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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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修行

※二十一話後半に加筆あります。前回更新時、区切るところ間違えました。すみません。
「で、何で俺まで狩り出されてるんだ?」
「他に頼れる人もいなくて。人助けだと思って」
「無理を言ってすみません」
「ん? 別に構わんぞ。アイツのことも気になるしな。いくつになっても変わらんな、アイツは。相変わらず無茶ばかりしやがる」
 レリックは無造作に髪の毛をかきむしった。間近で見ると、その鍛え抜かれた体は巨岩のようだ。肉弾戦の指導係として、これほどうってつけの人物はいない。
 実際レリックは強かった。
シンとアニマ――アニマは魔法の補助を受けて肉体を強化している――の二人がかりでも全く歯が立たなかった。簡単にいなされてしまう。料理人をしているの正直がもったいない。
「お前ら、よくそんなんで事件を解決するなんて言えたもんだ」
 二人を相手にしながら豪快に笑う。シンは笑われても全然嫌味に感じなかった。実力が違いすぎる。まさに絶壁。つけ入る隙すら無かった。
 シンは不思議に思って尋ねてみた。レリックほどの力があれば、引く手あまただろうに、小料理屋の店主で収まっている理由を。
「大人には大人の事情があんだよ。こまけぇこたぁ気にすんな」
 背中をバシンとやられてしまった。
「ほら、これでも食え」
 ついでに昼食まで振る舞われてしまった。本職だけあって、料理も異常にうまかった。
 午後からは魔法の修行だ。
 それぞれ基礎訓練、そのあとは実戦形式に突入だ。
 シンは相対してみてアニマの凄まじさを改めて実感した。
 初動から魔法の発動までのタイムラグが少なすぎる。
 次々と連続で魔法を繰り出す勇姿は、弾数無制限の連射式移動砲台。
 一瞬で理解した。正面からまともに力勝負を挑むのは無謀だ。回避行動に専念するだけでみるみる体力が削られていく。アニマの魔力と自分の体力の根競べを試す気にすらなれない。結果は火を見るより明らかだ。
 シンは直ちに作戦を変更した。アニマの魔法は王道だ。ならばシンが取るべきは邪道。幸いにしてアニマの魔術の流れはシンプルだ。数式の証明のように一切無駄が無い。その美しさは脆さと隣り合わせ。それゆえにつけ入る隙も見つけやすかった。
 いつの日か正々堂々とぶつかり合ってみたい。その思いを胸に秘め、シンはアニマの魔術への干渉を開始する。吹き荒れる嵐のような砲撃の勢いが少し弱まった。
「あれ? ま、いっか」
 アニマは少し首を傾げただけで、すぐに魔術の再構築に入った。シンが全力でアニマの魔術に干渉したところで効果は微々たるものだ。それが現実。しかし、偽装された元素は少しずつだが、確実にアニマの体を蝕んでいくはずだ。
 砲撃が一瞬止んだ。シンはその隙を逃さず、アニマとの距離を詰める。アニマは明らかに狼狽した顔をしたが、シンが繰り出した蹴りを片腕でガードした。その反動に逆らわず、アニマは跳びずさった。片膝をついて着地する。再び距離が開いた。
「なんかやってるでしょ。でもボクだって成長してるんだから」
 近接魔闘術。アニマの体術は格段に向上していた。筋力の不足を補って余りある敏捷さ、そして力強さ。シンは舌を巻いた。
 だが、アニマの強さの源泉はあくまで魔術。それは変わらない。ならば、シンがやるべきことも変わらない。魔法の腕には天と地ほどの開きがある。そのせいか、アニマはシンの動きをあまり注意して見ていない。だが、それもいつまで続くかはわからない。
 悔しいが、余力を残して戦えるほど、シンの魔術は向上していなかった。
 チャンスは一度。
 シンは砲撃を躱しながら、その時が訪れるのを待ち続ける。じわじわと筋肉に疲労が蓄積され、動きのキレが失われていく。呼吸は乱れ、心臓が跳ねる。
 シンは動くのを諦めた。そして最後の一撃に向けて備える。
 アニマは足を止めてステッキを地面に突き立てた。素早く一回転。円陣が描かれる。
 アニマを中心とした半径五十メートルがテリトリー。空間内の元素が整然と列を成し、アニマの元へ。まるで王に傅く従者の群れだ。白銀の長髪が元素の波に揺られてきらめく。特大の一撃。必殺の一撃がくる。躱すすべはない。
 だからシンは笑った。勝負を諦めたわけではない。うつむいたまま大きく息を吸って脳に酸素を供給する。シンの計算が正しければアニマの魔法は失敗する。正念場だ。
 魔法が完成するタイミングを見極め、シンは地を蹴った。正面からアニマへ突撃する。
 アニマに動揺は見られない。自然な動きでステッキをふりかざした。
 しかし、魔法は発動しない。
 驚愕するアニマ。シンの狙い通りだ。がら空きの胴めがけ、拳を繰り出した。鈍い手応え。完璧に入った。アニマは苦悶の表情を浮かべ、ステッキを取り落した。
 だが倒れない。それどころか、すぐに反撃に転じてきた。今度はシンが驚かされる番だった。アニマの拳が顎に向かって伸びてくる。ガードしようと腕を上げた。上がらない。シンは一撃に賭けていた。とても避けられない。まともに浴びた。脳が揺らされ、視界がぶれる。
 そこから先は良く覚えていない。魔術も何もあったものではない。原初的な衝動に突き動かされ、死力をつくしてひたすら殴りあう。アニマが倒れないなら、シンも倒れるわけにはいかない。意地と意地のぶつかり合いだ。
 そうして気がつけば二人、大の字になって寝転がっていた。
 シンは起き上がろうとしたが、体の節々から痛みを感じて諦めた。隣を見れば、アニマも自分と似たようなものだった。
「へへへっ」
 はにかむようにして、嬉しそうな声を上げるアニマ。シンがまじまじと見つめると、アニマは、ますます嬉しそうに笑った。
 シンの策略にはまり、完全にしてやられたというのに、アニマは笑っていた。シンは相打ちに満足していたが、それは自分がアニマより格下だと自覚しているからだ。アニマが喜ぶのは意味がわからなかった。
「ボクね。同世代の人とこんなふうにやり合うの初めてなんだ。修行の相手はいつもばあちゃんだったから」
 シンは晴れ晴れとしたアニマの横顔を見て、反応に困ってしまった。シンはアニマをやり込めることばかり考えていた。
「まさかやられちゃうとは思わなかったけど。さっきのあれ、アイツにやられたのと似た感じだった。どうやったの?」
 アニマはシンの上に馬乗りになった。まるで逃がさないと言わんばかりだ。魔法を使い終えたばかりのアニマの体は女性へと近づいていた。密着すれば、是が否も無く、その変化を思い知らされる。アニマの距離感の無さに、シンはドキドキする。
「ほら、顔逸らさない。対策立てないといけないんだから教えてよ」
 両手で顔を抑えられ、僅かな逃げ道も塞がれた。このままでは心拍数の上昇を気取られてしまう。悟られるわけにはいかない。しかし、アニマもアニマだ。体が変化しているときに限って、過剰なスキンシップを仕掛けてくる。
 汗に濡れる首筋から鎖骨のラインが艶めかしい。胸も膨らんでいる。つやつやと輝く唇がやけに眩しかった。
 もしもこのまま抱きしめられたら、アニマが本当に女の子だったら、とシンは無意味な仮定に煩悶する。
「あんまりだんまりを続けられると、ボクとしても恥ずかしいんだけど。ね、触ってみる?」
 指と指を絡めて怪しく囁く。ただ指を絡めるだけ。しかし交差させられた指の間からアニマの柔らかさと温かさがダイレクトに響く
「ボクっていま、ほとんど女の子じゃない」
 アニマは体を傾けた。密着度が高まり、シンは色々やばかった。
「それはシンにも伝わってると思うし、だからこんなこともできるんだけど、もしかしたらシンはそれ以上を望んでるのかなー、とか、押し倒されたらどうしようかなー、とか」
 アニマは少年のような人懐っこい笑みを浮かべた。
 それで全てが吹き飛んだ。やはりアニマはアニマだ。けれども、やられっぱなしは面白くない。シンは勢いをつけてアニマを押し倒した。
 肩を押さえて動きを封じる。さっきまでと体の位置が逆になったせいで、アニマの小ささをいつもより強く感じるが、そんなことは些細なことだ。シンは笑いを押し殺して精一杯真剣な顔を作った。
「ほ、本気じゃないよね?」
「冗談でこんなことをすると思うか?」
 アニマの太腿に手を添える。できるだけいやらしい手つきで撫で回そうかと一瞬考えたが、シンにはそこまでする勇気は無かった。それなのにアニマときたらぎゅっと目をつむって、何かに耐えるように震えている。
 シンは固まってしまった。脂汗がたらたらと流れる。
 弱々しい態度を取られてしまうと調子が狂う。シンは二本の指でアニマの唇を押さえた。
 アニマは目を見開いだが、すぐに気づいて顔を赤くした。シンも顔を合わせられずに後ろを向いた。
「それでどうやったの?」
「ああ、それは」
 起き上がって服を払い終えたアニマが何事も無かったかのように振る舞うので、シンも素で返すことができた。説明を終えると、アニマはひとつ頷いた。
「シン、試しにいまからボクに向かってそれやってみてよ」
 返事を待たずに、アニマは既に魔術を練り始めていた。シンは既に疲労困憊していたが、アニマに弱みを見せたくなくて、魔術に干渉を試みることにした。しかし、ことごとく防がれる。一分の隙も無い。
「うん。もういいよ。だいたいわかった」
 アニマは平然と言ってのけると、魔術を練るのをやめてしまった。まさに完全無欠。シンは感心すると同時に嫌な感情がわきあがってくるのを必死で打ち消した。初めてアニマに嫉妬した。今まではスタート地点が違う。そう諦めもついた。だが、いまの技術は違う。魔法使いと戦うために、シンが手にした唯一無二の武器だ。それを平然と防がれてしまうと、さすがにへこむ。
「今日はここまで。シン、いいよね」
 アニマ一人なら、まだまだ余裕で続けられる。それがわかるだけにシンはつらかった。
「シン?」
「ああ。帰るんだよな」
 自分自身の沈んだ声にシンは驚いた。アニマとの間に天と地ほどの差があることは、最初から知っていた。そのつもりだった。
「悪い。ちょっと寄りたいところがあったんだ」
「そっか。じゃあ、またあとで」
 アニマに罪は無い。シンは自分の小ささが嫌になる。アニマにだけは顔を見られたくなかった。笑える自信が無かったからだ。
 行くあてもなく向かった先は、フェザント川のほとり。
 夕焼けに照らされた水面が小麦色の風に煽られ、光を乱反射している。
 クリーンは知っていたのだろうか。シンがいずれ才能の壁に直面することを。クリーンは嫌なやつだったが、口先だけのやつでは無かった。
 足元から手頃な石をひとつ掴み、川面に投げ込んだ。小さな波紋はすぐに大きな流れに巻き込まれて消えてしまう。次から次へと投げ込む。投げ込み続ける。
「そんなことをしても魔法はうまくならないわ」
 河原に下りてきたパルマコが小石をひとつ掴み、川面に投げ込んだ。ぽちゃんと小さな音が鳴った。
「どうして魔法の練習してるの? 嫌にならない?」
「それは……」
シンが答えられないでいると、パルマコはつまらなそうに河原に腰を下ろした。
「あたしは嫌になるわ。何にもいいことなくて。座ったら?」
 促されるまま隣に座る。パルマコは黙ったままだ。シンから話しかけるのも変な気がする。
 パルマコは修行には出てこなかった。それが今になって、ひょっこり姿を現したのは、きっと隠れて二人のことを見張っていたのだろう。彼女の行動原理はシンには不可解だが、彼女には彼女なりの理由があるはずで、しかし、それを知りたいとも知りたくないともシンは特に思わなかった。だが無視するほど嫌っているわけでもないので、微妙に間の抜けた感じになってしまう。
「あの人は光よ。あの人しかいないの。だから教えて。あの人はいまどこにいるの? 知ってるんでしょ?」
「本当に知らないんだ」
 クリーンのことだと気がつくのに少し時間がかかった。シンは静かに首を振った。
「嘘よ。どうして嘘をつくの? 教えてくれたっていいじゃない」
 パルマコの目がかっと見開き、シンの襟元を無遠慮に引き寄せた。けれども長くは続かず、嗚咽と涙がシンの胸元をえぐった。
 デッドを見つけ出し、惨劇を食い止める。それで全て丸く収まると思い込もうとしたが、目の前の子どもがそれだけで救われるとは到底思えなかった。
 シンとアニマも一部加担した孤児院の閉鎖問題。
 それを止めようとしたクリーンとレリック。利用したデッド。
 戦勝記念式典。招かれざる客。
 そもそも何故スターシュ教会は孤児院を閉鎖しようとしていたのだろうか。
「教会なら逆に保護しようとするのが筋じゃないのか?」
 苛立ち紛れにひとりごちると、パルマコがぴくりと反応を示した。泣き腫らした目でシンを見上げる。
「教会は市民の味方のはずだろ。いったいどうなってるんだ、この街は。わからないことだらけだ」
「あなた、本当に知らないの? あたしたちのことも。教会のことも」
 パルマコの目に嘲りの色は無い。純粋に驚いているようだ。
「教会が裏で糸を引いてるようにさえ思えてくるよ。デッドと結託して。しかし、教会側にメリットが無い。悪戯に街を騒がして何の得が……って、こんなこと話してもわからないか」
「魔法使いは教会の裏の顔だから。あたしたちは生きてちゃいけないの。デッドが言ってたわ」
 教会が魔法使いを迫害している。初耳だ。
 成長するに従って、シンの周辺から魔法の匂いは薄れていった。
アニマとの再会。その時シンは魔法使い然とした彼の姿を時代錯誤だと感じたほどだった。
 隠居したミレニア。
 彼女ほどの名声を持ってしても、時代の流れには逆らえなかったということなのだろうか。
「マックスはきみたちに生きていて欲しいと思っているはずだよ」
「……あんたむかつくわ」
 おざなりに言ったのがばれてしまった。ついでに脛を蹴飛ばされてしまったが、意外なことに力はこめられていなかった。パルマコは服の袖で顔をげしげしと拭った。
「繋がりが欲しいのよ。そのためにあたしは魔法の練習をしてる。うまくなれば、あの人が褒めてくれるから。あなたは違うの?」
「どうかな。考えたことない」
 少しでもアニマに近づきたいと思ったことはある。けれども、それは魔法の腕で競い合うという意味で、それ以上の感情は持ち合わせていない。第一、アニマは男で自分も男だ。パルマコとは違う。
「やっぱりおとなって嘘つきだわ」
 パルマコは手頃な石を掴み上げ、川に向かって投げ込んだ。
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