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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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レテの噴水

 ケートの街に着いたシンは事情を説明して馬車を引き取ってもらった。それほど深く詮索されることもなく小一時間ほどで解放された。
 耀子に予定を尋ねると、観光名所を巡り歩くつもりらしい。
「不案内ですから、ご一緒していただけませんか?」
魅力的な申し出だったが丁寧に断ることにした。シンには先約があるからだ。
「そういうことなら仕方ありませんね」
 耀子の声が沈んでいるのはシンに断られたせいではないだろう。
 クリーンの安否が気にかかるのはシンも同じだった。
 あの場ではああするしかなかった。
 頭では理解していても、簡単に納得して割り切れるものでもなかった。
「素敵な男性の条件、知っていますか?」
 笑顔でからかうように質問された。咄嗟に上手い答えが出てこない。
「勝算の無い戦いをしないこと。逃げ道を残しておくこと。これに尽きます。大丈夫ですよ。あの人は。そう思ったから、あなたに任せられたのでしょう?」
「つまり……やつは耀子さんのお眼鏡に適った?」
「さあ? それはどうでしょう。それがわかるのはまだ先の話です」
 耀子はどこまで本気かわからない様子ではぐらかした。上手くのせられたような気がする。シンは笑って誤魔化した。
 少し離れたところで所在なさそうにして日傘を差して佇んでいるのはもう一人の乗客だ。
 街に着いたらてっきり迎えの者が現れるものだと思い込んでいた。けれども一向にその気配は無い。 彼女は素性も目的も一切が謎に包まれていた。
 街までは送り届けたのだから、責任は果たしたと言えるのかもしれないが、約束を優先して子供を一人で放置できるほど、シンは人でなしではなかった。
 耀子も困りきった様子で彼女に視線を投げかけている。
 そんな二人の視線に気がついたのか、彼女は日傘を畳み、てててっと足音を立てて近づいてきた。
「あげる」
 そう言ってシンに向かって差し出されたのは彼女が馬車の中で読み続けていた分厚い本だった。
 初めて聞いた声には何の感情もこもっていないように思えた。そのせいで全く子供らしく聞こえなかった。加えて相変わらずの無表情だ。彼女の群青色の瞳はまるで深海を覗き込むような危うさに満ちているような気がする。どうしてそれほどまでに不安に捕らわれるのか、シンにはわからなかった。少なくとも子供相手に沸き起こる感情とはかけ離れていた。
 内心の動揺を気取られないように注意しながら、シンは贈り物を受け取った。
 少女は意味ありげな微笑を浮かべた。
 突如として一陣の強い風が吹き荒れた。
 舞い上がった砂埃にたまらず、シンは目を閉じた。
 風がやむのを待って目を開けると、すでに彼女の姿は消えていた。
「いまの……さっきまでいたよな!?」
 目の前で起こった現象が信じられず、耀子の肩をつかむ。
「ええ。いましたよ。不思議なこともあるものです」
 耀子は言葉ほどには驚いていないようだった。にっこり微笑みながらシンの手を取った。
「あ……その……」
「お気になさらず。わざとでないことくらいわかっておりますゆえ」
 言葉に詰まるシンに微笑みかける。それでようやくシンは彼女の肩から手を離すことができた。そんなシンに向かって、彼女は何でもないことを強調するように首を傾げた。
「しかし、あれは座敷童子か何かでしょうか。私の国では専ら古い民家に現れるものですけど。直前まで感知できませんでしたし。まだまだ修行不足です」
 耀子は一人で納得していた。そして、ぶつぶつ独り言をつぶやきながら、シンの元から離れていった。
 異国の少女。
 正体不明の子供。
 気障なガンマン。
 彼の生死はわからない。しかしあれほど生き意地が張っていそうな男が簡単にくたばるとは思えなかった。
 シンは逸る心を抑えてアニマとの待ち合わせ場所へ向かった。


 初めて訪れた街に多少の不安がなかったと言えば嘘になる。けれども、シンのそれはすぐに霧散した。人の流れに逆らわなければ、自然と目指すところへたどり着けたからだ。
 レテの噴水。
 ケートの街で一番有名な史跡だと言っても過言ではない。
 観光客の多くはそこから街歩きを始める。それだけに観光目的の耀子と行き先が重ならなかったのは不思議だった。
 アニマの姿を求めて辺りを見渡すが、石造りで囲まれた泉の周りにそれらしき人物は見当たらない。
 時間を食い潰すのはもったいない気がしたので、シンは歴史に名高い旧跡をゆっくりと鑑賞することにした。
 真っ先に目を引くのが、正面に鎮座ましました聖人の彫像だ。
 魔術の祖と言われているグレートウィザード。
 彼の組み立てた基礎理論は一千年が過ぎたいまでも通用するらしい。
 とてもにわかに信じられない。迷信の類だと見なす人間もいるくらいだ。
 そもそも近年では魔術そのものが廃れてきている。
 十年前の戦争の勝敗を分けた要因は近代兵器の冠たる銃。その性能差だったとまことしやかに囁かれている。そのことが魔術の衰退に拍車をかけているのは疑いようの無い事実だった。
時代の潮流に取り残されるように、ひっそりと魔術の幕は下りようとしていた。
 たとえそのような現実に打ちひしがれているのが魔術の現状だとしても、目の前に広がる芸術品の価値は変わらない。
 シンは畏怖にも似た感情を覚えた。それは歴史の重みだった。
 水のせせらぎに耳を澄ましていると、まるで悠久の時の流れに身を任せているようだ。
 ひょっとすると、アニマは気を利かせてわざと遅れているのかもしれない。その美しい景観は確かに一見の価値があった。
 シンはもう一度あたりを見回した。アニマは現れていない。
 現れてはいないのだが、シンには噴水に着いた時からそれとなく気になっている人物がいた。
 泉のそばのベンチで一人腰掛けている少女だ。
 紺色の大きな三角帽子を被り、時代錯誤な紫色のローブを身にまとう姿は伝説の中に存在する魔女の姿そのものだ。背中にはご丁寧にマントまでつけている。
 いくらグレートウィザード縁の地とはいえ、そのいかにもなスタイルは浮きすぎて悪目立ちしていた。
 帽子に収まりきっていない長い銀髪を首の後ろで乱暴に束ね、無造作に投げ出しているせいで魅力は半減していた。
 マイナス要素は多過ぎて数え上げればキリが無いように思える。
 それにも関わらず、奇異の目で眺めていた男たちの多くは、彼女の前を通り過ぎると一転して名残惜しそうに振り返っていた。
 じろじろ見るのは失礼だとわかっていても、吸い寄せられるように自然と目が向かっていってしまう。
 それほどの美少女だった。
 彼女は足をぷらぷらしたり、体を伸ばしたりして、暇を持て余しているようだった。
 アニマが来てくれないことには、シンとしてもやることが無かった。
 なんとなく気になって彼女の姿を何度も見てしまう。
 そんなことを繰り返しているうちに目が合った。
 慌てて目を逸らしたシンに対して、彼女はにぱっと笑いながら、手袋を嵌めた両手を左右に振っている。認めたくないが完全に捕捉されていた。
 シンは全く、全然、これっぽっちも反応しないことにした。そうしていればすぐに諦めるだろうと高をくくっていた。
 けれども、そんなシンの思惑に反して少女はぷくっと頬を膨らませて立ち上がった。マントをはためかせながらつかつかと大股で近づいてくる。
 シンの目前で立ち止まり、見上げるようにしてねめつけてきた。
「……なんだよ」
 さすがに無視し続けるわけにもいかず、シンは彼女の目を見て言った。
 紫がかった赤い瞳の虹彩に目を奪われた。
 その美しさ、そして彼女の醸し出す迫力に腰が引けそうになる。雰囲気に呑まれように虚勢を張った。
 ふっと彼女が相好を崩した。
「なんでもないですよー」
 そうは言うものの目が笑っていない。
 さっと腕をとられた。そのままベンチへ引きずりこもうとする。その細い腕から想像していたよりもずっと強い力だった。
 シンは力任せにして振りほどくこともできず、つんのめるようにしながら、ベンチに座らされてしまった。
「何か言いたいことがあるんじゃないですか」
 彼女の機嫌をこれ以上損ねたくない。シンは曖昧に笑った。
 救世主の登場が待たれる。
 アニマさえ来てくれれば、この自力では脱出困難な状況から簡単に抜け出せるはずだ。できるだけ時間稼ぎをすることに決めた。
「どうして何も言わないんですか。感じ悪いですよ。一張羅なんですよ、コレ」
 それはシンに向かって言っているというよりは、他の誰かに聞いてもらいたくて言っているように聞こえた。
「久しぶりに友達に会うから、気合入れてきたんですよ。十年も会ってないから、わざわざ目立つ格好してきたのに……」
 残念そうに帽子を脱いで膝の上に置いた。
 思わず変な息が漏れそうになった。不覚にも見惚れていたと気づいたのは、彼女が不思議そうな顔をしてシンを見つめていたからだ。
 心臓に悪い女の子だった。
 彼女の様子から察すると、その友人はまだ現れていないらしい。
 待ちぼうけを食らわされて苛立っていたのだろう。
 シンは彼女が自分と同じような境遇に置かれているのを知って親近感がわいた。
「君みたいな可愛い女の子を待たすなんて酷いやつだ」
「……かわいい……女の子……?」
 精いっぱい誉めたつもりだったのに、シンの意に反して彼女は何故か怪訝な顔をして小首を傾げている。
「どこに可愛い女の子が?」
 本気で意味がわからないらしい。
 その仕草が妙におかしくて、シンは笑ってしまった。
 それが彼女の困惑に拍車をかけることがわかっていても、自分の意思では止められない。
「君のことだよ」
 お腹を押さえて、何とか声を絞り出した。
 一瞬間を置いて、ようやく彼女にも合点がいったらしい。
「ああ。そうか。そういうことか。なるほど……」
 首を何度も縦に振ってうなずいている。神妙な顔をしているから余計におかしかった。
「うーん。これでも工夫したんだけどなぁ」
 少女はぼやくと「よし」とひと声かけて、髪を縛っていたリボンを解いて見せた。解放された長い髪が風に乗ってゆるやかに流れた。
「あんまり綺麗にしてると、凄く女の子っぽくなっちゃうから雑にしてたんだけど、意味が無いなら別にいいや」
 何か吹っ切れたように綻ばせた笑顔が夏のひまわりみたいに眩しくて、シンは高鳴る心臓の音色を耳にしたような気がした。
「でもボクはすぐにわかったんだよ。それなのにシンは気づいてくれなくて寂しいなぁ。ボクたちの友情ってそんなものだったの?」
 親しげに話しかけられて当惑する。それよりも自己紹介を済ませただろうか。思い返してみても、シンに名乗った覚えはなかった。
「だーかーらー。そろそろ気づいてよ。ボクは女の子じゃないし、待たされてもいない。怒っていたのは、もっと別の理由。脳に血液回ってる?」
 口調まで変わって、まるでさっきまでとは別人のようだ。
 混乱は深まるばかりだが、彼女の言動を一から思い出して整理してみる。
 そして、彼女? からかなり遅れて、やっとシンにも理解が追いついた。
「まさか……アニマ?」
「正解。よくできました」
 彼はため息まじりに言った。
「年頃になってめっきり女らしくなってきたって良く言われるから、もう慣れたけどね」
 シンは急に恥ずかしくなってきた。
 知らなかったこととはいえ、さっきまでの彼女に見とれていた自分の姿を思い返すと、顔から火が出そうだった。
「あ。やっぱり、そういう反応する? さっきまでのシンは完全に女の子に接する態度だったもんね。性別で態度を変えるなんてシンはやらしいなぁ」
 アニマは口元を押さえてにんまりと笑う。
 その表情すらニンフのように蠱惑的で、シンはおかしな趣味に目覚めてしまいそうだった。
 自分と同じ素材で出来ているとはとても信じられない。砂糖とスパイスと素敵なもので出来ていると言われても危うく信じてしまいそうだ。
「まぁ半分くらいは女の子みたいなものだけど……ボクはモラトリアムなんだ」
 そう言ってアニマはシンの腕を取った。絡められた腕は予想よりも、ずっと柔らかくてシンはどぎまぎしてしまう。
「お、男だよな!?」
「さぁどうでしょう? ボクはボクだよ。それでいいじゃない」
 シンの上擦った声にも動じず、曖昧に言葉を濁したアニマはとても楽しそうだった。
 服の隙間からのぞく細い肩やうなじ、きめの細かな白い肌は全く男には見えない。
 確かに胸は薄い。それだけが僅かな希望だった。
 男、男、いくら可愛くても男には違いない。そう何度も自分に言い聞かせることで、なんとか理性を保つシンだった。
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