#四 告白
着いた場所は住宅街の小さな公園だった。
ブランコとすべり台、それに砂場があるだけの本当に小さな公園。その二つある一人用のブランコに一台ずつ座った。
「まだ…家に帰りたくないの…」
言いながら朝倉は俯いて軽くブランコを揺らした。
「迷惑…じゃなかったら、少し話…しない?」
その申し出に俺は笑顔で頷いた。
「ありがとう…あのね」
朝倉は噛み締める様にゆっくりと話し始めた。
俺も朝倉の言葉に合わせる様にゆっくりとブランコを揺らしながらしばらく話しをした。
内容は学校の事や休日の過ごし方等たわいもない事だった。
気が付くと周囲はすっかり薄暗くなっていた。
「…もう、結構遅くなったなぁ」
俺は朝倉の事を思って会話を終わらせようとした。
「うん…」
俺の言葉に寂しそうな顔をした朝倉。放課後の教室で出会ってから笑顔の中にも時折覗かせていたこの寂しそうな表情…。
そんな朝倉に俺はもう一度あの質問を投げ掛けた。
「先刻…あんな時間まで教室で何してたんだ?」
「えっ!」
俯いていた朝倉が驚きの表情で俺を見た。明らかに彼女は焦っている。
「調べ物してたって?」
俺は畳み掛ける様に問いただした。
すると次の瞬間、思いもかけない光景を目の前にした!
「だって…」
かすれた声でそう言うと彼女の目から大粒の涙がこぼれていた。
「あっ…」
俺は思わず声を出してしまった。心ならずも大切にしていたグラスを割ってしまった様な体の芯が冷気に晒された感覚を覚えた。
「ご、ごめんっそんなつもりで訊いたんじゃ!」
慌てて言い訳をする…そんなつもりとはどんなつもりなのか?ともかく自分でも意味が解からないほど焦っていた!
「ごめんなさい…泣くつもりはなかったの…」
そう言って朝倉はしばらく黙った。
本当にどうして良いのか?どうすべきなのか?ただただ答えの出ない自問自答を繰り返していた。俺は朝倉が落着くのを待つ事にした。というより、ただ待つ事しか出来なかった。
唯一の救いは、俺が彼女を落着かせるためにベンチへの移動を促がしたのを彼女が抵抗なく受け容れてくれた事。
二人でベンチへ移動してから何時間過ぎただろう…。
実際には十分間くらいのものだろうが、この状態だったのでそういう時間の感覚になったのだろう。
「あのね…」
沈黙を破ったのは朝倉だった。
先刻より幾分落ちつたトーンのその第一声が「あのね…」だった事に安堵感を覚えた。
「ここのところ三日間くらい、私はあの教室に暗くなるまで居たの…」
朝倉は細々と話し始めた…。
「こんな事聞くと多分軽蔑するでしょうね…」
不安そうに喋る彼女に俺は沈黙という行為しか出来なかった。
そんな俺に彼女の話は続いた。
「私、誰も居ない教室で、ずっと…あなたの事を考えてたの…」
!
その言葉を聞いた瞬間から俺の鼓動が早くなっていくが判った。
驚く俺を尻目に朝倉はさらに続ける。
「私、中学の時から…あなたが好きなの…」
その前の言葉で何となく頭の片隅で予測出来た言葉だが、彼女はあまりにあっさり言い放ったので身構える事の出来なかった俺はその言葉に心臓を撃ち抜かれる思いがした!
「きっかけは、中二の時…一緒のクラスになった時から。気付いたら好きになってたの…」
数分前までは思いもしなかった事態に胸の鼓動は頂点に達していた。
何か言葉を発しなければならないと解かっていた。でも何も言えなかった…。俗にプレイボーイと言われる男なら何か巧い事を言うのだろうが…。
「あの時、素直に告白していれば…」
続けて、
「それ以来ずっとあなたを見ていたわ…テニスの試合も必ず見に行ったの…」
テニスの試合…その言葉で俺は少し理性を取り戻せた。
「今年、三年生になって、また同じクラスになれてとてもうれしかったわ。今度こそ自分の想いを伝えようと決めたの…」
朝倉の気持ちを知ってしまった俺だが、素直にそれを受け入れる事は出来なかった…。
理由は一ヶ月前に見たあの一年生…。
今まで気付かなかったが、今はっきり解かった。あれは一目惚れだと…。
あの事がなければこの朝倉の告白は素直に嬉しかっただろう。
「ごめんね、勝手に私の想いをぶつけちゃって」
相当な覚悟で告白してくれたであろう朝倉に、俺はちゃんと応えなければならない。
「朝倉…」
俺はゆっくり喋り出した。
「ありがとう…軽蔑なんかしないよ。そういう事、好きな相手になら、俺もするだろうから…」
朝倉はそれを聞いて俯いて恥かしがる。
俺は意を決して次の言葉を口にする…。
「でも…ごめん…」
朝倉は『どうして!』という表情で俺を見た。
構わず俺は続けた。
「今俺…、好きな子がいるんだ…。…好きな子がいるっていっても、付き合ってるとかじゃなくて、その子の名前は知らないし、ましてや告白なんてしていない…ただ一目見た瞬間、その子を好きになっていた…」
俺は一呼吸置いて続けた、
「その気持ちを隠して君の気持ちに応えるのは簡単だ…、でも、それをしてしまうと、結果、君をもっと傷つけてしまう事になると思うから、今の俺は君の気持ちに応えられない…いや、こんな俺に応える権利なんてない…」
俺は自分の想いを告げた。
「やさしいのね…」
彼女から返ってきた言葉は思いがけない一言だった!さらに、
「名前も知らない…告白もしてないっていう事は、その人とはまだ恋人関係じゃないって事よね?」
朝倉が訊いてくる。その口調はいつしかしっかりしたものになっていた。
「え!…うん」
俺が答えるとすかさずに、
「じゃあ、その人と恋人同士になるまで私を恋人にして!」
朝倉はとんでもない事を言い出した!
「こんな事を言うとおかしな女だと思うでしょ?そう思われても良い…自分でもおかしいと思うもの…でも、もう自分でも抑える事が出来ないほどあなたが好き!…愛してるの」
「・・・・・・・」
俺は呆気にとられた。
最高のルックスを持ち、全男子生徒に崇拝される学校一の美女は、愛する人には自我を抑えられないほど一途になってしまう情熱を内に秘めていたのだと知った。
そしてその情熱は今、他の誰でもない、俺に向けられている!
そう考えると無意識に、
「あ、朝倉は…それで良いのか?」
問いかけていた。
「うん」
言って、彼女は俺の胸に寄りかかった!
俺も思わず彼女を抱きしめてしまった…。彼女の切ない想いを考えると咄嗟にそうしてしまった。
「あなたには迷惑を掛けません…これは私の問題。…あなたの恋人であると自分に暗示を掛けさせて…」
そんな事まで考えているとは…何故そこまで俺なんかの事を…。
「わかった…それで後悔しないね?」
「うん」
朝倉は俺の腕の中で嬉しそうに答えた。
俺は朝倉を受け容れてしまった…。これで彼女を台無しにしてしまうかもしれない…。解かっていたが、俺は彼女を拒めなかった。
「もう少し…このまま…」
彼女の希望に応えしばらくそのままでいた。
『ピーピリリ〜』
突然朝倉の携帯が鳴った!彼女は慌てて電話に出る。
「ごめん!うん、ちょっと友達と話し込んでて…、うん、あと少しで帰るから。ハイ、じゃあ」
忙々と電話を切る。おそらく親からだろう。
「遅くなったな…家まで送るよ」
「ありがと」
俺達は公園を後にした。
途中、彼女と会話しながら歩いた…公園に付く前に話していた様な事を。この会話の内容に俺は安堵した。公園での出来事で変わってしまってもおかしくない関係がこの会話でまだ保たれている気がしたから。
公園から少し離れた所に彼女の家はあった…。豪勢な門の前で、
「今日は本当にありがとう」
朝倉は笑顔で言った。さらに、
「…良かったら上がっていかない?一緒に夕飯でも…」
いきなり彼女の家に誘われた!そんな急に行くわけには!というより俺の心の準備が出来ていない!
「い、いや、今日はもう遅いし…帰るよ」
俺が答えると、
「そう…また明日学校で…ね」
寂しそうに彼女が言った。
「ああ」
そう言って俺は朝倉の家を後にした。
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