空に落ちる。(20/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



19:求めるもの。


『人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くが如し。急ぐべからず』

 階段を半分を過ぎたところだろうか。休憩所のような場所があった。
 足を止め、フウと一息ついた時、石の看板が目に付いた。

「家康の有名な言葉だな」

 独り言のようにつぶやいた佐村を見上げて、もう一度看板に目を向ける。

「重荷を負って、遠い道を行く……」

 あたしが今抱えたこの気持ちを重荷と呼ぶなら、その重荷を背負って、長い道を歩んでいかなければいけないのか。

 見上げる階段はまだまだ続く。永遠とさえ思えてくる。

「竹永、大丈夫か?」
「大丈夫」

 でも、永遠じゃない。苦しみはずっと続くわけじゃない。

 石段は緑に覆われ、見上げる空も緑が繁る。曇り空でも届いてくる光は、波紋のような模様を描き出していく。

 一歩一歩歩み出せば、それだけ苦しくなるのに、反比例して、心が軽くなる。

 この空気は。

 この力は。

 一体どこから溢れてくるのだろう。





 二百七段。階段の数だ。
 にじむ汗と上がる息。やっと登りきったところで、思いっきり深呼吸する。
 深く深く入り込んでくる空気はミントの味に似て、体中が一気に爽やかになる。

「徳川家康の墓だよ」

 青黒い鳥居の先。サワサワと風で揺れる杉の木の向こうに、静かに佇む。

 八角九段の壇上に円柱が立ち、三角屋根が乗っかったような家康の墓は、青銅の青さだけをわかる地味なものだった。
 けれど、圧倒されるような威厳溢れる雰囲気が漂い、歴史に名を残した人が本当に眠っているのだと、なぜだか強く実感させられる。

 杉の木の揺れる音。

 鳥の鳴き声。

 風の音。

 目を閉じれば、ただただ沁みこんでくる力を感じる。

「竹永」

 佐村はいつの間にか、しめ縄がまかれた大きな杉の木の前に立っていた。

「叶う杉っていうらしい。願いを叶えてくれるんだってさ」

 太く高い杉の木は、太陽の光をさえぎって、両手を高く突き上げる。

「願い、かけるだろ」
「え……ああ、うん。そうだね」

 願い、か。

 あたしは、何を願おう。
 願いなんて、何があるの?

 横に立つ佐村は手を合わせ、目をつぶり、真剣な面持ちで願掛けしている。

 あたしの、願い。


 叶えてほしい、願い。

――何を願おう。

――何を望もう。

 佐村の横顔に、日の光が差す。長い睫毛が影を落として、佐村の顔に陰影をつけていく。


 教室の、窓辺。

 夕日のオレンジ。

 佐村を照らす、光。

 あの時、願ったのは……

『どこかに行きたい』

 あたしが、そう願ったのは、なんで?

 どうして、どこかに行きたくなったの?



――変わりたかった。変化が欲しかった。


 あたしの、求めるもの。

 
――変わるための、力が欲しい。

――変わっていくための力を下さい。


 瞳を閉じて、強く願う。

 変わりたいと、ひたすらに。








***


「竹永を、ここに連れてきたかったんだ」

 閉じた目を開いた時、佐村は叶う杉を見上げながら、そう言った。

「佐村は、何をお願いしたの」
「秘密」

 佐村の持つ優しさは、この杉の木が醸し出す雰囲気と似てる。柔らかく包み込んでくれるよう。

「竹永は?」
「あたしだって、秘密」


 涙がにじんでくる。
 佐村の優しさに。
 この場所の優しさに。

 こんな風に優しさを降り注いでくれる人なんて、この世の中に何人いるの?

「ありがとう」

 素直に出てくる言葉。

 佐村は「うん」と笑ってうなずいて、歩き出す。


 優しい佐村。

 失いたくないと、彼の優しさがずっとそばにあればいいと、ふとそんなことを思って。

 胸が、軋んだ。



叶う杉、実在します。
ちょっと行ってみたいと思う今日この頃。


明日の更新も0〜3時です!






ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「空に落ちる。」に投票 投票していただけると励みになります。(月1回)

ぽちっと押していただけると嬉しいです。




きよこの小説専用ブログ。5/6「空に落ちる。」番外編アップ。

Sleeping on the holiday and sunny day.


スピンオフ書き始めました。
空を歩く。





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう