。いや、前から知っていた。この人の言うとおりだと僕は思う。

だけど美佳は人間じゃなく、そういう倫理はきっと通用しやしない。いや、《通用しなかった》。

「貴様らの暴挙に、一体どれだけの血が、涙が流れていると思う?貴様らの行動に、どれだけの人間が耐え難い憤りを感じていると思う?」

突きつけられた言葉は、銃口よりも僕には怖くて、マイケルの暴力よりも遥かに遥かに痛かった。

そして僕は、僕が泣けない理由を悟る。

僕のせいで(今まで僕は、美佳のせいにばかりしていた気がするけど、止められなかったのは、いや、止めなかったのは僕のせいで)、血とか涙が流れまくって、悲しむ人が大勢いて(僕は人間で唯一、美佳を止める事のできた人間だったのに)、そんな原因を作った僕が、涙の原因を作った僕が、些細な悲しみや不条理で、泣いていいわけがない(止めるのがあんまりに遅すぎた!)!

混乱して混乱した。あぁやっぱり混乱してる。僕は誰に許しを乞えばいいんですか?教えて神様仏様。

「人類は貴様らを許さない」

許しを乞いてもそりゃ無駄ですね。

「人類は貴様らを根絶する」

そうだ、死のう。それがいい。僕が100回死んだって、到底償いきれそうにないけど、僕は死のう。

でも、母さんと父さんはどうなる?

「以上です。では、次の質問です」

以上ですって、ええ?

「あなたは、ヒューマン・フェイクを滅ぼす銃を持っていますね?」

護身銃の事だ。

僕は彼らの来訪と、戦闘機が膠着する意味を悟った。

戦闘機はおとりだったのだ。鬼達の注意を引きつけ、この2人の兵士を僕の家に安全に侵入させるためのーー。

この2人の目的ーー鬼達に唯一通用する武器、護身銃の強奪。

ここで僕が護身銃を渡せば、美佳達といえど、その命はーー。

『異次元に送り返すだけ』

…命は大丈夫なのかもしれない。

でも、いいのだろうか?

「答えてください」

腹に痛み。マイケルが僕を蹴った。

「答えてください」

マイケルは銃口を父さんに向けた。

「10秒以内に答えなければ、大佐はあなたの父親撃ち殺すそうです」

名無しの言葉が蘇る。

ーー無理していっぱい守ろうとすっと、結局何にも守れなくなっちまうとおもわねぇかいーー。

その通りだった。

美佳、君の事は本当に好きで、やっぱり何で好きなのかは解らないけど、それでも本当に好きなんだ。

だけど、僕には父さんや母さんを捨てる事ができない。

美佳、ごめん…。

「はい」

「それでは、それを渡してもらいます」

護身銃は僕の部屋の引き出しにしまってある。僕は、2人に了解を得て、2人と共に部屋に入った。

「父さんを、手当てしてもらえませんか?」

若い方の兵士に言うと、マイケルにそれを伝えてくれた。マイケルは舌打ちしたあと、若い兵士に英語で言った。

「銃を渡してくれれば考えるそうです」

僕は引き出しを開けて護身銃を手に取る。

「これが、そうです」

ほとんど水鉄砲の護身銃を怪訝そうに眺めてからマイケルは受け取る。また殴られるかと思ったが、
「確認されたものと同一」
であると若い兵士が僕に言ったので、ひとまず安堵した。

ところで、いつ護身銃の存在が確認されたのだろう?

「使い方を教えてください」

僕は使い方を説明した。

「ヒューマン・フェイクの視界と、使用者の視界が重ならなければ発動できず、さらに、それには数分の充電を要する?電気はどこから供給するのです?」

「それは解りません。自家発電みたいなものらしいけど…」

若い兵士が僕の言葉を説明すると、マイケルは腕を組んで何かを考えている素振りを見せる。

「大佐は、ヒューマン・フェイクを呼んで実証しろと仰っています」

「それは無理です。僕には彼らに対してそんな権限はないし、そういうのは全部美佳が…」

口を滑らせた事を僕は目一杯後悔した。当然、後悔しても遅すぎた。

「では、美佳を呼んでください」

僕は必死に誤魔化そうとする。とんでもないくらい想像力が働いたのだ。この場合、美佳を呼んでしまうとーー。

多分、美佳が消えてしまう。

「どうしました?大佐は呼べと言っていますよ」

「出来ません」

「嘘ですね。あなたは美佳と恋人である事をさっき自分で認めたのです。なぜ恋人を呼ぶ事が出来ないのですか?」

「昨日別れたんです。本当です」

マイケルの拳が今度は顔面にめり込む。痛みがさっきまでとは段違いだった。あれでも一応、手加減していたって事だろう。鼻の骨が恐らく折れた。

憤怒の表情で、マイケル大佐が僕を睨みつけ、英語でまくしたてた。

「この期に及んで、まだあの化け物を庇うというのなら、俺にも考えがある」

若い方が訳し、僕をリビングに戻れと促した。

父さんは傷口を押さえて、息もたえたえで床に悶えていたが、僕が戻ってくると、
「大丈夫か」
と僕を心配してくれた。

僕は鼻の痛みに耐えながら、マイケルが何を考えているのかを考えた。ろくな事じゃなさそうなので、やっぱりやめる事にした。

ろくな事じゃなかった。2人の兵士は、母さんを抱きかかえて運んでくる。

母さんを父さんの傍らに放った。父さんが母さんを気遣った。

銃口が、父さんと母さんに向けられた。

「あなたが美佳を呼ばないのなら、この2人を殺します。あなたが私達に渡した銃は確かに確認されたものと同一ですが、デザインがデザインだけに、ただの玩具という可能性も充分ありますからね。それに、あなたが説明した発動条件も、少しばかり都合が良すぎる気がします。ようするに、ヒューマン・フェイクがいなければ実証できない。我々は偽物を持って帰るわけにはいかないのです」

今美佳を呼んだら、僕は、僕の眼前で美佳を失う事になる。

今美佳を呼ばなかったら、僕は、僕の眼前で両親を失う事になる。

選択は、ついに簡単でなくなった。

美佳は、この2人に従う。護身銃の実験台を自ら買ってでるだろう。何故なら抵抗した場合、この2人が僕を人質に取るからだ。美香のスピードなら、僕だけを助けて2人を殺す事も可能だがーー。

美佳はこの2人の兵士を殺さない。僕が、もう、人を殺して欲しくないと言ったから。

どちらかを選ぶと、どちらかを失う。もはや比喩表現ではなく、現実に。

『異次元に送り返すだけ』

そうなら確かにそれでいい。でもどうしても僕の懸念は拭えない。

《真っ黒》を見てから美香が鬼退治をさせなくなったーー《真っ黒》がいると、異次元に送り返してはならない理由がある。

《真っ黒》は異次元にいる。多分、きっと、そういう事なんだろう。《真っ黒》が何なのか解らなくとも、あんな大きくてまがまがしいものの元に、間接的にせよ僕の手で美佳を送る事はできないーー。

「時間は貴重です。1分で決断してください」

それでも、若い兵士は無情に僕の決断を迫った。












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