シンデレラは誰でも簡単にはなれない
どこかの漫画で『シンデレラって庶民じゃあなくて、元々は貴族』と言う場面をうろ覚えに思い出して、本作を執筆しました。
本作は作者初めての恋愛小説モドキなので、色々ツッコミ所がありますがご了承してください。
「ねえ。これは余興の一つなの?」
「残念ながら余興ではないね」
私、メアリア・アバーズは将来の夫であるハンス・ギレヴァルと共に三つ離れた国に訪問しています。自然が多く、のんびりと観光したりして楽しんでいました。本日は外国の王族・貴族を招いての舞踏会。国の威信をかけて開催しているので粗相を、ましてや王族がする訳がないのだが……
「この国の王子の婚約者はアリスと言う名前で、ピンクが強めのストロベリー・ブロンドで、赤とピンクが混ざった瞳。可愛らしい儚い系の小動物な少女じゃなかったけ?」
「メアの言うとおり、この国の王子の婚約者はアリスで容姿もメアの言うとおりの姿だね」
「それじゃあ、目の前に王子と隣になっている人はそのアリスだっけ?」
「残念ながら僕の目にはアリスさんの容姿とは真逆の容姿の女性が王子の隣にいるね」
そう。ハンスの言うとおり王子の隣にはアリスではなく、金髪碧眼のキツそうな感じのナイスバディな美人。言ってはいけないけど『君は一人でも生きていけるよね?』と言われそうな女性だ。
その女性を王子は『妻にしたい』と言い出したのだ。外国の王族・貴族がいる目の前で高らかに。国王夫婦は寝耳に水でポカーンと口を開いている。
「な、何を言っているのだお前は!! グランド公爵家のアリス嬢と婚約していたのではないか!!」
「彼女とは婚約破棄しました!」
「なっ、何だと!!!!」
「あーあ。王妃様がショックのあまり気絶しちゃった」
「何せ王妃様とグランド公爵は従兄弟同士。しかも王妃様のご実家が苦しい時に助けてくれた家だ。それを恩を仇で返しちゃったから無理もないか」
「親の心子知らずね。……所であのお方は何者かしら? 私、あのような方はお見かけした事はないわ」
「僕もだよ。大公から伯爵まで覚えているけど、それ以下からはあんまり覚えてないんだ」
王妃様を侍女達によって別室に運ばれたのを見送った後、国王は王子に事情を聴いている
「して、その娘は何者だ? どこの家のものだ?」
「彼女の名はエヴァ。名字はありません」
「何! 名字がない!? それでは庶民ではないか!!??」
「……この国は庶民でも王族に嫁がれる事が出来たっけ?」
「そう簡単には出来ないよ。男爵とかなら兎も角、庶民は流石に……王子が継承権を放棄して庶民になるなら別だけど、あの様子はそう考えていないね」
国王は何とか考えなおす様に窘めているが、王子は意地になって声を荒げている。エヴァの方は王子の腕に絡んだまま(ついでにおっぱいを押しつけている)心配そうに王子の顔を見ている。しかし目は『悲劇のヒロイン』に酔っている目だ。
「そろそろ何とかしないとヤバいかもね」
「コレをきっかけに戦争を起こす国もいても可笑しくないね。何人か途中で退席した人もいたし。何で王子はこんな場所でその話をするかなー」
やれやれと首を左右に振って私は二人の元へ歩みを進めた。
「お話の途中失礼しますわ」
「おおっ! アリヴァシア王国のメアリア殿ではないか!」
「陛下のご招待のお陰で婚約者共々のんびりとしていましたわ。真にありがとうございます」
因みに婚約者の所を強く言ったのは王子への嫌味である。
「時に殿下」
じろりと王子の方を見る。相当目付きが悪かったのか王子はたじろいていた。
「其方の……エヴァ様でしたっけ? エヴァ様の王妃教育をどうするつもりですか?」
「王妃教育?」
その様子だと理解すらしていないな。
「良いですか。王妃は国王の隣でただニコニコと笑っているだけではありません。国王が戦争などで不在の間、王の仕事を代わりにやります。その為に常日頃から王の仕事を勉強しなければなりません。まあ、これは非常事態ですからそんなにないのですけど。
ただし、城内のメンテナンスや掃除の指示は王妃に仕事です。ですから城内の部屋の数、部屋内の情報を全て覚えなければなりません。
それから舞踏会の余興などの指示も王妃の仕事です。今回の舞踏会も余興として東の国の雑記団や西の国の歌姫を招待したのです。それも一年も前から交渉したり、高額な依頼金を払ったりと今日の為に準備していたのに……はぁ~」
大袈裟に溜息を吐いてこの馬鹿達に気まずさを感じさせる。王妃様が今日の為にどれだけの苦労をしていると思っているんだこのバカたれ共が。
「後は孤児院の訪問や厚生の仕事等の細々な仕事もありますけど、王妃の仕事も少なからずあります。アリス様は幼い頃から王妃様の元、勉強をしっかりとしてやっと一人で外交とか任せられるようになったのですが……」
「出来るわよ!!」
嫌味にやっと気付いたのかエヴァはやっと声を出した。
「私だって出来るわよ! 私みたいに平民上がりの王妃が余所の国にいるんでしょ!!」
「……貴女が言っているのは『シンデレラ』の事を言ってますの?」
「そうよ!!」
「…………彼女と貴女とでは立場が違います。彼女は貴族としての教育をきちんと受けてます」
「はあ!? 何で召使の様に働かされていた女が貴族教育を受けているのよ!!」
「………………貴女、『シンデレラ』の話を碌に聞いていないの? 彼女は元々はキチンとした貴族の人間でした。ですが、彼女の実父が亡くなると、今まで大人しくしていた継母・義理の姉達の本性が現れて、彼女を使用人の様に扱いだしたのです」
「ふんっ! それでも私の方が優秀よ! 『シンデレラ』よりも優秀な王妃様に―――」
バギッ!!!!!!!
あ~あ。ついにメアがキレた。
エヴァの最後の言葉に国王陛下は滝の様な汗を流し、宰相や大臣はほとんど気絶するか立ち眩みを起こしていた。他国の王族・貴族達の表情はただ一つ。
『この国終わった』と。
メアは王女としての顔を崩さず、それでいて握り折ってしまった扇子をその場に捨てずに手に持ち続けている。
「……それは。私の実母であり、我が国の国母である王妃、エラ・アバーズの事を侮辱していると、受け取っても?」
「えっ?」
ポカーンとした顔をしたエヴァ嬢。……本当に知らない様だ。まあ、平民だからしょうがないか。
全ての国に知られている『シンデレラ』の元ネタは僕の故郷の王妃、メアの母であるエラ様だ。
他国では多少の脚色があるが、義理の姉達は鳩に目を潰されていないし、ガラスの靴を履く為に踵を切っていない。それに罰も王妃の家の名を取り上げ、幾ばくかのお金を渡して国外追放しただけだ。
『シンデレラ』が本当に有名過ぎて、それ以外の名前が知られていないのも無理もないだろう。それがたとえ主人公の本当の名前でも。
「な、名前が違う……」
「当たり前でしょうが。『灰かぶり』何て名前を誰かつけると思っているの。その名前は継母達が付けたあだ名よ」
それだけ言うとメアは国王の方へ向きあった。
「申し訳ございません陛下。私は一度国へ帰って国王にこの事を報告させていただきます」
「ま、待ってくれ!!」
王様の静止を聞かず、メアは大広間から出て行く。
このままではいけないな。恐らくは戦争を起こすつもりはメアにはないだろうけど、他の国がここに攻め込むかもしれない。
馬鹿王子以外まともな王族・貴族だけだし、この国の民に要らぬ苦労はかけたくない。
「陛下」
「何だね……」
絶望のあまり顔をうなだれる王様に声をかけた。僕はチラリと馬鹿二人を見る。流石に自分達が犯した過ちに気付いたのか下を向いている。
「陛下には王妃様との間にもう一人子供がいますよね?」
「ああ。だが、病弱で今は静かな場所で静養している」
「でしたら、私の知り合いに薬草に詳しい者がいます。その者を紹介しますので、もしかすれば体調が良くなるかもしれません」
つまりこの馬鹿王子を廃嫡して、もう一人の方の王子を王太子にしろと暗に意味しているのだ。
国王もその意味を悟ったのか一つ頷く。
「分かった。アリヴァシアの慈悲に感謝する」
国王は色々と覚悟を決めた様だ。
「それでは私も将来の妻の元へ向かいますので、今宵はここで」
「うむ。使いを送ろう。貴殿達が安全に祖国へ帰れる様に」
「心遣い感謝します」
これで両国の絆は変わらない事を他国に見せつける事が出来た。僕自身に大した権力もないけど、将来の女王の夫の言葉だから効果も強い筈だ。
現に外国の王族・貴族達の様子が今以上に騒ぎ始めた。恐らくは現場が混乱しているだろうが、此方側としては何処の国が敵なのか分かったので結果オーライだ。隠密達に後は任せよう。
出口は馬鹿二人の横を通らなければならない。チラリと二人の方を見た。
馬鹿王子の方も僕の言った言葉の意図に気付いたのか、顔は青一色でかろうじて立っているようだが、何時倒れても可笑しくはない。エヴァの方は全く理解していないのか病人の様に顔色が悪い王子の顔を心配そうに見る。僕は彼女の耳元にこっそり伝える。
「娼婦なら娼婦らしく、商人か金持ちの後妻か愛人を狙っていればいいんだ。それなのに欲を大きくかきすぎて国王の妻なんぞ狙うなんて。あろう事が貴族出身の王妃よりも優秀に成れると世迷言を吐いて。
……まあ、どうせお前の未来は暗い。王太子を堕落させただけではなく、国の威信に傷を付けたのだ。修道院に入れるだけだと思うなよ」
このエヴァと言う女はただの平民ではなく。娼婦なのだ。見た目が良いので売れっ子だった様だが、あんまりにも性格が酷過ぎて同僚にも嫌われ、客とも度々トラブルを起こし徐々に人気を失くしていた、
そんな時に偶然出会ったのがこの馬鹿王子なのだ。さぞ簡単だっただろう。
しかし愛妾なら兎も角、正妃を狙うとは愚か過ぎる。
まあ、僕には関係ないのだがな。
「メーア。メアリア」
やっぱり外の階段に座り込んでいた。馬車ある所はランタンがなければ光がない場所を暗所恐怖症のメアリアが行けるとは思えない。案の定光が届く玄関の階段に座り込んでいた。
「あんな言い方をしてはいけないよ。下手をすればアリヴァシアが宣戦布告をすると言う意味に捉えかねないのだから」
「ウチはそんなに兵力は強くないわよ」
「君だって分かるだろう。我が国は唯一『魔法使い』がいる国だってことぐらいメアが一番分かっているだろう?」
そう。アリヴァシアが恐れられているのは『魔法使い』がいる国からだ。
そもそも、昔は各国に魔法使いが存在したが、とある権力者がその力を恐れ『魔女狩り』を行った。他の国もそれに便乗したが、アリヴァシアの初代国王だけは「そんな行為は無駄な労力を使うだけだ」と言ってやらなかった。
初代国王の言うとおり、魔法使いは己の魔法を使って難を逃れ迫害がないアリヴァシアに移り住んだ。
そして魔法使いの代わりに犠牲になったのは何も関係もない人達だった。彼等の遺族・迫害された人達が反乱を起こし、数十年もの間、混乱が起きた。
そんな他国を尻目にアリヴァシアは移り住んできた魔法使いを特別扱いをせず、一国民として大切にした。そのお陰か今日まで魔法使いがこの国に存在するのだ。
噂ではエラ王妃の母親である(つまりメアにとって祖母に当たる)人物が魔法使いの娘だから、不憫な思いをしている孫を助けたい思ったからだと言われているが定かではない。でも、この噂のお陰でアリヴァシアに戦争を起こそうとする国がいない。メアが女王となった後は余計に手を出さないだろう。
「だってあいつが母様の事馬鹿にしたから」
「うんそうだね」
「父様と結婚する時、反対する人がどれだけ多かったか。その人達を説得する為にどれだけ母様が努力したのか知らない癖に」
「うん」
「…………悔しいっ」
そこからメアは顔を膝に隠して泣き出した。
エラ王妃が身体の問題で、メア以外の子供が産めないと知ると、前から王妃の事を反対していた一派が鬼の首を取った様に騒ぎ出した。国王や前国王(メアにとっての祖父)や宰相などが王妃を守っていたが、それでも王妃の不評を言う愚か者が多かった。
母の悲しむ姿を見たメアリアは、『誰もが納得する様な王になる』と決心したのは三歳だったと本人から聞かされた。
それからのメアは並々ならぬ努力をし(実際に血反吐を吐くほど!)反対勢力も王位継承権は男児優先だった今の法律の変更に同意した程だ。
しかし、いくら優秀な王女でもメアはまだ幼い少女だ。弱音を吐いても可笑しくはないのに、家族の前ですら彼女は鉄の仮面を張り続ける。
だからこそ僕が選ばれたのだろう。唯一弱音を吐ける相手である僕が。
「メア」
僕は愛しい人の名前を呼びながら彼女の肩を抱いた。
「僕も君と同じ位悔しいさ。こうやって君の事を抱きしめる事が出来るのは王妃様が僕を婚約者として指名してくれた。その恩人を馬鹿にされたら誰だって腹が立つよ。でもね」
メアの身体を僕の方へ向かせてメアの顔を覗き込む。
「それ以上に君の事を泣かせた事が一番許せないし、どうすれば可愛らしい君の笑顔をもう一度見られるか心を痛めているのだよ」
我ながら恥ずかしい言葉だと思う。現に言われたメアの方は顔を真っ赤にして僕の身体を突き飛ばして立ち上がった。
「ば、馬鹿な事を言うんじゃないわよ!! そんな三流役者の言葉で私が堕ちると思って!? そんな事言う暇があったらさっさと父様に報告しましょう!」
ぷりぷりと怒ってメアは馬車に向かって歩いて行く。
怒られたけど、メアが元気に成ってくれたからまあいいか。そう思って彼女の後ろを付いていこうとした時。
「…………他の女にその言葉を言ったら承知しないから」
それは婚約してから初めての彼女の嫉妬の言葉だった。
僕は返事の代わりにメアを後ろから抱き締めて、その額にキスをした。
メアリア・アバーズ
アリヴァシア王国の次期女王。元々は王女に王位継承権はなかったが、メアリアの努力と元からの才能で女王になる事を認めさせた。家族大好き。
夫となるハンスとは大家族として他国に有名な程仲良くしている。
ハンス・ギレヴァル
メアリアの夫。
次期女王として相応しい人間になると決めてから張りつめていた心を『無理しちゃ駄目だよ』と言って崩壊させた。その後婚約者となる。
実は暗殺部隊や隠密などの裏の世界に精通している。因みにこの事はメアリアは知らない。
「メアには汚い物を見せたくないからね」
エラ王妃
『シンデレラ』の元ネタになった人。
王子(現国王)と結婚する時や結婚生活で苦労が多かった。
しかし、彼女の性格に好意を抱いたり、立派に王妃の仕事を勤めようとしている姿に考えを直した人が多く、敵より味方が多かった。
メアリアの事が心配だったが、ハンスと出会って幸せそうなので肩の荷が下りた。
メアリアの父
名前表記がない人。
エラ王妃と結婚する時色々と策略した。『シンデレラ』の話もその一つ。(しかしこの話が此処まで有名になるのは本人も予想出来なかった)
当時の国王であった父や宰相達と協力して盾になったりしていた。
ハンスに汚れ役の仕事を教えたのはこの人。娘には表の仕事で一杯一杯なのを見抜いたから。
アリス・グランド
乙女ゲームのヒロインのイメージその者の人。しかし立場は婚約破棄される悪役令嬢。未登場。
婚約破棄されて一晩中泣いていたので舞踏会にはいなかった。
後にもう一人の王子と結婚し、良き母、良き妻、良き王妃となる。
エヴァ
なろうに出ている悪役令嬢のイメージその者の人。ただし立場は婚約破棄物のヒロイン役。
生まれも育ちも生粋の娼婦だが、あまりにも性格が悪すぎた。
偶然出会った王子を手練手管で落とした。野心が大きすぎた故に今回の喜劇になった。
後に規律の厳しい修道院に送られる途中、謎の襲撃に会い惨殺される。が、殺されたのはエヴァ一人だけで他は軽い怪我だけだった。
馬鹿王子
名前は考えてない。
後に謎の病で子供が出来なくなり、愛しいエヴァの無残な姿を見て発狂し、生涯幽閉される。
馬鹿王子の両親
国王と王妃。
馬鹿息子のせいで苦労する事になるが、アリヴァシアの支援のお陰で早々に事態を収束させる事が出来た。病弱な息子がハンスが派遣した医師(正体は魔法使い)のお陰で健康になったりと、アリヴァシアに忠誠を誓う。
因みに王妃と謎の黒装束の男達が会話している姿を見たとかないとか。
エラ王妃の継母と義理の姉達
鳩に目を突かれて失明したり、踵を切られたりしていない。国外追放されたけど。
しかし、義理の姉の一人に惚れこんだ男が付いて来たり、役割の方が有名で名前がそこまで出回っていないお陰でひっそりと暮らす事が出来たのでそこまで不幸ではない。