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ノブ、知ってたん? 作者:奈備 光
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20 ひろうず

『  食堂
 ああ、最近、来てくれはるようになったあの女の人な。うちらみたいな食堂には珍しいお客さんや。晩に女性ひとりで来てくれはるんやから。
 おとうちゃん、覚えてるやろ。いつも晩遅くに来て話し込んでいく女の人。ほら、ちょっとスラッとした。

 あの人、この近所のマンションで、ひとり暮ししてはんねんで。こないだ来てくれはったときに言うてはった。
 顔出してくれはるんは、だいたい九時とか十時くらい。
 仕事の帰りやて。遅うまで頑張りはんなあ。
 なんやようわからんけど、デザイン関係の仕事をしてはるんやて。そんなん考えると、ほんまに頭が下がるわ。

 おとうちゃん、ほんまによかったなあ。
 ああいう洒落た女の人も来てくれはるようになったんも、思いきって店を改装したからやで。
 このカウンターもびっくりするくらい費用かかったし、椅子にもお金かけたけど、そのかいがあったやんなあ。
 六月三十日  』
 写真には、六十前後の女性が小さく写っていた。
 青い和服にエプロン姿。
 気さくそうな丸い顔が笑っている。ただ、カメラ目線ではない。店内風景だ。
 真新しい白木のカウンターには大皿に盛った色々な料理が並んでいる。後ろの土っぽい色の壁には黒板が掛けてあるが、文字は小さくて読めない。本日のおすすめなどと書いてあるのだろう。
 造り付けの棚には数十本の日本酒の瓶が並んでいる。それぞれが違うラベルなので、各地の地酒などを飲ませる店のようだ。

『  駅
 冗談やない! 言いがかりはやめてくれ。
 俺がいつ、あいつをつけまわしたぁ?
 ふざけるな!
 駅からたまたま一緒の方に歩いて行くだけで、ストーカー呼ばわりか!
 もう中年のおばはんが、ええ歳こいて、自意識過剰なんじゃ!

 ええっ、なに! 俺の行き先?
 家に帰るんや。
 決まってるやろ。
 向こうに、M金属工業の寮が見えてるやろ。あそこや。
 あのおばはんのマンションの向こうや。

 いったいおまえら何を考えとるねん。
 なんでこの俺がそんなアホなことで、警察に同行せなあかんねん。
 ほんまにえらい迷惑や。
 もうええやろ。帰らしてもらうで。

 さてさて、これで私のお話は終わりです。
 大いに自慢たらしい部分もありましたが、自己紹介という意味で大目に見てください。
 赤面の至りですが、くれぐれも「いやなやつ」と誤解しないでくださいね。

 さあ、後は待つだけ。皆さんお待ちしていますよ。
 た・の・し・み ヾ(*’-‘*)マタネー♪
 七月十八日  』
 この回は、写真はなかった。

「これでおしまいか」
 柏原が気の抜けたような声を出した。
 優が狭いところで強引に伸びをして、弓削をのけぞらせた。
「結局、このクイズ、正解者はいなかったということかな。解説編がないんやから」

「青いのれんの食堂のおばちゃんと、M金属工業の寮か。弓削、ありがたいことに明日も忙しい日になりそうやな」
 そう言う生駒を、柏原は感心したように見て、フフンと笑った。
 生駒は隆之の携帯番号を押した。

「隆之くんの話では、クラリネットと水着やスイミングキャップは部屋にあるそうや。サボテンはない。キャットフードはあるけど、黒い猫は見かけないということやった」

 今日は普通に営業するというオルカを出て、弓削とJR天王寺駅で別れた生駒と優は、阿倍野近鉄百貨店の裏にあるおでん屋に向かった。
 朱里のパソコンは柏原に預けてある。

 朱里があのノートを日常的にどれほど利用していたのかはわからない。
 ただ、キーのテカリからすると新しいものではないのに、保存したデータがほとんどなかった。

 エッセーの下書きのようなもの。
 これには会社を辞めて独立するに至った心情が箇条書きで記されていた。
 料理のレシピ集。
 家庭料理というよりお手軽なパーティ料理のレパートリー。
 商業デザイン、ポップデザイン、パッケージデザインなどといったタイトルだけのフォルダ。
 インターネットのお気に入りには、ポータルサイト、行楽地ガイド、東京の案内のページがいくつか、天気予報、交通情報、経済ニュースのサイトなどが登録されているだけだった。

「言い忘れてた。今日ね、赤石っていう私の友達に電話してみたのよ。もしやと思ってさ」
「生をふたつ」
「そしたら大当たり。旦那の名前は剛志で、千日銀行に勤めているんやて」
「ウズラ卵と、はりはり巻き。それとひろうずとジャガイモ。全部二個ずつ」
「やっぱり関西は狭いよねぇ」
「あ、そこの白いのなに? はんぺん、それも二個」
「その友達っていうのは、昔コンパニオンやってたときの仲間。というか、大先輩。向こうがずいぶん年上やし、親友というほどでもなかったから、最近はご無沙汰やったんやけど」
「へーえ、そんなこともあるんやな。で、優は旦那の方に会ったことがあるんか?」
「うん、一回だけ。ほとんど記憶にないけど」
「ふーん。さ、食べよ」
「だいぶ前やしね。彼女の結婚披露宴のとき。あれ、なに変な顔してるん?」
「ふーん、そうか……」
「えっ、あーっ! そっか! ノブも新郎側で出席してたん? じゃあ、あのときに私達、顔を会わせてたん? うへ、恥ずかし!」
 優はしきりに腐れ縁やねぇ、などと言いながら、ひろうずをいじくっている。
「あっ、ちょっとぉ ということは、柏原さんとも会ってたってこと?」
「そう」
「うへ! 腐れ縁」と、また言って、優はひろうずにかぶりついた。

「それでさ、彼女と来週、久しぶりに会いましょうということになってね。薫さんっていうねん。覚えてる?」
「ああ」
「へえ、珍しいやん。……なんか、怪しい」
「なにが?」
「なぜそんな昔に一度会っただけの人の名前を覚えてるん? 赤石さんがいつも話題にするん?」
「いや。彼は、家族の話はまずしない」
「じゃ、なんで?」
「薫っていう人、旧姓は?」
「えっ? あ、ええええっ!」
 生駒は知らん顔して、ジャガイモにかぶりつく。
「そんなぁ!
「おい、ひろうずが口から出てるぞ」
「まさか、まさか!」
「ハハハ。そう! 柏原の妹」
「うっそー!」
「俺と朱里も、そういうこと」

「高校卒業以来、会ったこともなかったのに、何年も経ってから再会した。赤石さんと柏原もそう。アーバプランのクライアントの担当者が赤石さん。付き合っていた弁護士事務所の使い走りが柏原。ふたりは大学のときのクラブ仲間やった。ひょんなところで再会した。たまにはあるよな、そんなこと」
「たまにって、あるかい! そんなこと、めったに」
「ふたりは大学の柔道部仲間。もうひとり、紀伊という男の話も出てたやろ。あいつも同じ柔道部。三人まとめてチューリップって呼ばれてたらしいで。赤、白、黄色」
「はあ」
「で、この三人はお互いの家にもよく行き来して、柏原と妹も含めた四人で遊びに行くこともあった。そして、いつのまにか赤石さんと柏原の妹は結ばれた。相当な晩婚だけどな。さすがの柏原もひっくり返ったらしいぞ」
 生駒も楽しい気分になっていた。

「腐れ縁っていうのは、単に古いというだけやなくて、すえた臭いがするというか、もっと有機的に複雑な変化が進んでいる関係のことを言うんやろ。俺たちのはそんなんじゃない」
「ううん、私達のはそういうもんかな。ちょっと臭い始めてたりするやん」
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