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まっ、そーだよな

――夕刻

 店の主人が夕食が出来た事を告げて回っている。

 俺達も食堂に下りていくことにした。

 しばらく満足に食事できていないエスリーンは嬉々としてテーブルに着く。


「何日ぶりかしらね、まともな食事は」


 待ちきれない様子のエスリーン。

 まずは食前酒の白く濁った酒。そしてツマミのチーズ。

 食事を待ちつつ、チーズをつまみ、白い酒をちょっと飲んでみる。

 わりと甘いけど……ナンか薬草っぽいニオイが少々キツい。ハーブかなんかをアルコールに漬け込んであるんかな?

 が、ふと見るとエスリーンはうまそうに飲んでら。

 慣れると違うんかねぇ? ちっと悔しい。

 そしてしばらくのち、食事が運ばれてくる。

 鶏肉が入ったピラフと羊肉の串焼き、豆――ひよこ豆っていうらしい――の入ったサラダなど。

 と、エスリーンは食前の祈り――この世界での「いただきます」みたいなモンだ――もせずに、がっついた。


「ずいぶんお腹が空いてたんですねぇ」


 料理を運んできた主人が苦笑する。そして、


「ちょっといなくなった猫の事を思い出してしまいましたよ」


 とポツリと言った。まさか、バレてねぇよな?


「あ……あの、すいません!」


 エスリーンは主人の声で我に帰り、自分の無作法について詫びた。


「朝と昼の飯を食べ損なったみたいでね……」


 などとテキトーにフォローしとくか。

 まっ、しばらくホームレス状態だったなんて言えねーしな。

 さて、俺も。

 美味そーな匂いのする料理に手を伸ばした。



――食後

 ふう、満腹、満腹。

 俺は食後の紅茶――チャイっぽいかな?――を飲みつつ、くつろぐ。

 目の前ではエスリーンが二人分のデザートを貪って……食べるのに夢中だった。

 極薄の生地を何重にも重ねて焼いた菓子らしい。間にスライスしたクルミっぽいナッツが挟んである。ずいぶん手間がかかりそーだな。

 俺もひとかけら食べたが、結構うまい。

 が……この紅茶もかなり甘いんで、正直甘いのはもうお腹いっぱいだ。


「コレ、食べたかったのよね〜。いつもここで他の人が食べてるのを見るのは辛かったわ」


 食べ終えたエスリーンは、幸せそーな笑みを浮かべた。目尻に涙すら受かべてら。


「オイオイ、この宿には初めて来たって設定だろ?」


 声を潜めて突っ込む。


「あ……そうね。ごめんなさい」


 カウンターの方を伺うが、店主達は丁度奥へと引っ込んだ所みたいだな。

 や〜れやれ、危なかった。



――夕食後

 再び部屋に戻った俺は、荷物の整理を始めた。


「その袋、どれだけモノが入ってるの!?」


 リュックから明らかに内容量以上のモノが取り出されるのを見、彼女は驚きの声をあげる。


「ああ、とある場所で手に入れたんだ。“圧縮”の呪文がかかったマジックアイテムらしい」

「へぇ……」


 彼女は中を覗き込み、手を突っ込んだ。


「ホントだ。この中は見かけよりも広くなってるのね。こんなの、初めて見たわ」

「へぇ……そうなんだ」


 ま、考えてみりゃ当たり前か。こんなんが普及してたら流通の概念が変わっちまう。


「あ、そうだ。一応ナイフとか、護身用の武器があるから渡しとくよ」

「ありがとう。使わせてもらうわ」


 彼女はそれを受け取り、腰に差した。



 彼女に手伝ってもらって荷物の整理を終えると、俺達は明日以降の行動について相談することにした。

 まずは、ラバンことフィルズ・ロスタミ対策だ。


「ヤツは今、“神殿通りの大樹亭”ってトコに泊まってる。見たところ、かなりの手練れだな。正直、今ヤツと対峙するのはキツイ」

「……やはり。あの男は、高位の魔導師である父や弟子達をいともたやすく斬り捨てたわ」


 彼女はうつむき、悔しそうに唇をかんだ。


「だからとりあえず、君が住んでた街の辺りに逃れようと思う」

「ティフレス村へ?」

「あ〜、村だったか……」


 ティフレス村は、この街の南方にあるオアシス都市リシュートの近郊にある小さな村だ。その近くには古代帝国時代に建てられたとかいう塔があったハズだが……

 そっか、あの塔がエスリーンが暮らしてたという塔なのか。

 だが村ってコトは、大半が彼女と顔見知りという可能性もあるな。だから、彼女が帰ってきたのはすぐにバレちまうだろう。もし、村人の中にヤツと通じたのがいたら……。


「……じゃあ、リシュートへ行こう。そこなら、まだ目立たないだろうしね」

「……そうね。その方がいいのかもしれない」


 とは言うものの、彼女の顔は晴れない。

 もしかしたら、この宿を離れたくないのかもしれん。


「ま、ヤツが諦めて他の街にでも行ったら、戻って来ればいいさ」


 とりあえずそう言って慰めてみる。

 ま、その頃にゃレベルも上がり、ヤツと十分戦えるくらいになってるかもしれんしな。


「だから、とりあえず明日、傭兵ギルドへ行こう。報酬を受け取るついでに君もギルドに登録し、身分証を手に入れるんだ」


 俺は首から下げた小札を示す。


「助かるわ。身一つで放り出されてしまったから、私の身分を証明するモノは何も持ってないしね。……でも、傭兵ギルドって紹介状いるんでしょ?」


 “戦士の館”のコトか。


「あ〜〜、それな。実を言うと、新しい方じゃないんだ」

「え〜っと、“アルタワール傭兵斡旋所”だったっけ? まだあるんだ……」

「あ、ああ……。まだ一応機能はしてるぜ」


 いつ停止しても不思議じゃねーケドな。っつーか、あそこってそーいう正式名だったんかよ。初めて知った。

 ……と思ったら、ちゃーんと小札にも刻んであったナ。よく見てなかったぜ。


「私はそれで異存はないわ。私も傭兵として働いて、世話になったお礼もしないと」

「ヨシ、それでいこう!」


 無論、『礼ならカラダでも……』という言葉を飲み込んだのは言うまでもない。

 あ、もしかしてこの宿に?

 ……まっ、そーだよな。



 さて、と。方針も決まったし、あとはフロ入って寝るだけ……と言いてェところだが、この宿にはそういったモノは無ェんだな、これが。……と言うよか、どーやらこの街には旅人用の入浴施設はほとんど無いそーな。

 せいぜい桶に水を貯めて身体をすすぐぐらいはできるが。

 そもそもこの街の南方には乾燥地帯が広がっているために水の供給量が少ない上に、アルセス聖堂騎士団が入浴文化に対して否定的だったんで、公衆浴場なんかはご法度だそーな。

 ……イッペンあの騎士団はツブした方がよさそーだな。

 俺達は用意された浴室……というには粗末な部屋で各々身体を拭き、身を清めた。

 一応サッパリした。が……やっぱしフロ入りてーよ。



 身を清めた俺達は、しばし他愛のないコトを話し合った後、地球の時間で午後9時を回ったあたりで寝ることにした。

 う〜む、いつもなら0時近くまで起きてたりもするから、ちっと眠れそーにない。

 ……と思ったら、意外に早く眠気が来た。ま、昨日からほとんど仮眠しかしてねーから、疲れは溜まってたんかもな。

 一方彼女はというと、ベッドに潜り込んだ直後から寝息が聞こえ始めた。

 やっぱし相当疲れが溜まってたんだろう。マトモに眠れるのも久しぶりだろーしな。

 う〜む、これはちっと惜しいコトをしたかもしれん……などとアホなコトを考えながら、俺もすぐに後を追い、眠りに落ちた。

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