空に落ちる。(30/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



29:越えた境界線。


 斜めになった天井は、立ち上がると頭をぶつけてしまいそうなほど低い。
 一番高いところなら、佐村でもまっすぐ立てるだろうけど。

 長方形の小さな窓から、白く光る星が見える。
 いつもより近くに星があるように思えるのは、ここが屋根裏だからだろうか。

 佐村はやっぱり何もしゃべらない。
 静まり返っているのに、居心地は悪くない。穏やかな気持ちだけが黙々と流れる。
 心がほぐれていくのがわかる。
 充満している安心感を胸いっぱいに吸い込んで、ふ、と息を漏らしたら、急に寂しさが込み上げてきた。

 小さいころ、夜中に起きて、そばに誰もいないことに気付いた時のような、そんな不安感。

「佐村、寝ちゃった?」

 仰向けで寝ていた体勢を崩して、佐村の方に体を向ける。
 佐村からの返事は無い。

 寝ちゃったのかな。

 自分でやったことだけど、離れた布団の距離がよけいに寂しさを煽った。

 佐村を起こさないようにと音を立てずに布団から這い出ると、布団を引きずって距離を縮める。
 真ん中を走っていたトーマスの機関車が布団に当たって、がたがたと倒れた。

 今の音で佐村が目を覚ましたらどうしよう、とあたしは身を固くして、佐村を見入る。
 離した布団を寄せてる姿なんて見られたら、滑稽すぎて笑えるじゃないか。

 佐村は微動だにしない。

 ほっとして、緊張した体から力が抜ける。

 布団の距離はトーマスを挟んで三十センチ。

 倒れたトーマスを直しながら、そっと体を伸ばす。

 本当に佐村は寝てしまったのか。狸寝入りしてるんじゃないか。

 あたしに背を向けたままの佐村の顔をのぞくため、膝立ちのまま、佐村の布団にそっと片手を置いた。
 そのまま体を寄せていくと、あたしの長い髪がさらさらと落ちていった。

 佐村の首筋をなでていく髪の毛を慌てて押さえる。

 闇に慣れてきた目は、佐村の寝顔を映し出す。

 濃紺に染まった世界で、佐村は目をつぶり、小さな寝息をスウスウと漏らしていた。

 ……寝てる。

「つまんない」

 夕方、居眠りをしてしまったせいで、目が冴えてしまって眠れそうにない。
 テレビもないし、ペンションとはいえ人の家をうろちょろするわけにもいかない。

「佐村」

 小さく呼びかける。反応は無い。

 ため息をついて、布団に戻ろうとした時だった。

 髪が引っかかって、引き止められる。

 一瞬何が起こったかわからず、怖くなって「ひっ」と悲鳴をあげてしまった。

「襲われるのかと思ったのに」

 闇夜に響く、押し殺した低い声。
 閉じてしまった目を開けて、佐村の手を凝視する。あたしの髪を掴んでいたのは、佐村の手だったのだ。

「……びっくりした」
「俺のほうがびびったっつーの」
「寝てるかと思った」
「寝たふり」

 あたしの髪から離れていく佐村の手。名残惜しそうに落ちる髪は、竪琴を引く手の中で滑っていくみたいに、佐村の手をすり抜ける。

「あれだけ寝まくりゃ、寝られないよな」
「……うん」

 床下からかすかに笑い声が聞こえてくる。ホウ、ホウ、と鳥の鳴き声が遠くから響く。

 青白い月の光が、小さな窓から降り注ぐ。

「境界線、越えてるぞ」
「領空侵犯は許されてるから」
「トーマスが笑ってる」
「元からだよ」

 真夜中の空気は、心をほだすのかもしれない。
 いつもは絶対に立ち入れさせないあたしの心の境界線。

 それが緩んでいくのがわかる。

 闇夜の中。

 月明かりを浴びる佐村の目は、宇宙を漂う星のように光を反射させる。

 ままたきするたびに明滅して。

 あたしは息を飲んでその目に見入っていた。




隣でいち早く寝るやつがいたら、絶対にいたずらしたくなります。
マジックを持たせたい衝動に駆られたのは、気のせいではありません。

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Sleeping on the holiday and sunny day.






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