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魔法使いの男の娘 作者:木林タカシ
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観光都市への誘い

 親友から十年ぶりに手紙が届いた。
 彼と過ごしたのは、ほんの数ヶ月で半年にも満たない。
それでもシンにとって彼は紛れも無く親友だったし、彼にとってシンも同じくかけがえの無い存在だった。
 少なくともシンはそう信じている。
 当時シンは五歳だった。ほとんど記憶らしい記憶は残っていない。そんな曖昧な記憶の中で、彼だけが鮮烈で特別だった。
 馬鹿でかいお屋敷に住んでいて、シンの知らない話を語り、シンの欲しいものは何でも持っていた。
 しかし、そんなものは彼を彩る装飾品に過ぎない。
 彼は魔法使いだった。
 それは比喩でも何でも無い。
 真実、彼は魔法使いだったのだ。
 紫の薔薇が咲き誇る庭園で、毎日のように魔法の練習に明け暮れた。
 シンは彼ほど上手くはできなかった。というよりは、全く魔法が使えなかった。
「シンは下手だね」
 そう言って笑われるのが日課だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「いつかできるようになるよ。ボクだって初めはできなかったんだから」
「いつかって、いつ?」
「五年後くらい、かな?」
 ちなみにシンと彼は同い年だった。
 しかし侮ること無かれ。
 彼は生まれてこの方、魔法に触れなかった日は無いらしい。
 どこまで本当かはわからない。
 シンを励ますために吐いた嘘かもしれない。
 けれども、シンにとっては真相を知ることよりも、彼と一緒に魔法の練習を続けることのほうがよほど重要だった。それは本当に楽しい時間だったのだ。
 だから、終わりが来るなんて信じられなかった。
 それも突然に。
 ある日、いつものようにお屋敷を訪ねると彼はいなかった。
 薔薇の手入れをしている庭師のおじさんも、おやつをくれるメイドのおばちゃんも、ちょっと怖い番犬のジョンも、誰も彼もいなかった。
 それだけなら諦めきれなかったかもしれない。
 忽然と全てが消えていた。
 お屋敷そのものが無くなっていたのだ。
 子供心にショックを受けた。誰に聞いても行方はわからなかった。
 そしてほどなくして、シンの父親が姿を消した。

 アニマには聞きたいことがある。


 街と街を繋ぐ駅馬車を乗り継いで三日間が過ぎた。
 窓の外には荒涼とした大地が広がっている。
 馬蹄が巻き上げる砂埃が視界の彼方へ消えていく。
 同乗者は男が一人。女が二人。
 自分を数に入れれば、男女比は一対一だ。
 目的地は観光都市ケート。
 誰に聞いたわけでもないが、そう知れるのはそこが終着駅だからだ。
 近々、ケートでは戦勝十周年記念式典が開かれることになっている。
 五年間に渡って続いた南部との戦いは十年前に終結した。その節目を、国を挙げて大々的に祝おうということらしい。
 シンが生まれた時には戦争はすでに始まっていて、物心がついたころには終わっていた。
 だから戦勝記念と言われても、いまひとつピンと来ないのが実情だ。戦地から遠く離れた郊外で生まれ育ったことも関係しているのかもしれない。
 シンにとっては、帰らない父親のほうが深刻な事件だった。
 顔を思い出せない父親は死んだことになっている。
 しかし、どうやら戦争の趨勢を決定づけるような働きをしたようだ。
 それらを知ったのはシンが十歳の時だった。
 父親がいないにも関わらず経済的にそれほど困窮することのない家庭に疑問を持ったのがきっかけだった。母親に何気なく問いかけると、彼女の顔に陰りがさし、一瞬深い皺が寄った。ぽつりぽつりと他人事のように語る母親を見たくなくて、それ以来、シンは家の中でそのことを口にするのをやめた。
「キレイなペンダントですね」
 隣に座った少女が話しかけてきた。イントネーションに少し訛りがある。
 烏の濡れ羽のような漆黒の髪とおそろいの双眸、そして白い小袖に鮮やかな緋袴という独特の服装から 異国のものだと思われる。向かう場所が観光都市ということを考えれば、それほど珍しいことではないのかもしれない。けれども反射的に身構えてしまう。
「ああ」
 短く答えてシンは胸元に目を落とした。
 質素な紐の先で涙滴型の青い宝石が輝いている。高価なものではないが、あまり目を引くようなら考えものだ。それはシンにとって大切な絆の象徴だった。
「折角女の子のほうから話しかけてくれてるのにもっと愛想良くできないもんかねぇ」
 正面のいかにも軽薄そうな男が胸の前で拳銃をいじりながら話に割り込んできた。
腰のホルスターにはさらに一丁の拳銃が眠っている。随分と凝った意匠が施された拳銃だ。デザイン重視で選んだものと思われる。シンは無視を決め込んだ。
「あー、やだやだ。これだから男はヤなんだよね」
 嘯きながら男はテンガロンハットをわざとらしく被り直した。手の中で銃をくるくると弄んでいる。男の胸で燦然と輝きを放つ勲章の星もただの飾りだと信じたい。
「君もこんな無愛想なやつより俺と遊ばない?」
「アハハ。面白いことを言うお兄さんです」
 男はさして気にした風もなく、爽やかな笑顔を返した。
「ところでそちらのお嬢ちゃんは一人でおつかいかな?」
 声をかけられた少女は分厚い本に落としていた顔をわずかに上げた。
 彼女が一番奇妙な客だった。
 若い、というよりは幼い。一人旅ができるような年齢ではないように思えるが、誰かに迷惑をかけるようなことは一度も無かった。
 黒いドレスに包まれた肌は病的に見えるほどに白く、表情は乏しい。そのせいで動かなければ人形が座っているようにしか見えない。僅かな呼吸音とページをめくる細い指の動きだけがかろうじて彼女が人間であることを教えてくれる。
 じっと男の顔を観察していたかと思うと、無言でまた自分の世界に没入してしまった。
 彼女が広げた本を横からのぞき見ると、何やら複雑な数式や記号が並んでいた。
 さすがに男のほうも続けるべき言葉を探しあぐねているようだった。
 彼らがシンの旅の仲間だった。
 もうちょっと何とかならなかったものかと思うシンだったが、同行者をえり好みできるほど裕福ではなかったし、実害が出ているわけでもない。運命だと思って諦めることにした。それに予定ではもう少しで目的地に到着する。それまでの辛抱だ。
 馬車が不自然に揺れて急停車した。
 不穏な空気に緊張が走る。
 まだ目的地にはついていない。その証拠に窓の外の風景は寂しいままだ。
 シンは立てかけておいた長刀に手を伸ばした。
 時を同じくして正面の男も笑みを消した。引き締まった顔をして成り行きを見守っている。
「お…お客さん。まずいことになりました」
「全員馬車から降りな!」
 御者の怯えた声に続いたのは明らかな恫喝だった。ガヤガヤと周囲が賑やかになってきた。おそらく野盗の類だろう。男の見解も一致したようだ。
 幼女の表情に変化は見られない。本に目を落としたままだ。
「どうします?」
 そう言った異国の少女はまるで怯えていなかった。どちらかというとハプニングを楽しんでいるように見える。もしかすると状況を理解できていないだけかもしれない。
 シンは長刀を片手に馬車から飛び出した。剣の腕にはそれなりに覚えがある。野盗ごときに遅れを取るつもりはない。
「てめぇら。オレ様と知っての狼藉か! まさか知ってるわけがないよなぁ。知っていて喧嘩を売ったのなら誉めて使わす。死にたいやつから前へ出な。クリーン・ザ・ギャンブラーとはオレ様のことよ!」
 クリーンは馬車の屋根に飛び移り、銃口を野盗の眉間に定めたまま朗々と謳い上げていた。
「私は葛ノ葉耀子くずのはようこと申します」
 遅れて馬車から姿を現した異国の少女は優雅にお辞儀をしながら自己紹介をしていた。
 少女のそばで一匹の(からすが羽ばたいていた。特に目を引くのは三本に分かれた足先だ。ひと目で自然界の生き物ではないと推し量れた。少女の落ち着いた物腰とは裏腹に、その生き物は明らかに不吉な雰囲気を醸し出していた。
 野盗たちはお互いに顔を見合わせた。
 やがて視線が一点に収束した。頭目らしい男が鬨の声を上げた。
 シンは刀を抜いて自然体で構えた。
 近くにいた男が二人、抜き身の曲刀を振りかぶって襲い掛かってきた。
 全く訓練を受けていない動きだった。シンは立て続けに二人を捌き、地面に切り伏せた。
 そのまま打って出ることもできたが思い直した。
 馬車の中には子供がいる。専守防衛に努めることに決めた。
 馬車の上ではクリーンが両手で銃を乱射していた。適当に撃ち散らかしているように見えて、その狙いは恐ろしいほどに正確だった。銃声が鳴るたびに地面が赤く染まっていく。
 耀子のほうに目を移せば、彼女は不思議な戦いかたをしていた。手から放たれた紙の札が執拗に相手を追い回す。紙に触れたものは全身を炎に包まれて転がった。
 辺りはたちまち静けさを取り戻した。
 喧騒の中で気づかなかったが、いつのまにか御者がいなくなっていた。
「人は見かけに寄らんもんだね」
 クリーンは誰とはなしに言った。
 耀子は動かなくなった野盗の前で両手を合わせてお辞儀している。
 断続的に呻き声が漏れ聞こえてくる。
 ふらつきながら頭目らしき男が立ち上がった。
「動くな」
 ぴたりと標準を合わせたままクリーンが静止の声を上げる。
 しかし男の反応は鈍い。ゆっくりと近づいてくる。
 クリーンは舌打ちをして引き金を引いた。
 男の膝に穴が開いた。男の動きが止まる。しかし、それは一瞬のことだった。虚ろな目をしたまま、ふらふらと距離を詰めてくる。
 シンは不気味なものを感じた。そしてそれはシンだけではなかったようだ。クリーンが立て続けに発砲した。眉間と心臓を貫かれ、男はうつ伏せに倒れた。完全に致命傷だった。
 しかし、男は這うようにして再び起き上がった。
 男の声無き声に呼び戻されるようにして、地面に臥した野盗たちが一人、また一人と立ち上がる。目の焦点が合っていない。それなのに、ゆっくりと着実に包囲の輪を縮めてくる。
 シンの背中を冷や汗が流れ落ちた。耀子も息を呑んでいる。そんな中でクリーンだけが薄ら笑いを浮かべていた。
「ったくよぉ。随分とヤなこと思い出させてくれるぜ……」
「知ってるのか?」
「知るわけねえだろ。余所見すんな」
 クリーンの銃口が火を噴いた。シンの背後で男が一人崩れ折れた。
 おそらく彼は何かを知っている。しかし問い詰めるのは後回しだ。危機が迫っていた。
 敵の動きは緩慢だった。それだけに恐怖だ。
 肉が裂け腕を切り落とされても数秒後には何事も無かったかのように襲いかかってくる。
 そんな敵への対処法などシンは知らない。血の匂いだけが濃密になっていく。根本的な解決になっていない。
「おい。馬は操れるか?」
 いくら倒しても復活を繰り返す敵といたちごっこを続ける中でクリーンが聞いてきた。
「ああ」
「よし。お前たちは先に逃げろ」
 クリーンは当たり前のように言った。全く躊躇というものが感じられなかった。
「女子供は任せると言っている。俺一人なら何とでもなる。頼りにしたくないが、他に方法はなさそうだ」
 口の端を上げて不敵に笑う。
 誰かが血路を開かなければ状況を打開できそうにないのは確かだった。そしてそれは密かにシンも考えていたことだった。けれども言い出せなかった。
「……わかった」
 耀子もうなずいた。
 シンは御者台に飛び乗った。握った手綱越しに馬たちの興奮が伝わってくる。
 進路上に立ち塞がる障害はクリーンの活躍によって一時的に取り除かれた。
 シンの掛け声に応えるようにして馬車は走り始めた。
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