空に落ちる。(38/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



37:心に、残照。


「竹永、猿がいるぞ」

 華厳の滝に進む道すがら、駐車場のような場所に猿が二匹座っているのを発見した。
 砂利道になにか食べ物でも落ちていたのだろうか。
 せわしなく手を動かしながら、口に運んでいる。

「ほんとだ」

 一匹の猿と目が合う。目をそらしてはならない雰囲気がいきなりやって来て、あたしと猿は見つめあい、膠着状態。
 一触即発。目をそらした方が負け。
 ぎっとにらみ合うあたしと猿を、佐村は交互に見ながら、ニタリと笑った。

「ほれ」

 何かを放り投げるふりをしたのだ。
 猿の視線があたしから離れ、佐村が投げたもの――実際には何も投げていないのだが――を目で追っていく。
 放物線を描くそれが、おそらく地面に落下した瞬間、猿は何も投げられていないことに気付き、あたし達を睨んだ。

 キイイッと甲高い鳴き声を上げ、両足を蹴って、こっちに向かってくる。

「怒った!」

 しかもあたしに向かって走ってくるし!
 歯を剥き出しにして威嚇してくる猿に怯んだあたしは後ずさるが、佐村が笑いながらかばうように前に進み出た。
 すると猿は動きを止め、威嚇だけを続ける。

 佐村は爆笑している。

「……信じらんない」
「早く行こうぜ。猿が襲ってきたら大変だ」

 笑いが止まらないらしく口元をまだひくつかせて、あたしの手を取り引っ張る。
 猿は威嚇はやめたようだが、相当警戒しているらしく、あたし達から目線をはずさない。

「猿って意外と怖いな」
「笑いすぎだし」
「面白かった」

 笑いをかみ殺して歩く佐村に手を引かれながら、しばらく進む。
 いつまで笑ってんの、と口を尖らせたら、すぐそばに華厳の滝が見える展望台を見つけた。

 はりだすように作られた展望台からは、真っ直ぐに落ちていく滝が一望できる。

 何十メートルもの高さから落ちる滝は真っ白に一筋。滝つぼ目指して線を描く。
 滝からほとばしる濡れた空気が、顔を湿らせる。

「すげえな」

 のんびりとした佐村の感嘆の声は昨日と変わらず、あたしは安堵して小さく息をつく。

 これでよかった。
 あたしと佐村。
 変わらない関係。


 つい佐村をこっそり見つめていたら、佐村の隣にいる女の人に目がいった。
 白い鉄柵に寄りかかってじっくりと滝を眺めている。
 ウエーブのかかった長い髪に隠れた横顔から長い睫毛が見える。きれいな人だ。

「自殺しないで!」

 いきなり男の人が女の人に飛びついた。女の人はずいぶん冷ややかな目で男の人を睨んでるけど、カップルなのかな?

 有名な自殺の名所だ。こうやってふざける人もいるんだろう。

「見ろよ、虹が出てる」

 佐村の声に我に返って、欄干に寄りかかり、滝つぼを見やる。
 小さな虹がアーチを描いていた。
 ぼんやりとした七色の光に気付いた観光客が、感嘆の声をあげる。

 晴れ渡る晴天。その下で見る虹は、より鮮やかで、心に刻み込まれていく。

「ありがとね、佐村」

 こぼれた言葉。

 佐村がいて、良かった。
 佐村がいてくれたから、救われてる。


 その手をそっと強く握り返して――くすぶる残照に思いを馳せる。
 この気持ちは、なんなんだろう。

 例えば、学校を卒業する時。
 また会えるとわかっていても、離れていくことへの寂しさ。
 例えば、写真の中の笑っている自分を見た時。
 この時はもう二度と来ないという、侘しさ。

 この旅行から帰る時、あたしはきっと、心に残る景色を隅々まで思い出して、佐村の笑顔を重ねる気がする。
 そして、空を仰ぐだろう。

 走るバイクから見た輝く青を。
 杉の木の先に見えた白い雲を。
 光の粒のようにそぼふる雨を。
 長方形の窓の向こうの欠けた月を。
 佐村の肩に止まった瞬く星を。
 そして、この虹を。

 鮮明に思い出して、きっと苦しくなる。


 もう二度と、佐村と見ることは無いだろうから。


 
 


 


猿は弱そうだと思う人の方に襲いかかるそうです。

数年前、友達と日光に行って、佐村と同じことをして猿をからかったことがあります。
いたずらしたのは私なのですが、友達が襲われかけました。
……なんでだよorz

明日も0〜3時更新予定です。






ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「空に落ちる。」に投票 投票していただけると励みになります。(月1回)

ぽちっと押していただけると嬉しいです。




きよこの小説専用ブログ。5/6「空に落ちる。」番外編アップ。

Sleeping on the holiday and sunny day.


スピンオフ書き始めました。
空を歩く。





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう