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蒼い目のエドワード
作:山田 ライフル


(はじめに)

 むかしむかし、しかしそれほど遠くはない昔。
ある所に勘吉(かんきちという男の子がいました。

 いつも元気な勘吉は、川へ行ったり山へ行ったり。
今日も夜明けと共に家を飛び出すと、近くの小川へ遊びにいくのでした。

 さてはて、天気もいいしもう少し遠出しようかなと、
きょろきょろあぜ道を歩いていると、前から背の高いお坊さんが
こっちに向かって歩いて来るのが見えました。

 勘吉はお坊さんが好きではありません。
畑も耕さないくせに、家に来てはお米を持って帰るし、
ごにょごにょ訳の分からんお経を唱えて、おっかないたらありゃしません。
 しかし、おとうからは
「坊主はえらいんだぞ、死んだら天国へ連れてってくれるんやから」と、
聞いていたので、見たら頭だけは下げるようにしていました。

 さて、お坊さんが目の前に近づいてきました。
勘吉は、いつもの通り頭でも下げようかとお坊さんを見ていると・・・。

なんとびっくり!
こんなに大きいお坊さんを見たことがありません。
身の丈が、勘吉の2人分以上あります。
丁度おとうに肩車をしてもらったらこれ位になるでしょうか?
 それくらい大きいお坊さんです。
 大きなお坊さんは勘吉の前に来るとぴたりと止まり、話しかけてきました。
「ハーイ、しょうねん。このあたりィ、お寺ありますかァ?」

 勘吉はまたもびっくりしました。ものすごいなまりです。
これは、普通のお坊さんではありません。
人間ぽいですが、目の色も水色で普通ではありません。
髪の毛も金色できらきらしています。
勘吉が何も話さず見とれていると、お坊さんは
またまた話しかけてきました。
「おーゥ、しょうねん、どうしましたァ?お坊さん怖くないデスヨー。」

 勘吉は考えました。人に似てるけどどこか違うぞ。
この風体から考えると・・・う〜む・・・
天狗てんぐか?天狗じゃないか?
勘吉は、大きなお坊さんの股間をつま先で
思いっきり蹴り上げました。

 「ガッデム!!」

お坊さんは一声あげるとその場にへたり込んでしまいました。



  蒼い(あおいめのエドワード

山田 ライフル


第1話 大件寺の和尚さま

 勘吉は自分の腰帯をほどいて、大きなお坊さんを木にくくり付けると、
集めた石を投げつけて叫びました。
「やいやい、このひょろっこい天狗め。さてはおらの村きて、
悪さするつもりだな。白状しやがれ。」

 すると大きなお坊さんは目を覚まし、
「ファック!!」
と一声上げると、帯をふりほどこうとしはじめます。
「なにが、ふぁっこだ。おらの村に何しに来たか言わないとおとう呼ぶぞ。」
勘吉が、大きなお坊さんに向かってそう言うと、お坊さんは
「ノンノン!私ここに、無人の寺ある聞いてやって来ました。
しょうねんよ、私怪しくないデース」
と怪しげな日本語でまた話しかけてきます。
「私、外人デース、南蛮人デース。
分かりますか?通じてますか?
外国の人はみんなこんなんデスヨー?」

 勘吉はそんな一生懸命なお坊さんの様子を見ていて、
ふと思い出したことがありました。
それは以前、名主なぬし加衛兵かへいさんが長崎から帰ってきたときに
「目の青い南蛮人を見た。それはそれはおおきかった、びっくりした。」と
話を聞いたのを思い出したのです。
 もしやと勘吉は尋ねてみる事にしました。

「ん!?おまえ、ひょっとして南蛮人?」
「オゥ、イェッ!!」
大きなお坊さんは元気な声で答えました。

「おぅ、しょうねん、最初からそういうべきでしたー 。
私、とある南蛮国から来ました、エドワードいいます。
エドワード和尚と呼んでください。」
「エドワード和尚!名前そのまんまなの!!」
「そのまんま、だめですかー?」
「お坊さんは出家したら名前変わるっておかあ言ってたけど。」
「おーぅ、なにそのルール、訳わかりませーん。」
「・・・」
「おけー、カンキチ。どんな名前がいいでしょうか?」
「・・・お前やっぱお坊さんじゃねえだろ。」
「お坊さんですよ。」
勘吉はまた石を投げつけるのでした。

「ファッ!!オーファック!!なぜ石投げるですか!!」
「正直いわねぇからだ。何の目的でここに来たんだ。」
「おけおけ、カンキチ。正直言いまーす。
正直言うから、カンキチ助けて下さいよぅ?」

 そう言うと目のあおいお坊さんは、体勢を整え
いそいそと話し始めました。その話とは、、

 エドワードは半年前に、上海シャンハイと言う外国で
船に乗るお仕事をしていました。
しかし、ある日嵐にあってここから少し離れた浜辺へ
打ち上げられてしまったのです。
 日本語がわからずオロオロしていたエドワードは、
偶然近くにいた漁師さんに助けられ、そこで日本語を
覚えることができたのでした。
 その後、その村から追い出されたエドワードは、
近くのお寺へかくまって貰っていたのですが、
そこにもやがて居れなくなり、やむなく紹介されたお寺へ
移動することになったのです。
そして、その旅の途中に勘吉に会い、
いきなり蹴られ縛られたのでした。

「なーんだ。ごめんよエドワード、悪い事したなぁ。」
勘吉は頭をかきながら、エドワードにくくりつけた腰帯を
解いてやりました。
「オー、カンキチ!わかてくれて、うれしいでーす。
カンキチの村に、ダイケンジというお寺、ありますかー?」
「ん?大件寺か?よし俺についてきな!!」
勘吉とエドワードは、大件寺に向かって歩いていきました。

勘吉が前を歩いていると、エドワードはいきなり勘吉をすくい上げます。
「う、うわ、ちょっエドワード!?」
勘吉が驚いて足をバタバタさせると、エドワードは勘吉を肩車しながら言いました。
「どうでーす、景色いいでしょう!!勘吉案内役デース。
よく見える方がいいデスねー!」
エドワードに肩車された勘吉が前を見ると、そこには青空いっぱいの
世界が広がっていました。
わぁー!!っと勘吉は大きな声をあげました。
いつもの小川も、先の方まで見えます。
いつもの畑も、もっともっといっぱい見えます。
勘吉は大はしゃぎしながら、エドワードと一緒に村に戻ったのでした。



第2話 名主の加兵衛とエドワード和尚

「あそこあそこ!あれが大件寺だよ!!」
肩車された勘吉が指差した方向には、古くて少し痛んだお寺がありました。
「おーぅ、めしーめしー!!到着デース!!」
エドワードは、訳の分からない言葉を言いながら陽気に笑いました。

大件寺はずいぶん長い間お坊さんがいなかった為、当番をつくって、村のみんなで
掃除をしていました。
しかし、それでも決して綺麗とはいえないお寺でした。

お寺に入ったエドワード和尚は
「ウォッケー、カンキチ。わたし、このお寺、今から掃除しようと思いマース。
カンキチ手伝ってくれますか?」
 もちろんだよと外へ駆け出そうとした勘吉は、お寺の入り口を見て
ぴたりと足を止めました。
いつの間にか村中の子供たちが集まっているのです。

門の所に立っている子供たちは勘吉の姿を見つけると
エドワードに聞こえないよう、話しかけてきました。
「おい勘吉!あのおかしなお坊さんは誰なんだ!?」
「あれはエドワード和尚様さ、俺が道案内したんだぞ。」
勘吉は胸を張って大声で叫びました。

 その大きな声をきっかけに子供たちは次々に
問いかけ始めます。
「あのお坊さん、何で髪の毛金色なんだ?」
「あれは、神様に逢った時にびっくりしてあぁなったんだって!」

「じゃあ、何で目が青いんだ?」
「あれは、お釈迦様を見た時にびっくりしてあぁなったんだって!」

「じゃあ、何でちゃんと喋れないんだよ?」
「あれは、仏様に逢った時にびっくりして言葉忘れたんだって!」

勘吉は大きな声で、自信満々に応答していきます。
「じゃあ、なんだ?偉いお坊さんなんか!?」
「凄いぞ!お経の力で何でも吹っ飛ばせるんだって!!」
 勘吉が更に大きな声でそう言うと、門に集まった子供の一人が
うわーっと声をあげながら逃げていきました。
 それにつられるように、他の子供達も笑いながら逃げていきました。

その様子を見てニヤニヤしている勘吉の後ろから、エドワードが
話しかけます。
「カンキチ、ウソ駄目デース。皆さん驚いて逃げていきましたー。」
エドワードは逃げていく子供たちを心配そうに見ています。

 勘吉はそんなエドワードを見て得意そうに言いました。
「へへ、違う違うエドワード。あぁ言っておいたら
噂がすぐに広がるんだよ。最初に偉いってうわさが広まったら、
見た目のおかしいエドワードでも、みんなありがたがるだろ!?
さっ掃除しようぜ、次は大人たちが押し寄せてくるぞ!」
 勘吉はそのまま庭に飛び出して、外壁に立てかけてあるほうきを
取りに行きました。
 エドワードはそんな勘吉を見て、
「頭いい子デース、性格悪いデスけどねー」と小さく笑いながら
本堂の奥に入っていきました。
 エドワードは引き返してきた勘吉に、今度は飛び蹴りをくらうのでした。


 勘吉とエドワードが掃除を始めてしばらくすると、最初の訪問者がやってきました。
その男はおぅ、勘吉っと声をかけると、近づいてきて小さな声で話しかけ始めます。
「さっき家のガキに聞いたんだけどよ、今度偉いお坊さんが来たんだって?
なにやら偉くなりすぎて、見た目まで神々しいって言うじゃねぇか?」
神妙そうに話してくる大人に、勘吉も神妙そうに答えます。
「そうだよ、俺も最初見たときびっくりした。」
男はへーっと一言残すと、頭に巻いた手ぬぐいを取りながら本堂の中へ
入っていきました。

さほど、時間が経たないうちにまた次の村人が入ってきます。
「お、勘吉、お坊様はいるかい?」
「奥にいるよ。」
勘吉は庭を掃除しながら答えました。
そして、また一人また一人とやってきては、本堂に入っていきます。
やがて、大件寺の本堂には、村中の人々でごった返しました。
中に入ったものは、みな真面目な顔をしてエドワードの話に
耳を傾け始めています。
 中に入れなかったものは外から立ち見をして、なにやら「ふむぅ」
と感心しています。中には地べたにしゃがみ込んで
「南無南無」と拝みだす者までいます。
 勘吉はその様子を、楽しそうに見ていました。

 するとその後ろから「こら勘吉!」と聞き覚えのある声が聞こえてきました。
声の主はおとうでした。
 勘吉は振り返るより早くおとうの方へ引っ張られ、腰帯をぐいっと
持ち上げられました。
「わ、おとう何すんだ!?」
「何が『何すんだ』だ。お前こそこんな所で何やってんでぃ!!」
「べっべつに悪いことしてねえよ!村はずれでそこの和尚さんに出会ったから、
この寺まで案内したんだよ、本当だよ!!」
 色々と(うそをついて後ろめたい勘吉は、つい声が上ずってしまいました。
おとうはそんな勘吉を、冷たい目で見ています。
するとその後ろからおかあが現れていいました。
「あんた、おっしょうさんに聞いてみたらいいじゃないですか。
勘吉、嘘じゃないんだろうね。」
そう言うと、おかあもおとうと同じ冷たい目で勘吉を見つめます。
勘吉は、こりゃあ、嘘がばれるかな?思いましたが、もうここでは引けません。
勘吉は強気でいいました。
「うん、和尚さんに聞いてみな!。ちゃんと話してくれるから。」
勘吉はエドワードの機転きてんにかけることにしました。

 勘吉のおとうは、お寺の外からエドワードに向かって話しかけます。
「おしょうさま、おしょうさま。この度はせがれが大変お世話になったそうで。
何か粗相そそうはございませんでしたか?」
他の村人と話をしていたエドワードは話を止めると、こちらを振り向いて
にこやかに答えました。
「あ、カンキチの父上ですねー、カンキチグッドボーイでーす。
怪しい私から村を守るため、出会った私をいきなり蹴飛ばして木にくくり付けました。
とても村思いの少年でーす。」
と答えました。
 あせった勘吉は、わーと叫ぼうとしたのですが、それより早く
おとうのゲンコツが勘吉の頭に落ちてきました。
 その様子を見て、満足そうなエドワードは続けます。
「おーぅ、のんのん。カンキチの父上どの、そう怒らないでくださーい。カンキチは正しいと思って私に蹴りかかったのデース。
 私、そのカンキチの正義感に感心しました。もしよろしければカンキチを
お寺の手伝いに置いておきたいのですがどうでしょうか?」
勘吉がエドワード!!と叫ぼうとしましたが、それより先にまたおとうが答えました。
「へぇ、ぜひ置いておくんなまし。なんせ礼儀のしらねぇガキなんで
失礼もあると思いますが、よろしくおたの申します。」
っとおかあと一緒に深々と頭を下げるのでした。
 周りの村人が、勘吉よぅちゃんと働けよとやいやいちゃかすなかで、
エドワードと勘吉は冷たい笑みを浮かべながら
見つめあっているのでした。


さて、日も低くなり村人も帰った後。
薄暗くなる中、一人の男がたたまれた提灯ちょうちんを片手にやってきました。
「遅くにすいません。どなたかおられますかな?」
その声に気付いた勘吉が、お寺の門へ顔を出してみると、
そこには名主なぬし加兵衛かへいさんが立っていました。
加兵衛さんは勘吉を見ると、
「おー、勘吉。話しは村人から聞いているぞ。
今日から、お寺で修行するそうだな。しっかり勉強するんだぞ。」
っとやさしく声をかけてきました。
「修行はしないです、お手伝いです。」
と勘吉は恥ずかしそうに答えました。

 勘吉は突然訪れた加兵衛さんにエドワードの事を
どう説明しようか悩みました。
しばらく悩んだ後、勘吉は正直に話すことにしました。
「加兵衛さん、実は和尚様はこの国の人ではないのです、南蛮人なのです。
理由は和尚様から直接聞いてください。」
 そういうと、勘吉はエドワードを呼びました。

エドワードが寺の中から出てくると、加兵衛さんは少し驚いた様子でいいました。
「こりゃ、まぁ。本当に見事なほどの南蛮人でないか。
エドワード殿でしたか?なぜこの様な所におられるのです?」
 すぐに南蛮人とばれてしまったエドワードは逆に少し驚いていましたが、
勘吉が割って入って説明します。
「エドワード、名主の加兵衛さんは長崎で南蛮の人に会ったことがあるんだ。
僕も、加兵衛さんの話を聞いていたから、エドワードが南蛮人って
わかったんだよ。」
 エドワードはそれを聞いて納得したようで加兵衛さんへ話しかけました。
「これはこれは、名主サマ、良くぞお参り来ましたねー。
どうぞ奥へ来てくださーい、いろいろお話ししたい事がありマース。」
「うむぅ、私も色々話したいことがございますぞ。」
と加兵衛さんは、神妙な顔をしながらお寺の中に入っていきます。
 勘吉も一緒に入っていこうとすると、エドワードは
「カンキチは別の部屋でお経でもみてなサーイ。」
と追い出されてしまいました。
 子ども扱いされて、少しむかっときましたが、ここは尊敬する加兵衛さんの
前です。勘吉は素直に言うことを聞くことにしました。

 さて、一人になった勘吉はぺらぺらとお経の本をめくると、パタンと閉じ、
ごろんと寝っころがって天井を見つめていました。
 勘吉の家は、床なのでこの春先あたりでも茣蓙ござの上か藁を敷くか
しないとまだ冷たくて仕方ありません。
ですがこの本堂の下は多少荒れているとはいっても、たたみです。
温かくて居心地がいいので、勘吉はうとうとし始めてしまいました。

 それからいくほど経ったでしょうか、勘吉は加兵衛さんの声で
目が覚めました。
それは、なにやらびっくりした様子で、勘吉の所にまで届いてきます。
「なんと!!」
「そんなことが!」
「できるものか!!」
っといつも冷静な加兵衛さんとは全然様子が違います。
なにやら気になった勘吉は、二人のいる奥の間まで行ってみることにしました。
忍び足で、二人のいる部屋まで歩いていきます。
なんとか二人のいる小部屋の前までたどり着こうとしたその時。
いきなり障子が開き、加兵衛さんがなにやら荷物を携えて
出て行く所でした。
「おお勘吉、ずいぶん長くおいとましたな。今から帰るでそこまで
送ってはくれまいか?」
そういうと、加兵衛さんはスタスタと廊下を歩いて行きます。
 勘吉は開いた障子をしばらく見ていましたが、エドワードは部屋から出ては
来ません。
仕方なく加兵衛さんの後を追っていくと、それを確認したかのように
後ろからエドワードがゆっくりと出てくるのでした。

 加兵衛さんは玄関でわらじの紐を締め、ゆっくりと立ち上がりながら、
外を眺めていいました。
今宵こよいはちょうど晦日みそかの月。
次の晦日みそかまでですからな。」
そう言い残すと振り向きもせず、加兵衛さんはスタスタと
暗い夜道を出て行きました。
 勘吉は火の灯った提灯を片手に、加兵衛さんの前を
小走り気味に歩いていきます。
 加兵衛さんはゆっくり歩きながらいいました。
「勘吉、ワシは少しの間江戸に出る。
後の事は、大和屋やまとや差兵衛さへいにしばらく任すで心配せずにやっとくれ。」
勘吉は加兵衛さんの顔を見て、少し心配そうに言いました。
 「加兵衛さん、もしかしてエドワードのこと直訴しに行くの?」
加兵衛さんはそんな勘吉の顔を見て、笑いながらいいました。
「いやいや、誰からも頼まれもせんのに、そんな事はせんよ。
だが、エドワードはやはり少し怪しいわな。
 なに、村の為にじゃ村為じゃ。そんなに心配せんでえぇ。」
 そういうと、加兵衛さんは大きな手で勘吉の頭をグリグリ撫でるのでした。



次の日
 加兵衛さんは朝早くから、身支度をして早々に江戸に旅立っていきました。
勘吉はエドワードに尋ねます。
「昨日、加兵衛さんが晦日の月から晦日の月っていってたよね。
数えれば丁度30日間だ。エドワード、なにかあるの?」
「気にしないでいいデース」
エドワードはさらっと流してしまいました。


第3話 みんなで大宴会

 エドワードが来てから3日目。
村もだいぶ落ち着きを取り戻した頃、
大件寺へ一人の若いお百姓が訪れました。

「ごめんなすって。」
歯切れの良い声を聞いた勘吉が、玄関まで走っていくと
こそには太郎さんが立っていました。

「あ、太郎さんこんにちは。今日はどうしたの?」
勘吉が話しかけると、太郎は面白そうに話し始めます。
「いやね、今度来たエドワード和尚のために、村で歓迎会しようって
話になってんだ。
 今晩日が暮れたら始める予定なんだが、、、和尚いるかい?」

太郎が話していると、勘吉の後からエドワードがゆっくりと歩いてきました。
「オー、こんにちは。今日はどうされました?」
「エドの歓迎会やるって太郎さんが来たんだよ。」
勘吉が振り返って言うとエドワードは
「カンゲイカイ?」
と聞き返しました。

「そうです。みんなエドワード和尚とゆっくり話がしたいと
いうことになって、今晩歓迎会をしようって話になったんです。
急な話で申し訳ないですが、和尚様これますか?」
太郎は両手で手ぬぐいを握り締めながら、エドワードの返事に耳を
かたむけました。
 エドワードは少し考え、
「分かりました。今晩うかがう事にしましょう。」
と笑顔で答えました。
太郎は大喜びで寺を飛び出していったのでした。

 その夜、エドワードと勘吉は村の集会場へ足を運びました。
玄関の扉をガラッと開けると、そこにはずらっと豪勢な食事が並んでいて
エドワードと勘吉はびっくりしました。
「うわぁー、エドワードすごい料理だ!!」
「おぅ!!すごいデスネ!」
エドワードが足を踏み入れると、奥のふすまから、大和屋の差兵衛さんが顔を出します。
「これはこれはエドワード和尚。おまちしておりましたぞ。
おい、みんな、和尚様だぞ!!」
 その声が部屋に響くと奥の方から、どたどたとたくさんの足音が聞こえてきます。
別のふすまがガラっと開き、奥から村人があふれんばかりに湧き出てきました。
 「おっしょう!おっしょう!!まってたよ。今日は倒れるまで呑んでってよ!!」
とみな上機嫌です。
 エドワードは
「ノンノン、私坊主ですから、酒のまないですね。」
と断りましたが、年配の男が席に座りながら、
「いやいや、昔はお坊様がお酒を御造りになっていたと聞きましたぞ。
遠慮することはありますまいよ。」
っと、とっくりを持ち上げエドワードに振って見せます。
 エドワードは少し考えた後、
 「ん〜、では少しだけいただきますか、、、、ネ。」と
嬉しそうに答えました。

 大和屋の差兵衛さんが、エドワードを部屋の奥まで連れて行くと
くるっと振り返り、
「みんな席には着いたかな?今日は和尚様の歓迎会じゃ。
遠慮なんかしたら、バチが当たるぞたんと呑め。」
その声を皮切りにみんなで「いざ一献!」と声を上げ、
杯に酒を注ぎ始めるのでした。
 そんな中、勘吉はまだ子供なのでお酒は呑めません。
エドワードの後ろで茶をすすりながら、枝豆をつつくのでした。

 さて、
場も盛り上がり、皆好きなことを話しながら、手に手に酒を持って話をしています。
入口の方では、後から入ってきたおとうとおかあも、他の人からお酒を注いでもらって
楽しそうに話をしています。
 勘吉は、お酒とはそんなに楽しいものかと御膳に乗っていたお酒を少し
呑んでみましたが、全然美味しくありません。
 ペッと吐きだすとおちょこを戻し、大きな声で話す大人達をさめた目で見ていました。

 そのうち村の誰かが、エドワードに向かって叫びます。
「和尚様、和尚様。そのことぶき色の髪の毛は、神様を見たからそうなったとか?
神様ってどんな人でしたですかー!!」
 真っ赤になったエドワードは、酒臭い息を吐きながら答えます。
「オーイエス!!私ホントは神様見たことないデース。
今度見に行きますから、どこにいるか教えてくださーい。」
と、おちょこに入った酒をまき散らしながら応対しました。

皆が、どっと笑うとまた誰かが問いかけます。
「和尚様、和尚様、その蒼い(あおい)眼はお釈迦様を見て
そうなったんですよね?お釈迦様はどんなお姿でしたか?」
 そう尋ねられたエドワードは、おちょこに酒を注ぎながら答えます。
「オーイエス!!おしゃかってだれ?」
集会場はまた大きな笑い声に包まれました。

 エドワードはクイッと酒を開けるとよろつきながら立ち上がり、
手のひらを皆に向けて笑い声を抑えつけます。
そして、
「オーケィオーケィ、この集会を機会に皆さんへ発表しようと思います。
皆さん、よく聞いてくださーい。 実は私。外人なんですよ。」
 エドワードは神妙そうな顔をしてそう言い放ちました。
すると村人の一人が言いました。
「みんな、知ってるよ。」
会場は、また一段と大きな笑い声に包まれるのでした。
 大きな笑い声の片隅で勘吉は、
(そういや加兵衛さん、みんなに南蛮人の事言いふらしてたもんなぁ。
そりゃばれるか。)
 そんなことを思いながら、枝豆を口にほおりこむのでした。

 キツネにつままれたような顔をしたのはエドワードです。
何だか悔しそうにして、おちょこに酒を注ぐとクイッと呑みあげ
話し出します。
「ちょっ!それだけではないデース!!
ミーはアメリカンです!!アメリカ人ですよー!!」
エドワードはおちょこを振り回しながら続けます。
「なぜ私、ここにいると思いマスカ?はい、わかる人。」
会場はシーンと静まりました。
エドワードは満足げな顔をすると、またおちょこに酒を入れ話し出します。
「オーケィオーケィ、お教えしましょう。
一度しかいいませんヨー、よくお聞きなさい。」
みんな、酒の手を止めるとエドワードに集中しました。
エドワードは得意げな顔をして言いました。
「今ある江戸幕府を倒して、日本を支配下におさめるのです。」
みんなは、大爆笑し再び酒の手を動かし始めるのでした。

 エドワードはびっくりした顔をしながら続けます。
「ちょっちょ!待ちなさい、これ本当よ!!私達すごいんだから!
すんごい船持ってるし、武器もすんごいんだから!!」
 エドワードは酒をまき散らしながら、一生懸命話しましたが
もう誰もエドワードの話等聞いてはいませんでした。
 すねきったエドワードはドスンとその場に座ると、一人酒を呑み始めるのでした。

 勘吉は、そんなエドワードの後ろから声をかけます。
「エドワード、上海で働いていて遭難したって話は嘘なのかい?」
振り向いたエドワードは、話の続きが出来るのが嬉しいらしく
満面の笑みを浮かべながら、酒を持って勘吉のそばへ寄ってきます。
「オーカンキチ、そうなのデス。実はここだけの話、私はアメリカのスパイなのです!」
エドワードは酒臭い息を勘吉に吹きかけながら、ヒソヒソと
大きな声で話しました。
「なに?スパ?なに?」
勘吉は、意味がよくわからないので聞き返します。
「オゥ、スパイスパイ。私はアメリカの忍びの者なのでス。
この国の様子を調べる為、密入国して調査しているのです!」

 エドワードはそう言うと自分のおちょこに酒を注ぎ、勘吉のお茶の入った茶碗にも
酒を注ぎました。
 勘吉は茶碗を置きながらたずねます。
「またなんで、この国を取ろうと思ってきたんだい?」
エドワードは答えます。
「我がアメリカンの為の『石炭給油基地』が欲しいのです。
海を向いたこの国は、とてもいい位置にあるのデス。
あと、アジアの国々は文明が遅れていて弱いデスネ。だから支配しに来ました。
これ、西洋諸国はみんなやってんデスヨ。」
 そういうと、エドワードは嬉しそうに酒を呑むのでした。
勘吉は少しムカつきを覚えましたが、今がチャンスとまた訪ねます。
「この国を攻めるって一体どうやって攻めるんだよ?」
「ソレハ、我々の持ち帰った情報を元にマシューが決める事デース。」
「誰だよ。マシューって。」
「私の上司デス。もう酒呑みで困った奴なんデスヨ。」
それは、お前だ。っと勘吉は思いましたがとめずに続けます。
「他に仲間も来てるの?」

 ここでエドワードはふと我に帰りました。
「オゥ、カンキチ。何言わすデスカ。ノミマスヨー!」
そう言うとエドワードは下に置いてある茶碗を勘吉に手渡し、チンと杯を合わせると
クイッと呑み干しました。
 それにつられた勘吉は、同じように茶碗をクイッと飲み干しました。
口の中に酒の香りが広がり、我慢できず勘吉はブーッと噴き出すのでした。


 その後、勘吉はベロベロになったエドワードを大件寺まで引きずり帰り、
ふとんの上に放り出すと、自分は本堂の方で寝る事にしました。
 (人間酔うと駄目になるんだな。あんな大人にはならないでおこう。)
そう心に誓い、すやすやと眠りに落ちて行きました。


  次の日
 勘吉が目を覚まし、エドワードの様子を見に行くとエドワードはまだ
ふとんの上に転がっています。
 こりゃ起きんなと、庭に出て行こうとした勘吉をエドワードが呼びとめました。
「カンキチ…ワタシ。昨日何かいいました?」
勘吉は大きな声で言いました。
「エドがアメリカ人で、日本の現状を調査しにきたスパイって言ってた!!」
 エドワードは深いため息をつくと、片手をあげてあっち行けあっち行けと
力なく振り払います。
「元気出せよ!マシューに怒られるぞ!!」
そういって、勘吉が出ていくとエドワードは布団の中でメソメソ泣き始めるのでした。





第4話 忍者スパイ

 それからしばらく。
自分から正体をばらしたおっちょこちょいのエドワードは、村での相談の結果、
お城に連絡をしてお達しがあるまでは
この村で預かる事になりました。
 勘吉はエドワードの監視役として、エドワードと一緒に
この大件寺で過ごしているのでした。

エドワードはそんな生活の中で村の掟やお祭りの事等を
勘吉から教わりました。
 勘吉はエドワードから世界の様子や船の事、西洋の様子等、
色々な事を教わったのでした。

 毎日の日課も決まっていきました。
昼の間にエドワードは趣味の絵を描くため、監視役の村人と一緒に筆と紙を持って
あちらこちらに向かいます。
その間、勘吉は寺の掃除と洗濯をしました。

夕方になるとエドワードが帰ってきて、夕食の支度を始めます。
その間に勘吉がお風呂を沸かし、ご飯を食べてザブンとお風呂に入れば
その後、寺の中でごろごろして寝るまで勉強?というか雑談をするのでした。

 そんなだらだらとした生活が続いていた、ある日の夜。
勘吉はエドワードに尋ねました。
「ねぇエド。エドは情報を集めた後、どうやってアメリカに帰るつもりだったの?」
エドワードは布団の中でうつ伏せの状態のまま、頭だけ起こして答えます。
「んー、迎えが来る予定だったですよ。」
「ふ〜ん、それいつ来るの?内緒にするから教えてよ。」
「んー、それ無理ですよ。本当に。」
「そうかー、やっぱり酔ってないと教えてくんないんだね。」
皮肉っぽく勘吉が言うと、
「グッナイ。」
っと、エドワードはそのまま布団に顔を突っ込んで動かなくなりました。
勘吉もそのまま、寝入ってしまうのでした。


 そんな明かりの消えた大件寺に、3つの忍び寄る影がありました。
3つの影は音も無く大件寺の門を乗り越え、寺の中へと忍び込んでいきます。
縁側を進み、エドと勘吉が眠る部屋の前に来たかと思うと、その中の一人が
障子の下に油を落とし、音も無いままするりと開けてしまいました。
 後ろに待機していた二人の男が、ひやりとした空気と共に部屋に入り
エドワードと勘吉の枕元に立ちました。

 障子に油を差した男は、そのまま動かず外の様子を伺っています。
枕元に立った男達は二人、眼を合わすと「うん」とうなずき、そのまま音も無く
背中の刀を抜き取りました。
 その刀を両手で握ろうとした瞬間。
エドワードはがばっと起き上がり、かぶっていた布団ごと枕元の男に
体当たりをします。
 エドワードの枕元にいた男は、布団を抱きかかえながらふらふらと後ろに下がり
そのまま、襖に倒れこんでしまいました。
 その音に気付いた勘吉が何事と起き上がると、目の前には刀を握り締めた男が
エドワードの方を見ています。
 勘吉は考えるより早く、その男の股間めがけて小さなヒザを蹴りあげしました。

ゴツッ!

その膝には何か固い感触がありました。何か鎧のような物を付けているようです。
蹴られた男は、どうでもないという風に眼でにやりと笑うと、そのまま
勘吉の首めがけて刀をなぎ振ろうとしました。
 刀が勘吉に触れるよりも早くエドワードが刀の男に体当たりをします。
男は、そのままふらふらと、障子の所で見張りをしていた男に
のっかかって行きました。
「勘吉!こっちデス!!」
エドワードは勘吉の手を握り、そのまま縁側つたいに走っていきます。
 走りながらエドワードは言いました。
「勘吉、よく聞いてください。彼らは私の命を奪いに来たようです。
私は勘吉を人質に取ってしのぐので、勘吉怯えてくださいねー。」
 エドワードの話を聞いた勘吉はウンとうなづくと大きな声で叫びました。
「わー、助けてー」
二人はそのまま、寺の裏庭へ向かうのでした。

 裏庭には、大きなたいまつが6本、きれいに並べられ地面に突き立ててありました。
「わー、エドいつの間にこんなの用意してたんだ!?」
勘吉が驚いてみていると、エドワードはムフフと気持ち悪い笑い声を立てて
懐から小さな箱を取り出しました。
 その箱は四角の筒状になっていて、親指で横を押すと中には大量の
木片が入っています。
 エドワードはその木片を一つまみ取り出すとシュッと箱にこすり付けました。
するとどうでしょう、その木片は乾いた火薬の臭いと共に大きな火がぼっとつきます。
 「マッチだ!それマッチでしょ!!すげえ!」
勘吉が感激しているのを無視し、エドワードは6つのたいまつに次々と
火をつけていきます。
 たいまつはバチバチと音を立てて弾けるように火がつきました。
どうやら、たいまつにも火薬か何かが降りかけてあるようです。
エドワードが6本のたいまつに火をつけ終わろうとした時、目の前から
3人の男が姿を現しました。

 3人の男は、全身紺色の衣装をまとい、その左手には短めの刀を握っています。
勘吉はまたもや叫びました。
「忍びだ!忍びの者だよ!!始めて見た!すげ・・」
っと勘吉が話そうとした時、その中の一人が勘吉に切りかかってきました。
そのあまりにもの素早さに勘吉は動くことができません。
 勘吉の頭から鋭い刀が振り落とされました。

カインッ!

忍びの振り落とした刀は、エドワードの小さな刀によって塞がれました。
エドワードはそのまま、勘吉の首根っこを持って後ろに下がります。
そして、その小さな刀を勘吉の首に当てながら叫びました。
「おーぅ、のんのん!彼は大事な人質デース。そう簡単には殺させませんよ。」

その様子を見ていた一人の忍者が笑いながら、答えました。
「殺したければ殺すがいい。われらには関係ない。」
それを聞いた二人の忍者も笑いながら、言いました。
 「そうだぞ、南蛮の。二人とも仲良くあの世へ送ってやるわい。
抵抗せずに刀を受けろ。さほど痛みは無い。」
 それを聞いたエドワードは、勘吉を離し、小さな刀を地面に落としました。
そして、諦めたようにゆっくり手を叩きながら話し始めました。

「さすが日本皇帝直属の暗殺機関ですねー、実にすばらしいです。
いつか来るとは思いましたが、こんなに早く私の元に来るとは。
その俊敏な行動も素晴らしいデース。しかし、アナタ方。
 私の本当の正体を知っての事ですかー?
私、殺せるとお思いですかー?」

 エドワードをそう言うと、人差し指をゆっくり一人の忍者に向けました。
そして、大きな声で
「アタック!!」
と叫びました。

 3人の忍びは意味がわからず、刀を構え四方の警戒をします。
静かな緊張感の中に、たいまつの燃える音だけが広がりました。

 パチッ
        パチッ   

 緊張感の漂う中、一人の忍びがそっとエドワードを見てみます。
エドワードはきょろきょろしながら、おろおろしています。
言った本人が一番挙動不審です。

 やがて、エドワードは忍びと目が合いました。
エドワードはおかしいね、というような顔で忍びに微笑み返しました。
 「ふざけやがって!」
忍びはそのまま素手のエドワードに向かって走って行きます。
 その瞬間!忍びの手からビシッという音と共に鮮血が飛び散りました。
忍びは刀を落とし、その場にうずくまってしまいます。
 少し遅れて遠くから何かが弾けるような音が聞こえてきます。

 タスーン・・・

 その音を聞いて残りの2人の忍びが言いました。
「種子島(鉄砲)か!?」
「貴様、仲間がおるのか!!」
忍者はエドワードに刀を向けながらそう叫びました。
 エドワードは汗をぬぐいながら答えます。
「おー、イエ。
私が独りしかいないと思って来たのでしょうが
大きな間違いデース。
 本当のところは内緒ですが、仲間いっぱいいっぱいいますよ。
では忍びの皆さん、このまま帰って、日本皇帝へお伝えくださーい。
オランダ商人のいう話は事実だと、ね。」
 エドワードはいつに無くまじめな顔をしながら
忍者にそう語りかけるのでした。

 忍者は、そんな話より敵の人数と鉄砲の方が気にかかるようです。
勘吉とエドワードにばれぬ様、小声で相談をはじめました。
「この闇夜。これほどの命中度を持つには近くにいるはずなのだが・・・」
「うむ、気配が無い。」
「腕を狙うならば、せめて17間(30メートル)以内にはおらねばならぬ。
よほどの者としか思えん。」
「うむ、ここは一旦引くか。」
「そうしよう。全滅しては元も子もない。」

そう話が決まると、一人の忍者がエドワードに話しかけました。
「南蛮の。貴様の言葉は受け取った。
オランダ商人の話は事実と伝えればよいのだな。
しかと伝えよう。貴様も命がほしくば早く出て行くことだな。
ここにいる限り、我々はいつでも命をいただきに来るぞ。」
そう言うと、忍者は後ろに下がり、暗闇の中に溶け込んでいきました。
手傷を負っていた忍者と、もう一人の忍者はいつの間にか姿を消していました。
たいまつのともる中、勘吉とエドワードの薄い影だけがゆらゆらと揺らめいていました。




第4話 ニッポン防衛ぼうえい大作戦

 冷たい風が気持ちよく拭きぬける、ある明け方。
食事を終えた老中の阿部は、今まさにお城へ出勤する所でした。
「んな、行ってくる、母のことは頼んだよ。」
阿部が手を振り上げると、後ろで正座している二人の子供達は
いってらっしゃいませと大きく頭を下げました。

 阿部はそのまま振り向きもせず、玄関の前に待たせてある大名駕篭かご
勢いよく乗り込みます。
 周りをとりまいている護衛のサムライが駕篭の扉を閉めると
玄関にいる子供たちに頭を下げて、そのまま老中を運んでいきました。

 この老中阿部氏。年は30歳を越えたくらいでしょうか?
50歳やら70歳やらベテランの大名が渦巻く中で抜擢された
新鋭しんえいの老中です。
 老中という仕事はとても偉い仕事なので、阿部は色々うとまれたりしていたのですが、
そこは気鋭の才人、阿部。のらりくらりとかわして、仕事に勤しむのでした。

 そんな阿部氏についたあだ名は「八方美人」。

とにかく、老中阿部正弘あべまさひろはあふれる能力がありながら
なかなか認めてもらえない、何かついていない人でした。

 その阿部がギッシッギッシと駕篭に揺られながら城に向かっていると、
護衛のサムライがコンコンと駕篭をたたいて、話しかけてきました。
「阿部様、アメリカからの間者の件でお話したい事がございます。」
「ほう、どうした?」
「やはり何名かのアメリカ人が、我が国に潜入している様でございます。」
「ほう、それで?」
「はい、見つけ次第始末する様にはしていたのですが、ひとつ報告したい事が
御座いましたので…」
「申せ。」
「はっ。その潜入しているアメリカ人の一人に『エドワード』と名乗るものがおり、
オランダ人の話す事は本当であるぞと伝える様、話したそうです。」

 老中はビックリしたらしく、駕篭は大きくグラリと揺れました。
「本当に!?して、そのエドワードとやらはどうした!」
「はい、なにやら高性能な鉄砲を持った者を連れているらしく、逆にこちらの忍びが
一名怪我をしております。
 エドワード一行はまだ動いていない様で…」
「でかした!!そのエドワードとやらを生け捕りにせよ。
ただし、逃げ切られそうな時は始末してよし!」
「はっ!!」
そういうとサムライは、タタタタとあさっての方向へ走ってきました。

 足音が聞こえなくなると、阿部は後ろにドカッともたれかかり、
大きなため息をついていいました。
「そうれ、言わんこっちゃない…」


それは、数ヶ月前の事。

長崎の出島より一人の役人が、重要な話があるとわざわざ江戸、
阿部の屋敷まで訪れてきたのです。

 普段であれば会うことも無いのですが、阿部は当時海の防衛に関する仕事にも
たずさわっていたので、『長崎=海』の海つながりで興味が沸き、
会うことにしたのでした。

 その役人は長崎から休みをいとわず飛んできたと見えて、
着衣も大変よれていました。
 後から客間に訪れた阿部が「着衣が乱れておるぞ。」とたしなめると、
役人は申し訳なさそうに襟を正し直すのでした。

 阿部がその役人に話を聞くと、役人いわく、
オランダ商館長より伝え聞いたのだが、アメリカという西洋の新興国が、
日本と仲良くしたがっている。
 近いうちに、アメリカは新兵器を携えて、開国するよう訪れる。
というものでした。

 阿部は驚き、その話をいち早く当時の幕府官僚に話し相談したのですが、
「んなわきゃねえだろ、来なかったらお前責任取るのかよ?」
と、誰もまともに取り合ってくれません。
 
 まぁ、それも確かに無理はありません。
話自体、オランダ商の一館長が言ってるだけで、どこからの情報か分かりませんし
信憑性はありません。
 そもそも、そんな大事な話を知っているのがなぜオランダ商館長なのでしょうか?
 そう考えると、阿部もなんだか信じられなくなるのでした。

しかし。

 しかしながら、もし、この話が本当の事ならば、どうでしょう?
近いうちに本当に最新兵器を携えた兵隊が、このニッポンに来るとしたら?

 ニッポンは島国なので、大陸からの攻撃や他民族の攻撃というものを
あまり受けたことはありません。
 最後に受けた攻撃は、『蒙古襲来』500年以上前のお話です。

でも、もし仮に今、この国が外国から攻撃されるような事になれば、
どうでしょう?守りきれるでしょうか?

 そう考えた阿部は、自分のお金を使って浪人と忍者を雇い、
本当に大丈夫かどうか調査することにしたのでした。
 そして、結果はご覧の通り。アメリカからやってきたスパイが
ニッポンの現状を調べているのです。

 阿部は、この事を他の官僚に話しましたが、今度はのらりくらりと避けられて、
まともに話を聞いてくれません。
 外国から敵が来るなどと、ほかの人には到底信じられないことだったのです。

 この時から、アメリカ対阿部の小さくも大きい
『ニッポン防衛ぼうえい大作戦』が始まりました。

 阿部は、もう幕府官僚は信用できませんし、話しても分かって貰える様な気が
しませんでしたから、自分の忍者を使ってスパイ狩りを始める事にしました。
 すると、今度はエドワードを言う鉄砲を持ったスパイまで現れ、あまつさえ
オランダ人の言う事は本当だと、逆に仕掛けてくる始末。

 もう、阿部はどうしたものかと本当に困り果ててしまいました。
「あーぁ。官僚達と、もうちょっと本音で話しておくようにすりゃ
良かったかなぁ?」
 阿部は人間関係の難しさを悔やみましたが、そればっかりもしていられません。
 とりあえずは、エドワード。
この男をさらって、情報を聞き出すことが先決です。
 さすれば、たとえ戦艦が攻めてこようとも、なにかしら対応する方法が
見つかるかもしれません。
 この男の情報は、こちら側に有利に働くことは間違いないはずです。

 そんなことを考えていると、駕篭はがたりと音を立て、ゆれがぴたりと止まりました。
「御老中様、御着きになりました。」
「うむ。」
一言声を発すると、阿部はピシリと襟を正し、
肩で風を切りながら、城内へと入っていくのでした。



第5話 さよならエドワード

 大件寺の忍者騒動の次の日。
エドワードと勘吉はいつものように、朝ごはんの用意をして
いただきますっと、温かいご飯を口の中に押し込んでいました。

 勘吉はエドワードの監視役になってから、いつも温かいご飯を
腹いっぱい食べれる様になったので、エドワードが来る前から比べると
一段と大きくなっています。

 そんな勘吉が、モリモリとご飯を食べているとエドワードが
箸を止めて、神妙な面持ちで勘吉を見つめていました。
「ん、どしたのエド?食べないの?」
勘吉がエドワードに尋ねると、エドワードはたくわんを箸でつつきながら
首をかしげて答えます。
「勘吉、昨晩あんな目にあったばかりなのに、よくそんなモリモリご飯
食べれますネ。あほなんですか?」
 エドワードが、辛気臭い顔をしながら勘吉に訊ねると、勘吉は
モリモリご飯を食べながら答えました。
「もう!エドはいつまで忍びの者に襲われてるつもりなんだよ。
もう、今はいないだろ?襲われてないだろ?
今ご飯食ってんだから、ご飯食えって。
 それと、あほうって言葉の使い方、間違ってる。」
エドワードを見ながらそういうと、勘吉はまたモリモリとご飯を食べ始めるのでした。

 そんな朝の大件寺に、突如大きな声が響き渡ります。
「エドワード和尚はご在宅か?」
その声を聞いて、何事かとエドワードと勘吉が2人で玄関に行くと、
そこには二人のサムライが立っていました。

 二人のサムライはエドワードを見て、感心した様にほうっと声を上げます。
「お主がエドワード和尚でござるか?」
 サムライが言うと、エドワードはそうデースと素直に答えました。
すると、
「拙者、所在は明かせぬが幕府ゆかりのものであります。
名を村上太兵衛、隣にいるのは原田太郎右衛門でござる。」
とていねいな挨拶を始めます。
 隣のサムライは、エドワードと目が合うとぺこりと頭を下げました。
「実はエドワード殿に我が徳川幕府より非公式ながら出頭の指示書が
来ているのでござる。
共に江戸までお付き合い願えぬだろうか?」
 二人のサムライは仰々しくエドワードに語りかけました。

エドワードは一つ深いため息を吐いて間をあけると、
ポツリと一言こぼしました。
「非公式と言う事は、この件に関してはなにも幕府は動いていないと?」
サムライは眉一つ動かさずして、答えます。
「左様、しかし決して軽々しいものでは御座いませぬ。
我が命に引き換えにしましてもお連れしますぞ。」
二人の侍は落ち着きを払いながら、静かに答えました。
勘吉はそれを見て、これがサムライというものかと、少し感心をしたのでした。

 少し間をおき、エドワードがお断りしますと答えた瞬間、左側にいた
原田の手が、腰の刀へそえられます。
 カチャリと音がし、刃が空を切りながら薄暗い玄関に姿を現します。
「御免!!」
気を飲み込んだ大きな声が玄関に響くと、原田は大きく刀を振りかぶりました。
 エドワードは横にいた勘吉の髪をぐいっと掴むと自分の前に引っ張ります。
「あったたた!!」
 勘吉は、また俺が人質役かよと内心呆れながら、怯えた様子で二人のサムライを
見つめました。
 忍者の時とは違い、サムライの手はぴたりと止まります。
それを見たエドワードは叫びました。
「ついにこの日がやってきてしまったデスね!
私はこの村を出て行かねばなりません!!」
 それは、誰に語りかける訳でもありませんでしたが、
勘吉には自分とエドワードの大きな転機になる言葉として
大きく心に響きました。

村上が答えます。
「アメリカの!!お主にも「人としての道」がおありであろう。
さ、その子を離して観念なさい!引き際が肝心ですぞ!!」
 エドワードは中指と親指を立てながら、大きな声で言いました。
「ファック!この辺境ジャップ共!!
そこを空けなさい、この子殺しますよ!」
 そういうと、エドワードは腰の小刀を引き抜き、勘吉の喉元に刃を当てると
首元を浅く切りつけました。
 浅い傷ではありましたが、一筋の血が勘吉の喉元をつたいます。
二人のサムライの眼に、怒りの相が浮かびました。
 勘吉にはいきなりの事で、何が起きているのが分かりません。
ただ、エドワードがいつものエドワードと違うように感じました。
「そこを開けなさい!!」
 サムライは刀を鞘に納めながら、右と左に分かれました。エドワードの前に
外の光が差し込みます。

 エドワードは勘吉を前にして、ゆっくりと表に出ていきます。
サムライ達の前を通り過ぎ、外へ出ようとした瞬間。右側にいた村上が
目にも止まらぬ速さで刀を引き抜きました。
 エドワードは勘吉の首に当てていた小刀で刀を受け止めましたが、
村上の刀は小刀を切り、そのままエドワードの肩口へ切りつけます。
 勘吉はエド!!っと叫ぼうとしましたが、それより早くエドワードが
勘吉の髪を引っ張りあげそのまま表に出た為、声を出すことが出来ませんでした。
 エドワードは門の前まで走りぬけ、くるっと振り返るとその先には
左手に刀を握り締め、猛然と駆け抜けてくる村上と原田の姿がありました。
 エドワードは護身の小刀を切られてしまいもう武器がありません。
 武器の無いエドワードが身を守るすべはただ一つ。
どこか得体の知れない所からいつもこちらを伺っている仲間の
鉄砲を使うことです。
 勘吉は思わず叫びました。
「おサムライさん!だめだだめだ、こっちに来ちゃだめだ。」
勘吉は力いっぱい叫びましたが、二人のサムライの足は止まりません。
それどころか、身を低くしてさらにスピードを上げこちらに走り抜けてきます。
エドワードは勘吉にうるさいと言わんばかりに髪を引っ張りあげ、
原田の方へ指をさして叫びました。
            「アタック!!」

 その瞬間、原田は血しぶきを上げながら、つまづいた様に
その場に転げこんでしまいました。
 村上は一瞬訳が分からないようでしたが、自分の顔に飛んだ血しぶきを手で拭い
状況を理解しました。
「うわさの仲間か!!どこだ!」
村上は剣先を下ろすと、気配を感じるため肩の力をぬき、浅い呼吸を始めます。
 大きくこけた原田は、左腕を押さえながらゆっくりと身を起こします。
原田の大きな腕には血がしたたり、その血は刀の方まで流れていきました。
「大丈夫か?」
村上は声だけで原田に語りかけます。
「おうよ、かすっただけじゃ。」
原田は傷を見ながら、そういいました。
 エドワードはそんな二人を見ながら、大きな声で
「その刀をこちらに投げなさい」と言いました。
 村上はふざけるなと目で訴えかけましたが、結局やる気のなさそうに
エドワードのほうへ刀を投げるのでした。
 刀はエドワードの前に落ち、それを拾い上げたエドワードはまた勘吉の首にあて
そのまま後ずさるように、寺の門をくぐりぬけ外へ出て行きました。

 田のあぜ道を歩くエドワードと勘吉を先頭に、二人のサムライが飢えた野良犬のように
後を付けていきます。
 それを見た村人は一体何事があったのかと右へ左への大騒ぎになりました。
勘吉は何も言いませんでしたが、エドワードがもうこの国を出て行くつもりなのだと
直感で感じるのでした。

 エドワードは血のにじむ袈裟を気にもせず、村から出ていく本道へ向かって歩いていきます。
村のはずれへ着く頃には2人のサムライを先頭にした、人のかたまりが出来上がっていました。
 村人の視線は、始めてエドワードがここに来た時と同じように、皆困惑に満ちた
顔をしているのでした。
 しかしエドワードは全く気にしない様子で村の外へと向かって歩いていきます。

本道にたどり着いたエドワードが外に出ようとした時、後から勘吉を
呼び止める大きな声がしました。
「勘吉!!勘吉!!」とその声は悲壮さをおびています。
 髪を引っ張りあげられた勘吉が何とか振り向くと、そこにはおとうとおかあが
人ごみを掻き分けながらこちらに向かってくるところでした。
「おとう、おかあ、俺は大丈夫だから安心してよ!!」
勘吉はめいっぱい叫びました。
 エドワードはその声を聞いて足を止めると、冷たい目をしたまま
くるりと後ろを振り返りました。
 エドワードの目の前には、打てば弾け飛ぶような怒りが渦を巻いています。
今エドワードは刀を離せば間違いなく皆に叩き殺されてしまうでしょう。
勘吉は人とはこんなにも恐ろしくなるものかと、背筋に悪寒が走りました。

「頼むよ、頼むから勘吉を返しておくれよ。」
勘吉のおかあは身を乗りだしてエドワードに語りかけます。
 しかし、エドワードはあいもかわらず、無表情なままでした。
それどころかその視線ははるか後ろにある大件寺を見つめたままで、
どこか心あらずな感じさえするのでした。
「おう、母上殿。私が無事に海に出ることが出来れば、勘吉は必ず
返しマース。だけど今は返せまセン、今、私達の命は一蓮托生なのデス。」
 そういうと、エドワードは袈裟をひるがえして、そのまま村を出て行きました。
 おかあはその場で泣き崩れ、おとうはそんなおかあの身を案じ、肩を抱きしめて
励ますのでした。
 村人が同じように村から出ようとするのを、原田が止めました。
村上は「頼んだぞ」と一声残し、一人エドワードの追跡を始めるのでした。



第6話 きずなの重み

 村を後にし、エドワードと勘吉が歩いていると大きな木が見えてきました。
そこは、初めてエドワードと勘吉が出会った場所でした。
 勘吉が、こんな事になってしまうとはなぁと木を見つめながら考えていると
勘吉の頭の上にパタパタと何かが落ちてきました。
 襟首を持たれ前を歩かされている勘吉が見上げたその先には
先程のクールなエドワードはどこにも無く、顔をくしゃくしゃにして泣いている
大男がいるだけでした。
「ソーリーソーリー、皆さんありがとうございました。ありがとうございました。
ありがとうございました。ありがとうございました。」
 エドワードは何度も何度もいいながら、時おり感極まったように様に
顔をしかめると、また「ありがとうございました、ありがとうございました」
とはじめるのでした。
「エド、気にするな。俺はちゃんとわかってるさ、加兵衛さんもわかってくれてるさ。」
励まそうとした勘吉の言葉に、またエドワードはクーッと泣き始めるのでした。

 後をつける村上は、そんなエドワードの大きな背中を見ながら、
色々考えていました。この男、何を見るつもりでこの村に来たのであろう?
どのような情報が欲しかったのだ?
 村上の心は色々な事を思い浮かべましたが、今は任務を遂行すべしと
頭を振り、邪念を振り払うのでした。

 勘吉は歩きながらひそひそと小さな声で語りかけました。
「エド、本当は怖い奴だったんだね、また騙されてたよ。」
「オゥ、ノゥノゥ!!勘吉は相変わらずあほですネ、よく考えて
もの言いなさい。私この国に味方ほとんどいないですよ、
危うくなったらこれくらいして当たり前デス!!」
鼻水をすすりながら話すエドワードは、いつものエドワードに
戻っていました。勘吉は続けます。
「いや、それにしてもひどいよ。村人は皆カンカンに怒ってるよ。
第一エドワード皆に紹介したの俺だし、いい迷惑だよ。」
「大丈夫デース、私勘吉を人質にしましたし、首ちょっと切って血出して
やったからたぶん村人も、あー勘吉のあほうは騙されたんだな、
本当にあほうだなっと納得してますよ。」
「おいエド、お前も切ってやるから刀かせ」
っと勘吉は刀を奪おうとしました。
「オゥ、これ奪ったら勘吉撃ち殺されますよ。」と冗談めかしながら
エドワードは取られないよう、刀を振り上げ遠ざけるのでした。
 その様子を後で見ている村上は気が気でありません。
何事も無い様祈りながら、ぴりぴりした様子でその光景を眺めているのでした。

 さて日もだいぶ低くなり、あたりがだいだい色に染まろうとする頃、
エドワードと勘吉は潮の香りが漂うあたりまで歩いて来ていました。
 ここまでくれば、海はもう近くです。土も浜砂っぽいものになり
わらじに紛れ込んできます。
 勘吉はずっと心に置いていた一言をはくか、はくまいか悩みました。
 「エド、もう帰っちゃうのかい?」
言ってしまえば、エドワードは必ず帰ると言うでしょう。
その為にここまで歩いてきたのですから。
しかし勘吉は聞いてしまうと、絶対帰ってしまう気がして
聞きだす事が出来ないのでした。
エドワードは何も言わず、海に向かって歩いていきます。

ざざーん

いきなり波の音が近くなり、勘吉は頭を上げて前を向きました。
目の前には大きな大きな海が広がっています。
 エドワードは歩をゆるめることなく、マイペースで歩いていきました。
 勘吉はどんどん歩くペースが落ちていきます。
それに気付いたエドワードは、くいっと襟首を引っ張りあげ、
話しかけました。
「んー?勘吉、疲れましたか?もうそこです。
あの松の木にボートがくくりつけてあります。
私、あれで帰りますヨ。」
 勘吉が松の木に目をやると、いっそうの船が縄でくくりつけてありました。
ちくしょう。
勘吉は心の中で叫びました。
やがて、エドワードはなわを解き、勘吉と一緒に海へ向かって
引きずっていきました。

 船の舳先が水辺へ降ろされた時に、勘吉は我慢できずエドワードに尋ねました。
「帰るの?このまま?あっさりと?」
エドワードはボートを触りながら、振り返りもせず
「えぇ、まずは待ち合わせの場所へ行き、その後合流する予定です。」
そう答えました。
勘吉は泣くのをこらえながら
「そうか。気をつけろよ。」
と一言いうと、もう後は何も話しませんでした。
エドワードは船に乗り込み、船の上から勘吉越しに村上を見ました。
 村上は20メートルほど先で、大の字に突っ立っています。

エドワードは、村上に向かって大きな声で叫びました。
「日本皇帝へ伝えなさい!!
我々はもう、こんな目にあうのはこりごりデース!!
もう二度と来ません!!
あほたれ、あほたれ!!」
そう言いながら、中指を村上に向かって立てると、
村上も何も言わずに中指を立てて答えました。

エドワードはそれを確認した後に、勘吉に話しかけます。
「勘吉、ついにお別れのときが来ましたね。
短い間でしたが、本当に楽しかったです。これで最後になりますが、
何かありますか?」
「エド、、もう来ないの?」
「ンーッわかりません。この国には来るかもしれないですが、もう勘吉とは
会うことは無いでしょう。
次来るのは、、、、来るとすればキャプテン・マシューと
一緒と言うことになるでしょうし。」
「キャプテン・マシューってどんな人なの?」
「おっさんですよ、酒呑みの。めっちゃ酒呑みます。あれは酒でやられますよ。たぶん。」
勘吉は、はははと笑いました。笑うと今までこらえていた涙が、
一筋ほほにこぼれました。
 それを見届けたエドワードは、勘吉の足元に刀を突き刺し、そのまま砂浜を蹴って
船を沖へと押し出しました。
 船は解き放たれたように沖へ沖へとすべっていきます。
不意をつかれた勘吉は、はっと笑うのをやめ叫びました。
「エド!エドワーーッド!!」
 エドワードは大きく笑って手を振ると、そのまま沖の方を向いて
オールをこぎ始めるのでした。

勘吉は、こらえきれなくなってウーッと泣いてしまいました。
追いかけようとも思いましたが、目の前にささった刀が
男らしくないぞと言っているようで、追いかけることは出来ないのでした。
 やがて、後ろからやってきた村上が勘吉の肩の上に手を置きます。
勘吉にとっては、村上等どうでもよかったのですが、
その村上の体から放たれた、嗅ぎ覚えのある臭いが鼻につき勘吉は泣くのをやめました。
 その臭いは火薬の臭いでした。
「安心しろ。しとめてやる。」
村上はそう言うと、勘吉を掴んでいる手に力が入ります。
村上の後ろからは、火縄銃を持ったサムライが二人駆けつけてきて
勘吉の横に並びました。
「おちつけ、一発でしとめろ」
「はっ」
 タスキがけをした二人の男は、エドワードに銃口を向けると
慎重にエドワードを狙い引き金に指をあてがいました。
 エドワードは、何も気付かないままマイペースに舟を漕いでいます。

これは大変!!

 勘吉が大声で知らせてやろうと息を吸い込んだその時、火縄銃の一丁が
はじけるような音と共に、空高く飛びあがりました。
 村上も勘吉も二人の射手も、一瞬何が起きたのか分かりません。
しかしその後、遠くの方から、軽く弾ける様な聞きなれた音が響いてきました。
タスーン、、
「エドの仲間だ!!」
勘吉は村上に叫びました。
「エドワードが言ってました、アメリカの持つ最新兵器です。
まだ仲間がこの国に残ってるんだ!!」
 4人が音のする方を見ると、そこには大きな川が流れていました。
川の向こうは松の林です。
 しかし、ここまでの距離はざっと50メートル。
火縄銃では到底狙える距離ではありません。
二人の射手は、まさかと冷や汗を流しました。
 「あの兵器は西洋の最新兵器らしいんです。たぶんこの距離でも
狙うことが可能なんだ!!」
 勘吉はその技術力の高さについつい声を出してしまいました。
しかし、村上としてはたまったものではありません。
村上は残った火縄銃を持つ射手に早く撃つよう促しました。
 その瞬間、残っていた一丁も火花を散らしながら、弾けるように
真横に飛んでいってしまいました。
 何も気付かないエドワードはもう、だいぶ小さくなっていました。
勘吉は心の中で「さようなら」とエドに語るのでした。

 ーさて、川の向こう、松の林の中では太い葉巻を吸いながら
冷や汗を拭いている一人の男がいました。
「いやぁ、よく当たったもんだ。たいしたもんだ。」
 自画自賛しながら、その最新鉄砲を片付ける男は村の名主、加兵衛さんでした。
加兵衛さんはあの夜、エドワードから頼まれこの最新鉄砲「ミニエー」と
葉巻たばこ、大金等を積まれていたのです。
「一ヶ月の約束だったが、思ったより早く出て行ったな。」
ぷかりと煙を食いながら、とぼとぼと帰っていく村上と勘吉を
見つめて言いました。
「悪かったなお侍さん。これも全て村の為にじゃ、村為じゃ。」
そう言いながら、片付けが終わった加兵衛さんは荷物を背負い
そのまま村上等の後ろをついていき、一緒に村に帰っていくのでした。

(終わりに)

 その後、勘吉は村に帰り、おとうとおかあの住む家に戻りました。
家に帰ってからしばらくしたある日、おとうは勘吉に言いました。
「やーこ(あかちゃん)が出来た。」
 勘吉が出ている間に、おかあのお腹には赤ちゃんが宿っていたのでした。
おとうとおかあは勘吉に、お前が寺を守ったから神様が授けてくれたんだと
教えてくれました。
 勘吉はとても喜びました。

 それから勘吉はおかあの代わりに畑に出て、一生懸命働きました。
 おとう程ではなかったけど、勘吉の畑にもたくさんの野菜が実りました。
やがて勘吉にも妹ができ、家は更ににぎやかになっていきました。
もうエドワードの事は、遠い記憶になりつつあったのでした。

 そんな時、あのサムライの村上と原田が息もきれ切れ、はかまをまくり上げて
加兵衛さんの所に走って来ることがありました。
サムライの原田と村上は、あの事件以来、村の調査という名目で
この村の守護に関わっていたのです。

 「おい、加兵衛!大変じゃ大変じゃ!!」
二人は、加兵衛さんを見つけると息を切らしながら話し出します。
「加兵衛大変じゃ、外国の軍船が攻めてきおった!
あの、エドワードのあほう!!もう来んとかぬかしおって!!…
どうやら我が殿はその言葉は信用して、何の対策もしておらんのかった
みたいなのじゃ!!
とりあえず、お主も話しに加われ!!」

 加兵衛さんは村上と原田に連れて行かれてしまい、しばらく帰って
来ませんでした。
 ようやく開放された加兵衛さんから話された話は、
「江戸は浦賀に外国の黒船が来たらしい。でっかい船で船長は
確か、、、ペリー提督、マシュー・ペリー提督と言うらしいぞ。」
 それを聞いた勘吉は、エドワードの言っていた
キャプテン・マシューの話しが頭によみがえって来ました。
「キャプテン・マシューだ!」
 勘吉は大きな声で言いました。
加兵衛さんも知っているようでしたが、ニヤリとしただけで
勘吉の方を振り返ることはありませんでした。

 さっけのっみマッシュ♪さっけのっみマッシュ♪
勘吉は楽しそうに歌いながら畑を耕します。
 今この国でペリーが酒好きなんて知っているのは俺と加兵衛さんくらいだろうな。
そう思うと勘吉は何かワクワクしてきました。
 たぶん、エドワードもその船に乗っていることでしょう。
でももう、会おうとは思いませんでした。
 今の勘吉にとっては、この村で作物を作るという
大切な仕事があるからです。
 勘吉はあの時よりもまた一段と大人になっていたのでした。

 一方、加兵衛さんは加兵衛さんで、暇を作っては庭先に出、
誰にも見られないように銃を構えたりして、秘密の趣味に
精をだしたりしているのでした。

おわり














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