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  魔性の瞳 作者:冬泉
プロローグ
魔性の瞳-01◆「発端」
■プロローグ/ヴェルボボンク子爵領/子爵館/庭園

 ヴェルボボンク子爵が住まう館の庭園は、小振りながら幻想的で美しかった。それもその筈──この庭園は、子爵の長年の友人であるヴェスベの森の妖精族の長ケレブリアンが、子爵に贈った妖精の庭園だからだ。中原諸国の中でも、この庭園の美しさは知れ渡っていた。

 その摩訶不思議な庭園に、小柄な人影が一つあった。白い、軽いドレスを身に纏った姿は、ヴェロンディ連合王国の国王、アーサー・アートリムの腹違いの妹、マーガレット・レムリア・オフ・ヴェロンディだった。朝靄の中、ゆっくりと歩むレムリアの姿は余りに儚げで、現実のものとは思えないほどだった。ゆっくりと庭園を散策しながら、レムリアはシェンドルを離れたときの事を思い出していた。

          ☆  ☆  ☆

 小柄で華奢な躰、透明感のある白い肌、肩口で切りそろえられた黒曜石を思わせる髪──“傾国の美女”とも言えそうな容姿のレムリアだったが、不思議と周りから敬遠されていた。そして、その理由はレムリアの深い、黒い双眸にあった。真っ向からレムリアの瞳を覗き込んだ者は、吸い込まれるような感覚を覚え、ふっと意識が遠のいてしまうのだ。人々は、レムリアのこの瞳に恐れをなして噂した。“魔性の瞳”だと…。

 レムリアが迫害を受けなかったのは、一重に彼女の兄があの偉大なアーサー・アートリムであるからに他ならなかった。また、アーサーと結婚したヴェルナ法王の娘アン・コーデリア姫も、義妹のことを不憫に思って何かと気を使ってくれていた。だが、二人が庇護すれぼするほど、レムリアに関する噂が広まっていった。折しも、北の魔国との苦しい戦いの最中で、窮乏を強いられていた人々には、格好のはけ口だったのだろう。ある日、外出したレムリアは一群の暴徒に取り巻かれてしまった。彼らは、北の魔国との戦いによって、配偶者や子供、近親者を奪われた人々だった。最初にレムリアを見掛けた老婆が叫んだ。

『あそこに、忌まわしい魔性の娘がいるよ!』

 その言葉に反応したレムリアは、思わずその老婆を見つめてしまう。

『ヒィッ!! 身体が、身体が動かないよ! 魔性の瞳だよ、あれは!』
「・・・」

 老婆の言に俯いたレムリアの頭に、何かがあたって散る。見ると、誰かが屋台にあったトマトを投げつけたのだ。一つ、二つ…そして堰を切ったように、人々はトマトを投げた。レムリアはトマトで紅く染まり、地面に倒れ伏した。護衛達は見て見ぬ振りをしていた。彼らも、内心ではレムリアの事をよく思っていなかったのだろう。彼らは、“魔性の瞳”を持ったレムリアに何かあっても、何の痛痒も感じなかったに違いない。

「止めるんだ!」

 トマトの投擲は、その一言でぴたりと止まった。レムリアを守るように、一人の騎士が彼女と人々の間に立った。

「私は、ヴェルボボンクのウィルフリックだ。どんな理由があるかは知らぬが、多数で一人の少女を痛めつけるのがヴェロンディの正義ではあるまい。人々よ、ヴェロンディの民として己の行為を恥じるがよい!」

 ヴェルボボンク子爵の語気に気圧されて、群衆は散っていった。子爵は、自分のマントでレムリアをくるむと、そっと抱き上げた。そして、残った護衛たちを厳しい表情で見る。

「私が見たことは、そのまま王に申し上げる。お前達の行いは、職務怠慢以前の話だ! 必ず、沙汰さたがある。覚悟しておくように!」

 怒気を込めて言うと、呆然とした護衛たちを残してそのまま王宮に向かって立ち去った。

 アーサー王とアン・コーデリア姫はヴェルボボンク子爵から一部始終を聞いて、憂いに沈んだ。色々と手だてを尽くしてみたのだが、レムリアの立場は一向に良くならない。だが、そんな王と王妃の心中を察して子爵は言った。

「王陛下に王妃殿下。差し出がましいかと思いますが、暫くレムリア姫様をヴェルボボンクでお預かり致しましょうか?」

 アーサー・アートリム王とアン・コーデリア姫は暫し逡巡した後、ヴェルボボンク子爵の申し出を受けることにした。レムリアの事を思っての決断だが、それが当のレムリアに及ぼす影響までは想像しなかった。数日後、二人からヴェルボボンク行きを話されたレムリアは、何も言わずに黙って頷いた。聡明なレムリアには、自分がこのままシェンドルに滞在することによって、敬愛するアーサーとアン・コーデリアの二人がより一層の困難を抱え込むことが容易に判ったからだ。涙も見せずに、二人と別れの挨拶を交わすと、ヴェルボボンク子爵に伴われてシェンドルの都を出立した。気丈にも一切の涙は見せなかったが、夜一人で休む時に、人知れず声を押し殺して泣いた。レムリア、15歳のことだった・・・。


 GREYHAWK ANOTHERの世界の基盤となる「魔性の瞳」です。お読み頂ければ幸いです。


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