ブルっちまった
「……あ」
俺は、ようやく我に返った。
追わないと、ヤツを……
階段を駆け下りるエスリーンとヤツを追い、駆け出す。
だが、ヤツの逃げ足は思いの外速かった。
それどころか剣を収め、左手を口でくわえた状態で、投げナイフで反撃までしてくる有様だ。
結果、ヤツを取り逃がしちまった。
よく考えれば、俺たち二人のうちどちらかが最上階で待機し、逃げるヤツめがけて魔法で攻撃を仕掛ければ良かったのかもしれんが、とっさにその考えは浮かばなかった。
玄関先で、ヤツの逃げ去った方を眺め、俺は肩を落とした。
「なぜ、見逃したの?」
エスリーンの声は、心なしか冷たい。
「スマン。情けねぇコトだが……ブルっちまった。ゴブリンなんかとの戦闘は平気だけど、人間は……殺したコトねぇんだよな」
それは、この傭兵になった段階で考えなきゃいけないコトだった。だが、どういうワケか、今までそんな考えは浮かばなかったのだ。
「そう……」
それだけ言うと、彼女は踵を返した。
「片付けるわ。手伝って」
「分かった」
俺は慌てて彼女の後を追う。
大失点、だよな〜。
――しばし後
俺とエスリーンは、フィルズ・ロスタミによって荒らされた塔内の片付けをしていた。
血まみれの絨毯や、破壊された家具類を集め、外に出す。
これらはまとめて燃やすツモリだ。
とりあえずは研究室の中からだ。
そうして片付けを続けているうち、エスリーンの口調も和らいだ。ちっと安心。
と、エスリーンの声。
「ソースケ、あれ……」
彼女は窓の外を指差す。
俺も窓から外を覗いた。
そこからは、村から続く小道が見える。
村の門のすぐ側に特殊な結界が張ってあり、この塔への訪問者がいれば、壁にはめ込まれている水晶球が発光するようになっているらしい。
俺達やフィルズ・ロスタミは、それが設置されていない森を通るルートを使ったために、これに感知されることはなかった訳だ。
「ん? あれは……」
遠くに見えるのはそこをこちらに向かって進む、いくつかの影。
俺はリュックから小型の双眼鏡を取り出すと、そちらに向ける。
「うげっ……ナンでヤツらまで」
アレはアルセス聖堂騎士団の連中だ。
それが四人ほど、こっちにやって来るのが見える。
多分、こっちに来るまでには十分以上かかるだろう。すぐにここから出て、ヤツらをやり過ごす必要があるな。
「とりあえず、ヤツらに見つからないようしてに外に出よう」
俺の言葉に、彼女はうなづく。
俺達は、すぐさま荷物をまとめて塔を後にした。
にしても、妙なんだよな、この世界。ドコ行っても盆地の中にいるみてェだ。
塔の最上階から眺めても、空と陸の境界はかなり高いところにあるんだよな〜。
ゲームじゃ平面っぽかったけど、実際はどーなんだか。
まぁその疑問は、後だ。
……おっと、忘れてた。レベルアップ処理しとかんと。
エスリーンの親父さんやフィルズ・ロスタミ、オークゾンビとの戦いで、Lv7到達だ。
――――
名前 : 仁木壮介 性別 : 男 種族 : 人間 経験レベル : 7 身長 : 166cm 体重 : 54kg
体力度 : 18 耐久度 : 18 器用度 : 24 敏捷度 : 18 幸運度 : 16
精神力 : 16 精神耐久度 : 16/18 知性度 : 15 知恵 : 14 魅力度 : 14
HP : 41 / 43 MP : 13 / 39 / 41
攻撃修正 : +29 回避修正 : +29 速度 : 速 魔法修正 : +26 魔防修正 : +21 / 23
スキル : 剣術6 格闘2 黒魔術2 神聖魔法2 危険感知 1 暗器術 1
所持金 : 564900 経験点 :3310
武器 : 聖剣 ナイフ 防具 : レザーアーマー
装備 : 服 リュック 所持品 : スマートフォン 魔導石1
言語 : トゥラーン語2 ゼルゲト語1 ソアン語1 アトラス語1
――――
そーだな。体力と耐久を一つずつ。で、器用度+3と、精神力+2。
スキルは剣術を伸ばしつつ、暗器術をとっておこう。
もー一度ヤツと戦う可能性もあるからな。
武器スキルは、防御時も有効らしいしな。
ちなみに大幅に増加した所持金は、この塔に残されてた資金を回収した結果だ。エスリーンのために使うのなら許してくれるだろう。
……多分。
――森の中
俺達は藪に身を潜め、騎士団の連中がやって来るのを、固唾をのんで見守った。
ヤツらは門の前に馬を止める。
そして、見張りを一人残すと、塔の中へと入っていった。
チッ……あの騎士団の連中まで来ているとはな。厄介だぜ。
「我が物顔で入っていかないでよ」
エスリーンがイラついた口調で呟く。
何かと高圧的で、ヤな連中らしい。
魔女裁判もどきのコトやってるぐらいだしな……。
ケドもしかしたら、フィルズ・ロスタミを殺せんかったコトがいー方向に転ぶかもしれん。うまい具合に潰しあってくれたりなんかしたら万々歳だな。
とりあえず俺達は、騎士達が立ち去るのを待つ事にした。
俺達は騎士団が村方向へと立ち去ったのを確認すると、再び塔へと戻った。そして、必要な荷物をまとめて俺のリュックに詰め、再びリシュートへと戻る事にしたのだ。
争いの痕跡をみつけた騎士団連中がまたやって来ないとは限らんからな。
――リシュート 祈りの小径亭
俺達が再びリシュートに戻った時には、既に日が暮れかけていた。
「おかえりなさい〜。遅かったじゃない? どしたのさ?」
俺達の間に流れるビミョーな空気を察し、声を潜めるティシアさん。そして、俺達を食堂の奥まった席へと誘う。
「あの……父やその弟子達の事で、ちょっと」
席に座りながら、エスリーンは小声で答える。
俺が下手に口出すわけにもいかねェ。その辺は彼女にまかしとこう。
「ひと月近く経ってたんでしょ? 片付けは大変だったんじゃないの?」
「それは……」
彼女は思案げに口を閉じた。
そして暫しののち、再び口を開いた。
「皆ゾンビにされてしまっていたの」
「ゾ……ゾンビ!?」
ティシアは戸惑ったような声をあげる。そして視線を彷徨わせ、俺を見た。
「……」
俺は無言でうなずいた。
「そう……。聞いた事があるわ。その昔、あの塔にロウツェンだとかいう呪い師が住み着いて、ティフレス村あたりのの住民をさらって妙な実験をしてたとか。ゾンビなんかも作ってたみたいよ」
彼女は声を潜める。
「げっ……そんなコトがあったんスか?」
思わず声をあげちまう。
……思い出した。そーいえば、ゲームでもチラッとそんなコトが語られていたな。詳しいコトまでは描かれてなかったが。
「そう。その呪い師自体はイルムザール様が討伐したのだけれど……その実験の成果をまとめた魔道書は、あの塔の中で、厳重に保管される事になったそうね。もしかしたら……」
「……そういえば、父様の研究室の一番奥にある鍵付きの書棚が壊され、中身が持ち出されていたわ」
「まさか、それが……」
その実験結果をまとめた魔道書で、ヤツはソレを元にゾンビを作り出したってか?
「分からないわ? でも……」
エスリーンは肩を落とす。
「さぁ、暗い話はこれまで! もうすぐ夕食ができるわ」
ティシアさんの明るい声。
そうだな。いつまでも暗い顔してちゃはじまらねェ。
それに、ハラが減ったままだと、どーしても悲観的になっちまうしな。
込み入った話はハラが膨れた後だ。
……おっと、いい匂いがして来たな。夕食が楽しみだ。