日本にもフェアリーはいるんだよっ!
小さいおじさんの話を聞いた事がありますか?
それは体長20cmに満たないおじさんです。
何故か全裸で、皆一様に太っています。
顔には様々な個性があって、シブメンのダンディーなおじさんも見かけたりします。
私が物心のついた頃には既にその人達が見えていました。
彼らが登場する最も古い記憶は、4,5歳頃のお雛祭りです。
三人官女や五人囃子を私が数えると、いつも四人官女とか六人囃子になってしまうのです。
おかしな発言を繰り返す私を心配した両親は、心療内科や精神科に私を連れていきました。
当時の私は幼いながらも、小さいおじさんの話を他人にしてはいけないのだと悟りました。
それ以来人のいる所では彼らと目を合わせないようにしています。
小さいおじさん達はあまり頭が良くないようです。
おしゃべりはできません。でも、それぞれに個性があるみたいなのです。
私が周囲の人を気にして、目を合わせないようにすると、わざと派手に転んで見せたり、どつき漫才の真似をして見せたり、終いには仲間を集めて来て人間ピラミッドを作る猛者達もいました。
茶目っ気たっぷりの小さいおじさんは時々うざく感じたりもします。
いつ頃からか、私には一人の小さいおじさんが付いて来るようになりました。
この人達に害がない事は子供の時からの付き合いなので分かっています。
私はこの人を家に入れてあげました。それ以来、私の部屋の押し入れが彼の住処になったのです。
食べ物をあげようとした事も何度かありますが、いっつも嬉しそうな顔を横に振っていらないと言います。
彼はどこに行くにしても付いて来るのですが、足が遅いのでいつも途中までになります。
そして、どうやら私以外にも小さいおじさんに付きまとわれている人が結構いるようなのです。
人通りの多い街中などで足早に過ぎ去る人達を観察していると、100人に一人くらいの割合で小さいおじさんを引き連れている人を見かけました。
中には一人で2,30人の小さいおじさんを引き連れている人もいました。
そういった人達は彼らが見えているのでしょうか?
凄く聞いてみたいのですが、私は人付き合いが苦手で知らない人に声を掛けるのは無理そうです。
押し入れに住んでいる小さいおじさんは、私が熱を出して寝ていた時、受験勉強で遅くまで机に向かっていた時、お母さんと喧嘩した時、いつも押し入れから出てきてくれて、私の事を応援したり慰めてくれたりしました。
私がこの人にどれだけ救われたか分かりません。
高校生になった私は手芸部に入ったのですが、これまでの感謝の気持ちを込めて彼のために色々と服を作ってあげました。
彼はとても喜んでくれました。
でもすごく残念な事に彼らはそういった物を着れないようなのです。どんなにちゃんと着せてあげても、少し歩いただけで全部脱げてしまうのです。
どうも裸である事が彼らの種族特性みたいな感じなのです。
私は諦めきれずに彼用の服を考えました。
そして閃いたのです。マントならいけるんじゃないかと。
私はさっそく絵本に出て来る王様が着ているようなマントを作りました。全体を赤のビロードにして縁は金糸のかがり縫いで止めました。
それを彼に着せてみたところ、思った通り脱げませんでした。
彼は、それはそれは大層喜んで、マントを羽織ったまま外に出て行きました。
私はマントのせいで人に見つかると思って慌てて付いて行ったのですが、なんと私が作ったマントも他の人の目には写らなくなっている様でした。
彼はよほど嬉しかったのか仲間に見せるために、しょっちゅう遠出をするようになりました。
2,3日家を空ける事も多くなり、そしてとうとう2年生の夏休み前に帰って来なくなりました。
私は悲しくてちょっと泣きました。でも、元々彼らはそういう種族なのです。
いつも自由気ままに生きているのです。
私はその年の夏休みを暗い気分で過ごしました。
そして……。
夏休み最後の日。
過去最大級の台風が私の住んでいる地方に上陸したのです。
近所に流れる大きな河川が氾濫したときの為に避難の準備もしました。
私たち家族はリビングに集まって台風情報を得る為にテレビを見ていました。
家から10kmくらい上流の川が今にも氾濫しそうで、その様子がテレビに映し出された時、私の心臓は口から飛び出しそうになりました。
おびただしい数の小さいおじさんが川の堤防を支えていたのです。
カメラが右に移動しながら堤防の様子を捉えた時、1万とも10万とも分からない大量の小さいおじさんの中に、真っ赤なマントをはためかせて仲間を鼓舞するおじさんが写っていました。
私の目からは訳も分からず涙があふれ、テレビの画面を見るのも難しいほどでした。
家族は私が泣きだした事を勘違いして、心配ないとか、大丈夫よとか、声をかけてくれました。
違うんだよ!
今あの小さいおじさんが仲間を率いて一所懸命に頑張っているんだよ!
私は叫びたかった。
今すぐあそこに駆けつけたかった。
テレビの中では何人もの小さいおじさんが力尽きて逝く場面を無情に映していました。
すぐに中継が切り替わり違う景色になったのですが、私の頭の中には鮮明にあの小さいおじさんの雄姿が焼き付いていました。
結局、川は氾濫せずあの小さいおじさんも帰って来ませんでした。
私は何事もなく高校を卒業し大学に進学、地元を離れて東京の会社に就職しました。現在は会社を辞めて専業主婦として家事と子育てに追われる毎日です。
あの日以降もちょくちょく小さいおじさんを見かけたのですが、大学に進学した頃から全く見かけなくなり、今では自分がそういった物を見ていた事実さえ疑ってしまうほど、記憶の彼方に消え去ってしまいました。
ところが……。
長女が言葉をしゃべり出すと面白い事を言うようになりました。
『赤いひらひらの小さい人がいる』
この事態に旦那さんはかなり動揺してしまい、私の両親と同じように病院に連れて行こうとしました。
私は不安そうにする旦那さんにイマジナリーフレンドの話をして異常な事ではないと説得しました。
娘は時々何もない場所に向かって挨拶をしています。
そこにはあのマントを羽織った小さいおじさんがいるのかもしれません。
'15/12/31 雛祭りの回想を加筆修正。