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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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秘密、罪、贖い

 目を覚まさないアニマをなんとか宿に運び込んだ。
 そんなシン自身も体力の限界が近づいていた。しかし倒れるわけにはいかない。ベッドに寝かせたアニマが苦しそうに喘ぎ続けているからだ。額に玉のような汗が浮かんでいる。
 少女のような外見をした彼の服を無断で脱がせるのは、どこか背徳的で気が進まない。けれども、そんなことを気にしていられる余裕は残っていなかった。洗面器に水を入れてタオルを用意する。
 シンは心の中で謝りながら彼の服に手をかけた。ローブは思っていたよりも簡単に脱がせることができた。下着姿になった親友の姿を前に、シンは我が目を疑った。見てはいけないものを見てしまった。そんな気がしていた。
 アニマは男物の地味な下着を身につけていた。汗を吸って体に張り付き、そのせいでところどころ肌が透けていた。その体は男のものではなかった。だからと言って女というわけでもない。
胸は控えめながらなだらかな起伏を描いている。ウェストから腰のラインを見ても、丸みを帯びていて女性的だ。体毛も薄い。それなのに股間では男性器がしっかりとその存在を主張していた。下着の上からでも確信が持てた。

 直接見てみたい。

 シンの心の中で悪魔が囁いた。
 薄いシャツをめくり上げ、上半身を裸にした。やはりアニマの胸は僅かに膨らんでいた。頭頂部のツンとした桜色の乳首に目を奪われた。
「体、拭かないと……」
 激しく上下するアニマの胸に湿らせたタオルを当てた。慎重に、そして必要以上に丁寧に拭う。初めて触れるアニマの胸は柔らかかった。それは男のものではありえない感触だった。
「う……あっ……」
 身じろぎするアニマにシンは固まった。
 もしも今この瞬間にアニマが目を覚ましたら、言い逃れできそうにない。激しく脈打つ心臓の音がうるさい。局部はズキズキと痛みを訴えてくる。
 シンは止まれなかった。アニマのパンツに両手の指をかけた。しかし流石に躊躇する。引き下ろすのは簡単だ。けれども、それは二人の関係を決定的に破壊するような気がしていた。
「シン……やっ……にげ」
 頭を殴られたような衝撃を味わった。急速に熱が冷めた。血の気が引いた。
 アニマは顔を歪ませ目尻に涙をためて苦痛に耐えている。そんな悪夢のただ中にあるはずの彼が気にかけているのはシンのことだった。そんな彼に対していったい自分は何をしようとしていたのか。
 シンは素早く事務的にアニマの体を清潔にした。そしてパジャマに着替えさせて、シーツをかけてやった。
 羞恥心と罪悪感に苛まれて、とてもアニマの姿を見守ることはできなかった。シンは逃げ出すようにして部屋を飛び出した。

 どこをどう歩いたのか覚えていない。
 立ち止まると脳裏にニマの裸身が蘇ってくる。
 綺麗だった。目が離せなかった。
 欲情していた。
 そんな自分が嫌で吐きそうだった。
 男でも女でもない体だった。
 アニマの秘密に確かに触れられた。しかしそれは触れるべきではない秘密だった。
 どんな顔をしてアニマに会えばいいのかわからなかった。
 知らない街をあても無く一人歩き続けているうちに疲労がぶり返してきた。
 気がつけば、そこはレテの噴水だった。
 観光客に混じるようにしてベンチに座った。
「あー。何やってんだろな」
 シンは天を仰いでひとりごちた。
 通りを行き交う人々を眺めていると、自分だけが世界から取り残されているような気持ちになってくる。
 レテの噴水、そしてグレートウィザードの彫刻は、その日も見物客で賑わっていた。
 時代に置き去りにされた旧世代の遺物。
 魔術を勉強するのは趣味の延長のようなものだとシンは思っていた。
 この場所を訪れる人間の中で、魔術を少しでもかじったことのある人間がどれだけいるだろうか。そう多くは無いはずだ。
 だから、魔術を知らないことは恥ではない。
 それらしい言い訳はいくらでも浮かんでくるが、そんな嘘では自分自身すら騙せていなかった。
「となり」
 思考の迷路にはまりかけていたシンを現実に連れ戻したのは、見覚えのある子供だった。
 黒い日傘を畳み、少女はベンチに腰掛けた。
 膝の上に置いたバスケットからサンドイッチを取り出し、小さな口で咀嚼する。
 あっけに取られていると、少女はバスケットの中身とシンの顔を何度か見比べた。
「あげる」
 言葉少なに無表情のままで差し出されたサンドイッチを、シンはおずおずと受け取った。
 少女は食べる手を休めて、じっとシンの顔を見つめている。
 おそるおそる口をつけた。特に変なものが入っているわけでもなく、普通のタマゴサンドだった。
 シンが食べるのを見届けて安心したのか、少女は再び黙々とサンドイッチを食べ始めた。
 特に会話が弾むでもなし。
 じろじろ見ているとまた施しを受けてしまうかもしれない。シンは身の置き場に困っていた。
 さりとて、席を離れるわけにもいかず。
 こんな子供に心配されるほど落ち込んでいるように見えるのだろうか。
 そう思うと、シンは気が滅入るのを通り越してなんだかおかしくなってきた。
「アニマなら平気」
 少女は意味深な一言を残し、席を離れた。
 聞き間違いかと思い、話しかけようとしたときにはすでに人ごみに紛れようとしていた。
 慌てて彼女の背中を追いかけるが、いくら走っても距離が縮まらない。
 彼女は優雅ともいえる歩調で、まるで急いでいるようには見えない。それなのに、シンは息を切らせて汗だくになっても追いつけなかった。
 揺れる傘が目印になっている。そのおかげで見失うことはなさそうだ。しかしいやらしい。その気になれば振り切ることなど動作もないと、教えられているようなものだ。
 周りを気にしていられる余裕はどこにも無い。道順を覚えることは不可能だ。
 シンは意地になっていた。
 遊ばれているとわかっていても追わずにはいられなかった。
 導かれようとしている場所にも興味があった。
 やがて体力の限界が訪れた。
「ばいばい」
 両手を膝についたシンを馬鹿にするように小さく笑って少女は姿を消した。
 汗がしたたり、地面にまだら模様ができた。
 ひと息ついて顔を上げると、そこには見覚えがあった。ケートの街で唯一と言っても過言ではない。
 シンの宿泊している建物だ。
 振り出しに戻っていた。
「クソがっ!」
 シンは路上に置かれた郵便ポストに不当な怒りをぶつけた。無駄につま先が痛かった。
「結局そういうことかよ」
 シン自身も心のどこかでわかっていた。
 部屋の前まではすんなりと帰ってこられた。けれどもドアノブが回せない。まるで魔法の鍵でもかかっているかのようだ。
 アニマが寝ていた場合、起きていた場合、様々な状況を想定して脳内シミュレーションを模索する。
 そもそもそこはシンの部屋だった。それにシンとアニマは一応男同士だ。本来躊躇する理由は無い。何食わぬ顔で入れば良い。頭では理解している。行動が伴わないだけだ。
 大きく深く息を吸った。
 扉をノックしようとしてやめた。明らかに意識しすぎだった。
 気を取り直して扉を開けた。
 アニマはいない。
 ベッドはもぬけの殻だった。開かれた窓から心地良い風が吹き込んできている。
 拍子抜けしたが、顔を合わさずにすんでほっとした。どちらもシンの本心だった。
 窓から身を乗り出して通りを見下ろした。人通りはまばらだ。
「おかえり」
 心臓が止まるかと思った。
 振り向くとアニマが逆さ吊りになっていた。宙に浮かせたステッキに両足を絡ませ、天井近くを漂っていたらしい。
「そ、そんなに驚かないでよ。幽霊じゃないんだからさ」
 くるりと半回転して降りてきた。
 アニマはシャツとショートパンツというラフな格好に着替えていた。
「窓を開けたら、シンが帰ってくるのが見えたから、急いで準備してたんだ」
 一文ずつ区切って確認するように言う。
「それで、今日は、そんな服装なのか」
 シンも釣られてカタコトになる。ぎこちなさ満点だった。
「そう、だよ。って、なんでそんなしゃべりかたなのさ」
「アニマこそ」
「……シンのせいだよ」
 憂いを帯びた瞳が揺れたように見えた。それは水面に反射するきらめきのように一瞬で消えてしまった。それだけに余計シンの心をざわつかせた。
 言葉に詰まる。
「何黙っちゃってんの。冗談だよ、冗談。そんなわけないじゃん。一緒に出かけようと思って待ってたんだ。変なことに巻き込まれるばっかりで全然遊べてなかったから」
 そう言って笑うアニマはすでにいつものアニマだった。
 チャンスを逃した。
 手を伸ばすべきだったかもしれない。けれども慎重にならざるを得なかった。亀裂が入った関係に自ら力を加える勇気をシンは持てなかった。
 街へ出て、適当にぶらついて、同じものを見て、同じように笑う。
 以前と変わらない二人。
 それは意図して演出されたものだった。
 楽しくないわけではない。しかし、シンが本当に欲しい物でもなかった。
「アニマ、聞きたいことが」
「ボクには伝えないことは無いよ。シンは何も知らないし、ボクは何も気づいていない。それで良くない? それで良いことにしようよ。魔法のことが知りたいなら教えてあげられる。でもシンが知りたいのはもっと別のことだよね」
 言い終わるまで一度も目を合わせようとしなかった。
 そして何でも無いようにいつもの笑顔を見せた。
「着替えさせてくれてありがとう」
 決定的だった。
 状況から推測すれば子供でもわかりそうなことにアニマが気づかないはずが無かった。
 罪の代償を求められているように感じた。
「寝汗が酷かったから」
「うん。だからありがとう」
 アニマの笑顔は崩れない。
「もうこの話はやめよう」
 シンにはそれで精一杯だった。さらに一歩踏み込めば、アニマは答えてくれるかもしれない。だが、それと引き換えにして二人の友情は砂山が崩れるように簡単に壊れてしまう。確実に。
「そうだね。ボクもそのほうがいいと思う」
 アニマはシンの手を取って歩き始めた。シンも確認するように握り返した。
 繋がれた手の平からは確かな温かさが伝わってくるのに、シンはどこか空虚な気持ちでそれを眺めていた。

 その日、アニマはベッドにもぐりこんでは来なかった。
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