「ねえ、ネットの恋愛って、成立するかな?」
帰り道、友だちの唯が唐突に話しかけた。卒業までの僅かな休息日。
直ぐに忙しい大学生活が待っている。それまで唯とも会える僅かな時間。
「どうしたの急に?」
「実は、好きな人が出来たの」
唯からそんな話が出るとは思いもしなかった私は、大声で叫んでしまった。
「良かったじゃない!」
「でも、ネットの上だけなんだ」
「相手の人は?」
「ふふ…、そこは〜、両思いですよ〜」
「やったじゃない」
「ねえ、どうしたら良いかな」
恋愛経験の無い唯は、次の取るべき行動が思いつかないようだった。かと言って私だって
詳しくは知らないし、彼氏だって居ないのだ。それでも聞き覚えの答えを伝えた。
「そうね。ゆっくりと愛を確認してから、会うべきね」
「そう思う?やっぱりそうか〜」
おくての唯が恋をした。それだけでも私は嬉しかった。唯とは小学校以来の親友だが、
恥ずかしがりやの唯から、初めてそんなことを聞かされた。
中学時代も私には唯の抱く恋心が分かったが、本人はずっと否定し続け、
その恋が実ることも無かった。
「明日で最後だね。じゃあ、また明日」
そう言って駆け出す唯の制服が、私には眩しく見えた。
部活は既にOG扱い。それでも最後は、三年間慣れ親しんだコートに立っていたかった。
内向的な唯に比べ、私はネットには、はまり込んでいなかった。そんな唯が恋をした。
私は興味を持って、夕食後にネットに繋いで見た。やらない訳ではないが、
私は家族と一緒にテレビを見て、話をするほうが好きだった。
そんな時、唯の話しで刺激を受けたのか、その晩遅くまでネットの中を彷徨い続けた。
「どうしたの?」
コートのネット脇で唯が尋ねた。
「ちょっと寝不足みたい」
自分でも目が赤いのは分かっていた。
「何していたの珍しい……」
「ちょっとね……でも面白いものを見つけたわ」
一瞬、戸惑ったが、唯のためになるのかも、と教える気持ちになっていた。
「え?なに、教えてよ」
「あとでね」
私はそう言って、トスを上げた。
「さあ、教えて。アイスクリームを奢ったんだから」
私達は帰りにファーストフードの店に立ち寄った。最後に涙する後輩達には悪いが、
私たちには進むべき道があった。泣いてしまうかとも思ったが、
非情にも涙は流れなかった。唯も同じだった。進む道こそ離れてしまうが、
唯は自分の夢に向けた専門学校への進学が決まっていた。
「秘密のリンゴ、って知ってる?」
「なあに、それ」
唯は目を丸くして答えた。
「昨日、見たんだけど。本当に愛し合ってるのなら、そのリンゴに願いを込めるんだって」
「あんた、それで寝不足だったの?」
呆れた顔の唯は、半ば怒っているようにも見えた。
「まあね、唯に刺激されちゃったかな」
「呆れた……。まあ、良いけど、その話は聞いたこと無いわ」
「何でも、素材の1つらしいけど、そのリンゴを手に入れて、二人の名前を書き込むと、
必ず結ばれるんだって」
私は嘘でも、唯の勇気になるのでは、と思っていた。
「へ〜。聞いたこと無いけど本当なの?」
「でも、書いた名前のどちらかが死ぬと、リンゴも腐りだして結局は二人とも死ぬんだって」
「都市伝説にも、なりそうも無いわね。聞いたこと無いな」
「そう思って、ほら、アド控えといた」
と、私はポケットから紙切れを取り出しながら答えた。
「でも、一緒の死ねるのもロマンチックかもね!怪しいけど、見てみるわ、ありがとう」
それから二週間。旅行やら大学の準備で忙しかった私は、唯との会う時間も無かった。
会ったのは卒業式だった。
「どうしたの疲れてるみたい」
私の驚きの声に反応し、唯は青い顔と精気の無い目で私を見た。
「彼と連絡が取れないの……」
彼とはネットの相手だ。『リンゴを見つけて、彼と二人で名前を入れてわ』
一週間前に唯から連絡があって聞いた話では、彼は隣りの県の大学生。
今度四回生になる。唯が卒業したら会いに行く予定だと、聞いていた。
「忙しいのかしら……」
「ううん、もう五日も顔を出さないのよ。こんなこと初めて……」
所詮ネットなどそんなものだと、私は思ったが、唯の落ち込みは激しかった。
「きっと旅行か何かじゃない」
「それなら言うはず。それに……」
「どうしたの?」
「うん……、二人のリンゴ、腐り始めたの」
「え?嘘!まじめに?」
「私のブログは知ってるよね。そこに貼り付けたんだけど、一昨日から変なの」
「分かった、今日帰ったら、唯のブログ見てみるから」
「うん、ごめん……」
唯は式の最中に、倒れるのではないかと思われるほど、衰弱して見えた。
そして式が終わると列席していた母親に連れられて、早めに学校をあとにした。
一足早い一人だけの卒業。その夜、卒業パーティも終わりゆっくりとお風呂に浸かり、
遅い時間にネットに繋げた。
唯のブログを見るためだった。絵日記的な唯のブログには、たくさんの仲間が集まっていた。
もう、二年以上も継続していた。私も時々顔を出したが、頻繁ではなかった。
ブログのトップページにはリンゴの飾りが貼り付けられていたが、
別に変わったところは無かった。私は唯のブログを隅々まで開き、
寄せられるコメントにも目を通した。そこで一人の男の書き込みが目に留まった。
優しい言葉で唯を励ますその男のコメントは、五日前でぷっつりと途切れていた。
『この人が唯の彼氏ね』などと考えていると、階段の下で母が大きな声で叫んだ。
「唯ちゃん、死んだって」
私は階段の一番上で崩れるように座り込んだ。母が慌てて駆け上り、
私を抱きしめてくれなければ、おそらくしたまで落ちていただろ。
卒業式を途中で切り上げ、一人学校をあとにする唯の後姿が瞼に浮かんだ……。
唯の死後、大学近くのアパートに越す前に私は唯の家を訪れた。暫くは来れないだろうと、
持てる勇気を振り絞って訪れたのだ。
家族は重い空気に包まれていたが、私を快く迎え入れてくれた。
「そうそう、貴方に渡してくれって、手紙を……」
唯の母はそこで涙に言葉を奪われた。しかしその手には、私宛の手紙が握り締められていた。
「ごめんなさい……。受け取ったら、直ぐに見て…と……」
私はその場で封を開けた。内容に目を通して、そして唯の母に尋ねた。
「唯のパソコンお借りします」
私は返事も待たずに唯の部屋に入り込んだ。見慣れた部屋に涙が出そうになったが、
必死で堪えて唯のパソコンに電源を入れた。
命が吹き出すようにパソコンは低い振動と共に動き出した。
手紙には、『私のブログを見て』と、そしてアクセスコードが書かれていた。
ブログに接続した私が見たもの、それは腐ったリンゴの飾りだった。
ためしにアクセスコードなしで見てみると、リンゴは形を崩さずに綺麗な色で載っていた。
唯の彼氏についてはとても調べる気にはなれなかった。
唯のリンゴを見た時点で、容易に想像できたからだ。
私は自分を呪った唯にリンゴを教えたのは、他ならぬ私なのだ……。
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