挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
リビングデッド、リビング・リビング・リビング 作者:青葉台旭
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

46/53

禄坊家(その8)

 風田孝一と禄坊太史(と、二人に運ばれた『眠り姫』の沖船由沙美)が屋敷に入ると、三人が来るのをどこかで見ていたのだろうか、妹の沖船奈津美が玄関で待っていた。
「あ、あの、私に何か出来ることはありませんか?」
 聞いてきた奈津美に、風田が「いや、いいよ」と答えた。
「僕らで女子の部屋まで運ぶから、さ。……そうだ、先に部屋へ行って布団を()いてくれるかい?」
「敷いて置きました」
「ああ、そう……気が利きくんだね。ありがとう。じゃあ、あとは俺らで運ぶから大丈夫だ」
 それでも心配なのだろうか、奈津美は、男二人に運ばれる姉のようすを見ながら廊下を()いてきた。
 姉妹に割り当てられた部屋の前まで来ると、妹が先回りして(ふすま)を開けた。
 六畳の続き間に布団が敷いてあった。
 奈津美がその掛布団(かけぶとん)を開き、風田と禄坊が、敷布団(しきぶとん)の上に由沙美を寝かせる。
「ふう」
 さすがに疲れたのか、禄坊が肩を落として大きく息を吐き、額の汗をぬぐった。
「なんだ……若いくせに、だらしが無いな」
 風田が、くたびれ顔の禄坊を見て冷やかした。
「僕は文化系なんですよ。……ああ、専攻は理系ですけどね」
「なんだよ、それ。洒落(しゃれ)のつもりか?」
「違いますって。……小学校の時は新聞部。中学は電子計算機(パソコン)部で高校は文芸部……自慢じゃないけど体育の成績が悪すぎて内申書で落とされるんじゃないかと冷や冷やしていたくらいなんですから。まあ一般受験だったから、あんまり関係なかったかも知れないけど……大学でも選んだのは文芸サークルですよ」
「要するに、体を動かすのは嫌いって事か?」
「自分で言うのもアレだけど、どっかのベンチか喫茶店の椅子に座ってスマートフォンいじってりゃ幸せってタイプです」
 そんな無駄口を叩いている二人の足元で、奈津美が姉のスカートのすそを直し、その上から布団を掛けた。
「じゃあ、奈津美さん、俺たちは出て行くよ。あんまり女子の部屋に長居するのも何だし、な」
 風田が言い、奈津美が(うなづ)く。
「は、はい……ありがとうございます」
「奈津美さんは、どうするの?」
「しばらく、ここで姉さんの様子を見ています。起きたときトイレの場所とか分からないと困るだろうし」
「ああ、そう……じゃあ」
 禄坊と風田は廊下に出て、襖を閉めた。
「禄坊くん……」
 風田が小さな声で禄坊に言った。
「分かっていると思うが……さっきの話……」
「言うな、って事ですか? さすがに、そこまでアホじゃありません……でも」
「承服しかねる、か?」
「あたりまえでしょう? グループ全体の安全が第一、っていう風田さんの気持ちも分かりますけど……人道的に、どうなんですか? それ?」
「人道主義、か……そいつの定義も(ひど)曖昧(あいまい)になっちまったよ。たった一晩で、さ」

 * * *

 台所へ行くと、風田の(おい)の速芝隼人と、禄坊の(めい)の亜希子が食事の準備をしていた。
「あらー、アキちゃん、お利口さんだねぇ……お手伝いしているのかい?」
 亜希子の姿を見て、突然、禄坊が相好を崩し、猫なで声で言った。
「将来は、さぞかし立派なお嫁さんになるぞぉ」
 そこで、わざとらしくハッと思いついた風にして、付け加える。
「そうだ! 大きくなったら太史にいちゃんのお嫁さんになるかい?」
「ならな~い」
 戸棚からスプーンを出しながら、亜希子が即座に答えた。
「な、なんで?」
「だって、亜希子、好きな人いるも~ん」
「え! い、いったい誰が好きなの?」
「水谷くん」
「水谷くん……だ、誰だい、そいつは?」
「小学校の同級生」
「へ……へええ」
「私、水谷くんのお嫁さんになるって約束したの」
「そ、そうなんだ……ずいぶんと、気が早いんだね」
 案外てきぱきと食事の準備をする小学生二人を、逆に大人二人が手伝う形になった。
「……禄坊くん、みんなでご飯を食べられるような、大きな部屋は無いかな?」
「ありますよ。女子たちの部屋の続き間で十二畳座敷があります。そこへ運びましょう。

 * * *

 薬物の作用で眠り続ける由沙美以外の全員が座敷に集まった。
「……大分(だいぶ)遅くなりましたが、みんなでご飯を食べましょう」
 長座卓(ながざたく)の上の鍋から九つの茶碗に(かゆ)をよそいながら、禄坊が言った。
「ただの白粥ですけど、とりあえずは我慢してください」
「そんな事ないです。ありがたいですよ」
 ワンピース姿の大学生、志津倉美遥が答え、隣に座った棘乃森玲が「気がついたら、私たち昨日の夜から何にも食べてないんだからねぇ……」と同調し、他の(みんな)がうんうんと(うなづ)いた。
「それじゃあ、食べましょう」
 禄坊の声を合図に、全員で「いただきます」と言ってスプーンを取った。
 何の味も付いていない(ただ)の白粥をみんな旨そうに食べる。
 食料をはじめとして、あらゆる物資が貴重になる時代が来る……皆、無意識にその可能性を感じ、とりあえず食事にありつけた嬉しさを()みしめているのかもしれなかった。

 * * *

「沖船さんのお姉さんは奥の部屋で寝ているが……」
 食事が終わって皆がホッとしているところで、風田が座卓を見回した。
「彼女以外の八人が集まっているところで、これからの事を少々話したいのだが、良いかい?」
 注目が風田に集まる。
「世の中が()()()()なっていく中で、こうして我々九人は偶然出会い、共同生活を始める事になった訳だが……『人間が二人以上いれば立派な社会』の言葉通り、これだけの人数が集まって生活する以上、ある種の社会的ルールと言うか、組織としての決め事は、必要になると思う」
「そりゃ、まあ、そうでしょうね」と禄坊が同意した。
 風田が続ける。
「まずは、組織である以上リーダーが必要だが……年長者でもある事だし、ここは俺が拝命しようと思う。(みんな)、それで言いかい?」
 まだ幼く、さっき出会ったばかりの亜希子以外の全員が(うなづ)く。
「じゃあ、次の議題だ」そこで風田は並んで座っている大剛原結衣、志津倉美遥、棘乃森玲を順番に見て、最後に亜希子の隣に座る禄坊太史に視線を移した。
「副リーダーを決めたいと思う」
「ふ、副リーダーですか?」
「そうだ」
 少し驚いたようすの禄坊に風田が(うなづ)き、それを見た玲が座卓の反対側から異を唱えた。
「副リーダーなんて……そんなもの、要るんですか?」
「ああ。必要だ。明日の命も分からなくなってしまったこの世界で一番大事なのは、九人のうち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。たとえ、それがリーダーであっても、だ。俺がリーダーとしての責任を全う出来ない状態に(おちい)った時、(すぐ)に次のリーダーが現れて(みんな)が混乱しないよう先導するのが理想だ」
「はい、はい、はーい」
 教室で子供が意見を言うような感じで、おどけた風に玲が手を挙げた。
「副リーダーには禄坊くんが良いと思いまーす。何と言ってもこの家の主人だし」
「しゅ、主人じゃありません。そ、それに僕はそんな器じゃありません!」
 禄坊が余計なこと言うな、という目で玲を見た。
「そもそも、もし僕が副リーダーになったら、棘乃森さんは僕の言うことに従ってくれるんですか?」
「それは……ケース・バイ・ケースかな……うーん……じゃあ、大剛原さんが良いと思いまーす」
「ちょっと、玲、何を言い出すのよ」
「じゃあ、美遥を推薦しまーす……案外、判断が早いし」
「それは、どうかなぁ……」
 責任の押し付け合いを始めた大学生たちの声を遮るように、風田が「とりあえず、副リーダーは君たち()()()()()()()()()()()」と言った。
「こ、交代?」
 全員が、風田の顔を見る。
「ああ。そうだ。じゃんけんでも何で持いいから、週がわりの特売品みたく順番にやってくれ……俺たちは皆出会ったばかりで相手の事を良く知らない。正直、君たち四人の大学生のうち、誰が一番リーダーに相応(ふさわ)しいのか、俺にも判断がつかない」
「だからって、交代なんて……そんな、いい加減な」と(つぶや)いた禄坊の顔を風田が見る。
「まあ、ここは禄坊くんの実家だという棘乃森さんの言い分にも一理ある。禄坊くんなら周囲に土地勘もあるだろうし、な……とりあえず、禄坊くん、今週は君が副リーダーになるんだ」
「そ、そんな……」
「来週以降は、女子大生三人でじゃんけんでも何でもして順番を決めてくれ……何か異議があれば言ってくれて構わんが、俺の案が駄目だというなら、必ず代替案を提示すること。どうだ?」
 風田が座卓を見回す。
 誰も何も言わなくなってしまった。
「決まりだな。じゃあ、そういう事で、よろしく頼む。次の議題に映るぞ」
「まだ、あるんですか?」玲が不満を漏らした。
「もう少しだ……今日の予定だが……これから交代で風呂に入ろう」
 風田の言葉を聞いて、不満げだった玲の顔がパッと明るくなった。
「え! お風呂に入れるんですか?」
「まだ水道が生きているからな。先に大剛原さん、棘乃森さん、志津倉さんの三人が交代で入りたまえ。三人の中の順番は君らに(まか)せる。次に沖船奈津美さん、それから隼人くん……沖船のお姉さんの方は、まあ今は無理だろう……俺は、禄坊くんと話があるから、最後で良い。禄坊くん、それで良いね?」
「はい……」
「あとは、亜希子ちゃんだが……禄坊くんが入れてあげるか?」
「え? そ、それはちょっと、ぼ、僕、女の子をお風呂に入れた事なんて無いし……」
「私も、()や~」
「ア、アキちゃん、そんなに即答で拒否しなくても……」
「私が入れてあげましょうか?」
 意外にも玲が手を挙げた。
「あ、た、たのみます。アキちゃん、どう?」
 禄坊の言葉に、亜希子が「うん」と(うなづ)く。
 玲が亜希子の顔を見て言った。
「ようし! じゃあ今日は、玲おねえちゃんと一緒にお風呂入るか!」
「わ~い」
「なんか、僕が即答で断られたのに、玲さんだと喜んだりして……ちょっと納得できないなぁ」
 禄坊の(つぶや)きを無視して、最後に風田が言った。
「昼ごはんの後片づけは、隼人くんと沖船さん、それに亜希子ちゃんがやってくれ。夕食の支度は、最初に風呂に入ることになった人の担当ということで頼む。あまり食料を使い過ぎないようにしてくれ……これから、どれだけの日数、冷蔵庫の中の品で食いつなぐ事になるか分からんからな。……それ以外の人は夕食まで自由時間だ。昼寝をするもよし。なるべく体力の温存に努めるんだ。塀の外へは出ないように。駐車場に用事があるときは必ず俺に言うんだ……何か質問はあるか? ……無いようなら、これで解散だ。ごちそうさまでした」
 風田の合図で、そこにいる全員で「ごちそうさま」と唱和し、各自ばらばらに立ち上がって十二畳の座敷から出ていった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ