奇跡の子(4/14)PDFで表示縦書き表示RDF


奇跡の子
作:夏のラジオ



第四話


 『夢見の里』から歩いて五分程度の場所にそのファミリーレストランはあった。約束の時間まで後十五分ほどあったが、年の為店内を見回してみる。どうやらまだ来ていないようだ。
 四人掛けのテーブルに案内され、俺と葉子は並んで席に着いた。

「はー、緊張するなぁ」

 葉子がそわそわとした様子で入り口を見る。

「あんまり堅くなるなよ。向こうだって多分緊張してるだろうからさ」

「あなただって」

 葉子のその言葉で初めて、差し出された冷水を飲む手が小刻みに震えているのを自覚した。
 いよいよもみじちゃんとの面談の日を迎えた。前に『夢見の里』を訪れてから一週間が経過し、九月に突入していた。
 池内先生が言うには、もみじちゃんは始め、俺達と会うことに消極的だったそうだ。しかし、先生が数日を掛け、なんとか説得してくれたらしい。電話口で俺は何度も先生に礼を言った。
 面談場所をファミリーレストランに選んだのは、少しでももみじちゃんの緊張を和らげる為であったが、俺達夫婦にはその効果は無かったらしい。


 五分後、見慣れた老婦人が店内に入ってきた。脇に少女を連れている。それは紛れもなく池内先生ともみじちゃんだった。
 先生は白のワンピースを着込んでおり、もみじちゃんは前に会った時と同じ、ティーシャツにハーフパンツという出で立ちだった。
 俺は立ち上がり、二人に手で合図をする。池内先生が俺達に気付いたらしく、笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。途中店員に待ち合わせの旨を説明した後、俺達の向かいに座る。もみじちゃんも後に続いた。

「今日はお忙しいところすみません」

 葉子と共に深々と頭を下げる。

「いえいえ」

 先生は笑顔のままゆっくりと手を振った。「こちらこそ。手間取らせてしまって申し訳ありません。さ、挨拶なさい」

 俺達は思わず少女に注目した。もみじちゃんは席に着くなり俯いたままだったが、やがて背筋をピンと伸ばし、顔を上げた。

「もみじです。……今日はどうぞ、よろしくお願いします」

 彼女は、言葉を探しながらもしっかりとそう言った。

「あ、河岸太郎と言います。よろしくお願いします」

「妻の葉子です。よろしくお願いします」

 俺達は二人とも、もみじちゃんの丁寧な挨拶に恐縮してしまった。自分の娘になるかもしれない少女に対して敬語で挨拶する……なんとも異様な光景である。
 


「紅葉はとても大人しい子でした。礼儀作法も凄くしっかりしてまして、驚きましたよ。施設でキチンと教えられたんでしょうね。でも私達夫婦にとってはそれが少し不安でした。もっとわんぱくな子の方が自然と溶け込めるような気がしたんです。事実、面談は物静かに……そして気まずい空気の中始まりました」



「もみじちゃんは何が食べたい?」
 
 葉子がメニューを広げながら、もみじちゃんに問い掛ける。
 もみじちゃんは落ち着かない様子で目をキョロキョロと動かしている。

「あ、えーっと……エビピラフを」

「エビピラフね。私も同じのにしようかなー」

 空気を和ませようと一所懸命明るい口調で話しているのが分かる。俺も話題を振りたいのだが、何も思いつかない。

「もみじちゃん」

 先生がもみじちゃんの肩に手を置く。「そんなに堅くならないでいいのよ。もっとリラックスしなさい」

 もみじちゃんはずっと背を伸ばしたままだった。彼女はコクリと頷くと、少しだけ身体を丸める。しかし、彼女の表情を見る限りでは緊張が解かれたとは到底思えなかった。
 注文を聞きに来た店員が去った後、四人はしばらく無言になった。葉子が目で合図をするのを見て、俺は仕方なく本題に突入することにした。

「もみじちゃん、俺達さ。一週間前に子供を引き取りたくたくて『夢見の里』へ行ったんだ」

 少女は無言で頷く。「その時、その……君と出会って、なんていうか一目見て君のことを好きになったというか」

 最初に出会った子を……というルールは言うべきではないかもしれない。

「河岸さん、河岸さん」

 池内先生が話を遮る。「経緯については話してあります。何故彼女を選んだのかも」

「あ、そ、そうですか」

 俺は慌てて言葉を探す。もみじちゃんは不安そうに俺を見つめていた。

「もみじちゃん」

 葉子が割って入る。「もみじちゃんはどう? 私達の子になりたい?」

 俺は驚いて彼女を見る。そして彼女の耳元で囁く。

「おい、急にそんなこと聞いても……」

「早かれ遅かれ聞かないと駄目でしょ」

「でも……」

「しっ」

 葉子が口元で人差し指を立てる。俺はやれやれと首を振った後、視線をもみじちゃんに移した。

「どう? もみじちゃん」 

 先生が、黙って俯くもみじちゃんに優しく訊ねる。
 もみじちゃんは目だけを俺達夫婦に向け、静かに口を開いた。

「分かりません」 

 その答えに俺は安心する。少なくとも『なりたくない』という答えよりはマシだったからだ。

「そっか……そうだよね」

 葉子は一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔を見せた。「じゃあ、もみじちゃん。試しに一年、いや、一ヶ月一緒に暮らしてみようか?」

 その言葉に、もみじちゃんは顔を上げ、黒目勝ちで大きな目を見開いた。俺と池内先生も同様だ。

「一ヶ月……?」

「そう、私達ももみじちゃんもお互いのことよく知らないでしょ? それなら一ヶ月一緒に暮らしてみて、これからもずっと一緒に暮らしたいって思うんならそうすればいいし、思わなければ、それはそれでいいし。もみじちゃんが選んでくれればいいんだよ」

「おい、それはいくらなんでも……」

 俺が話そうとするのを手で制し、葉子は続けた。

「ね、一ヶ月暮らしてみよう。もし途中で嫌になったら『夢見の里』に帰ってもいいから」

 数秒間沈黙状態になった。池内先生はただじっと事の成り行きを見つめている。もみじちゃんは葉子と俺の顔を交互に見た後再び俯き、静かに口を開いた。

「……はい」
 


「葉子は始めから考えていたみたいです。まずは一ヶ月一緒に暮らしてから、それからのことを本人に決めさせる……。紅葉にとっては断りようがありませんからね。少し卑怯だったかもしれません。しかしまあ、こうして私達夫婦にとっての一生忘れられない一ヶ月が始まったのでした」












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