空に落ちる。(18/53)PDFで表示縦書き表示RDF


空に落ちる。
作:きよこ



17:数センチ先の、友達。


 それは本当にごく自然に、無意識のうちにやっていた。
 目の前を歩き去る佐村の服をつかんでいたのだ。

 自分でも驚いて、目を丸くする。振り返った佐村は、服をつかんだあたしの手を一瞬見た後、びっくりするくらい優しい目と声で、「なに?」と笑った。

「なんでもないよ!」

 慌てて手を引っ込める。顔に火がついたみたいに熱い。今なら顔で焼き魚が焼けそうだ。

 さっきまであんなにイライラしてたのに、自分のばかげた行動への恥ずかしさで、イライラはあっという間に無くなっていった。

 なんなんだ、あたしは。

「行こう」

 佐村の手が、あたしに向かって開かれる。
 まるで、「手をつなごう」とでも言うかのように。
 あたしはカバンのヒモを両手でつかみ、どうすればいいのかわからず、下を向いて唇をかむ。

 手を、取るべき、なの?

 ……なんでやねん! 

 困惑のあまり、脳内で関西人がつっこんできた。
 やばい、脳みそが破綻してきた。

「竹永?」

 どうしてこのアホ男の声は、こんなにも優しいんだ。あたしは完璧に惑わされてる。
 しっかりしろ。脳みそ、動き出せ。

 フル回転する頭の中で、自分自身に活を入れる。

「行くよ!」

 差し出された佐村の手をパンと叩いてやる。一瞬だけ伝わってくる佐村の手の温もりが、体中を駆け抜けていく。
 それは同時に熱を発して。

――体が熱い。

「痛え」
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃない」

 佐村の横をすり抜けて歩き出したあたし。気付くと、佐村は隣に並んでいた。
 視線を横に向ければ、佐村の肩。
 あたしと佐村の肩は、近くにあるようでいて、少し遠い。

 異性の友達。必ず存在する距離。
 その距離が近付けば、それは恋人になってしまう。

 この数センチが、友達と恋人の境界線。


「見ろよ、象がいる」

 佐村が指差す建物。三角屋根の下の壁。金色に塗られた壁面にしわしわした象が向かい合う形で二匹。

 え、これ、象?

 象といえば象だけど、太いしっぽや変な形した耳やへの字型の目が、ちょっと笑える。
 この時代に象なんていたのかな? 想像だけで作った像だったりして……。

「竹永ってさあ、おかしなところで笑うよな」
「だって、変じゃん、あの象」

 変だけど、かわいい。


 等間隔で並ぶ、苔むした石の灯篭。その後ろで、朱と金で彩られた建物が厳かな雰囲気を漂わせる。
 朱の木を積み上げているこのつくりは、校倉造りってやつだろう。
 歴史の授業で習ったことを思い返す。
 こんなものを作った人が実際にいたんだと、やけに実感して、胸の中が震える。

 どうでもいいと思っていた知識なのに、「知っててよかった」と思えてくる。

 奉られる人間がいて、そのために集まった人間がいる。この荘厳な建物を設計し、それを作るためにきっと何千人の人が従事したんだ。
 悠久の時間を費やして、そして今ここにまだ存在して、守るために努力する人間がいる。

「歴史って、すごいね」

 学校で学ぶことなんて、役に立たないことばかりだと思ってた。
 でも、違う気がする。

 役に立たなくても、何も知らないよりもずっと深い感動を、知っていることで得ることが出来る。

 それって、すごいことだ。


「竹永は、大学どこ行く?」
「なに、急に」

 せっかく感動に浸ってたのに。
 急に現実に引き戻された気がして、眉間にしわが寄ってしまった。
 あたしが不機嫌な顔になったことに気付いたのか、佐村は引きつった笑みを浮かべる。

「決まってんのかな、と思って」
「佐村は?」
「俺は大体決めた」
「ふうん」

 そうだろうと思ってた。

 受験生のあたし達にとって、当たり前のように顔を覗かせてくる『大学』。
 大学の話題が挙がって、どこの大学がいいだ悪いだの佐村の周りがやつらが話している時、佐村が話に入っていくことは無かった。

 わからないからとか興味が無いからとかじゃない。

 佐村はそういう時、人より一歩先に進んだ顔をしてた。

 何もかも決まっているから迷う必要が無い、という顔。

 あたしは横目でそれを眺めて、憎たらしいヤツ、と心の中で皮肉ってた。

 今だってそうだ。

 佐村は、何も迷ってない。真っ直ぐで強い。黒目がちな目は、いつも強烈な力を放ってる。



 あたしは……


 佐村が嫌いなんじゃない。



 あたしに無い強さを、認めたくないだけ。


 そんな自分に気付きたくなくて、佐村を嫌いだからとごまかしていただけ。


 佐村に、憧れてた。



――佐村みたいになりたかった。


学生時代はどうでもいいと思っていたものも、月日が立つにつれ、いきなり価値が見えてきたりします。
いらないと思ってた知識も、とんだところで感動ポイントになったり。

大人になるってのも悪くないです。


明日も0〜3時に更新します!






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きよこの小説専用ブログ。5/6「空に落ちる。」番外編アップ。

Sleeping on the holiday and sunny day.


スピンオフ書き始めました。
空を歩く。





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