第二話/七月三十日
その男が気になり始めてから、私はずっとスクーターの音だけを待ち侘びて過ごしている。
誤解して戴きたくないのだが、私は別に夫に興味を失った訳ではない。夫の事は勿論好きだ。家族計画の事もちゃんと考えている。
ただ、その男への感情は、夫へのそれとは少し違う気がしている。強いて言うなれば俳優やアイドルに熱を上げる、ああいう物の様な。
……それが果たして良いのか悪いのかは別にして。
……………………………………
今日はいつもより多くその男を見る事が出来た。どうやら道に迷ってしまったらしい。
マンションの四階なので声は聞こえないのだが、路肩にスクーターを停め、汗を拭いながら管理人の婦人に何かを尋ねる表情は、焦っているようで可愛らしい。
「……今時の無気力な子だと思ってたけど、意外と熱心な所があるんだ……。」
私はまた呟く。何だか自分の息子を見ている様な感覚だ。
『息子って、一体私は幾つなのよ。まだ二十六のクセして』一人突っ込みを入れながらクスクスと苦笑する。
そうしている内に男は笑顔で礼を言い、走り去ってしまった。笑顔も素朴で可愛い。
『将来、息子が出来たとしたら、あんな子が良いなぁ』私はそう思いながら夕飯の買い物に出掛けた。
今日の晩御飯はハンバーグにしようと思う。夫の好物なのだ。
私はあまり料理上手では無いのだが、ハンバーグだけは上手く作れる自信がある。
きっとあの大学生の様な笑顔で『美味しい』と言ってくれるだろう。
私は軽く鼻歌を歌いながら部屋の鍵を閉めた。
|