森の奥にて
今回はあまり勢いに任せず、割とじっくり書きました。
腕時計の短針が11の辺りを、長針が20の辺りを指している。
「おっかしいなぁ、俺が場所間違ったのか?」
砂利道の上に1人立ち、腕時計を見た青年が頭を掻きながら呟いた。11時といっても今は午後の11時であるため、辺りは濃重な宵闇に包まれ、空を遮るように生えた木々がより不気味な雰囲気が醸し出している。
「自分から誘っといて遅れんなよ。女子も連れてくるって言うからこっちは期待してんのに……」
ブツブツと文句を垂れ、組んだ腕の指を苛立たしげに叩きながら足下の砂利を蹴飛ばす。
人気の無い森の中に佇む、はたから見れば少し怪しいこの青年の目的は、肝試しである。
同じ大学に通う昔からの友人が、何を思ったのか突然肝試しをしようと言い始めたのだ。旧友である彼も当然誘われたが、肝試しにあまり良い思い出の無い彼は断った。しかし、
「女子も連れていくんだけだな」
ボソリと呟いたこの言葉を、彼は聞き逃さなった。
というわけなのだが、肝心の友人が約束の時間になっても来ない。
「いつまで待たせる気なんだよ、全く……ん?」
その時、彼が歩いてきた方角の砂利道から、こちらへ人影が歩いてくるのが見えた。
「やっと来たか、ってあれ、1人?」
ゆっくりと歩いてくる人影の横に彼の旧友らしき姿は無く、それどころ誘ったはずのメンバーの姿すら見えない。
「何で1人なんだ?」
疑問をよそに更に近づいてくる人影は、次第にその姿を克明にしていく。
どうやら女性らしい。赤い着物を綺麗に着こなし、黒く長い髪を後頭部で1本にまとめ、歩く度に左右に揺らしている。赤い着物から覗く顔や手の白い肌は、闇の中でうっすら輝いているようにも見える。
「こんばんは」
綺麗に澄んだ、甘い余韻を残す声。そのあまりの美声に、青年はしばしその場に惚ける。
「どうかしましたか?」
惚けていた青年の顔に女性の顔が近づく。途端、青年の心臓を飛び上がった。
「お、お元気ですよ!?」
妙に張り上げた、かみ合わない自身の返答に青年は頬を赤らめた。
(レベル高ぇ〜。あいつずいぶんと上玉を連れてきたな)
姿を見せない友人の顔を思い浮かべ、賞賛という名の拳を笑顔でプレゼントしてやる。
「あの、やっぱり肝試しに参加を?」
「はい、そうです」
女性は満面の笑顔で返す。
「でも、あいつまだ来ないんですよね。自分から誘っておいて」
「そうですか……では、二人で行きますか?」
「…………ふぇ?」
思わぬ言葉を一瞬で理解できなかった青年は、間抜けな顔で不抜けた返事をした。
「駄目ですか?」
眉を寄せ首を傾げるその仕草に、青年は胸が大きく高鳴るのを感じた。
「ぃ、いえ、全然問題無いですよ」
平常心を装うが気恥ずかしさから目を逸らし、自分が来たのとは反対方向に伸びる砂利道を見た。
「では、行きましょうか」
女性は青年の手を握り、引っ張るようにしてゆったりと歩き始める。
手を握られたにも関わらず、不思議と気恥ずかしさは無かった。代わりに、
「手、冷たいな」
不意に心中の言葉が出た。
「……手が冷たいのは嫌いですか?」
やや前を歩く女性の表情は見えない。女性の低くなった声色に、青年は気を悪くさせたと思った。
「いえ、嫌いじゃないですよ。手が冷たい人は心が暖かいって言いますし」
「…………」
しかし、女性は反応を示さない。
(やっべぇ〜、印象悪くしたかな?)
「あ、その着物よく似合ってますね」
「ありがとうございます」
青年の褒め言葉に女性は素っ気なく返した。
…………沈黙。
(会話! 会話、会話!! 何か無いか!?)
と、青年が思案を巡らしていると、女性が立ち止まる。どうしたのかと思い、女性の顔の向きに従って視線を流すと、そこには寂れた和風の建物があった。
木造の柱はボロボロに腐れ落ちて変色しており、野ざらしにされていただろう障子は気休めといった感じに戸に貼りついて、僅かに吹くぬるい風に揺れている。建物の大きさや精錬された装飾の残骸、元敷地であっただろう土地の広さなどから、恐らくは名家だったのだと思われるが、廃れた今の姿からはかつての厳かさは感じられない。
「で、肝試しといってもどうしま……?」
女性に問いかけようとした時、家の中に灯りが見えた。
「ひょっとして、あいつら先に来てたのか?」
笑いながら足を進めようとした瞬間、足は動かなかった。いや、正確には動かすのを本能的に止めたのだ。
家の中の灯りの正体は朱色の火を灯す蝋燭。そして、その朱色に照らされて蝋燭を持った女性の姿が見えた。
首をうなだらせ、赤い着物の所々に白い染みをつけた女性が。
「何だ、アレ……?」
長い黒髪を垂らし、動いた仕草もゆっくりと近づいてきている。よく見ると、赤い着物に白い染みがついているではなく、白い着物がほとんど赤に染まっているのがわかった。
「ア、アレ、何だと思います?」
女性に問う。すると、女性はゆっくりと振り返った。
首だけを回して。
「うわぁあああ――――――――っ!!」
叫ぶが早いか、来た道を戻ろうと駆け出す。はずが、何かに引っ張られるようにして視界が揺れた。
その引っ張られたモノとは、未だ握られている手。
「そ、そんな……ヒィッ!!」
腕を引っ張るが、まるで象との綱引きのように動く気配が無い。尚も家の方の女は近づいてくる。
「く、来るな、来るなぁ!!」
叫びながら必死に手をほどこうともがく。そんな青年を嘲ているのか、ケタケタと笑う声が聞こえてきた。
「あぁ、う……くぁっ!!」
ようやく手が抜けたが、勢い余って尻餅をつく。痛みに構うものかと見上げてみると、
髪とその隙間から紅いモノを垂らす女。
狂ったように首を動かしケタケタと笑う女。
「うわぁあああ――――――――っ!!」
再び絶叫し、見下ろす女を押しのける。自分の叫び声も聞こえないほどに、無我夢中で来た道を戻ると、何かにぶつかった。
「ど、どうした? 大声上げながら爆走してきて」
それは見慣れた友人の顔だった。が、それでも彼の落ち着きは戻ってこない。
「出た、出たんだ、女が……ホラ、手に跡!!」
涙目で突き出した彼の右手には、強く握られた際の痣が克明に現れていた。
「お、落ち着けよ。何言って……」
そこで友人は言葉を止めた。視線は青年が走ってきた方向を見ている。
青年が嫌な予感に振り返ると、木々の合間に青白い光が1つ2つと。
「あ、あれひょっとして……人魂?」
友人の声に反応したかのように、人魂は森を埋め尽くす勢いで急に数を増やした。それとほぼ同時に全員が叫び来た道を逃げ走った。
森の入り口がある道路の上で全員が息を上がらせる。
「何だったんだ、アレ」
「……こ、怖かった」
「憑いてきてないよね?」
「寒い……」
メンバーが思い思いの言葉を交わす中、友人が青年へ向けて言う。
「お前、何か頬こけてない? 顔色悪いし大丈夫かよ」
そうは言われたが、鏡も無いため確認のしようが無い。とりあえず青年は頷いてみせた。
「そうか。そろそろ落ち着いただろ。中で何が……」
「うぁあっ!!」
青年の突然の叫びに友人は肩を震わせた。
「どうした!?」
自身の体を抱くように縮まって震える青年に、友人は心配して駆け寄る。
「ぃ、今耳元で…………女の声が」
「もう少しいれば、死ねたのに」
初めてのホラー、いかがでしたか?
この作品を読んで少しでも涼しくなっていただけたらな、と思います。