初めて叫ぶ本当の気持ち
「どうしたんだよ、しけたツラして。これからパァ〜ッと遊びに行かねぇか?」
そう明るく言いながら近付いてくるイツキに心底ホッとした。
あたしと同じ遊び人。気軽に遊んで、エッチできる仲間。
「大丈夫。目にゴミが入っただけだよ。うん、遊びに行こ! 今日はどこにでも付き合うよ〜」
涙を拭ってあたしも笑ってみせた。
そうだよ。こういう時はパァ〜ッと遊ぶ! それがあたし流。今までずっとそうしてきたじゃん。
「そうこねぇとな! ほら、涙は拭けよ。ゲーセンにでも行こうぜ」
イツキの腕が肩にまわる。引き寄せられ、イツキの胸に顔をうずめる。緩く締められたえんじ色のタイに涙が吸い込まれ、気持ちがスッと軽くなる。
「うん、いこっか」
微笑みながら見上げて言った。
久々のイツキとのデートは楽しかった。
ゲーセンでバカみたいに盛り上がった。
アクションゲームでイツキと張り合って、クイズゲームで唸りながら連コした。
なんとかクリアできた時、二人で肩を組んで喜んだ。
はしゃぎ疲れて、店の端にあるテーブル席で一息つく。たこ焼きをアチアチ言いながら二人でつまんだ。
「やっぱクイズはヤバイな! バカ二人じゃぜんっぜん進まねぇじゃんっ。いくら金使ったんだよっ」
「あはははっ! ホントだよね〜っ。でも車関係の問題、ほとんど当ててたじゃん! すごいよイツキ〜」
「まぁな♪ 車はしょちゅういじってるしな」
あたしを気遣ってか、いつもよりテンション高めにはしゃいでくれるイツキ。やっぱりイツキはいいヤツだ。自販でカルピスをさりげなく奢ってくれる気の利いたところもグッとくる。
これが小宮だったら「僕はいいよ」って遠慮してゲームなんてやってくれないだろうな。肩を組んではしゃぐとかも絶対ない。
つまんないヤツ……うん、つまんないヤツなんだよ小宮は。
ゲーセンで一緒に遊んだってきっと楽しくない。クイズをスラスラ解く小宮もちょっと見てみたいけど……っていやいやいや! ぜんっぜん楽しくないよ、きっと!
カルピスをグッとあおって飲み干す。むせて数回咳をした。イツキが笑いながら背中を叩いてくれる。
その手はあったかいけど……。
なんだろう。何かが物足りない。
優しさは嬉しいけど違う。あたしが欲しい温度じゃない。
「どうした? またしけたツラになってるぞ」
「え? そ、そんことないよ!」
イツキに指摘されてギクッと振り返る。いつのまにか横に立たれてて心臓が軽く跳ねた。
顔を耳元に寄せてくるイツキ。動揺する心を抑えて言葉を待ってみれば。
「そろそろ行くか?」
甘さを含んだ声が囁きかけてきた。
「行くって……どこに?」
「ホテルに決まってるだろ」
どくん、と視界が揺れた。
外に出ると日はすっかり沈み、夜のネオンが空を明るく照らしてた。
「今日はちょっと変わったところ行ってみっか? カラオケとかついてるのはどーだ?」
軽い調子で訊いてくるイツキにぎこちない笑みを返す。
「う……ん」
うまく笑顔が作れない。もっとテンション上げなきゃと思うほどに笑えなくなってくる。
なにやってんの。へこみすぎだよ、あたし。友達一人とサヨナラしたくらいで。
「ヤなことがあったんだろ? 遊んで忘れようぜ?」
頭を優しく撫でられ、コクンと頷いた。
イツキに撫でられるのは好き。
誰かとサヨナラする度にイツキはこうしてあたしの頭を撫でてくれた。それから一晩中あたしの気晴らしに付き合ってくれた。
それは仲間みんなに対してそうなんだけど、そんなイツキだからこそ仲間に慕われてんだ。
あたしにとっても大事な友達。失いたくない友達の一人。
だからイツキとパーッと騒げば大抵のコトは忘れることができる筈なのに。
足が……どんどん重くなっていく………。
夜のネオンも、いつもは優しい光に見えるのに、今日は目に痛い。
どうしてなんだろう。こんなに明るくて楽しそうなのに。部屋に一人でうずくまってた、あの時のように心が寒い。
イツキが手を引いてくれる。あたしを明るい場所へと連れていってくれる。なのになんで……。
この手は小宮の手じゃない、なんて思うんだろう。
「イツキ……。待って」
歓楽街の雑踏の中、とうとうあたしの足は止まった。
「どうした比奈?」
訝しげに振り返ってあたしを見るイツキ。
目が少し苛立ってる。
「ごめん。やっぱり今日は気が乗らない……。エッチはまた今度にしよ?」
イツキをまともに見れなくて、視線を僅かに逸らしながら言った。
「気が乗らない? 落ち込んでる時こそセックスだろ? ずっとそうだったじゃねぇか」
「うん……そうなんだけど、今日はしたくないみたい……。他のコトして遊ぼ?」
曖昧な笑みを浮かべながらあたしは一歩下がった。でもイツキに手を引かれ、前につんのめる。
「ダメだ。今日は絶対するぞ」
肩を掴まれた。
イツキの声が低い。指が、肩に食い込んでる。
思わず身がすくんだ。
「い、痛いよイツキ」
「お前が変なこと言うからだよ。なんで嫌がんだ? 気持ち良けりゃいいって、いつも言ってたじゃねぇか。楽しいことが好きだって」
そう言われると一瞬心が揺れる。
そうだよ。楽しめばいいじゃん。気持ち良くなれるんだから――
――違う。
あたしは何を迷って。
――全然違う。
イツキとエッチなんて何度もしてきたのに。
――気持ち良さが、違う。
「できない……。分かんないけどできないよ」
心の底で叫ぶ何かがどんどん頭を混乱させる。どうしても首を縦に振れない。
「そんなこと言ったの初めてじゃねぇか。どうしたんだ? アイツに操でも立ててんのか?」
棘を持ち始めたイツキの言葉にギクッと体が強張った。
「ア、アイツって?」
「小宮だよ」
予想通り、今一番聞きたくない名前が出てきて涙が滲みそうになる。
「あたしなんて、立てる操もないよ……。小宮とはもうサヨナラしたし」
「そっかそっか、いいんじゃね? アイツとは切れて正解だよ。俺達なんかとは違って優等生サマだかんな」
嬉しそうなイツキの言葉に胸が疼く。
「ちょっと変わってて面白かったから付き合ってただけ……そうだろ?」
そうだ。最初は確かに、面白いと思ってた。
やる事なす事ちょっとズレてて、スレたところがなくて、天然なところが面白かった。
恥ずかしがるのが可愛くて……純なところに癒されて。
お気に入りの男友達。ただそれだけだったのに。
いつからなんだろう――――
涙がポトリと落ちた。
「おいおい。泣くほどかよ? んな深刻になんねぇで、気楽にいこうぜ? お前のいいところは物事を深く考えないところだろ?」
そうだ。悩んだってつまんない。楽しくいこう。それがいつものあたし。
小宮のことをいつまでもくよくよ悩んでるなんてあたしらしくないよ。
あたしらしくない。
そう、分かってるのに……。
「大体あんなお堅い優等生と俺らみたいなちゃらんぽらんが釣り合うわけないだろ? 住んでる世界が違うんだよ。さっさとあんな奴のコトは忘れてこっちはこっちで楽しもうぜ? いっぱい気持ちよくしてやるからさ――」
気持ちよく……なれるはずなのに……。
クイッと引かれる手に感じる違和感。
瞬間、ぞくっとしたものが走り――
『違うっ!!』
頭の中で、何かが弾けた。
えっ。
ハッと目を見開く。
今のは。
微かに震える手。
あたし――
あたしは……あたしは……。
あたしは……
――比奈さん――
浮かんでくるのは柔らかな笑顔。
そうだ。
そうだよ。違う。
この手は違う。あたしの欲しい手じゃない。
小宮に合わせるとか、貞操を守るとかじゃなくて。
違う。叫んでる。こんなにも強く。
あたしの心が――全身が――――
叫んでるんだっ!!
「気持ちよくなんかなれない」
気付けばイツキの手を払いのけていた。
「もうダメだよ。誰とでもいいなんて思えない」
言葉が自然と溢れ出す。
「小宮がいいよ」
ストンと胸におさまる言葉。
そうだよ、あたし小宮がいい。
天然で、どこかズレてて、洒落っ気もなくて。
純真で、優しくて、あったかい。そんな小宮がいい。
だって――――
「あたし、小宮が好き」
言葉にするとこんなにもすんなりと入ってくる。
そうだよ。好きなんだ。
あたし、小宮が好きなんだ。
分かったよ、麻美。『好き』って気持ち。
小宮の代わりはどこにもいない。
あの甘酸っぱいふわふわを――サクランボをくれるのは小宮だけ。
「小宮じゃなきゃ気持ち良くなれない」
やっとわかった。
あたしの、本当の気持ち。
失うのが怖くて目を逸らしてた。
でも本当はずっと欲しかった。
あたしにとってのたった一人。特別なヒト。
――比奈さん――
あたしの心にサクランボをくれるヒト。
――比奈さん――
あたし、小宮に恋してる。
小宮だけに恋してる。
勇気をだそう。もう目を逸らさない。
小宮が好き。
小宮じゃなきゃやだ。
小宮の傍にいたい。
なによりも強い気持ち。これが恋。
初めて知った、あたしの。
あたしにとっての――――
「小宮だけが、欲しいんだよっ!」
たったひとつの、恋なんだっ!!
「比奈。目を覚ませ。俺と一緒に来い」
再びイツキの手が伸びてくる。
「やだ。行かない。もう小宮以外とエッチしない」
身を退きながらイツキを睨んだ。
「つべこべ言ってんじゃねぇっ! 今更キレイごと言ったってもう遅いんだよお前は!」
逃げようと走り出したけど一瞬にして腕を掴まれる。身をよじって叫んだ。
「早いも遅いもないもん! あたしは変わったの! もう以前のあたしじゃないんだよ!」
「うるせぇっ! 俺に逆らうなっ!」
「離してっ! やだっ!」
「来いっつってんだ――」
「比奈さんっ!」
その時、聞こえる筈のない声がした。
驚いて顔を上げると同時に黒い影が走る。
その影は横からイツキに体当たりして、振り返ろうとしたイツキを弾き飛ばした。
そしてあたしを庇うように目の前で立ちあがる背中。
細いけどしっかりあたしを守ってくれる、その不思議な安心感のある背中の主は。
「小宮っ!」
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