何てコトしやがる!
――森の中
奪った蛮刀でツルや枝を払いつつ、俺達は塔を目指す。
あれからモンスターなどの襲撃はない。
精々、ヘビなんかの姿を見かけるぐらいだ。
にしても……オークなんぞが潜んでやがるとはな。トロールがいなくなったんで、そのナワバリを奪ったんかな?
まぁイイや。また襲ってきても、返り討ちにするだけさ。
さて、塔は目前だ。
――塔
ティフレス村のはずれに立つ、石造りの塔。
またの名を、“天蛇の塔”。
空に向かって伸びる主塔の外壁に、螺旋状に巻き付いた蛇の様な衣装が施されている。
俺達はその塔の下にある館の入り口の前に立っていた。
「こうして見ると、あの時と何も変わっていない様に見えるわね」
エスリーンが呟く。
「……」
「さぁ、行きましょ」
沈黙する俺を見、かすかに苦笑を浮かべた彼女は、すぐに前方へ向き直ると歩き始めた。
俺もまた、その後を追う。
俺達は開けっ放しの玄関扉をくぐり、その中に足を踏み入れる。
「……!」
すぐに目に入ったのは、床上に広がる黒い大きなシミだった。
これは……血だまりか。
おそらくはここで弟子の一人、あるいは数人が斬られ、おそらくは死んだのだろう。
周囲に遺体は……無い。誰かが片付けたのか? それとも獣が侵入し、喰い荒らしたのか?
……わからんな。
とりあえず、周囲を警戒しつつ歩を進める。
と……
「あれ……」
エスリーンの声が震えた。
当然だ。
目の前に現れたのは三つの人影。
おそらくは……彼女の知り合いだ。
だが……その目には生気はなく、青ざめたその身体からは腐臭が漂っていた。
コレは……ソンビだ! 本物の……。
「クソッ! 何てコトしやがる!」
“誰か”が何らかの呪術を行わねば、死体がゾンビとなる事はない。強い恨みを残したところで、せいぜい死霊止まりだ。
アカシックレコードに照合した結果、その術者は……
「フィルズ・ロスタミめ……邪法にも手ェ出してやがったんかよ!」
元とはいえ聖堂騎士にあるまじき所業だ。流石に俺でもアタマにくるぜ。
「エスリーンはココにいろ。俺がやるからさ。……行くぜ!」
掴みかかってくる大男のゾンビの腕をやり過ごすと、腰を斬り裂く。さらにサーベルを跳ね上げ、逆袈裟で斬り捨てた。
次いで、痩せぎすな男ゾンビも余勢を駆ってサーベルを振り抜き、倒す。
その直後、側面からオッサンゾンビが飛びかかってくる。
俺は剣を返すと……
「“光弾”!」
エスリーンが放った幾筋もの光の矢が、その身体を貫いた。
「……エスリーン」
「気を遣わせて、ごめんなさい。私は大丈夫だから……」
彼女は倒れた三体のゾンビを見下ろし、感情のない声で呟いた。
――廊下
俺達は、塔の最上階を目指し、進んでいた。
これまでに8体のゾンビと遭遇し、倒した。
倒すコト自体には問題はない。
が……正直言って、エスリーンの精神状態がヤバい。無論、今までも決していいワケじゃなかったがな。親父さんを殺された挙句、身一つで放り出されちまったワケで、色々不安定になっててもフシギじゃねぇ。
その上さらに、既に死んでしまった知人と戦い、もう一度“殺”さにゃならねェワケだ。
怒りと悲しみその他諸々の感情が彼女の中に渦巻いでいるのが感じられる。
この状態では魔力の集中に問題が起きやすい。魔法使用の際は不発や暴発といった事態に陥りやすいし、魔法攻撃を喰らった時にはレジストに失敗する事も多くなる。
当然それだけでなく、肉体を使った攻撃や防御にも悪い影響を及ぼすだろう。
彼女によれば、これまで倒したゾンビと塔の住人の数は、ほぼ一致しているそうだ。
残るは……彼女の父親ということだ。
ちなみに先刻までにゾンビ8体を倒して468の経験点を得た。合計2231点。
Lv6到達には2100点が必要なので、とりあえず、レベルアップだ。
おそらくはエスリーンの父親とも戦わにゃならなそーなので、レベルアップしとこう。
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名前 : 仁木壮介 性別 : 男 種族 : 人間 経験レベル : 6 身長 : 166cm 体重 : 54kg
体力度 : 17 耐久度 : 17 器用度 : 21 敏捷度 : 18 幸運度 : 16
精神力 : 14 精神耐久度 : 18 知性度 : 15 知恵 : 14 魅力度 : 14
HP : 38 / 40 MP : 18 / 38
攻撃修正 : +21 回避修正 : +25 速度 : 速 魔法修正 : +20 魔防修正 : +18
スキル : 剣術5 格闘2 黒魔術2 神聖魔法2 危険感知 1
所持金 : 253075 経験点 : 2231
武器 : 聖剣 ナイフ 防具 : レザーアーマー
装備 : 服 リュック 所持品 : スマートフォン 魔導石1
言語 : トゥラーン語2 ゼルゲト語1 ソアン語1 アトラス語1
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敏捷度に2、精神耐久度に4入れとこう。
スキルは、格闘、黒魔術、神聖魔法を各2に伸ばした。
魔法を連発したため、少々苦しくなってきた。レベルが上がればある程度MP消費が抑えられるので、やっぱり魔法関連も伸ばしといた方がよさそーだな。
――さらに、後
俺達は、最上段へとつながる階段を上っていた。
この先にあるのは、彼女の父ラスディンの研究室。
フィルズ・ロスタミが襲撃して来た際、エスリーンとラスディンはその部屋にいたそうだ。
数人の弟子がヤツを食い止めている間に彼女の父親は彼女と使い魔を転移呪文で逃したそうだ。
そして呪文が完成した直後、ヤツに斬り捨てられたそうだ。
エスリーンはその有様を、ただ見ているしかなかったという。その無念は、いかばかりか。
そして階段を登りきり、短い廊下の先の扉をくぐれば……
「ここに父様が……」
扉に手をかけ、彼女が呟く。
「俺が先に確認した方がいいかい?」
父の遺体、あるいはゾンビを目にするのは辛かろう。
「大丈夫よ。もう……慣れたから」
彼女は力なく笑う。
親しかった人たちの変わり果てた姿を見せつけられ、感覚がマヒしてしまったのかもしれん。
だが……
「分かった。だが、その前に……気配を探っておこう」
「……そうね」
扉に手を当て、精神を集中。
「……!」
感じるのは、寒気と怖気。いわゆる“瘴気”だ。
やはり、これは……
「! 父様……」
エスリーンが扉を開こうとする。
「待った!」
「何故止めるの!?」
慌てて止めた俺を、彼女が睨みつける。
「気持ちはわかるが、危険だ。慌てて飛び出してどうする?」
「でも、父様が……」
彼女の声が震える。
しかし、すぐに一つ呼吸をし、気を落ち着かせた様だ。
「……取り乱してごめんなさい」
「スマンな。とりあえず……俺が先に突入するよ。部屋の間取なんかを教えてくれ」
「……分かった」
彼女はうなづく。
その瞳には、強い意志が宿っている様だった。