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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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初仕事!

頭が固くて若作りが激しい。
躾にうるさく、何をするにも許可がいる。
門限どころか、秒刻みでスケジュールが組まれているせいで、全く心休まる時間がない。
立ち代り現れる家庭教師と群がる使用人たちに囲まれた生活に嫌気がさして、黙って抜け出してきた。
地図に書かれた場所まで辿りつく数十分の間に、アニマは上機嫌で祖母の悪口を並び立てた。
「だからお祭りの間くらいは羽を伸ばそうと思って」
「家の人、心配しないのか?」
「それが嫌なんだよ。過保護すぎ。シンだって一人旅してるじゃん。それにボクが来なかったらシンは どうするつもりだったの? それともボクといるのは嫌?」
 何のてらいもなく素直に聞かれると答えにくい質問だった。
「まるで恋人みたいなこと言うんだな」
「そうかな? フツーじゃない? 友達といるのって楽しいよ」
 はぐらかそうとしても通じない。むしろ思い切って踏み込んでくる。シンにはそれが少し羨ましかった。彼のようにストレートに感情を表すことは、たぶんできない。
「なんか面白いこと言ったかなぁ。笑うところじゃないと思うんだけど」
 アニマが口を尖らせた。どうやら勘違いさせてしまったらしい。それがなんだかおかしくて、シンは堪えきれずに息を漏らしてしまう。アニマの白い視線が突き刺さっていた。
「悪い。俺の家と全然違うからおかしくて」
「割と放任主義だよね。いいなぁ」
 羨まれるような家庭環境ではないと思ったが、口には出さなかった。
「あ! 着いたみたいだよ」
 アニマが指差す建物の前には男たちがたむろしていた。年齢はバラバラだが、みないかつい体つきをしている。
 シンとアニマの二人はいかにも場違いな雰囲気だ。シン一人ならそうでもないのだが、やはりアニマが浮いている。
 空気を読まずにアニマは進む。
 ジロジロとあからさまな好奇の視線を周囲から寄せられているが、気にならない性格らしい。
 そのまま突っ切ろうとしたアニマを後ろから捕まえたのは、ひと際たくましい男だった。
 服の上からでも分厚い胸板が確認できる。
 短く刈り上げた髪と生やした顎鬚のせいで強面に見えるが、鳶色の優しげな瞳がその印象をいくらか和らげていた。
「入るのは駄目だ。待てと言われただろう」
 アニマの細い腰を片腕で軽々と抱え上げて男は言った。
「誰も入るなんて言ってないだろ!」
 宙に浮いた手足を振り回されて、男はやれやれと頭をかいた。
 アニマが小柄だというのを差し引いても男は相当大きかった。
 引き締まった筋骨隆々の体はまさに鋼の肉体だ。太ももはアニマの腰周りほどもあるように見える。素手で熊を絞め殺したと豪語しても違和感が持てない。それほどの大男だった。
「そうかい。それは悪かったな。しかし、お前さんのような可愛らしい女の子が来るような場所ではないと思うぞ」
 地面に下ろされても、アニマは男を睨みつけたままだ。放置するとさらにひと悶着ありそうだった。シンは二人の間に体を割り込ませた。
「俺たち銀行で紹介されて来たんです。簡単な仕事があると聞いて」
「簡単な仕事?」
 男の顔がにわかに曇った。値踏みするように二人を交互に観察している。
「違うんですか? 奉仕活動なんでしょう」
「奉仕活動、ねぇ。まぁそういえばそうなんだが……」
 なんとも歯切れが悪い。しきりに周囲を窺う。
 自分たちには知らされていない裏事情があるのかもしれない。
「期待を裏切るようで悪いが、何も答えられないぞ。それに時間が来たようだ」
 詳しく話を聞こうとしたシンの機先を制して男は建物の扉を指差した。
 姿を現したのは若い男だった。シンよりも少し年上に見える。白を基調とした制服で身を固めている。大陸中に勇名を轟かせるスターシュ教会の私兵団の者だとひと目で知れた。
 銀行の老紳士が「確かな求人元」と称していたのも納得できる。怪しいと感じていたのはどうやら思い過ごしだったらしい。シンは考えを改めた。
 青年は一通り説明を終えると、テキパキと仕事を割り振った。シンとアニマは同じ場所に向かうように指示された。
「そこの背の高い方。レリックさんとおっしゃられるのですか。あなたは何度か仕事を請け負われていますね。ここの二人と一緒に行って色々教えてあげてください」
「それは構わんが……」
「何か問題でも?」
 青年に悪気はなく親切心から言っている。そして言葉を濁したレリックの気持ちもわかるだけにシンは口を挟みづらかった。
「問題ありません。ボクたちに任せてください」
 アニマは胸を張って威勢良く言い切った。レリックは小さく息を吐いた。
 話はまとまったようだ。青年はすでにこちらを向いていない。アニマが良いのならシンに反対する理由は無かった。
「よし。行こう」
 返事を待たずに歩き出したアニマの後ろで、シンの隣にレリックが並んだ。
「あの子はいつもああなのか?」
 腰をかがめて耳元で囁く。意図が読めずにシンは曖昧にうなずいた。
「そうか。なかなか大変そうだ。今からそんなんじゃ将来尻に敷かれるぞ」
「アイツ、男ですよ?」
 レリックは訝しげに眉をひそめてアニマの後姿を眺めた。
「嘘はいかん。あんな可愛い娘が女の子のはずがないなんて……面白い冗談だが、さすがに見え透いている。いくらなんでもそれはないだろう」
「俺も最初は女だと思ったんですけど……本人に確認してみてください」
 実を言うと、シンは今でもアニマが男だとは信じきれていなかった。しかし、それを認めると、昨夜のことをどう言い訳したら良いのかわからなくなる。
深 い関係でもないのに、一晩をともにしてしまった。性別のことが頭から離れなくて、肝心なことから目を離してしまったような気がする。
 寝所をともにすること。それが問題だった。
 だが、そこに焦点を絞る勇気は持てなかった。
「ふむ。それもそうか」
 レリックは顎に片手を当てて思案すると、アニマの隣に歩み寄った。
 二言三言、言葉を交わしたかと思うと、アニマに蹴られていた。けれども剣呑な空気は感じられない。年の離れた兄妹のように笑いあっている。自然と足が速くなった。
「このおじさん、おっかしいんだよー。ボクが男だと言ったら、神妙な顔をして、謝ってきてさ。お詫びがしたいなんて言うから蹴ってやったよ。そんなこと気にしなくていいのにね」
「礼節を軽んじるのは好きではない。しかしおじさんか。いよいよ風格というものが出てきたか。そんなふうに面と向かって言われたのは初めてだ」
「風格はないんじゃないかなぁ。単に老け顔なだけで」
 アニマの失礼な物言いにも関わらずレリックは笑っていた。
「すみません。礼儀知らずで」
「不思議と悪い気がせんな。人に好かれるのも才能だ。得をしたな、きみは」
 人目もはばからず豪快な笑い声を上げる。レリックの言うことは難しくていまひとつ意味がわからなかった。
 レリックに詳しく話を聞くと、彼の本業は別にあるが、繁閑期の差が激しいので、暇な時期は教会から仕事を優先的に回してもらっているらしい。
 ついでに一部の信用されている人間にしか回ってこない仕事だということも教えてくれた。
 それは言い換えればレリックは教会と何かしらのコネを持っているということだった。
 それとなく探りを入れると、やんわりとたしなめられた。
「誰にだってそれなりに事情はある。君は頭は回るようだが、世界を知らなさ過ぎる。深入りしないほうが身のためということも世の中にはあるのだ。その話はもっと仲良くなったら教えてやろう」
「ボクにだって秘密はあるんだよ。シンはお子様だなぁ」
 歩くのが面倒くさくなったのか、少し前からアニマはステッキに横座りしてふわふわと浮いている。いかにも子供っぽいアニマに言われてしまうと、シンとしては立つ瀬がなかった。
 中心街から外れていくにつれて街並みが変化してきた。
 整備された道路が途切れ、ゴミが道端に放置されている。道行く人々の顔にはどことなく生気がなく、どんよりとした目つきでねめつけてくる。外見的特徴はレリックと酷似している。小麦色の肌と黒味がかった茶色の髪は移民の特徴だ。そして、それは敗戦国を故国に持つ人々と同義でもある。
 レリックは顔色一つ変えることなく歩みを進めていく。アニマは無表情だ。感情の色が消えている。シンも表情を変えないように努めている。きっと自分もアニマと同じような顔をしているに違いないとシンは思った。
「さて、目的地に到着だ」
 レリックが足を止めた場所を確認して、シンは肩の力を抜いた。
 敷地内からは子供たちの笑い声が響いてくる。看板から推察すると、どうやらスターシュ教会が運営する孤児院のようだ。遊んでいる子供たちを横目に、レリックは建物の扉をノックした。
「はい」
 扉を開けた女性は、レリックの顔を認めるやいなや扉を閉めようとした。レリックは足先を建物の中へ蹴り込んだ。指を扉の内側に割り込ませて強引に開いていく。女性の力では抗しきれるはずも無い。
「そう邪険にしないで欲しいものだな。知らない仲でもないだろう」
 女性は唇を引き結び、無言でレリックをにらみつけた。
「さすがにどうかと思うよ」
 あまりに険悪な雰囲気にアニマが横から口を挟んだ。
「どうかと思うと言われてもな。これが仕事だぞ?」
 レリックは困ったように肩をすくめて見せた。
 状況が飲み込めていないのはシンとアニマだけではなさそうだ。女性の顔にも困惑が広がっている。
 子供たちの笑い声がひたすら遠い。
「わかった。わかった」
 三人に囲まれて旗色が悪いと見たのか、レリックは両手を挙げて降参した。
 仕事の内容を詳しく教えてもらおうと口を開きかけたシンだったが、突然横からアニマに突き飛ばされた。
 状況を確認する暇すら無かった。空気を引き裂く不吉な音が響き、足元の地面が抉られた。危険を報せた当の本人はすでに愛用のステッキを構えている。
「子供たちを」
 アニマに言われるまでも無くレリックは動き出していた。
 銃撃された!?
 シンは警戒態勢を取ったまま辺りを見渡した。犯人らしき人影は見られない。追撃も来ない。
 子供たちはレリックの誘導に従って建物の中へと避難していく。
 それは牧羊犬に追い立てられる羊の群れを思わせた。彼らは誰一人として事態を認識できていないようだ。むしろ幸いだろうとシンは思った。恐ろしい記憶が残るよりはずっと良かった。
 外に誰もいなくなるのを見計らって、シンはアニマに声をかけた。
「どうする? 俺たちも入れてもらえるように頼んでみようか?」
「それよりも……ボクに考えがある」
 そうは言うものの、なかなか切り出そうとしない。それは、時間にすれば僅か数秒だったかもしれない。しかし、何かを迷っているように見えたのは確かだった。
「アニマ?」
「ああ……うん、何でもない。きっと思い過ごしだと思う。後ろ、乗って!」
 指定された後部座席にまたがる。アニマは地を蹴った。急加速に引きずられて体が放り出されそうになる。シンはたまらずアニマの腰にしがみついた。風鳴りが耳に響く。急上昇する視界の端で街が小さくなっていく。
 大空に浮かび上がり、重力の戒めから解き放たれたと感じたのも束の間、今度は重力加速度を加味されて落ちながら急加速。三半規管に深刻なダメージ。ぐるぐると廻る視界に平衡感覚を破壊される。シンはアニマが躊躇した理由を思い知らされた気分だった。いまさら降ろしてくれとも言えず、食道を駆け上ってこようとする苦いものを必死に押し止める。
「もう少しだから我慢して!」
 アニマの呼びかけに辛うじてうなずいた。地表が近づいてきた。路地を突っ切り、壁を蹴って無理やり方向転換。抜け出した先には街の東を流れるフェザント川が広がっていた。
 アニマはそれまでの動きが嘘のように静かに岸辺へと降り立った。水のせせらぎに混じって、鳥の鳴き声が聞こえる。アニマは立ち尽くしたままで動こうとしない。ついには腕組みをして考え込んでしまった。
「この辺のはずなんだけど……うーん。ミスったかも」
 風に流れる長い髪を片手で押さえ一本引き抜いた。指先から垂らされたそれは頼りなさそうに揺れている。
「髪の毛一本もらっていい? ボクのじゃカルマが足りないみたいだ」
 シンはアニマの言っていることの半分も理解できなかったが、とにかく髪の毛を渡せば良いということは理解できた。大人しく髪の毛を一本引き抜いた。
 アニマは受け取ったそれを自分のものと合わせて引き結ぶと一本にまとめた。細く美しい銀色の先に 太く黒々とした自分の髪の毛が括りつけられているのを見るのは妙な気分だった。
 再び垂らされた細糸が微風にたゆたう。アニマは見るとはなしにそれを見ている。黒い糸先が僅かな円弧を描き少しずつ大きく振れ始めた。それ自身が意思を持つかのように、ある方向を指し示している。安定はしていない。アニマはゆっくりと歩き始めた。僅かな変化も見逃さないよう注意しているようだ。
 アニマは川岸から離れ土手の前で立ち止まった。シンの見る限りそこは何の変哲も無いようにしか見えない。アニマは膝をついて斜面に耳を当てた。
「うん。間違いない」
 アニマはステッキを使い、そこを中心にして大きな円を地面に描いた。五芒星を書き足して、中心をステッキで一突きした。
 魔方陣が光を放ち地面が内側に向かって崩落した。奥には通路が続いていた。
「たとえ偽装のための結界が張られていても、ボクには通用しないのだ」
 アニマは誇らしげに胸を張った。
 彼が描いたのは、最も初歩的な魔方陣だった。
 なにしろ入門書の一ページ目に書かれてある。それこそ魔術を志したことがあるものなら誰でも知っている。しかし、それを使ってこんな芸当ができるなんて話をシンは見たことも聞いたことも無かった。
「どしたの?」
「いや……凄いなって」
「そう? やり方さえ知っていれば誰でもできるよ。ばあちゃんなら、わざわざ魔方陣を書いたりしないと思う」
 アニマは簡単そうに言うが、少なくともシンにはできない。
 偽装を施した術者にしても、破られないようにできる限りの技法をつくしたはずだ。
 根本的に才能が違う。
 十年前にアニマは既に魔法使いだった。それから十年。彼がどれほどの高みに到達しているのか、シンには想像すらできなかった。
「まぁいいじゃん。それより先に進もう。あんな不意打ちみたいな真似されて許せないよ」
 暗闇の中へ躊躇することなく踏み込んでいくアニマをシンは無意識のうちに追いかけた。
 そんなはずは無いのに、何故か置いていかれるような気がしてならなかった。
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