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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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決戦①

 空から敷地内に下りると、そこは別世界だった。何の音もしない。動く者もいない。静か過ぎて逆に不気味だった。
 警戒しながらも真っ直ぐに大聖堂へ向かう。
 誰にも邪魔されること無く、建物までたどり着いた。
 扉は冗談みたいに大きく開け放たれていた。正面のステンドグラスには光に照らされた聖人の姿が浮かび上がり、その慈悲深い視線は、対峙する二人の男に注がれていた。
 シンの姿を認めると、男は口の端を歪め、背中を向けた。それとほぼ時を同じくして、もう一人の男は膝をついた。
「遅かったじゃないか。どうやら僕の作品は気に入ってくれたようだね」
 男は背中を向けたまま大きく両手を広げ、声を上げて笑った。黒い燕尾服を身に纏い、髪も丁寧にセットされている。今すぐ晩餐会にでも出られそうだ。
「クソ! マジで強えな」
 床に膝を立て毒づく男は対照的にボロボロだ。服はいたるところで裂け、血が滲んでいた。
 デッド、そしてクリーン。
 探し求めてきた二人の男だった。
「役者が揃って良かった。死者たちのうめき声に乗せて上映される演目は『魔都の落日』。監督、脚本、演出、主演、その他もろもろ、全て私ことデッド。敵役は君たち三人。最終楽章にふさわしい舞台だとは思わないかね?」
 デッドの張り詰めた哄笑が大聖堂を震わした。
 シンは動けなかった。以前は魔法のことを何も知らないに等しかった。だからこそ躊躇せず立ち向かうことができた。そのことを知った。
 デッドの周囲の空間が歪んで見えた。ある一点を中心にして、その周りが歪んでいる。そんな点がいくつも存在し、空中を漂っていた。
 迂闊に飛び込むのはまずい。直感が告げていた。
「昔話をしよう。時は十年前に遡る」
 誰も動き出せないのを良いことに、デッドの一人語りが始まった。
「ある地方の小さな農村に平和を願う一人の青年がいたんだ。体力は無かったが、そこそこ頭が良く、魔法の腕も悪くなかった。村は長引く戦争で疲弊していた。人一倍、正義感の強かった青年が軍に志願したのは自然の成り行きだったと言えよう」
 デッドは朗々と歌い上げる。落ち着いた雰囲気のある声。あくまで理性的。彼もまた魔法使いだった。
「青年が所属を命じられたのは第一八七特殊部隊。主な任務は後方支援。最前線で力を奮いたかった青年にとっては望んだ結果では無かったが、それで士気が下がるような男ならそもそも志願したりはしない。だがね。その部隊は見るからにおかしかったんだよ」
 まるで実際に経験してきたかのような話しぶりに、シンは心がざわついた。耀子の話と食い違う。デッドの所属していた部隊は常に最前線に配置されていたはずだ。
「第一八七特殊部隊は、若く、見るからに美しい男ばかりで構成されていた。まるで女と見紛うばかりの男たち。戦場には似つかわしくない男たちだ。そう。丁度、いまの彼のようにね」
 デッドははっきりとアニマを指差した。口の端を吊り上げ、目には憎悪とも悲しみともいえない暗い光が宿っていた。
「もしかすると、君も彼らのお世話になったんじゃないかな? 従軍していたんだろ? 君は」
「……見損なうんじゃねーよ」
 デッドの口ぶりには嘲りと侮蔑がブレンドされていたが、返すクリーンの声は弱々しかった。
「さて、ここで問題だ。神は男の肋骨から女を作ったが、魔法使いも同じものを用いて何かを作った。それは何か。少し考えてみてくれ」
 シンは答えられなかった。より正確には答えたくなかった。
 おそらく思い浮かべた答えは正しい。第一八七特殊部隊はアニマと同じだ。男だったが女に変えられた。誰も口にしないはずだ。
「ヒントを付け加えよう。当時戦場で猛威を振るった奇病にはある秘密が隠されていた。実は最初の一人からは体液を介してしか感染しないんだ。そしてもう一つ。ある特定の免疫を持つものは感染しても発病しない。わかるかい? この意味が」
「人種による選別か。反吐が出るぜ」
 クリーンは唾を吐き捨てた。僅かに赤いものが混じっていた。
「半分は正解だが……そろそろ長話にも飽きてきたころだろう。続きは墓の下でしようか」
 デッドの姿が蜃気楼のように揺らいだ。
 正体不明の歪みは数を増し、魔術は全く練れない。干渉が強すぎる。
 シンは戦慄した。シンは無力だった。そしてそれはアニマも同じだった。
「左右へ散れ! 早く!」
 クリーンの切迫した叫び声。
 シンは無我夢中で右へ跳んだ。直後に銃声。鳴り止まない。
 クリーンは両手にリボルバー銃を構え、連続で銃弾を撃ち込んでいた。狙いは空間の歪みの中心だ。何発か打ち込んだところで、クリーンは防御の構えを取った。直後に、デッドの姿が視認できた。既にクリーンの至近距離に迫り、襲撃の準備は整っていた。クリーンの防御をかいくぐり、わき腹に掌底が入った。クリーンは弧を描くように弾き飛ばされ、並んだ椅子に突っ込んだ。
 アニマは左へ跳んでいた。
 クリーンがやられるまでほんの数秒だった。しかし、クリーンはその数秒間で驚くほど正確に情報を与えてくれていた。
 デッドの攻撃手段は主に二つだ。
 一つ目は瞬間的に行われる元素の偽装。
 元素の一部分を他の元素で置換すると、元の一部分はちょうど玉突き衝突のように、放出される。その放出された一部分は次の元素に飛び込み、再び置換が起こる。交換は連続的、連鎖的に、そして爆発的に進んでいく。その一連の動きが空間の歪みとして認識される。
 二つ目は魔法による肉体強化。
 歪んだ空間で、デッドだけが魔法を自在に操れるのかは謎だが、その動きは近接魔闘術を使うアニマに酷似していた。
「考えはまとまったかい?」
 再びデッドの姿が揺らいだ。そして始まる空間への干渉。
 赤、青、黄色、その他極彩色の金平糖が花火のように弾け飛ぶ現象として知覚された。
 シンは偽装された元素をあるべき姿に戻し、デッドの干渉を上書きしようと試みた。
 クリーンは銃弾で元素を弾き飛ばし、そこを起点にして、連鎖的に干渉を打ち消していた。
 シンは汚染されていない元素のみを選り抜き、光弾として打ち出した。
 薄い尾を引きながら飛び立った光弾は、空間の歪みの中心に命中した。浄化が連鎖的に起こり始めた。
「やるじゃないか」
 デッドの声が耳元で聞こえた。悪寒が背筋を走り抜けるよりも早く、激痛が体を襲った。腰のあたりが焼けるように熱い。シンはたまらず絶叫した。
「シン!」
 涙で滲む視界に跳躍するアニマの姿が映った。頭の奥がガンガンと鳴っている。アニマがデッドと戦っている。そのはずだ。しかし、シンには赤い床しか見えなかった。
「あはははははは! 前途洋々たる若者には祝福を! 僕からのささやかなプレゼントさ!」
「シン! しっかりして! シン!」
 アニマのくしゃくしゃに歪んだ顔が状況の悪さを雄弁に物語っていた。皮膚の裏側をムカデが這いまわり、卵を植え付けられるような気色悪さ。吐き気が何度も喉元まで駆け上がり、その度にえづいた。
 アニマは白い太腿が露わになるのも構わず、黒いドレスの裾を引き裂き、シンの腰の当たりを押さえつけた。痛みが少し和らいだ。
「アイツを殺るまで、これでなんとか我慢して。すぐだから」
 すっと立ち上がったアニマの顔からはすでに表情が消えていた。
 静電気がバチバチと空間を震わした。デッドの干渉を相殺し、空間を自分の都合の良いように組み変えていく。
「天才、か。こいつは酔狂だ」
 デッドから初めて余裕が失われた。
 朦朧とする現実と夢との狭間で、シンは必死の思いで戦いを、アニマをを目で追った。
 アニマはたった一人で互角の戦いを繰り広げている。シンがやろうとしたこと、やりたかったことを完璧以上にこなしていた。
 才能ではアニマが圧倒しているが、デッドは経験の蓄積でその差を埋めていた。
 暴力的な速度で生成されるアニマの魔術を、一つ残らず、その発動前に潰していく。
 そんな闘いのさなか、ゆらぎとして漏れ出た魔術は奇しくも同じだった。
 近接魔闘術。
 反射と等しい早さでぶつかり合う拳と拳は、一撃ごとに体力と精神力をすり減らしていく。
 自身の存在をかけて魔法使いを肯定する人間と、それを否定する人間の戦いだ。シンが入り込める余地など無かった。
 羨望と嫉妬で視界が歪む。アニマの力になりたい。足手まといになりたくない。立ち向かいたい。立ち上がれない。体と心が砕けた鏡のようにバラバラだ。
「おい。いつまで寝てるつもりだ」
 頭上から苛立ちまぎれの声が降ってきた。
「まぁ最初からお前には期待してないけどな。アイツを連れてきただけでも上出来だ。お荷物があった方が、力が出るタイプだろ?」
 悔しいが言い返せない。さらに悔しいことに、体は楽になっていた。シンを中心にして見覚えのある回復陣が描かれていた。ミレニアのものを模したらしい。ところどころ不恰好だが、効果を発揮していた。
「自分だって役立たずのくせに!」
 心にも無い言葉が口をついて出た。クリーンにも迷惑をかけている。何もかもが許せなかった。その中でも一番許せないのは、自分自身だった。
「そうだな。残念だが、俺にはこれくらいが関の山だ。どうにかこうにかして魔法使いの真似事をしてみたが……」
 言い終わらないうちに、崩れ落ちるようにして、シンの隣に倒れ込んだ。
 クリーンの左腕はありえない角度に曲がっていた。血で染まった顔は薄ら蒼くなっている。大小さまざまな裂傷が体中に刻まれ、おびただしい流血がクリーンから生命の輝きを奪っていた。シンよりよほど重症だった。
「ははっ。何たまげた顔してんだ? お前の言う通り、俺は役立たずだよ。才能ねぇからな、俺は。クソガキ一人、満足に治せねぇし、道具の力を借りなきゃ魔術も練れねぇ」
 残った右手で銃をくるくると弄ぶ。ぴたりと胸の前で止め、引き金を引いた。何も出なかった。一つ舌打ちをしてぞんざいに放り投げた。シンは胸で受け止めた。
「使いたきゃ使え。銃の名はアガーテ。じゃじゃ馬だが、魔法の力を何倍にも増幅してくれる。お前にはぴったりだ」
「クリーン、お前」
「返事は二つに一つだ。お前がやらないなら俺がやってやる。こんなおいしい役どころはほかに無いからな」
 瀕死の重傷を負って、なお闘志は微塵も衰えていない。シンが断れば、すぐにでもクリーンは戦いに復帰するだろう。クリーンはそういう男だ。
 慣れない戦いを強いられ、アニマは少しずつ押され始めていた。
 干渉合戦と近接魔闘術はアニマが本来得意とする戦法ではない。体格の不利も時間とともに重く圧し掛かっていた。
「行くよ、俺」
 返事は無かった。クリーンは既に気を失っていた。
 シンは銃把を固く握りしめると、アニマの待つ戦場へ飛び込んだ。

「……大穴狙いはツラいぜ。たっくよぉ」
 クリーンはひとりごちると、今度こそ完全に気を失った。
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