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ノブ、知ってたん? 作者:奈備 光
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6 オルカ

 柏原はずっとそこに座っていたかのようにカウンターの内側に陣取り、食器やグラス、アテに出すナッツやおかきを入れた小さなガラス瓶の配置を固めている最中だった。
「よう、どこに行ってたんや。久しぶりに茶臼山界隈を散歩させてもらったぞ」
「フン、娘に市民病院に連れていってもらってた」
「ここから車椅子で行けるんか?」
「いや、無理。車を呼んだ。情けない話だ。目と鼻の先なのに」
 柏原は車椅子を器用に操りながら動き回っている。
「ますます肥えてないか?」
「フン」
 身長はないが、何しろ肥満だ。中学生の細っこい女の子が車椅子を押していくのは骨が折れるだろう。
「いつまでも娘に頼れるものでもないからな」
 そう言って、柏原がカウンターを拭けと布巾を投げて寄越す。
「そうやな。それにしても亜樹ちゃんはほんまにいい子やな。今、いてるんか?」
 店の名のオルカは、柏原のひとり娘、亜樹が命名したものだ。ふたりだけでここに住んでいる。
「二階で勉強中」
「そろそろ高校受験か。あの子のことやから、うまくいくやろ」
「さあ、どうかな」
 柏原が初めて顔をあげ、ごわごわの髭面の中からコロリと笑顔を見せた。
「さ、そろそろ話を聞こうか。連中が来るまでにレクチャーをしてくれるんだろ」

 生駒はいつものように、変わったところはないかと店中を一通り見まわす。
 柏原は、一杯だけはサービスだと角瓶のハイボールを生駒の前にトンと置き、耳を傾ける態勢になった。

 西畑という刑事が事務所に来たときのこと、七月に朱里に会ったときのこと、告別式の後で涼みに入った喫茶店でのことを話した。

 カウンターを照らす数個のダウンライトと、柏原のための小さな手元灯が、小窓から入ってくるまだ少し明るさのある光の中で、黄色い光を頼りなく投げかけている。
 例によって真っ黒なシャツを着て落ちつき払った柏原の姿が、白いインテリアの中にしっくりと収まっている。
 いろいろなものを吸い込んで、バーのカウンターらしい色になりつつある無垢の木の一枚板に、黒い革張りのスツールが十脚。サービスをする柏原を取り囲むように半円形を成している。

 手の込んだ料理は出ない。
 おかきや豆菓子をつまみながら、何種類かのウイスキーやジンや缶ビールをちょろちょろと飲む。
 BGMはサザンやサンタナや吉田拓郎がメイン。プラス青春懐メロ。合間に吉田日出子の上海バンスキングがかかったり、果ては河内音頭やモスラのテーマがかかったりする。生駒らの年代にとって懐かしい曲を、柏原が暇に任せて編集し、かすかに聞こえる程度までボリュームを絞って流している。
 壁には、柏原がかつて撮り貯めた風景写真が五十枚ほど、無造作にピンで止めてある。亜樹が小学生のときに「天空夢地楽園」と書いた習字の半紙も、茶色っぽくはなっているが、貼り付けてある。

 客は柏原の友人や交流のあった人が中心で、いつしか常連客同士は顔見知り以上の仲になっていた。
 三年前のオープン当初、祝いにはオルカの名にちなんだものを持って来いという柏原の要請で、店内は客達が持ち込んだ雑多なものであふれかえっていた。海水浴で使うオルカの浮き袋が天井からぶら下がっていたこともあった。
 しかしいつしか、それらは寄贈者の了解を得ずに撤去され、今はオルカをかたどった真鍮製のライターだけがカウンターを飾っているだけだ。

「……というようなわけや。朱里の追悼を兼ねた意見交換会ということやな」
「自殺ではない、ということだな。今日は貸切りにしておいた方がいいな。商売あがったりだ。これ、頼む」

「本日貸し切り」と書かれた木の板を持って扉を開けると、優が路地を曲がってくるのが見えた。

「おはようございます、探偵さん。そろそろ皆さんお集まりですか?」
 優はニカッと笑うと、さっさと中に入ってしまう。
 告別式の日の夜、好奇心旺盛で、暇で、ミステリー好きの優が参加したいと言い出すことは目に見えていたのに、生駒はことの成り行きを話してしまったのだ。
 今晩集まってくるコナラ会メンバーは、自分たちだけの会合だと思っていることだろう。
 そう考えると気が気でない。
 ガールフレンドを連れてきてしまったからには、おとなしくしておくよう念を押すしかなかった。

「もしかするとユウが一番頼りになるかもしれないぞ。僕の昔の助手だということにしておこう」
 と、柏原がいう。優がホコホコとして頷く。
「ねえ、ノブ。コナラ会ってなんなん?」
 生駒は天井を仰いだ。
「ほんとに大丈夫かいな。説明はしてやるけど、会が始まったら口を挟むなよ」
「はいはい。大丈夫。隅っこでおとなしくしてるから」

 生駒が、勤めていた中堅の建築設計事務所アーバプランを辞めたのは、十年ほど前のことだった。
 会社は、能力を伸ばしていきたい者には居辛かった。
 端的に言えば、今も代表者である創業者のひとりが、自身の設計力がもはや時代遅れであるにもかかわらず、相変わらず権力を持ち続け、その取り巻きが会社を牛耳っていたからだ。
 生駒だけでなく、社員の間には、その男が過去にささやかな栄光を得たことがあったとしても、アーキテクトとして、あるいはリーダーとしての能力と権力とを取り違えて威張り散らすことに対して、我慢できないという気分が蓄積していた。

 生駒を皮切りにして、自分自身を信じている者達は、会社の業績の悪化と報酬の低下を機に、次々と退職した。
 彼らのいわば同窓会がコナラ会である。

 会に明確な目的があるわけではない。
 たまに顔を合わせて近況報告をしあう。
 ルールは思い出話のためだけの過去形の話をしないというだけ。この春に、三年ぶりに開かれたのだった。

「ねえ、それで朱里さんはコナラ会メンバーなん?」
「そう」
「柏原さんは?」
「正式メンバーじゃない」
「ふうん」
「アーバプランが裁判沙汰に巻き込まれたことがあって、そのとき世話になった弁護士事務所の使い走り。で、まあ、付き合い始めた」
 柏原がじれていた。
「さ、ユウ、もういいかな。そろそろ作戦会議をしないと」
「了解」「はあい」
「しかし、ただ単に集まって、おもしろい話が出るのか? 生駒、進め方は?」
「いや、特には」
「なんだ、出たとこ勝負か」
「まあな」
「しかたがない。成り行きでいこう。今日来るのは誰と誰だ?」
「言い出しっぺの弓削と、赤石さん、蛇草さん、佐藤さんと恵」
「は? たったそれだけかいな」
「ああ、常連メンバーで大阪におるやつだけ。竹見沢さんは都合が悪いらしい。上野さんには連絡がつかないし、紀伊には声をかけていない。ところで」
 生駒はさっき弓削からもらった電話のことを話した。
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