空に落ちる。(45/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



44:月を追いかける。


 今までないがしろにしていたことが、どれだけ大事だったか。
 五月病だから、なんて言って逃げてた人間関係が、結局はあたしを救ってくれる。
 誰かの温もりは、いつだって体の芯まで届いて、なによりも快い。

 佐村も晶子も、なんでこんなに優しいんだろう。

 じわじわとにじみ出る涙で、視界はゆらゆらと揺れる。
 まばたきした瞬間零れる滴は、ぽたりと落ちて、あたしの拳にじわりと沁み込んだ。

「でも、もう遅いよ。あたし……断っちゃったもん」

 佐村の切なげな瞳が頭から離れない。寂しそうに悲しそうに……でも笑ってた。
 あたしを傷つけまいと、佐村は笑顔を絶やさなかった。

 空に浮かぶ月のように。
 孤独な月は、夜空にただひとつ、青白く佇む。

 あたしは――

 月に追われているようで、追っていた。

 縮まらない距離を埋めようと走って、けして届かないのだと、気付いてしまう。
 立ち止まったら、見上げることしか出来ないことを知ってしまった。

 この距離を埋める術なんて、どこにあるのだろう。

「遅くなんかない」

 力強い晶子の声が、あたしを引っ張りあげる。
 凛とした綺麗な瞳。弧を描く線はくっきりとまぶたを彩り、その瞳を強く印象付ける。

「郁ちゃんがいっぱい悩んで考えて出した答えでしょ? 郁ちゃんが答えを出すために必要な時間だったんだから、遅くなんかない」

 あたしに必要だった時間――。

「それでだめだったら、それが運命だったんだよ。だからさ、とりあえずぶつかってみな」

 手を強く叩かれる。だけど、痛くない。

 あたしには、たくさんの時間が必要だった。
 不条理すぎるこの気持ちを整理していくには、たくさんの時間を費やさなければいけなかった。

 懐中時計を持った兎のように大慌てで走っても、必要な答えなんて見出せない。

 立ち止まってうろうろして引き返して、それを繰り返してようやく見つける。

 それが、あたしの出す答え。

 きっと、それでいいんだ。

 どんな形であれ、あたしが決めたこと。あたしの道。あたしの運命。

「うん……。ありがとう」




 ***

 カラオケルームに戻ると、しんみりムードに変わっていた。
 失恋ソングをうまい具合にビブラートを駆使して、岡本が歌い上げる。
 路上ライブに聞き入る聴衆のように、皆、頭を揺らしていた。

 なんだ、この空気。入りづらい。

 変わらず前の席に座る佐村の横には、女の子がくっつくように座っていて、頭を揺らすふりして、佐村にすり寄る。

 二人は時折会話を交わしているようだが、入り口にいるあたしからはその声は聞こえてこない。

 佐村は、なんだかんだでモテる。
 顔は別に普通だと思うんだけど、なぜだかモテる。

 あの子も、きっと佐村が好きなんだ。

 ちらちらと見る視線が、それを訴えてるのがわかる。
「好き」とビームを放ってる。
 佐村はにこやかに笑って、彼女にあいづちを打ってる。

 なんか、いらつく。

 唇を噛み、湧き上がる意味不明な感情を押し殺そうとしていたら、耳のすぐ脇でけたたましい電子音が響いた。

 思わずビクリと肩を震わせながら、音の発信源を見やる。
 電話だ。どうやら、終了時間を知らせるための電話らしい。

 電話に出ると、店員がハイテンションな声で「あと十分でーす」と告げてくる。
 三時間は思った以上にあっという間に過ぎたようだ。



 ***


 カラオケから出たら、もう夜空になっていた。
 雲が出ていることがわかる、少し明るい紺色の空には、星はあまり見えない。

「ファミレス行く人ー」

 呼びかける声に、手をあげるものもいれば、あげない者もいる。
 あたしはもちろんあげていない。

 佐村は、あげていなかった。

「えー! ほーちゃんも行こうよー」

 佐村の腕に絡みつくのは、さっき佐村の隣にいた子。
 彼女の視線が、一瞬あたしを捉えた。
 ゆるいパーマのかかった髪をかき上げて、勝ち誇ったような笑みを浮かべてくる。

 なに、あれ。なんの嫌味?

「ほーも来いよ。お前がいないとつまんねえし」

 岡本がそんなことを言うから、佐村は「しょうがねえな」なんてつぶやいて、参加を承諾してる。

「わー! ほーちゃん来るんだあ! うれしー」

 隣のあの子はぴょんぴょんはねる。
 細い体を揺らして喜ぶ姿は、女のあたしから見てもかわいい。

 あたしもあんな風に振る舞えたら、少しは違ったのかな。

 佐村との関係も、今の環境も。



すいませんっ
また更新が遅れてしまった・・・

明日はきちっと0〜3時更新予定です!






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空を歩く。





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