空に落ちる。(34/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



33:戸惑う宇宙。


 教室の窓から見た、ラピュタみたいな大きな雲。
 降り注いだ光が、あたしの背中を押してくれた。

 何もかもを忘れて、逃げたかった。

 現実のごちゃごちゃをかなぐり捨てて、何も考えずにいたかった。

 ――願いを叶えてくれたのは、佐村。


 雲間から見えた一筋の光は網膜を刺激して、目を開けても光の粒が降り注ぐ。


 迷走するあたしの思考回路は惑いながらも、答えを導き出そうと動いていた。

 片隅に現れた、ひとつの答え。

 それはすべてを飲み込む、真っ黒な物思い。
 一瞬で覆い尽くされて、あたしの口はその答えを零していた。


「……ごめん」


 そうつぶやいた瞬間、時が止まったかのようだった。





 自分で出した答えなのに、全く違う別の誰かがいきなり横やりを出してきたみたいで、あたしは呆然とする。

 なんで。
 どうして。
 佐村を、好きじゃない?


 あたしは、佐村が好き?


 ……わからない。

 あたしは、高三にもなって、恋心をひとっつもわかってない。
 どんな気持ちになるのが、恋だというんだろう。

 どんなに「好きだ」と言われても、心は傾かない。あたしの頑固な心。

 好きという気持ちが、わからない。
 だから、誰と付き合っても、嫌悪感しか生まれない。


 怖い。



 きっと佐村にも、あたしは、嫌悪感を抱いてしまう。



 だから、怖い。


 濃紺の空に散らばる星。

 見つめて、涙をこらえる。

 互いの吐息しか聞こえない、この小さな部屋で。

 佐村は長い息を吐いた。

「そっか」

 そう言って、佐村はトーマスを小突く。

「笑ってるよ、こいつ」
「……元からだよ」

 縮まっていた距離が、急激に遠のいていく。
 トーマスの機関車で仕切られたこの境界線は、本当に境界線となって、あたしと佐村の間に決定的な亀裂を作った。

「悪い。忘れていいから」
「……ごめん」


 謝ることしか出来なくて、涙がこぼれないように目に力を入れる。
 満杯に張られたコップの水のように、あたしの目の前は危うい均衡を保ち続ける。

「つうか、忘れろ。明日はいつも通りに、さ」

 明るくそう言ってくれる佐村の優しさが、今はただ苦しいだけ。

 明日も顔を合わせるのに、気まずくなるのは悪いと、佐村は気を使ってくれてる。

 佐村は、あたしの気持ちを一番に考えてくれてる。

 そんなの、鈍感なあたしだって、気付いてるよ。

 だから、そんな風に言わないで。


 心の中で佐村に訴えかけても通じるわけもない。


 ふと、こめかみに触れる、温もり。

 はっとして目を動かしたら、ぼろぼろと涙が落ちた。


 違う。気付かなかっただけで、あたしはもうこれでもかと泣いていた。

 目の端から、こめかみに流れ落ちていく涙を、佐村はそっと拭ってくれたのだ。


 あたしがこんなにも泣いているから。
 佐村は、申し訳なさそうに謝る。


 深海の底から、水面を見つめている。ゆらゆらと光を受けて群青色に染まる世界。

 そこに映る佐村の顔。


 あたしを苦しめないようにと浮かべた笑顔。
 だけど、その目は。ひどく寂しそうで。


 ぽつんと一人佇む世界で、月を見上げた時のように。

 切なさだけが心を占めていく。



 ――どっちが地球で、どっちが月なんだろう。

 月の引力が無いと狂ってしまう地球と、地球に大きな影響を与え続ける月と。




 最初から気付いていたじゃないか。

 あたしは佐村の影響を一身に受ける。

 月の光は。

 道に迷わないようにと、あたしを追いかけてくる。

 淡い光を注いで。

 あたしを優しく包んでくれる。



 窓の端に見える欠けた月。


 ウサギが跳ねて、あたしは追いかける。


 でも、追いつけない。

 迷い込んだ、不思議の国は。

 不条理だらけの現実を鏡で映す。


 あたしは――


 後悔するのだろうか。

 この答えを、悔いるだろうか。

 佐村を失いたくないと思っているくせに、佐村の手がすぐそばに来ることが怖い。


 不条理だらけの、心。

 ただ、涙だけがとめどなく溢れた。








いろんなことに迷って戸惑って、自分の気持ちもよくわからない。
そんな主人公の姿はじれったくてまどろっこしい気がします(笑)


執筆の手が止まると、いただいたご感想を読み直しています。
やる気がぼわっと出てきます。
読んでくださる方々からもらえるパワーというものはものすごいです。
ありがとうございます!

明日も0〜3時更新予定です。






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スピンオフ書き始めました。
空を歩く。





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