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ノブ、知ってたん? 作者:奈備 光
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36 エピローグのはじめ

 上野と弓削は、それぞれ別のパトカーに乗せられた。
 ふたりを見つめる柏原の顔が、離れたところにいる生駒にも見えた。
 目が合った。柏原が無表情に見つめ返してきた。

 生駒は車から出なかった。出ることができなかった。
 パトカーが脇を通りすぎるとき、上野が生駒に気づいた。少し笑ったように見えた。
 生駒は弓削と繋がったままの携帯電話の通話を切った。

 その夜のうちに上野は逮捕された。

 警察署で貸してもらった車椅子に乗った柏原を、弓削が押してきた。
「終わった……」
 それには応えず、生駒は柏原が車に移乗するのを手伝った。
 弓削が車椅子を署へ返しに行っている間も、生駒と優は後部座席に座った柏原を見下ろして黙って立っていた。

 弓削が戻ってきたところで、ようやく生駒は口を開いた。
 声が震えないように祈りながら。
「さ、どうする? 俺は柏原を天王寺まで送っていくけど」
「えっ、それはないでしょ」
 弓削の言葉に柏原が頷いた。
「じゃ、そうしよう」

 弓削が自分のアコードに乗り込んだ。
 生駒は柏原に聞いた。
「ほかのみんなも呼んだ方がいいか」
「もう呼んである。佐藤夫妻と蛇草さんが来る。竹見沢さんや赤石は断ってきたが、いずれ俺から話しておく」

 オルカに帰り着いたのは、午前二時を回っていた。
 途中のコンビニエンスストアで買ったおにぎりやカップ麺を前にしても、積極的に手を出そうとする者はいなかった。
 柏原も定位置に納まったものの、手を動かす気は全くないようだった。

「さあ、始めてくれ」
 佐藤が促した。
 柏原はまだ目をつぶっている。
「しんどいのか? なんなら今日は止めておこうか」
 生駒の言葉に、柏原が首を横に振った。
「いや、大丈夫。しかし、くたびれた。まず生駒から話してくれ」

 生駒は、とても自分からは話せないと思った。しかし、佐藤と手を握り合っている悄然とした恵の姿を見て、このままでは返せないと思った。
 真相を聞けばいたたまれない気分になるだろうが、聞かずとも、悶々とした夜を過ごすことになるのは同じことだろう。

「了解。無理するなよ。それじゃ、どこから話そう。いや、質問してくれた方が手っ取り早いかな。蛇草さん、どう?」
「ああ。まずは遺書の件か」
 蛇草の疑問に答えながら、生駒はここ数週間のことを思い出して、いよいよ気が滅入った。

 仲間を疑った。
 結果的にその最初の思いつきが正しかったわけだが、まずは竹見沢、次に赤石、そして一瞬ではあったが弓削まで疑った。
 やりきれなさと、すまなさで心は一杯だった。

 これらの間違った推理は、上野が朱里を突き落とすという事件を語る上で、あえて話す必要はなかった。三人にはすでに心の底から謝っていた。
 しかし、改めて経過を話すとなると、自分の浅はかな考え違いから出た過ちを都合よく避けて通ることはできなかった。
 正直に説明することが礼儀だし、大げさに言えば友情の証だとも思った。
 生駒は淡々とした口調で話を進めた。

 ……上野さんは、赤石とミナミかどこかで夕食の約束をしてから作戦を修正した。
 赤石がひとりで鳥取に行く予定があることを聞いたんだ。で、上野さんは自分も一緒に行きたいからとデートの約束を変えようとし、赤石は了解した。
 そのとき上野さんは、奥さんには大峰方面へ山登りに行くという口実を使うようにと、赤石をそそのかした。これを赤石は正直に実行した。山登りはいつもしていることなので、赤石は疑いもしなかった。
 しかも彼は、運悪く、以前登ったことのある行者還岳という山の名を奥さんに告げてしまった。
 一方、上野さんは朱里を山登りに誘っておいて、下準備のために行者還岳に登った。その正確な日付は知らないけど。
 そしてブログの画像に手を加えた。

 作戦か……、と佐藤が唸った。
「それはおまえ達の想像やな?」と、蛇草。
 しかし、生駒が上野月世をさん付けで呼び、赤石を呼び捨てにしても、気にする者はいなかった。

 ……そう。でも大きくは間違ってはいないと思う。
 上野さんは三日の朝早く、待ち合わせ場所の京橋駅に現れた。
 しかし、体調がよくないからとかなんとか、理由をつけて境港には行けないと赤石に告げた。
 目的とすれば、赤石がひとりで鳥取に行くことを確認し、フォトレタッチソフトの『デジカメの達人』を借りさえすればいい。
 自分は画像加工なんてできない、というポーズのために。
 ちなみに例の画像が加工されたのは、更新日を頼りにするとその前の晩、八月二日の夜……。
 赤石の方は、もともとひとりで境港に行くつもりだったから、上野さんのドタキャンがあっても、予定どおり鳥取に向かった。
 それを見送った上野さんは、今度は朱里との待ち合わせ場所である住道に移動……。

「……朱里を誘って行者還岳に行く約束。うまくいけばひとりで行動する赤石に疑いを向けられる」
「ちょっと待ってくれ。わからんな。疑いを向けるって、どういうことや?」
 蛇草が解説を求める。
 恵は目の周りをさすって、涙をこらえている。
 それまで目をつぶって聞いていた柏原が口を開いた。

 ……いろんな事柄が、赤石に集中していた。
 つまり、チーズの件などという些細なことから始まって、現場は赤石も行ったことのある行者還岳。遺書の中では朱里の年令がひとつ少ないが、そんな勘違いをしそうなのも赤石。極めつけはブログの中の画像の人物であること。
 とにかく、赤石は怪しかった。
 しかし、これらは犯人が仕組んだことなんだ。
 生駒が『幸田さん』と呼んでいたブログ。
 あれは、正真正銘、僕たちに向けて、自分に気づいて欲しいという意図のものだった。
 結局、正解のメールが来ないまま、上野さんはそのブログを閉鎖した。
 しかし、誰も気がつかなかったことで、朱里を殺したときに赤石に疑いを向けさせる仕掛けに使える、ということを思いついたんだ。
 赤石の画像に、あえて細工をすることで。

「赤石はそのブログの正解を知っていたのか? というか、自分の後姿だと知っていたのか? それに、本当に誰も正解者はいなかったのか?」
 蛇草の質問に、柏原が短く答える。
「いや、しかし赤石は知らなかっただろう」
 蛇草が食い下がる。
「でも、ブログの内容がそんなに難しくて嘘のかたまりやったら、上野に絞り込めないわけやろ?」
「そのとおり。推論でしかない。しかし嘘のかたまり、ということでもない。上野さんは、本気でそのゲームをしていたんだ」
 柏原が弓削を見た。
 弓削が首を傾げてみせ、
「実は、僕はわかりましたよ。最後にはね」と、言いにくそうに、しかしきっぱりといった。
「どうしてわかったんだ?」
 佐藤がちょっと驚いたような声を出した。
「住道に住んでいますから」
 短い応えに、柏原がにこりとする。
「でも、朱里ではなくて上野だということがなぜわかる?」
 佐藤の追及に、消去法ですよ、と言いかけた弓削を柏原が遮った。
「わかる人もいる、ということ」
 そう言って、佐藤に笑いかけた。
「なるほど」
 佐藤もそれ以上の追及はしなかった。
 弓削が、朱里さんの部屋には入ったことがありますから、という言葉を飲み込んだことがわかったからだろう。

「ブログは上野のものに間違いないということだな。しかし、だからといって、上野が犯人だということにはならないんじゃないか」
 佐藤の疑問に、柏原が微妙な笑みをたたえたまま応えた。
「そう。根拠はない。どうやら上野さんしかいないというだけで」
「画像の貼り付けが簡単にできることなら、ブログの存在を知っていたやつなら誰にでも可能性がある。例えば弓削かもしれないわけだ」
「そうですね。生駒さんなんかひどいんです。僕も疑われていたんですよ」
 弓削が陽気な声を出した。
 生駒は、ごめんといって説明を始めた。

 赤石が犯人じゃないということになったとき、怪しいのは上野さんと弓削しか残っていなかった。
 まさかまさか、上野さんが犯人だとは思ってなかったから、俺はてっきり、弓削かと。
 ほら、自分が嫌疑の外にいるために、自ら通報するというありがちな話。
 自殺説をいの一番に疑問視していたし、ずっと俺たちの動きを気にしていた。

「でも、それでよかったでしょ」と、にこりとする弓削。
「ああ、そのとおり。でもあのときは、弓削に朱里を殺す動機があるのかもしれない、と真剣に考えた」
「ひどいよなあ。あるわけないのに」
「恋の病とか」
「あのねえ。でも、生駒さん、それを言っちゃだめですよ」
「そうやな」
 ドライブウェイでの弓削と上野の会話を思い出して、生駒は心の中で謝った。

 しかし、よく考えると、弓削が犯人だというのは見当違い、ということがわかる。
 赤石を陥れる理由がないから。
 弓削は会社をランクアップして、このたびめでたく株式会社を設立した。そのメインの取引銀行が千日銀行。もちろん担当は赤石。
 赤石に骨を折ってもらって相当な融資も受けたらしい。銀行の貸し渋りが社会問題化しているご時世に。ちっぽけなデザイン事務所に大の地銀がしっかり融資。
 つまり、弓削にとって赤石は良く言えば恩人、悪く言えば金づる。
 大切な取引銀行の担当者の赤石に罪を着せても、たとえ困らせるだけだったとしても、弓削にとってはなんの得にもならない。商売に差し障りがあるだけで。

 生駒の説明に、弓削がにこやかに頷いている。
「俺たちはしかたなく上野さんに直接聞いてみることにした。画像が変更されているが、どう思うかって」
 恵の目から涙がこぼれ落ちていた。声をあげずに静かに泣いていた。
 佐藤は恵の肩に手を掛け、あやすように小さく叩いていた。
 蛇草は宙を睨んでいたが、自分の頭を両手で掴み、二の腕で顔を隠すようにしてゆっくりと目を閉じた。
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