リラだかエスリーンだか
――旧ベルガント邸
“隠形”の呪文で気配を消すと、裏庭へと向かう。
そして、また地面をチェック。
やはり、猫の足跡があった。納屋へと続いている。
そーいや昨晩、ココに置いといた俺の食料が食い荒らされたんだよな〜。アレはネズミじゃなくて猫だったってワケだ。
……思わぬコトで犯人が判明したな。
ま、いい。再び、“探索”だ。
……おk。ターゲットはこの中だ。
よしよし。
周囲をチェック。窓の位置を再確認だ。
せっかく見つけても、逃げられたら元も子もねぇしな。
両側面と背面に各二箇所か。背面と左側面は鎧戸が閉まってるので、逃げられる心配はなさそーだ。
で、右側は一箇所だけ戸が微かに開いている。アレならちょっと大きめの猫でも通り抜けることが出来そーだな。
とりあえず、塞いどこう。
庭にあった枯れ木の枝を折った後、ナイフでテキトーなサイズに削ってクサビを作る。
ヘヘっ、この手の工作はお手のモンだぜ。昔っから手先は器用だと言われてたんだよな。転移前の能力値でも、器用度が最高だったし。今やこの世界でも屈指の器用さだろう。……多分。
それにしても、知恵やら魅力度があのアリサマなのはショックだったゼ……。精神力が無いのは自覚してたケド。
ま、いいや。気にしない、気にしない……
そして、扉を閉めると枠に差し込み、軽く打ち込む。念のため、他の窓も同様にした。
よし、コレで逃げ場は塞いだ。
あっちにゃもーバレてんだろーが、コレで袋の鼠だ。……猫だけど。
さて、と。
いきなり飛び出されてもいいように、手製のタモを構えた。
先刻、雑貨屋で買ってきたモノでこさえた急場凌ぎのシロモノだが、それなりに役立つだろう。
俺は慎重に扉に近づくと、そっと開いた。
……
飛び出してくる様子はないな。
様子を見てるのか、それとも寝てるか……いや、そこまでマヌケじゃねェか。
気配を探る。
……いるな。奥の方か?
そちらに目をやる。
「!」
闇の中で光る金色の瞳。……あれか!?
「“暗視”」
呪文を唱えた途端、その姿が暗闇から浮かび上がる。
床上にうずくまり、俺をジッと見つめる影。
漆黒の体毛に覆われた、精悍な山猫。
間違いない。コイツだ。
が、ヤツはすぐに身を翻し、棚の上へ飛び乗ろうとしている。
「リラ!」
試しに呼びかけてみる。
と、その動きが止まり、また俺を見た。
「さあ、おいで。宿屋のお袋さんのところに帰ろう」
俺は猫なで声で声をかけつつ、鶏肉の燻製を取り出して、掲げて見せた。
リラは俺に近付こうとし、立ち止まる。その身体は、微かに震えていた。しかし、その口の端からヨダレが垂れているのも見える。どーやら迷ってるよーだな。なら、一押し。
「ほれ」
リラのそばにあるテーブルの上に投げてやる。
猫はすぐさまかぶりつき、食べ始めた。
よしよし。
「まだあるぞ」
食べ終えたところを見計らい、袋からもう一つ取り出してみる。
ゆっくり、ゆっくりとだが、リラは近付いてきた。
そうだ。鑑定してみるか。間違えてたらアレだしな。
俺は視線を山猫に向ける。そして、アカシックレコードにアクセスして確認だ。
しばらくして、猫のステイタスが脳内に流れ込んでくる。
まずは、名前だ。俺の脳内に浮かび上がったのは……
「エスリーン!?」
間違えたか? 思わず声を上げてしまう。が……
「ニャッ!?」
猫も声を上げた。そして俺をまじまじと眺める。ウニャウニャと何か言いたげに口を動かしてるが、猫の言葉はわからん。翻訳魔法でも意思疎通は出来るんかな?
「な、なあ……リラだかエスリーンだかわからんが……言葉がわかるのか?」
問いかけつつ、アカシックレコードに照合だ。
拾った猫だから、元の飼い主がつけた名前ってコトかもしれん。
名前はエスリーン。性別は女。そして種族は……人間!?
「ちょっと待て! お前、元は人間か!?」
彼女はまた逃げ出そうとし……思い直したのか、その場に座り込んだ。そして、俺の顔をじっと見る。
俺はさらに、彼女のステイタスを確認した。
年齢は17歳。ってコトは、魔王戦役終結前後の生まれか。で、バッドステイタス : 呪い、と。
「そうか。呪われてるのか」
「ウニャ」
リラあるいはエスリーンはうなずいた。
「なあ、聞いてくれ。俺は口入れ……いや傭兵ギルドで宿屋の看板猫を探すように依頼されたんだ。依頼者はラバンってヤツだ」
彼女の肩が、震えた。そして逃げようとしている。
慌てて言葉を続ける。
「ま、待て! 事情があるなら無理には捕まえねぇよ。さっき見てきたケド、ヤツはちょっと怪しいしな」
「ニャ……」
ホッとしたように見える。
「で、だ。多分俺なら解呪出来そうなんだが……どうする?」
「……ウニャ」
しばし迷ったようなそぶりを見せたが、うなずいた。
「じゃ、決まりだな。行くぜ……“解呪”!」
結印。しかし、
「ウニャニャ!」
エスリーンは前足を振り回し、何か慌てたように叫んだ。
ん? マズかったんかいな?
だが、遅かった。すでに俺の呪文は効力を表し、光が溢れる。そして……
「へ?」
俺の前に立つのは、一人の少女。
黒髪に白い肌。そして金の瞳。元あの猫だったのだろう。が……
彼女は全裸であった。
……よく考えたら、そーなるよな。いや、考えんでもか。
「嫌〜〜〜!!」
彼女の掌が俺に迫る。
「うおっ!?」
反射的に頭をそらした。
同時に俺の目に、彼女の掌の軌跡が、スローモーションの様に捉えられる。
まー、これならジューブンかわせるな。ケド、シチュエーション的には一発ぐらい喰らっておいたほーがイイ? かわすと後々恨まれそーだし。それに、どーせ大したダメージじゃないだろーしな。
にしても、MODで強化されてるとはいえ我ながらなかなかの動体視力だ。指先に光る鋭いカギ爪までよく見え……
……ん? カギ爪?
そう思った直後、
「!? 痛ェ〜〜〜!!」
頬をザックリと切り裂かれた俺の絶叫が響き渡った。