挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/33

修行②

 初日こそパルマコは特訓に表れなかったが、二日目からは顔を見せるようになった。アニマは諸手を上げて歓迎していた。さらには自ら教師役まで買って出た。
「あなたに教えてもらうことなんてないんだけど?」
「そんなこと言ってー。お漏らししてガタガタ震えてたのはどこの誰かなー」
 怒りと羞恥で口をわななかせているパルマコに追い打ちをかけるように、アニマは腰をかがめて首を傾げている。
「まぁ、性格はともかく、魔法の腕は文句なしだから教えてもらうのもありだと思う」
「性格もいいよ?」
 シンは聞こえないふりをした。
「あなたの顔に免じて受けてあげる」
 パルマコと二人並んで講義を受けることになったが、アニマはとことん教師には向いていなかった。説明は直観的でうまく言語化されていないし、そもそも一つ一つの動作が速すぎて目で追いかけるのにも苦労する。
 ほれぼれするような美しさ。それゆえにパルマコは不機嫌だ。
「あんなの反則じゃない。何の参考にもならないんだけど」
「それを俺に言われてもな」
 だからと言って、シンが教えることはできない。魔法の技術そのものはパルマコのほうがはるかに上だった。
「パルマコだって俺よりはうまいだろ?」
「あんたよりうまくても何の自慢にもならない。物心ついた時からずっと魔法漬けの毎日で、あなたなんかに負けてたらそれこそ笑いものよ」
 パルマコは鼻でせせら笑った。
「あたしには魔法しかないもの。下手な子はみんないなくなったわ」
「いなくなった?」
「そ。いなくなったの。ほかのところで幸せに暮らしてるって聞かされてたけど。どうだかね。魔法がうまくいけばおかずが一品増えて、失敗が続けばありつけない。そんな世界よ。みんなだんだんわかってくるわ。いなくなった子どもたちがどうなったかなんて。誰も聞かないし、言わなかったけど」
 シンにはかけられる言葉が無かった。無責任な慰めに力があるとは思えない。それでも何か言うべきなのだろうか。
「蠱毒って知ってる? 壷の中に毒虫を詰め込んで戦わせるの。生き残りをかけたサバイバルレース。優勝者には毒薬になれる名誉が与えられる。どちらにしても結果は同じね」
 指で首を横に引き、舌を出した。
「きみたちは虫じゃない」
「……知ってるわよ。冗談よ、冗談。ユーモアの通じない男ってイヤね」
 これ見よがしにため息をつく。
「二人で何の話してるの? ボクも仲間に入れてよ」
「休憩終わりっと」
 アニマと入れかわるようにしてパルマコは練習に戻った。
「随分懐かれてるね。ボクのほうが魔法はうまいのに。何がいけないんだろ」
「懐かれてるか? とてもそうは思えないんだが」
「それならそれで。なんか見るからに難しそうな子だよね、あの子。ボクとは違った意味で」
 パルマコは過去にデッドと接触している。彼女の口ぶりから、一度や二度では無さそうだ。連絡手段を持っていても不思議はない。
「監視されてるとか、そういう感じありそうか?」
「びみょー。攻撃以外の魔法は敵の方が得意そうなんだよ。悔しいけど。入念に準備を整えるだけの時間があれば、魔法の効果を増幅させることは可能だしね。そのせいで部屋にも忍び込まれた」
 アニマは長い髪をひと房指に巻きつけた。
 子供まで利用するデッドのやり口は卑劣極まりない。その企みを阻止するためには、実力の底上げをするしかない。
「アニマ、相手してくれ」
「いいよ、もちろん」
 アニマからは攻撃してこない。シンが一方的に魔法を放ち、それをアニマが防御する。クリーンから教えられたハメ手はもはやアニマに通用しなかった。この調子なら、デッドに後れを取ることもないだろう。
 シンは嬉しい反面、当然悔しさも感じていた。練習すればするほど、二人の差は絶望的に広がっていくような気がしてくる。
「俺、役に立ってるか?」
 一日の終わりにシンは聞いてみた。シンはアニマに教えてもらえばいいが、アニマはそういうわけにはいかない。
「準備運動くらいには。って、ウソウソ。ちゃんと成長してるって。二人でやつを止めよう」
 笑顔で断言されてしまうと、シンは弱かった。アニマとの魔法の練習は時間が経つのを忘れてしまう。一日がひたすら短かった。

 記念式典を前日に控え、アニマは一度家に戻るらしい。
「いつのまに仲直りしたんだ?」
「ばあちゃんと? 仲直り? そんなわけないじゃん」
 アニマは手を振りながら、あっけらかんと笑った。
「あんなのでもばあちゃんは人気者だからね。今なら家はもぬけの殻のはず。チャンス、チャンス」
 鼻歌を口ずさみながら、少ない荷物の整理をしている。
「お祭りなのに着た切り雀はさすがにね」
 服の裾を摘んでみせた。
 毎日来ているせいで、その服は確かに傷んできていた。
 アニマは式典を思う存分楽しむつもりのようだが、シンはそこまで楽観的に生きられない。楽観的、とは違うのかもしれない。とにかく頭の切り替えが早いのだ。
 数日の間、殺人はおろか、事件らしい事件は起こっていない。街ではお祭りムードが徐々に盛り上がってきていた。
 しかし、シンは言い知れない不安が膨れ上がるのを感じていた。まるで嵐の前の静けさだった。閉じた窓から西日が差しこみ、部屋の中を赤く染め上げていた。

 トントン。

 ドアが控え目にノックされた。
「開けて。あたし」
 出るのをためらっていると、催促するように声がした。パルマコだった。
「もう一人のバカは?」
「バカって……アニマなら家に帰ってるよ」
「そ。まぁ知ってたんだけど。出ていくのが見えたから」
 シンの脇をすり抜けると、ずかずかと部屋の中へ上がり込んだ。
 けれども仏頂面をさらしたままで、話を切り出そうとしない。
「なかなかいい部屋よね。前から思ってたんだけど、あなたたちってお金持ちでしょ。いかにも上流階級って感じ」
 パルマコは部屋の中を一通りうろうろしたあと、椅子の上にちょこんと腰かけた。感触を確かめるように、体を揺らしている。
「アニマがいると話しづらい?」
「別に」
 わざわざアニマがいないときを見計らって、訪ねてくるくらいだ。本人は気づいていないかもしれないが、苦手意識くらいはあるだろう。シンはなんだかおかしくて笑ってしまった。
「何見てんのよ。変な気起こさないでね。同情なんてゴメンだわ」
「そんなふうに思った訳じゃないんだ。気を悪くさせたなら謝る」
「じゃあ、なんで笑ったのよ。小汚い格好で綺麗な椅子に座ってるのがおかしかったんでしょ?」
 シンは本気で驚いた。パルマコの姿は確かに薄汚れていた。しかし、言われるまでシンは気づかなかった。
「まぁどうでもいいわ。慣れてるし」
 立ち上がろうとしたパルマコの肩を、シンはやんわりと押しとどめた。
「座ってなよ。どうせ借り物の椅子だ」
「あなた、変わってるわね。少しマックスに似てるかも」
 ふん、と鼻を鳴らし、椅子に座り直すと、むすっとして頬杖をついた。
 シンはできることならクリーンをいますぐパルマコの前に引きずり出してきてやりたかった。
 デッドを追っていけば、いつかクリーンにも会えそうだが、それには危険がつきまとう。シンは自分の身さえ守れるかどうか怪しい。パルマコを連れて行けるはずが無かった。
「あたしがあなたたをやっつけるためにもらった薬。覚えてるかしら?」
 パルマコは何も持っていない小さな左手で空をつまんで振ってみせた。
 すぐにピンときた。アニマが未然に防いだ正体不明の攻撃。瓶の口から禍々しい瘴気を発していた。
「アレってヤバいものなのか?」
「さぁどうでしょうね? 少なくとも出どころはヤバい気がするわね」
 パルマコは他人事のように言った。
「何の見返りも無しに得られたわけじゃないの。お金も何もないあたしでも払えるものだったから、深く考えないで渡したんだけど、少し気になって……」
 パルマコは袖をまくり、シンに向かって突き出した。パルマコの右腕には隠しきれない赤い線が何本も走っていた。
「血を抜くのは慣れてたから。魔術に血を使うのは良くあることだし。つまりね、血を渡したってわけ」
 手首からひじの関節まで、びっしりと傷跡が残っていた。まだ日が浅いのか、生々しいものも二、三本ある。
「見世物じゃないわよ」
 パルマコは傷を隠すように袖を下ろした。
彼女の言うように、それ自体は珍しいことではないのかもしれない。耀子も血を触媒とした魔術を使っていた。だが、シンは言い知れぬ不安を感じていた。
「アレってアレ、なのか?」
「たぶん、そう。これで完成に近づいたって言ってたから」
 パルマコは決して固有名詞を出そうとはしない。口に出すのすら憚れる代物。そのことが逆にその存在を明確に示していた。

 ネクロマンシー。

 禁断の魔術は完成していなかった。もしそうなら、死者の書が盗まれたのにも納得がいく。
けれども謎は残る。先の戦争で蔓延した奇病の引き金はデッドが引いたはずだ。辻褄が合わない。
「このこと、俺以外に?」
「話してない。話すつもりもない。教会の連中はあたしの言うことなんて信用しないでしょ?」
「俺は信用するよ。最低でも教会のやつらよりは信用できそうだ。クリ……マックスには借りがあるしな」
「そう。ならいいわ。あたしの話はこれだけ」
 パルマコは最後まで偉そうだったが、晴れやかな顔をして部屋を出て行った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ