「ねえ、夏音。早瀬君、どうしたの?」
昼休みに、一緒にお弁当を食べていた親友の佐々木 彩が、訪ねてきた。彩の視線の先には一人の男子生徒、早瀬 樹が、焦点の合わない目でグランドを眺めている。
なぜ、彩が私にこんなことを尋ねるかというと、私と樹が幼馴染だからだ。もちろん私は樹の様子がへんな事情も知っている。
「どうして?」
「どうして? って、明らかに様子がおかしいじゃない」
色々と詮索されるのも嫌なので、差し支えない程度に話すことにした。
「樹、失恋したのよ」
「えっ、夏音、早瀬君振ったの?」
私は、思わず飲んでいた紅茶を噴出しそうになった。
「なんでそうなるのよ!」
「なぜって、夏音と早瀬君、付き合っているでしょう?」
「付き合ってないわよ! あいつとは、まだ幼馴染のままよ」
彩がニマリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。うっ、しまった。失言だった。
「ま、だ、幼馴染のまま。ねぇ」
「なによ。言いたいことは、はっきり言いなさいよ」
そうは言ってみたものの、彩のからかいに顔が熱くなった。
「なにも〜」
ニヤニヤする彩から視線をはずして照れ隠しにお弁当を頬張る。そんな私を見ながら彩が真剣な表情をする。
「でも意外ね。早瀬君、女の子から告くられても、好きな人がいるからって断るじゃない。好きな人って夏音だと思っていたよ」
「何でそう思うのよ」
私は、食事を中断して彩に尋ねる。
「だって、幼馴染だし」
「幼馴染は、関係ない!」
即刻、否定する。
「夏音、早瀬君のこと好きでしょ?」
「私は、樹のことなんて……」
狼狽する私を、彩はまたニヤニヤと見る。そして、止めを刺しにきた。
「好きじゃないの?」
私と彩の間に沈黙が訪れる。彩は何も言わずに私の答えを待っていた。
「好きだけど、樹が好きな人は、他にいるから……」
そう言った私は、泣きそうな表情をしていたと思う。
「樹、授業終わったよ」
私は、樹に声をかける。これもいつものこと。
「夏音か、寄りたい所があるのだが良いか?」
「ジュース1本で、付き合ってあげる」
いつもの軽口。でも私は、内心びくびくしていた。樹の様子がいつもと違うから、樹が何を考えているかも、わからなくなっていたんだ。でも樹はいつもと同じ笑顔を私に向けてくれた。
「ああ、いいよ」
いつもと同じ反応。それが、とてもうれしくて、自然に顔がほころぶ。
「それで、どこによるの?」
「ああ、花屋だ」
「花屋? 樹が? 似合わない」
私の反応に、樹が苦笑した。
「ひでぇな。でも、花より団子だからな。俺もお前も」
さらっと私まで、同類にする樹。
「それは、樹だけだよ。私は花のほうが好き」
私のセリフに、疑わしげな視線を向ける樹。そして、ため息をついた樹は、かばんを持って教室を出て行く。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
「嘘つきは置いていきます」
振り返らず、右手を振る樹。
「ちょっと、まてー! 誰が嘘つきだ」
私はすたすたと先に行く、樹の背中に飛び乗った。
「樹君、いらっしゃい」
花屋の女性店員は、樹の姿を見て微笑んだ。そして私のほうを見たので、ぺこりとお辞儀する。
「あら、樹君の彼女?」
「違いますよ。例の花を贈りたい人の妹で、幼馴染の夏音です」
その言葉を聞いて、少なくないショックを受けた。やっぱり私は樹にとって、ただの幼馴染でしかないのかと。
「夏音?」
樹が私を呼ぶ。私は、あわててその女性に挨拶した。
「風間夏音です」
「私は、秋野梢。ここの店長よ。よろしくね、夏音ちゃん」
「あ、はい」
梢さんの印象はとても優しそうな人だというのが一番だった。穏やかで優しそうな人。外見とかは違うけど、雰囲気がお姉ちゃんに似ている。
「季節はずれで苦労したけど、ちゃんと用意できたわよ。樹君」
そういって梢さんは奥から、可憐な花を持ってきた。
「きれいですね?なんて花なの?」
私の問いに、答えたのは梢さんではなく樹だった。
「アイレンだよ。花言葉は『幸せになってください』というんだ」
「これ、おねえちゃんに?」
「ああ、結婚式にふさわしいだろ?」
樹は、アイレンの花をいとおしげに見つめた。そのアイレンの花の先に見ているのは、お姉ちゃんの姿。そんな樹を見ているのが辛い。樹が喜ぶならその想いを叶えてあげたいけど…… 明日、お姉ちゃんは結婚する。
「それじゃ、明日取りに来ますので、よろしくお願いします」
樹はそういって店を出る。続いて店を出ようとした私を、梢さんが呼び止めた。
「これは、ホトトギスという花の苗だけど、夏音ちゃんにあげる。大事にしてあげて」
「はい。ありがとうございます」
私は小さなそれを受け取った。
「花言葉は、『秘めた思い』というの。樹君の想いは、秘めたままになりそうだけど、夏音ちゃんの想いはいつか伝えられるといいね」
そういって、微笑んだ梢さんのまなざしはとても優しかった。初対面の人に気がつかれるほど、表情が顔に出ていたのだろうか。
「ありがとうございます」
私はお辞儀をしてから、樹の後を追った。
昨日は、家に帰ってから梢さんの言葉が気になり、アイレンについて調べた。そしてそこには、『秘めた思い』があって、でもそれは、樹のけじめだと思う。そうなら私は樹に何もしてやれない。できることは、見つめることだけ。
目の前で純白のドレスに、包まれたお姉ちゃんはとてもきれいだった。お義兄さんになる人は、たっぷり30秒ほどは声を出せずにいたほどだ。
「秋音さん。結婚おめでとう」
控え室にやってきたのは、樹だ。アイレンの花束を抱えている。
「こんなものしか贈れないけど……」
樹は、お姉ちゃんに花束を渡す。お姉ちゃんは、受け取った花束に顔を近づけて香りを吸った。
「ありがとう、樹君。私、花は詳しくないけどきれいな花ね。何という花?」
「アイレン。アイレンというんだ、その花。そして花言葉は『幸せになってください』…… といいます」
たぶん樹は、もう一つの花言葉を言ってしまおうか迷ったのだと思う。それがあの間になったのだろう。でも樹は言わなかった。そしていつもの笑顔で「結婚おめでとう」とだけもう一度、告げた。
私と樹は、二人きりでロビーにいた。まだ披露宴は続いている。
「何故言わなかったの? もう一つの花言葉」
私の問いに樹はしばらくの沈黙したままだったが、ゆっくりと口を開いた。
「秋音姉さんが、とっても幸せそうな顔で笑ったんだ。その顔を見ていたら何もいえなかった。たぶん俺では、そんな表情をさせてやれないから」
「そう。でも大丈夫?」
「ああ、あの顔見たら吹っ切れたよ」
私は、樹にハンカチを差し出した。樹の目に光るものを見つめながら。
「嘘つき……」
アイレンの花言葉は『幸せになってください』。そして、もう一つの秘められた花言葉は、『私もあなたが好きでした』……
私は、樹の肩に持たれかかり、一緒に夜景を眺めていた。どれくらい時間が経っただろうか。樹が声をかけてきた。
「ハンカチ、洗濯してから返すよ。もう、戻ろうか」
私としては名残惜しいが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
私は姉がプレゼントされた花束の中から、一本もらってきた向日葵を樹に渡した。
「それじゃ、この後はこの向日葵のように前向きに笑ってね」
「わかったよ」
会場に戻る樹のあとを追いかけ、彼の袖をちょっと遠慮しながらつかむ。
いつか、樹は私の想いに気が付いてくれるのだろうか? でも気が付かなければ、無理矢理にでも気が付かせようと思う。今、決めた。
だけど今日は、向日葵に私の想いを託そう。
向日葵の花言葉は、『あなただけを見つめています』。
|