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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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18/33

告白

 ミレニアの屋敷からアニマを連れ出し、レリックの店で落ち合う手筈になっていたが、店に集まったのは三人だけだった。
「あの女、最初から気に食わなかったんだ」
 表通りで配られていた号外を片手にクリーンは吐き捨てた。
「でもどうして……」
「さあな。それは本人に聞いてくれ。付き合ってられるか」
 クリーンはアニマにきつく当たると、グラスいっぱいの葡萄酒を一気に煽り、号外を投げ捨てて店を出て行った。
 アニマは意気消沈してうつむいている。
 何も考えられないのはシンも同じだった。
テーブルの上に置き去りにされた号外。その見出し。
 極東の姫君、緊急訪問! 
 信じられない思いで食い入るように紙面をなぞる。そこにクリーンの苛立ちの原因が隠されていた。
 写真つきで紹介されている女性は耀子だ。公務の途中で行方不明になっていたらしい。巷を賑わせている殺人事件と絡めて、あることないこと面白おかしく書きたてられていた。
 シンはミレニアを出し抜き、アニマを連れ出せたと思い込んでいた。シンはそんな自分が急に恥ずかしくなってきた。裏で何か取引があったと考えたほうが辻褄は合う。どうやら耀子はアニマのために犠牲になったらしい。トレードオフでは意味がない。ほかの誰かのために誰かが犠牲になるのは、たまらなく嫌だった。
「まぁこれでも飲んでゆっくりしていくといい」
 出された飲み物に口をつけるが、何の味も感じなかった。
「悪いやつじゃないんだが、少々短気なきらいがある。昔からだ。気を悪くせんでくれ」
 カウンター越しにレリックが言った。彼の気遣いは微妙にピントがずれていた。
「昔から知り合いなの?」
「そうだぞ。ちょうどアイツがお前らと同じくらいの時か。初めて会ったのは戦地だった。かれこれ十年以上も前の話だ」
 戦地帰り。
 昔話のさわりで発覚した事実にシンの胸はざわつきを覚えた。
 異民族との戦い。死者の呪い。そしてレリックの容貌は……。渦巻いた疑念が膨れ上がるのを止められない。
「ちなみに、その時、俺はスターシュ教会の私兵団の一員だった。当てが外れて残念だったか?」
「あ、いや……」
 図星を刺されてシンはうろたえた。偏見の目で見られることにレリックは慣れていた。それはつまりこの街の現状をよく表していた。
「シンのばか。ちゃんと謝らないとダメだよ」
「なんというか、その、すみません」
 レリックはニカっと白い歯を見せた。
「民族の誇りを失ったわけじゃない。まぁそれはそれとして置いておこう。今はアイツの話だ。実は戦場で死にかけていたのを拾ったのが縁だ」
「意外な過去だね」
「アイツは剣も魔法も全然ダメなやつだった。そのくせ、口だけは一人前。野たれ死ぬのも怖くないって豪語するようなやつだ。助けたくなるだろ?」
 レリックは豪快に声を上げて笑い、店内の湿った空気を一発で吹き飛ばした。つられてアニマも吹きだしていた。
「アイツに言われたことなんざ気にすんなってことだ。今でこそ偉そうにしてるが、アイツがお前らくらいのころなんて、それはそれは見れたもんじゃーなかったぜ」
 おどけて首を振るレリックにシンは勇気づけられる思いがした。
「つまり『もっとお前ら頑張れ』って言いたいんだよね」
 アニマはいかにもいかめしい顔をしてレリックの声真似をしたが全然似ていなかった。我慢できずにシンも吹きだしてしまった。
「そんな身も蓋もない言い方をされると照れるでないか」
 レリックはもう一度大きな声を上げて笑った。その笑い声はまるで真夏の太陽のような底抜けの明るさだった。
「さて、どうにか時間内にまとまったな」
 その呟きを最後に店の扉が荒々しく押し破られた。
「全員動くな! 抵抗するものは犯罪者として容赦なくひっ捕らえる」
 騒々しく乗り込んできた男たちは一様に白を基調とした制服で身を固めていた。一目でわかる。スターシュ教会の私兵団だ。
「これは……もしや……またしてもハズレですか?」
 先頭で指揮を執っていた青年が声を上げた。彼には何度か会ったことがある。スペンサーだ。
「惜しかったな。さっきまでいたぞ」
「そんな……ただでさえ失態続きなのに。これでは私の信用が……」
 スペンサーは肩を落としてがっくりとうなだれた。
 そんな彼とは対照的に、付き従う男たちは周囲への警戒を怠っていない。おそらく彼らの狙いはクリーンだ。忘れかけていたが、彼は事件の容疑者として手配中だ。
 店の中に残っていた客はシンとアニマの二人だけだった。この状況では、どんな嫌疑をかけられてもおかしくはない。レリックは何食わぬ顔を貫いている。シンも右に倣った。
「……クリーンは犯人じゃないよ」
 空気を読まずにアニマがぼそりと呟いた。耳聡く聞きつけたスペンサーの眉がぴくりと跳ねた。つかつかと足音を立てて歩み寄ってくる。
「詳しくお話を聞かせていただいても?」
 了承を待たずに椅子を引いた。彼が片手で合図を送ったのに応じて、出入口が封鎖された。
「おいおい。店を壊さんでくれよ」
「その心配には及びません。大ごとにしたくないのは私たちも同じですから」
 物腰こそ柔らかいが、どこか偽善じみた笑顔だ。
 アニマはスペンサーを一瞥してぷいっと顔を逸らした。
「そんなに嫌わなくても。取って食おうというわけじゃないんですから。あなたたちもあのお姫さまに一杯食わされた口でしょう? 同じ釜の飯を食った仲間ということにはなりませんか?」
 耀子のことだ。
 シンは直観的にそう思ったが、顔には出さなかった。
「連絡は来ていたのですが、まさかあの女がそうだとは夢にも思わなくて。実はこっぴどくお叱りを受けましてね。ホント災難でした。まぁ済んだ話をうだうだ言っても仕方ないんですが……私の立場、理解していただけました?」
 アニマは一言発したあとはスペンサーを無視し続けている。
 アニマが感情を抑えきれなかったのは容易に想像できた。そのせいでスペンサーに付き纏われているが、責める気にはなれなかった。
「やれやれ。だんまりですか。わかりました。わかりましたよ」
 スペンサーは特大の溜息を吐くと、片手を振って部下の男たちへ合図した。屈強な男たちに取り囲まれ、圧迫感が増した。
「そんな脅しに屈するボクらだとでも?」
「ええ。そうでしょうね。しかし、口を聞いてもらうことができました。大きな前進だと思います」
 スペンサーからはそこはかとなくやる気の無さがにじみ出ていた。
 スターシュ教会の私兵団は都市の警備を一手に引き受けている。そのことからも推し量れるように、その実力は折り紙つきだ。一部では教会の犬と罵られていたりもするが、市民からの信頼は厚い。できれば敵に回したくない相手だ。
「しかしわからないんですよね。お姫さまと繋がりがあって、教会の仕事を斡旋されたりもする。そして、今度は指名手配犯。あなたたちいったい何者ですか?」
 柔和な笑顔を保っているが、目は炯々として全く笑っていない。対するアニマは敵対心むき出しでスペンサーを睨みつけている。
「わかりやす過ぎるのも、それはそれでやりにくいものですね。今日のところは引き上げます」
 スペンサーが席を立つと、ほかの者も大人しく従った。ぞろぞろと列を成して店から出て行った。
 店が落ち着きを取り戻したのを見計らってシンは息を吐いた。
「時と場合を考えろよー」
「だって、むかつくじゃん。アイツら何もわかってないくせに。権威を傘に何さま?」
 怒りに任せてまくしたてるアニマは年齢よりもずっと幼く見えた。意味をなさない奇声を上げて、テーブルに体を投げ出した。
「それでもいま騒ぎを起こすのはまずいって。今回は向こうが引いてくれたから良かったけど、拘束でもされた日には目も当てられなくないか?」
「……正論ばっか言うけど、ボクがスペンサーに突っかかった時、止めなかったよね?」
 突っ伏したまま気怠そうに見上げてくる。
「ボクもわかってはいるんだよ。シンに言われるまでもなく。わかっていても止められないことってあるじゃない。それに本気で危ないと思ったらシンが止めてくれるし」
 アニマからの不意打ちにシンは胸が高鳴った。咄嗟にうまい返しが思いつかない。照れくさくてなかなか口に出せないようなことをアニマは簡単に口にする。
「それはそうと気づいてる?」
 アニマの質問の意図が掴めず、シンは困惑した。店には弛緩した空気が漂い、レリックは鼻歌混じりに食器の整理に取り掛かっていた。
「いや。他に何かあるのか?」
「じゃあ宿に戻るまでの宿題にしよう。外に出たほうがはっきりするはずだから」
 勘定をすませて店を出た。伸ばしたステッキに横座りしてふわふわと空中を漂っているアニマと連れ立って、山吹色に色づいた表通りを進む。街の景色はあくびが出そうなほどに平和そのもの。しかし、僅かな違和感が体に付きまとう。アニマに注意されていなければ、決して気づくことは無かっただろう。立ち止まり振り返れば、その違和感は霧散する。どうやら尾行されているようだ。
「気づかないふり、気づかないふり。泳がせていると思わせていたほうがお得」
「よくわかったな」
「うまく隠してはいるけど、そこかしこに魔術の痕跡が漂っているからね。正統の魔術でボクに挑戦するとは。舐めすぎ」
 顔を寄せ合ってひそひそと内緒話をする。白銀の長い髪からほのかに漂う薔薇の香り。アニマの体は丸みを帯びて女らしくなっていた。ささやかながら胸も膨らみかけているようだ。服の皺が作り上げた陰影の成せる悪戯かもしれない。
「アニマ、その……答えたくなかったら答えなくていいんだけど、また変わってないか?」
 シンが前置きをして遠慮がちに切り出すと、アニマは襟を開いて自分の胸元を覗き込んだ。
「これくらいならいつものことだよ。シンはエッチだなぁ」
 冗談めかして笑う。
 アニマはまるで猫みたいだとシンは思った。近づこうとすればするほど、言葉巧みに逃げ道へと誘導されているように感じる。その関係はひたすら心地良くて、だからシンは二の足を踏まざるをえない。
「やめろよ。そういうの」
「ばあちゃんから聞いたんでしょ。ボクのこと」
 アニマは一瞬ぞっとするほど冷酷な目をしてシンを見た。踏み込んだ勢いをその一瞥で殺された。動揺するシンの手を奪い、自らの胸に押しつけようとした。シンは咄嗟に振り払った。
アニマは大きく目を見開き、そのあとすぐに表情を消した。
「ごめん。今のナシ! 忘れて。宿に着いたら、ちゃんとこれからの話をしよう。ここじゃ他人の目も気になるし」
「あ、ああ」
 笑うアニマにシンは曖昧に頷くだけで精一杯だった。
 宿に着いてから小一時間ほど経った。アニマは窓の外を眺めるばかりで一向に話を切り出そうとしない。シンの方からも切り出せない。小康状態のように思えなくもなかった。このまま時間さえ過ぎてしまえば、またいつもの二人に戻れるような気もしていた。シンはアニマとぎくしゃくするのは嫌だった。
 アニマは男と女の境界線上をたゆたっている。それはアニマにとって将来を左右する重要な問題だとミレニアから聞かされている。けれども、シンはアニマ自身の口から聞かせて欲しかった。
「シンはあの時どう思った?」
 アニマは窓枠に腰掛け、振り向きざまに言った。最初から核心めいた問いかけだった。
 彼が言う「あの時」とは、いつのことだろう? とシンは思った。
 シンの考える「あの時」は、偶然アニマの秘密に触れた「あの時」だ。しかし、それは同時に罪の記憶でもある。禁断の箱に鍵を差し込んだ感覚。鍵を回せばたちまちにして災厄があふれ出しそうだ。
「着替えさせようと思ったんだ」
 カチリ。
 アニマは何も言わない。無言の肯定。
「そうしたら、アニマの胸は女の子みたいに膨らんでて……でも下は男みたいだったし。それで動転して」
「それで?」
 先を促すアニマの声は無機質に澄んでいた。口の中が乾いてひりひりする。核心に触れる前に逃げ出してしまいたかった。
「気を失っているのを良いことに色々酷いことをした」
「酷いことって? 具体的にどんなこと?」
 紫がかった赤い瞳には何の感情も浮かんでいない。逆光に照らし出された長い髪が光の粒子を振りまいていた。
「体を触って、それから胸の感触を確かめた」
「そうなんだ」
 噛みしめるように言うと、アニマは目を伏せて自らの体を不安そうに抱いた。
 シンは罪悪感で押し潰されそうだった。まるで裁判官から判決を言い渡される直前の囚人の心境だ。
「なんとなくそんな気はしてた。目を覚ましたら着替えさせられてたから。でもね、シン。ボクが許せなかったのは、裸を見られたことじゃない。腫物でも触るみたいにシンがその事実から目を背けたことだよ」
 アニマはシャツのボタンに手をかけた。上から順番にはずしていく。アニマの白い素肌が白日の下に晒されるのを、シンは固唾を呑んで見守った。
「シン、ボクの体はどう?」
 シャツを脱いで上半身を隠すものが無くなった。アニマの白い裸体は女にしか見えなかった。肩幅は狭く、腕は細い。膨らみかけた胸の先端で桜色の乳首がぷっくりと自己主張していた。
「なんなら下も脱ごうか?」
「いや、いい。もうやめてくれ」
 シンはアニマの裸をとても直視できなかった。それなのに、アニマは下も脱いで、下着一枚の姿を晒した。男性用の下着。すらりと伸びた足。柔らかそうな太もも。けれども、足の付け根には男性のシンボルが確かに存在していた。
「シン、ちゃんと見て。シンが望むならボクは隠したりしない。そういうのが一番嫌なんだ。だから見せたくなかった」
 シンははっとして顔を上げた。アニマは穏やかな顔をしていた。
 勘違いしていたのかもしれない。
 シンは時としてアニマを「女の子」として扱うことに疑問を覚えたことは無かった。けれども、いくら女の子のような外見をしていても、アニマは男だ。周りの人間から囃し立てられていい気になっていた。
「ボクは男にも女にもなれるんだ。五歳の誕生日にそういうふうに体を作り変えた。ボクの両手を握ってみて」
 シンは差し延べられたその手に自分の両手を重ねた。アニマの周りであらゆる元素が乱舞していた。その体はほのかに色づき、見る間に輪郭を変えていく。
「全部、魔術のため。男のままだと、どうしても限界があるから。あの時、何も言わずにシンと別れたのもそれが理由。ボクは変わっていく自分をシンに見せたくなかった。ホント言うとね。ボクはもう自分が男でも女でもないような気がしてる。もうすぐ十五歳の誕生日がくる。その時が最後のリミット。その時までに選ばなければならない。男に戻るかどうかを」
「戻りたいなら戻ればいいじゃないか」
 アニマは緩やかに首を振った。
 アニマの変化は止まらない。骨格そのものがミシミシと軋みながら、男から女へと変わっていく。胸は大きく成長し、骨盤も張り出してきた。反対に男性のシンボルは目立たない大きさまで縮んでしまった。
「戻ったら代償としてボクは力を失う。魔法を使えなくなるんだ。生まれてから今までそれしか知らないのに。だからと言って完全に女になるつもりもない。魔力が落ちることに変わりはないからね」
 ミレニアから聞かされていた話と概ね同じだった。
「このまま何もしなければ、十五の夜にボクの体から精巣は失われ、外見は女にしか見えなくなる、と思う」
 アニマの体の変化が止まった。その外見は既に女だった。
「どうして俺を呼んだ? 止めて欲しかったんじゃないのか?」
 それまですらすら答えていたが、初めて言葉を切って考え込んだ。しかし、それも長くは続かなかった。
「たぶん、ボクは男のボクを知っているシンに知ってもらいたかったんだ。魔法の世界を知らないシンに、ボクのことを」
 重大な秘密を打ち明けられたはずなのに、シンはますますアニマのことがわからなくなった。ただ一つわかるのは、自分が強くアニマに魅かれている事実だけだ。
「シン、じっと見られるとさすがに恥ずかしいよ」
 アニマは両手で胸を覆い隠そうとしたが、豊かに成長した胸は両手からはみだし全然隠しきれていなかった。
 シンは慌てて目を逸らした。
「基本的には魔力を高めると女の姿に近づくんだ。他にも色々あるんだけど、それはナイショ」
 シャツとズボンを身に着けたアニマは、しかしまだ男の姿には戻っていなかった。ふくよかな胸の形が薄いシャツ越しに透けて見えていた。シンは目のやり場に窮した。
「自分をさらけ出すのって恥ずかしいね」
 胸の奥に宿った暖かな灯火。それをアニマに伝えたい。その気持ちに偽りは無いのに、シンはその正体が掴めず言葉にできなかった。
「アニマ、聞いて欲しいことがあるんだ。でもそれが何かは俺にもわからなくて。自分でも変だと思う。だから……だから形になるまで待ってほしい」
「うん、いいよ」
 アニマはそっけなく答えると悪戯っぽく口の端を上げた。
「エッチなお願いは困るけど」
「それは悪かったよ。もう勘弁してくれ……」
 腹を抱えて笑い転げるアニマを見て、一生ネタにされるのを覚悟するシンだった。
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