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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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アニマ

 アニマは耀子に誘われて街を案内している。けれども、どこか上の空だった。
 魔術談義が楽しくないわけではない。
 自分と対等に魔術の話ができる同世代の人間に出会ったのは初めてだった。異国の魔術理論は刺激的で、打てば鐘のように響く彼女は貴重な存在と思えた。
 休憩を兼ねて仕立屋を訪れた。
 耀子のたっての希望だ。アニマの着ている服が気になるらしい。
 アニマは基本的にオーダーメイドでしか服を買わない。
 一般の職人ではアニマの注文に答えることは困難を極めるからだ。
 魔術理論に精通してくれていなければまるで話が通じない。流行を意識したデザインにしてもらう場合でも、最終的には魔術の流れを阻害しないことを優先する。
 アニマにとって魔術は人生そのものだ。
 日々研鑽を重ね、生活の隅々まで魔術が浸透している。
 そのせいで普通の服は着られない。
 魔術的に無防備な服装は、まるで裸で歩いているような居心地の悪さを感じてしまうからだ。
「アニマさんは昔の私にそっくりです」
 耀子は羽根つき帽子を手にとって感触を確かめながら、そんなことを言う。
「どういうこと?」
「はたして魔法使いは見た目通りの年齢でしょうか? 性別さえも偽ることができるのに」
 耀子の正体を見極めようとして、しかしアニマは思いとどまった。
 無断で相手の防壁を突破するのはルール違反だ。気づかれないように正体を探るのは簡単だがやりたくなかった。
「お好きなのでしょう?」
 耀子はアニマの葛藤を見透かしたように言葉を紡ぐ。
「だーかーらー、シンとは何でも無いって言ってるでしょ」
「誰もシンさんとは言っていませんよ。私は魔術のことを言ったつもりでした」
 耀子は柔らかく笑った。
 顔が火照るのが自分でもわかった。誤魔化そうとして墓穴を掘った。耀子にはどうも調子を狂わされてしまいがちだ。簡単に本心を引きずり出されてしまう。
「私のご先祖さまなんて人間ですらありませんから。伝承によると九つの尾を持つ、化け狐だったそうです」
「それ本当?」
 耀子の話は脈絡無く明後日の方向へ飛んでいく。
 魔術と恋は何となく似ているのかもしれない。耀子のせいで、二つの関係ない事柄に結び目がついてしまう。それこそ魔法にかけられたみたいだとアニマは思った。
「どうでしょうね。真偽は謎に包まれたままです。けれども、畜生道に堕ちるという言葉があるくらいですから、好意的ではないですよね」
「どうしてボクにそんな話を?」
「お好きなのでしょう? だからです。自分の気持ちに嘘をついていると何もかもが作り物めいて見えてしまうものです」
 耀子は笑みを保ったまま遠い目をした。
 遥かな故郷の風景を思い浮かべているのかもしれない。
「耀子は見かけよりも、とし……耳年増なんだ」
「見かけ通りです。お二人より少しだけお姉さんです。精神年齢に関してはかなり上かもしれません」
 耀子は冗談とも本気とも取れない調子で言った。
 アニマは彼女の手のひらの上で踊らされているように感じていた。
「突然ですがアニマさんに質問です。私としてはこのドレスが気に入りました。男の人から見てどうですか?」
 自ら話の腰を折って、耀子が体の前に広げて見せたのは、漆黒のドレスだ。
 大胆に背中が開いていて大人の色香を感じさせる。パーティーにでも着ていけそうな雰囲気だ。着る人を選びそうだが、耀子なら問題なく似合いそうに思える。
 そのドレスは密かにアニマも気になっていた代物だった。
 体型がもろに出てしまうので、自分では着られないが、憧れのようなものを感じていた。
「素敵だと思う。見る目あるね」
「だから言ったでしょう。これでも人を見る目には自信があるのです。それでは丈合わせを致しましょう」
 耀子は嬉々としてアニマの腕を引っ張っていこうとする。
「丈合わせにまでボクは必要ないでしょ。何考えてるの? ボクはこれでも男だよ」
「アニマさんは時々変なことを言いますね。それもチャームポイントですけど。丈合わせするのに本人が行かなくてどうするのですか?」
「だから耀子だけで行けばいいでしょ」
 耀子はきょとんとして小首を傾げた。
「どうして私がシンさんのためにお洒落をしなくてはならないのですか? 的外れも良いところです。脈無しかどうかくらいは流石にわかります」
「ボクにだってお洒落する理由はないよ」
「……強情ですね。シンさんは明らかにあなたのことが好きだと思います。確定的に明らかです。世界の真理を探求するものとして、証明するまでもないことです」
 半眼で迫られ言い切られると、なんとなくそんな気がしてきて乗せられそうになってしまう。
「ボクたちは男同士だよ」
 笑って声に出してみて驚いた。小さな針で刺されたように胸の奥が痛い。耀子の指摘はまるで的外れで、笑い話にしかならない。そのはずなのに……。

 アニマの体には秘密がある。

 アニマ自身はそれを魔術を極めるための代償だと割り切っている。
 だから十年前のあの日、アニマはシンから離れたのだ。
 十年経てば、大人になれば、感情を制御できるはずだった。
 魔術を制御するように。
 魔術は制御できるようになってきた。だから大丈夫だと思っていた。
 全然、大丈夫ではなかった。

「悲しませるつもりは無かったのです。ごめんなさい」
 頭を下げる耀子にアニマは適切な態度で接することができなかった。
 否定したかった。もしくは否定したくなかった。
 笑顔の仮面を被り、自分の心に蓋をして、固く錠前で閉じてしまわなければ、とめどなく感情が流れ出してしまいそうだった。
「そうですね。それならば私のために着ていただけませんか? 女性のために着飾るのも悪くないですよ」
「それは……」
「プレゼントします。一日付き合ってもらったお礼に。私のことがお嫌いでないのなら、どうか受け取ってください」
 耀子は無言を肯定と受け取ったのか、それでその話は流れた。
 耀子と店主の間で話がまとまるのを、指をくわえて見ていた。アニマはその店の常連で採寸の必要は無かったからだ。
「あのさ。少し聞いてみたいことがあって」
「何なりと」
 即答だった。そこに迷いは感じられなかった。そしてあくまで耀子は平静だった。
「その……耀子は気づいているかもしれないけど、ボクはどちらにもなれるんだ」
 それは門外不出の秘術の一端だ。外部に漏らすことは固く禁じられている。特に同業者には絶対に話してはいけないと、子供のころから言い聞かされて育った。けれども耀子なら……アニマは禁を破った。
「どちらにも、と言うと、男にも女にもなれる。ということで合っていますか?」
「そう。詳しくは省くけど、そういうこと。元々の性別は男なんだけどさ。どちらでもない状態が一番いいんだ。耀子ならわかるよね。この意味」
 四大元素。
 火、水、風、土の四つの因子が補完し合って世界は循環している。
 魔法の才能は遺伝する。
 家系によって得意な系統はおのずと定まり、また性差によっても発現しやすい能力が異なってくる。
 アニマの家系に限れば、伝統的に男は土系統と相性が良く、女は火、風系統と相性が良い。そして何より女のほうが才能に恵まれる傾向にある。
 ゆえに家の序列は完全に女性上位だ。
 女児は祝福され、男児は蔑ろにされる。
 誰もあえて口に出すことはしないが、現実が全てを物語っていた。それがアニマの家の覆らない伝統だ。魔術の大家、子供たちはその連綿と受け継がれてきた血の影響下から死ぬまで逃れられない運命。
 しかし、一人の天才の出現によって状況に変化の兆しが見られる。
 稀代の天才として名高いミレニア。
 偉大なる長老。
 アニマはその直系ゆえに彼女の魔術的処置を受けることができた。
 五歳の誕生日。それが第一のタイムリミットだった。
 男性として生きられる刻限。
 女性を受け入れた体は、アニマに惜しみない才能を与えた。
 性別を失った代償として。
 全ての系統を自在に操れる力。
 男性でも女性でもないアニマにだからこそ与えられた力だ。
 その才能は現当主のミレニアさえ凌ぐと噂されている。
 十五歳の誕生日。
 それが第二にして最後のタイムリミット。
 アニマは選ばなければならない。
 性別を、将来を。
「私のご先祖さまは狐だそうです」
「それはさっき聞いた」
 やはり耀子の話は脈絡が無さ過ぎて言いたいことがよくわからない。
「そうですか。それは失礼しました」
 耀子はにっこりと微笑んだ。
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