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ポインセチアと、影の伸びる部屋
作:赤峰智子



第七話/十二月一日



 

………予感は的中した。
 

『回数を減らそう』と決めてから約一ヶ月強。その数は減るどころか、大幅に増えている。それはもう、家事そっちのけになる程だ。
今までは家事の合間に想像していたのだが、それが今では想像しながら行動をしている。
解りやすく言うと、例えば買い物に行く道すがら。
 

前までは、横を擦り抜けるスクーターを見て彼を想像していたのだが、今では彼と二人で買い物に出掛けているのが前提になっていて、例え横をスクーターが通ったとしてもそれはきっかけにも何もならず、彼に
「あれ、君のと同じ車種でしょ。」
等と話し掛けるのに使われるだけなのだ。
 

 


そんな風になってしまっても先週までは何とか家事をこなしていた(隣には常に彼が居た)のだが、今週に入ってからは体を動かす事すら欝陶しくなって、家事なんか殆どせずにソファーに寝そべって彼との逢瀬に意識を集中する。
勿論、以前の様に彼に会う為に買い物に出掛けたり、スクーターの音がする度に窓から外を見下ろすなんて事は邪魔くさいのでしない。そんな事より頭の中で一緒にはしゃぎ回る方が、よっぽど楽しい。





……………………………………





今日も相変わらず何もせずに、脳内不倫に全ての時間を費やした。


《ピンポーン》
とインターホンが鳴り、続いて玄関が開く音がする。
『ただいま………って、またお前何もやってないのか!』
夫が疲れた顔を、さらに険しくして吐き捨てる。
「だってぇ……なんかしんどいんだもん…。ピザかお寿司か、何か勝手に注文して。」
私は首をもたげて、起き上がる事も無く怠惰に答えた。
『何か注文しろってなぁ、お前今週ずっと店屋物じゃねーか!朝飯も晩飯の残りでろくにお茶も入れずによ、俺だって、いい加減我慢の限界だぞ!』
鞄とスーツを地面へ放り投げ、ネクタイをぐしゃぐしゃと乱暴にもぎ取りながら夫は流し台からソファーへ向かう。
「だってぇ……だから、しんどいんだって言ってるじゃ」
『だったら病院行くとか何とかしろよ!!』
夫が遂に声を荒げた。
『最初はしゃーねぇか、と思ってたけど、どうせ毎日病院にも行かずにグダグダ寝てるだけなんだろ!?そんなんでしんどいとかごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!…結婚する前に俺言ったよな?“昼間どんな事しようが構わないけど、晩飯だけはちゃんとしてくれ"ってさ!お前、解ったって言ってたじゃねぇか!』
仁王立ちでトドの様に動かない私を上から見下ろし、夫は次々と言葉を吐き掛ける。
初めて夫の怒った姿を目の当たりにして、ようやく私の中に恐怖感と慚愧の念がじわじわと沸き上がってきた。





「………ごめんなさい…。」
私は体を起こし、蚊の鳴く様な声で呟いた。
「…明日からは……ちゃんと、するから……」
固く閉じた自分の拳を眺める。その内、段々自分自身が情けなくなって、気付かない間に涙が目の端から流れていた。
 

『…解ったら、もういいんだ。』
夫がソファーに座り私の肩を抱きながら、とても優しい声でそう言った。
 

私はこんな優しい夫に対して、今までずっと裏切った行為をしていた。あまつさえ相手に夫の名前すら付けて。
私はこんなにも優しく私を包んでくれる夫の事より、自分の中の霞んで、屈折した虚像をずっと優先させてきたのだ。
……なんて自分勝手で、なんて盲目でなんて愚かなんだろう。


私はその異様なまでに温かい夫の胸に体を預けて、家出した子供の様に泣きじゃくった。


夫は黙って私を抱きしめ続けた。











結局、夕飯は冷蔵庫の中にあった煮物になってしまった。
だがそれはやはり店屋物とは違い、温かい味をしていた様に思う。
 


 

それから私達は久しぶりに一緒のベッドで寝た。
夫はとても温かく、くっついてみると、限りなく冷えた私の先端はまるで氷が溶ける様にじゅわじゅわと温まっていく。
 

 


もうあの人の事を考えるのはよそう、と思う。
だって私には夫が居るのだから。
都合良く練り上げた泥人形で遊ばなくとも、こんなに血の通った夫が私には居るのだ。
 


 


 

私は布団を口の辺りまで引き上げる。
冷えていた指先が、いつの間にか柔らかく、温かくなっていた。
 


 


 












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