遭遇
『うわー!気にしたら腹減って仕方ないぞー!』
体を休めようにも、トゥーンが騒がしくのんびり出来ない。
舌打ちをすると、うるさいとばかりに、指で小突く。
それを遊んでくれるものと思ったのか、おもいっきりじゃれてくる。
指を突き出す、引っ込めるを繰り返し、遊んでやることになった。
ピョンピョン跳び跳ねながら、突きだした指をペシリと叩く。
腹が減ってるのによくもまぁ、動き続けるもんだ。
それとも、遊んでいることに頭がいっぱいで忘れてるんだろうか?
どちらにせよ、もう少しのんびりさせてほしいものだ。
しばらく続けていたが、ここでこんなことをしていても仕方ないな。
『そろそろ移動しようか。』
『ん?休憩は終わりか?もう少し続けてもいいぞ!』
『いや、遊びたいだけだろ。』
『そっ、そんなことないぞ!よし、出発だー!』
そう言って俺の頭の上に乗ってくる。
誤魔化したな。
まぁ、いいか。
立ちあがり、ハーフパンツに着いた土を払うと歩みを進める。
移動しながら、キョロキョロと周りを見る。
勿論何か食用に出来そうなものを探すためだ。
歩きながら首を左右に振る仕草すら、頭の上にいるトゥーンは楽しいのか、振り回されるような感じでしがみついている。
「キュキーーー!」
と、楽しそうな鳴き声がその証明だろう。
やれやれ、箸が転がっても笑えてしまう年頃というのがあるけども、それなんだろうか?
何でも楽しめるのが、少し羨ましくも思えてしまうな。
そんな風に、笑い声というか鳴き声を上げていたトゥーンが突然黙る。
周りを警戒し始めているようだ。
器用に足で、俺の頭をある方向へと動かす。
『クルス、なんかいるぞ。』
『そうなのか?』
『あぁ、結構デカイ奴がいる!』
俺には全くわからない。
野生の感というものなのだろうか?
『こっちに気付いてると思う。あっ、こっち向かってきてる。』
スキル以上の何かあるんじゃないか?
どうやったらこの森の中をそんなに見通せるんだよ。
茂みからガサガサと音がする。
その音が一気に大きくなっていく。
『来た!』
トゥーンが念話で俺に伝えるのと、ほぼ同時に茂みから何か大きな生き物が飛び出してくる。
目があった気がした。
そいつはこちらを見据えながら、勢いを上手く殺し体勢を整える。
目の前で、四つ足で立つそいつは、猪そのものだった。
俺よりもデカイ猪。
現代日本で生きてきた俺からしたら、十分驚異だ。
怪我人はおろか、たまに死人も出る事すらある危険な生き物。
そんなただでさえ危険な生き物が巨大になって出てきたのだ。
こんな奴、どうやって渡り合えって?
逃げの一手もありか?
いや、こんな奴から逃げられる自信がない。
突然の遭遇に混乱状態になってしまう。
『クルス!やったな!昼飯ゲットだ!』
トゥーンが訳のわからない事を言い出している。
昼飯?
あの猪を食べるってか?
・・・いやいや、無理だろ。
逆に食糧にされるがおちだって。
完全に腰が引けてしまっている。
『何だよ!んじゃ、そこで見てろ!』
頭から飛び降りると、猪に対峙する。
「キュキーーーーー!!」
鳴き声を上げ威嚇すると、それに答えるかのように猪の方も、
「ブモォォォォォ!」
と鳴き、威嚇し返してくる。
体が竦む。
恐怖に押し潰されそうになる。
トゥーンはそんな威嚇をものともしない様子だ。
勇気を出せ。
こんなに体が小さいのに、向き合っているじゃないか。
震える右手を握りしめ、胸をドンっと思いきり叩き、自分に喝を入れる。
大きく息を吸い、呼吸を落ち着けるように努める。
歯を食い縛り、猪を睨み付ける。
こんなとこで死ぬわけにはいかない。
同じ死ぬでもやるだけの事をやってから死んでやるさ。
俺の怯えた雰囲気が無くなったことに気付いたのだろう。
猪は、こちらを睨んでくる。
『お?やる気になったな。アイツ見かけ倒しだから何とかなるはずだ!』
見かけ倒し?
いくらなんでもそれは無いだろう。
恐らく勇気づけてくれているのだろうな。
『悪い、トゥーン。始めての事で気が動転した。』
『よし!やるぞ!』
『ああ。』
トゥーンは距離を少しずつ詰めていく。
さて、俺はどうするか。
攻撃的なスキルというと、打撃を打ち込むか、属性魔法をつかうかどちらかか。
何にせよ、まずは相手のスキルを見てみるか。
神眼を発動する。
種族 ワイルドボア
スキル
体力増大(LV.2)
敏捷増大(LV.2)
加速(LV.1)
思ったより、大したスキルは持ってないように思える。
トゥーンのスキルを知っているせいだろうか?
が、見たことないスキルも持ってるな。
加速(LV.1)・・・あらゆる動作の初速を上げる
変わったスキルだ。
何とかこれを得たいところだが、相手に触れなくてはならない。
そんな余裕が戦闘してるあいだにあるか分からないが、出来る限りの努力はしてみよう。
まずは、魔法で牽制でもしてみるか。
火魔法は攻撃的なイメージで良さそうだが、森の中。
木々が燃えてしまうと、もしかしたら古代樹に迷惑をかけるかもしれない。
使ったことがないからこその悩みではあるが、ここは、土魔法を使ってみよう。
イメージを浮かべていく。
礫を飛ばすイメージ。
すると、地面から土塊が相手に向かって飛んでいく。
果たしてこれでダメージが与えられるのだろうか?
ワイルドボアは迷惑そうにしているくらいで、特にダメージは無いようだ。
だが、意識がこちらに向く。
歯をむき出しにして怒りを伝えてくる。
その隙をついたトゥーンが駆け寄り、首すじに歯を立てる。
小さな体からは信じられないほどの、鋭さと深さを持って大きな裂傷を与える。
『へん!どんなもんだ!』
勝ちを確信したかのようなトゥーンの心の声が聞こえてきた。
着地すると、再び猪を見据える。
猪は首から体力の血液が吹き出している。
しかし、怯んだようすはない。
よりいっそうの怒りの炎を目に浮かべ、こちらに突っ込んでくる。
トゥーンを相手にする前にこっちからという訳か。
なにも考えない捨て身の特攻のように見える。
何とか躱すものの、体勢が崩れる。
猪はすぐに反転して再び突っ込んでくる。
さすがに躱しきれず、思いきり撥ね飛ばされる。
背中を地面にしたたかに打ち、肺の空気が口から一気に漏れた。
幸い、意識が吹っ飛ぶ事はなかった。
肩で息をしながら、たまたま吹っ飛んだ先にあった木の枝を杖がわりにして、ゆっくり立ち上がる。
『クルス!大丈夫か!』
大丈夫じゃない!
と叫べればどれだけ楽か。
口のなかを切ったのか、それとも内蔵か。
口内が血の味でいっぱいだ。
血を吐き出し、木の枝を竹刀のように構える。
学生時代の授業で習った程度だが、こいつなら打撃扱いになって多少のスキル補正は受けれるだろうよ!
「来やがれってんだ、クソが!」
怖くて今にも逃げ出したいのは、今も変わらない。
それでも逃げない。
逃げたとこでやられるくらいなら、俺がやってやるよ!
俺の声に呼応するように三度突っ込んでくる。
怪我を感じさせない素早さだ。
ちょっとくらい弱ってろよ。
あえてこちらも踏みこみながら、木の枝を横薙ぎに薙ぐ。
思いきりの力を込めた一撃。
手に持った木の枝が真っ二つに折れながらも、猪の眉間に見事に当てるが、また撥ね飛ばされる。
さすがに二度目は耐えきれず、意識を刈り取られる事になった。
いつもより長くなっちゃった。
ようやくまともに戦闘です。
クルスの運命やいかに!
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