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その人なら……

作者: でんでろ3

「ねぇー、先輩、ゼニーズおごって下さいよ」

先輩は、仲間内から、「ザク」と呼ばれている。

「あー? 俺ぁ、今、腹、減ってねぇ」

先輩は、気前は悪くない。マジ、腹、減ってないんだろう。

「えー? じゃあ、先輩は、ドリンクバーで……」

「ゼニーズにドリンクバーはない」

先輩は、こちらを見ようともせずにピシャリと言った。

 しかし、先輩は、急に、にんまりと笑うと、読んでいた雑誌から顔を上げて言った。

「良いことを思いついた」

たぶん、ろくな事じゃない。

「俺たちは役者の卵だな」

そら来た。

「俺は君に憑りついている霊のふりをして入店する。もちろん、何も食わなければ、飲みもしないし、話もしない。余計な動きもしない。極力動かない。そして、君は、あくまで、1人客として飲み食いし、完遂することができたら、この5千円札で支払い、おつりも自分のものにしたまえ」

ほら、ろくな事じゃない。


 ゼニーズの前に来てしまった。

「本当にやるんすか?」

「怖気づいたか?」

「恐怖を感じる種類のものではないかと……」

「ならば行けっ!」

俺は、仕方なくゼニーズのドアを開けた。

「いらっしゃいませ、ゼニーズへようこそ。お客様は、2名様ですか?」

「……いえ? 見ての通り1名ですが?」

「? 失礼いたしました。おタバコはお吸いになられますか?」

「いいえ」

「では、こちらへ、どうぞ」

ウエイトレスさんが先に立って歩き出す。その後に私が続き、その死角に入るように、先輩が続いた。

「こちらの席でいかがでしょう?」

案内された4人席に、不自然でないように、素早く座る。先輩が座るのをとがめだてする余裕はなかったはずだ。

「え? あれ?」

「なにか?」

「あ、いえ、お水をお持ちします」


 当然、先輩の前にも、水を置くウエイトレスさん。いよいよ、か。

「あ、あれ? いやだなぁ、ウエイトレスさん。そこに誰かいるみたいじゃないですか」

「は?」

「いや、だから、そんな、誰もいないところに、水を置かないで下さいよ」

先輩は、うつむき、身体をこわばらせ、じっと空中を見つめている。

「誰も? いない? ぃゃぃゃ、お客様、ふざけないで下さい。こちらは、お客様のお連れ様でしょう?」

ウエイトレスさんは、ちょっと頬をこわばらせた。

「ぃゃ、ウエイトレスさんこそ、気味の悪いこと言わないで下さいよ。そこに、誰か、見えるんですか?」

「いやっ、たちの悪い冗談は、もうっ、やめてっ」

そういうと、ウエイトレスさんは、あろうことか、手にしたステンレス製のお盆で先輩の頭を引っぱたいた。

「えぇーーー? やるか普通?」


 思わず、ウエイトレスさんの名札を確認。「田中さん」か。

「え、ぁ、え、す、すみません。ぇ、え、ぇと、て、店長呼んできます」

田中さんは、そそくさと引っ込んでしまった。

「や、やばいんじゃ。逃げますか? 先輩」

「俺は、殴られたんだぞ。『大丈夫ですか』とか言えねえのか?」

「それより、オモクソ悪戯ばれてますよ」

「だからって、殴らなくてもいいだろう」

俺たちがもめてると、偉そうな人が声をかけて来た。

「お客様、どうかなさいましたか?」

「あんた、誰?」

「私は、この店の店長でございます」

「田中って、ウエイトレス、呼んで来い!」

「田中が、何か?」

「田中さんから、事情を聴いていませんか?」


 俺は、正直に事の顛末を店長に話した。店長はなぜか、困惑した表情を浮かべながら聞いていた。

「確かに、もし、田中が、まだ、生きていて、そんなことをされたら、きっと、そうしたでしょうね」

店長は確かにそう言った。

「えっ? それって、どういう……?」

「はん! しらじらしい。 ストーカーに刺されて亡くなった彼女の死を悼むどころか、こんな悪戯をしに来るとは。あなた方には、人間の心がないんですか? いますぐ、お帰り下さい」

「えっ? ま、まさか、田中さん、亡くなってるんですか?」

「警察を呼びますよ! お帰り下さい!」

俺たちは、店を追い出された。


 先輩の車で、夜の山道を走ると、やがて、小さな村のコンビニに着いた。文武玖村店と書いてあった。

「いやー、先輩、酷い目にあいましたね」

「しかし、あれ、本当なのかね」

「う~ん、あ、そうだ。店員さん」

「なんでしょう?」

「この先に、あるゼニーズのウエイトレスの田中さんが最近、ストーカーに刺されて死んだって本当?」

「ははっ? 何の話だい? そりゃ? そんなのウソに決まってるだろ」

「えっ? ウソなの?」

「だって、そのゼニーズなら、4か月前に大火事出して何人も死んで、それっきり営業してないもん」

「えぇーーーっ?」

俺たちは車に飛び乗ると、全速力でゼニーズに戻った。


 果たしてゼニーズの建物は黒焦げで闇夜に溶け込み営業などしていなかった。

「ど、どういうことだ、一体」

近くを通りかかった人に聞くと、やはり火事があったらしい。

「やっぱり文武玖村のコンビニの店員の言ったとおりだったのか」

「文武玖村?」

それを聞いた通りすがりの人が怪訝な顔をした。

「そりゃ変だ。文武玖村なら、先月、ダムの底に、沈んだばかりだろう」

再び、車に飛び乗り、カーナビ頼りにコンビニ目指すも、どう頑張っても、巨大なダムに行く手を阻まれるだけであった。


「もう帰ろう」

「そう、すね」

車の中で2人は無言だった。先輩の家に着いた。車庫に車を置き、先輩に挨拶をして、表に回ると、なんだか騒がしい。黒い服を着た

仲間や先輩たちがいる。

「どうしたんですか?」

「わっ! どうしたじゃねぇ」

「なんだ? 今ごろ」

「まったく、ザクが、亡くなったって言うのに……、ちょっと着替えてこい」


 信じられなかった。そんなことってあるか? いくら考えても変だ。考えながら、歩いて、家に帰った。

 家に帰ると、なぜか、線香の香りのつつまれていた。祭壇には遺影。俺が笑っていた。

 なーんだ。そっか。

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