空に落ちる。(44/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



43:触れたいと思う時。


「で、で?」

 トイレから出てきた晶子は隣に座ると、椅子を動かして向き合う形に直している。
 あたしも仕方なく椅子を動かす。
 話を聞こうと前のめりになっている晶子と、不安げなあたしは、カウンセラーと患者みたいだ。

「佐村と、遊んだ」
「ほうほう」

 さすがに一晩一緒に過ごしました、とは言えない。
 ちょっと遠くまで出かけて二人で遊んだと白状して、その先のことを言いよどむ。
 だけど、そこを話さなければ、核心に触れることが出来ない。

 あたしが聞いてほしいことは、そこにあるんだから。

「……告られた」
「やっぱり!」
「やっぱりって」
「だって、ほーちゃん、郁ちゃんのこと好きっぽかったじゃん」

 佐村、バレバレだったみたいよ?
 隣の席でぼーとしてる女にしょっちゅう話しかけてる男がいたら、誰だって疑いもするだろう。
 そう思うとちょっとおかしくて、笑ってしまう。

「それで? なんて返事したの」

 好奇心いっぱいの目を向けられて、あたしは戸惑いを覚えるが、ここで話を終わらせたら大変なことになる。

「断った」
「なんで!」

 大声を上げた晶子は、慌てて口を塞ぐ。そして、小さな低い声でもう一度「なんで」と聞いてきた。

「よく、わからなかったから」
「わからないってなにが?」
「自分の気持ちが……」

 声を落としていくあたしの様子に、晶子の表情も変わっていった。
 好奇心だけだった顔が、心配そうな顔に変わる。真剣で労わるように優しい表情。

「あたし、男の人が怖いのかも」

 晶子の表情が、あたしの心を開かせた。
 溜め込んでいた気持ちが誰かに真剣に聞いてもらえるとわかると、出口を求めて動き出す。

「触れられるのが、嫌で、今まで付き合った人とも上手くいかなかったし……」

 今まで不安に思っていたこと。
 怖がる臆病な自分。その事実は、誰にも見えないところにずっと隠し続けてきた。

 弱さを人に見せたくなくて、隠してたんだ。
 でも。
 もう、隠し続けられない。

 出口を見つけた気持ちは、一気に噴出する。
 振ったコーラの缶から、泡が噴き出すように。あたしの気持ちはどっと溢れて、抑制が効きそうになかった。

「佐村のことも、きっと嫌だと思うんじゃないかと思って、それが怖くて、断った……」

 膝に置いた自分の手を見つめる。
 握られた拳から、しっとりと汗がにじむ。

 晶子が小さく息を吐いたのが聞こえた。

「好きじゃない人に触られたら、誰だって嫌だよね」

 そう言って、あたしの肩をさする。山口が触った肩だ。

「山口に触られて、嫌だった?」
「……少し」
「ほーちゃんは?」


 ……佐村は?


 なんで気付かなかったんだろう。
 いや、気付いていたくせに、わかってなかった。
 腕をつかまれても、手をつないでも、顔に触れられても、抱きつかれても。

 一度も、嫌だなんて、思わなかった。

「郁ちゃんは、どういう時に『恋してる!』って感じる?」

 女の子にしては低めの晶子の声が、優しく降り注ぐ。
 同じクラスだったことはあるけど、こんな風に恋の話をしたことなんてなかったし、真剣な話をしたこともなかった。
 いつも笑ってるし、ふざけてる姿ばかり見るから、こんなに人の話を真剣に聞いてくれる子だとは思わなかった。

 少し、佐村と似てるかも。

 あたしの答えを待っていた晶子だが、「あたしはね」と小さな声をもらした。

「その人に触れたいと思った時」


 ――触れたいと、思った時。

 その言葉は、あっという間に心に広がって、波打った。
 窓の隙間から入り込む春の芳香が、体を包んで、和ませるように。
 一気に、染み渡る。

 伸ばされる手が。佐村のシャツを掴もうとする手が、残像となってよぎる。

「好きな人になら、触れられるのが嫌じゃなくなるよ。触れたいと思うんだよ」

 晶子の手があたしの握られた拳にそっと包む。

「怖くなくなるよ。郁ちゃんは大丈夫」

 晶子の顔をそっと見たら、大きな目を細めて優しく微笑んでくれた。



晶子のセリフ、私の友達が実際に言ったことだったりします(笑)
好きだな〜!って思う時っていつだろう、という話をしていたら、友達が「触りたいと思った時」と答えたんです。
「エロイなオイオイ」(←どこのえろおやじだ)とからかったけど、妙に納得。

皆様はどんな時に「この人のこと好きかも」って思いますか?(^^)


明日も0〜3時更新予定です。






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