空に落ちる。(23/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



22:反転する世界。


「自己中で自分に甘くて、ひねくれた馬鹿だよ、あたしは……」
「なにを今更」
「佐村が優しくする価値なんてないよ。ひどいやつじゃん」
「わかってる」
「わかってるのに、優しくするなんておかしいよ」
「そんなことねえだろ」

 雨は止まる気配はない。石段のでこぼこに水が溜まって、跳ね上がる。
 顔に当たる雨のせいでまたたきの回数が増えていく。
 そのたびに零れ落ちるのは、熱い雨。

「ほっといてよ……あたしのことなんか」

 たゆむ雨の中で、佐村の顔は歪んで見えた。どんな表情をしているのかさえ、今のあたしにはわからない。

 怒っているのだろうか。悲しんでいるのだろうか。……あたしのことなんか嫌いになっただろうか。

 雨の音だけがさらさらと支配する。
 佐村は何も言わない。重苦しくなる空気。
 濡れた服が体を冷やしているのがわかる。同時にそれは体内に少しずつ侵食していって、芯まで冷たくなっていく。

 怪我した手が、目の中で溜まっていく水が、異常なほど熱い。そこに心臓が移動したみたいに、どくんどくんと、太鼓を叩いたみたいに鳴り響く。

 
「教室で……」

 石と靴が擦れる音。佐村は一歩だけ踏み出して、あたしを見据えていた。

「一人でいる竹永が、気になった」

 空の向こうで風がうなる。雲が速度を上げて流れていく。

「俺、言ったよな? 教室の窓から竹永が飛び降りるような気がして、怖くなったって」
「うん……」
「でも、飛び降り自殺をしそうに見えたとか、そういうのじゃないんだ」

 少し低い佐村の声は、春の空気のよう。ふわふわの綿毛を飛ばし、春の心地いい風を送る。

 教室の窓辺。少しだけ開けた窓の隙間から漂ってくる春の香り。
 甘くて爽やかで、ほのかに酸っぱい。花の香り。
 あの空気を思い出して、それを佐村に重ねるあたしの脳みそは、熱暴走を起こしているのかもしれない。

「空に落ちてくような気がした」
「え?」
「地面と空が反転して、落ちてんのに飛んでるみたいな、そんなかんじ」
「なに、それ」
「いや……俺にもよくわかんねんだけど」

 佐村は変なことを言ってしまった照れ隠しなのか、雨に濡れた黒髪をカシカシと掻いて、苦笑いしながら目を伏せた。

「佐村、詩人だね」

 自然と、笑ってしまった。

「男は誰でもロマンチストなんだよ」

 佐村も目を細めて笑った。

「伯父さんのところに一旦戻ろう。こんなんじゃ家には帰れないだろ」

 濡れそぼったシャツをつまみながら、「びしょびしょだな」と嘆く。

 責めるように降り続けた雨が、雲の隙間から漏れた光に当たり、きらきらと虹色に輝いた。
 目の前にある海は、静かに引いていく。熱を連れ去り、うずく傷の痛みをさらっていった。

「行こう」

 差し出された佐村の手。

 あたしより低い位置にいる佐村の手は、まるで、ダンスに誘う王子様の手みたい。

 佐村が王子様って。自分の空想にぷっと吹き出しながら、王子様の誘いを受けるお姫様みたいに恭しく、右手を伸ばした。

 拒む理由が、見つからなかった。

 骨ばったこの手を、取りたくなった。

 少しくらい佐村に甘えても、許されるんじゃないかと、また自分に甘いことを考える。

 右手の先から零れ落ちる雨。その一滴が地面に溶けたその瞬間。

――触れる指先。

 冷たくなった体が指先から温かくなっていく。

 力強くあたしの手を取る佐村は、髪から垂れてくる雨を煩わしそうにしながらも、やっぱり笑顔。

 思った以上に固い佐村の手は。

 思った以上に熱い。

 それは、あたしの芯を捉えて、あっという間に春を呼び起こす。


 佐村は、春の風。

 冬の冷たい空気をいつの間にかどこかへ吹き飛ばして、柔らかい温もりをくれる。

 花開く。春の匂い。



 教室の香りが、鼻先をくすぐっていった。
 それはまるで、冷たい雨からあたしを守ってくれるようだった。
 


冒頭のセリフ、最後の「あたしは…・・・」を「あたしゃ……」に変えるとあっという間にちびまるこちゃん化します。

明日も0〜3時更新予定です。






ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「空に落ちる。」に投票 投票していただけると励みになります。(月1回)

ぽちっと押していただけると嬉しいです。




きよこの小説専用ブログ。5/6「空に落ちる。」番外編アップ。

Sleeping on the holiday and sunny day.


スピンオフ書き始めました。
空を歩く。





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう