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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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決戦②

 自分には才能も経験も足りない。
 背中を押してもらわなければ、戦場に立つことさえできない。クリーンには、また大きな借りができてしまった。
 頭は冴えていた。シンがやれることは少ない。だから、たった一つのことだけに集中する。
 単純な力比べに持ち込むことさえできれば、アニマに敵う人間などいない。魔法の神様は必ずアニマに微笑むはずだ。
 魔銃アガーテ。
 ぬらりと妖しく黑光りする扇情的な銃身が囁きかけてくる。
 早くイカせて! ぶちこんで! 
 カム! カム! カミング! ゴー! ゴー! ゴー!
 ……相当なじゃじゃ馬だ。術者から精根枯れるまで魔力を搾り取ろうと脈動する。気を抜くと暴発させてしまいそうだ。
 鞭のようにしなる前蹴りが、両腕のガードをものともせず、アニマの小柄の体を弾き飛ばした。二人の間合いが離れた。
 シンは体を割り込み、銃口をデッドに。薬室に魔弾が装填される感覚とともに、意識が白く塗りつぶされそうになる。迷わずぶっ放した。デッドの直前で魔弾は虚空に呑みこまれたが、その足は止まった。
「シン!」
「待たせた!」
 腕にしびれが走ったが、何でもないふりをする。
 たった一発。それだけでアガーテの恐ろしさを思う存分味わった。
 調整が効くような代物ではない。限界を超えて、術者を貪ろうとする悪魔の銃だ。足りない分は無理やり補填する。代償は考えたくなかった。
「その銃はオススメしない。魔法使いのための道具じゃないからね。自滅するよ」
「シン?」
 デッドにはほぼ正確にアガーテの特性を見抜かれていた。
 関係ない。シンは、次弾を装填した。
 一発、二発、三発、込めたところで次が続かない。
 六発フルで装填するつもりだったが、シンの実力では半分が限度だった。
「あまり長くは持ちそうにない。アニマ、頼む」
「わかった。任せた」
 シンがアガーテをデッドに向けると同時に、アニマは後ろへ跳びずさった
「蛮勇を後悔させてあげよう」
「後悔ならもう済ませた」
 シンが生きている限り、魔弾は無限に生成できるかもしれない。それでも一度に生成できるのは三発までだ。血を肉を糧に輝きを増すアガーテ。乱用すれば、結果はおのずから知れる。一発も無駄にはしたくない。
 喜びにむせび鳴くアガーテを挨拶変わりにぶっ放し、シンは魔弾を追って走る。撃つつもりは無かった。制御不能な力に意識を強奪されかけた結果だ。
 シンの命を削った一撃をデッドはこともなげに中和する。おろんおろんと残響が鼓膜をひび割らせる。体重を乗せた横蹴りは片手で止められた。デッドの反撃の拳はぬるま湯にからめとられたように遅い。難なく交わすことができたが、反動で体がふらついた。意識と肉体の連動がうまくいっていない。迫りくる後ろ蹴りを片腕でガードする。
 ハローハロー! いっちゃえいっちゃえ! ららばいユー!
 悪魔の口車に乗せられるままに、シンは引き金を引いた。至近距離から放たれた不可避の魔弾。空気を螺旋上に錐もみしながら、デッドの腹を食い破ろうと直進する。
「やるねぇ! 興奮してきたよ! だが届かせはしない」
 かざした手のひらに魔弾が食い込み、ヒガンバナを咲かせるが、そのまま握り潰し、攻撃に転じてくる。顔面に良いのをもらった。膝がガクガクと笑う。両足を踏ん張った。
 背後にアニマの気配をひしひしと感じる。急速に存在感を増し、膨れ上がり続けている。倒れるわけにはいかない。シンに残された時間は少ないが、それはデッドにも同じことが言えるだろう。
 シンにできるのは所詮時間稼ぎだ。それはデッドにもわかっているはずだ。
 だからこそ倒れない。倒れてやらない。
 残り一発。
 シンは銃杷をしっかりと握り直した。最後くらいは自分の意志で決めたい。じゃじゃ馬の乗りこなし方もつかめてきた。
 イク! イク! イク!
 イカせて! イカせて! イカせて!
 催促の嘆きを無視して、制御に意識を傾ける。脊髄を昇りつめる快感に視界がぶれるが、それさえもさらなる愉悦に変換される。
 鉄製の重たいハンマーでぶん殴られたような衝撃に骨が軋む。デッドの拳は魔術で強化されている。それに対して、シンの体は生身のままだ。避けることも防ぐこともできない。
「いい加減にしたまえ」
 デッドの攻撃はさらに熾烈さを増した。全身を痛めつけられ、砕かれ、壊されながら、シンはひたすら機をうかがう。もはや両腕はだらりと下がり、攻撃も防御もままならないが、指先に神経は繋がっている。充分だ。
 とどめの一撃を腹に叩き込まれ、ぼろ布のように空を舞う。
 そして、シンはゆっくりと引き金を引いた。

 あああああああああああああぁぁあああぁあああぁああああーーーーーーーーー!

 歓喜の絶叫を撒き散らし、シンから全てを根こそぎ奪い、それでも飽き足らず、アガーテは絶望の魔弾を打ち放った。大喰らいの魔弾だ。最後の一撃にふさわしい威力と不吉さを秘めている。
 しかし、悲しいかな。シンにはわかってしまった。通用しない。デッドは両手で印を結び、右手で天を、左手で地を突き、万全の態勢を整え、飢餓に狂える魔弾を迎え撃つ。
「コールにはまだ早い。レイズだ。受けとりなッ!」
 マズルフラッシュが三度閃き、クリーンは膝からくずおれた。
 新たに横手から襲う三発の魔弾に、デッドの反応が一瞬逸れた。
 正面から迫るシンの渾身の一撃に右手を捧げ、左手でクリーンの不意打ちに対処しようとするが、魔弾の威力を殺しきれず、完全に足が止まった。
「こんなもので!」
「ありがとう。二人とも」
 デッドの懐深くに潜りこんだアニマは既に魔術を練り上げていた。
 膨大な熱量が小さな両手の内に凝縮されていた。指と指の隙間から漏れ出る光の鮮烈さに目を開けていられない。まるで小さな太陽だ。
「古の契約に則り、炎雷の魔術師が命じる。吹き荒れろ。焦がし尽くせ。地獄の業火をその身に宿し、開闢の時を炎の海に沈めし魔物。汝の名はメディギュ!」
 アニマから解き放たれた光球は身震いするように一瞬縮み、爆発的に膨れ上がるにつれ、獣の輪郭を顕わにした。全身を灼熱の炎に包まれた巨大な雄牛。丸太のように太い前肢を跳ね上げ、突撃する。
 大人の腕ほどもある二本の鋭い角が、デッドの胸を串刺しに貫いた。怒濤の勢いで雄牛は疾駆する。なんとか逃れようともがく人間の無意味で脆弱な抵抗をあざ笑うように、体を振り、叩きつけ、砕き、焼き尽そうと吼える。
 中和はおろか、干渉すら許さない。完璧に編み上げられた魔術。触れられざる者。もはや術者のアニマでさえ、破壊を止めることはできないだろう。
「くくく。アハハハハハハハハハハハハハハハハハ! これだ。これだよ。それでこそ稀代の魔法使い!」
 灼熱の炎に身を焼かれながら、デッドは狂ったように笑い始めた。しかし、狂ってはいない。目には理性の光が灯っている。打つ手は無い。万策尽きている。そのはずだ。それでも、デッドは笑い続ける。命の残り火を燃やすように。
「終わりだよ」
 アニマに助け起こされた。肩を貸され、デッドの最期を見届ける。
 ひときわ強く床に叩きつけられ、デッドの体は跳ね、メディギュは仕事を終えた。
 魔術の炎に焼かれ、デッドは全身黒焦げだ。腕や足の末端部分は消し炭と化し、もはや原形をとどめていない。
「君たちの勝利、だ。最後の連携プレイは見事……だった。生きている間に古の禁術を、拝めるとは、ね。手足が残っていれば、拍手したいところ、だが。まぁ、いい」
 デッドは激しく喀血した。素人目にも明らかだ。デッドは助からない。
「良くない。死者を止める方法を教えろ。時間が無い。お前にも」
 デッドを見下ろすアニマの瞳は冷たく澄んでいた。
「僕には……僕には、止められない、さ。芸術とは、そういうもの、だろう。創造主の手を、離れ、時代を超え、人々の間で永遠に生き続ける。きみに『伝説の』、メディギュが止められないのと、同じ理屈、さ」
「それでも止めろ! 止めなければみんな死ぬんだぞ! 死路の道連れにするな!」
 激昂するアニマにデッドは薄ら寒い微笑みを返した。
「罪の子よ。貴方は僕たちの希望だ」
 それがデッドの最期の言葉になった。顔には静かな笑みをたたえたまま事切れていた。
 戦いには勝利した。だが、何の解決にもなっていなかった。
 真の勝者は明らかだった。
「生かしておいたとしても、やつは決して口を割らなかっただろう。お前の責任じゃない」
 クリーンは煙草を咥えた。ほのかな橙色の炎。紫煙がゆらゆらと立ち上った。
「だが、責任を取りたいなら譲るぞ。俺が奪い返した」
 クリーンは懐から真っ黒な紙片を取り出した。四つ折りにされていたが、開くにつれて、大きさと分厚さを増していく。完全に元の姿を現した。全ての元凶。死者の書だ。
 アニマは無言で受け取ると、死者の書を読み始めた。いくらアニマが魔法に精通していると言っても、一朝一夕に叶うだろうか。
 話しかけられる雰囲気ではない。シンは痛む体を引きずるようにしてアニマから離れた。少しでも体力を回復させて、次に繋げる。それがシンのやるべきことだ。
「いい判断だと思うぜ」
 満身創痍の男二人、肩を支え合うようにして壁際に座った。
 余裕ぶってはいるが、クリーンの傷は酷かった。さっきまで動けていたのが不思議なくらいだ。すぐにでも手当が必要に思える。しかし、シンにはどうしようもない。干渉されているわけでもないのに、何故か、魔法が全く使えなかった。 
「変な気は起こすなよ。あいつに頼もうなんてもってのほかだからな。一人だけ助かるくらいなら死んだ方がマシだ。お前だってそう思ったんじゃないか?」
「嫌な奴だな」
 クリーンは紫煙を吐き出すと、笑い声を上げた。
「しばらく魔法使えんだろうし、気長にやろうぜ、兄弟」
 馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。暑苦しいが、振り払うだけ体力の無駄だと思い、好きにさせる。それよりも、引っ掛かることを言っていた。
「魔法、使えないのか」
「アガーテ乱用の後遺症だ。まぁせいぜい二、三時間の辛抱だから我慢しろ」
「そうか。そうだな。そういうこともあるかもしれない」
 シンは手の中のアガーテを見つめた。うんともすんとも言わない。まるでお昼寝中の童女のように静かなものだ。暴虐の限りを尽くした銃と同じものとは信じられなかった。
「貸してくれてありがとな」
「どういたしまして。なかなかイイ女だっただろ?」
 アガーテ本来の持ち主であるこの男が、その性格を知らないはずが無い。誑かされた気分だった。
「何だよ、その顔は。浮気したわけじゃあるまいし。アイツとはもうとっくにヤッたんだろ。二人とも前合った時とは別人みたいだぜ」
 あいかわらず下品さは健在だ。顔色の悪さを抜きにすれば、クリーンは絶好調だった。
「パルマコが泣くぞ。心配してた」
「あー。あのガキか。あいつバカなんだよなぁ。そのくせ察しがいいというか。なんというか、まぁ、バカなんだろうなぁ」
 クリーンは咥えていた煙草をぐしゃぐしゃと丸め、手の中へ包み込んだ。その手を開くと、煙草は跡形もなく消えていた。
「手品をする余裕があるならまだまだいけそうだね。シンは立てる? 手を貸そうか?」
 シンは差し出された手を素直に掴んだ。
「なんとかなりそうか?」
「ボクを誰だと思ってるの。と、いうのは冗談だけど、まずいかもしれない。ボクの力だけじゃ無理だ」
 話しながらも、アニマは回復陣を発動させていた。クリーンのものとは比べるべくもない。完璧だ。まさに世界に祝福されている。何でもありだった。
「あ、体力までは戻らないからね。死なない程度に傷を塞ぐだけだから。いくらボクでもそこまで万能じゃない」
 走り出そうとして悶絶しているクリーンに向かって駄目出しする。
「詳しくはスラムへ戻りながら話すよ。ボクもまだうまく整理できてないんだ」
 シンはデッドの亡骸に一瞥をくれた。安らかな満ち足りた顔をしていた。街を徘徊する死者の列に加わることは決して無いだろう。やりきれなさが募った。
「行こう。ボクたちにはまだやれることがある」
 シンは促されるまま教会をあとにした。
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