生えてきたのは神様(候補)でした
*文章中にて不適切な内容がございましたので編集いたしました。
もうしわけございませんでした。
何処までも広くて美しい世界。
空は蒼く澄んでいて、風はふんわり心地よく、白い雲は流れて行って自然は何処までも広がっている。
太陽に照らされて輝く花々を見て、涙が零れ落ちそうになった。
断じて世界の美しさに感動したからではない。
己の運のなさが不憫になったからだ。
「どうしてこんなことになっちゃったの?」
襟足できっちりと切られたさらさらの髪を耳にかけ、心地よすぎる日差しを送る太陽に視線を送る。
眩しすぎるそれに目を細め、彼女───支倉麻耶は絶叫した。
「神様の馬鹿野郎!!!!」
そもそも何故麻耶が人っ子一人居ない大自然の中で体育座りをしながら歌を歌っていたかというと、それは偏にこの世界に『人間』と呼ばれる存在が一人も居ないからだ。
『神様の楽園』もしくは『神様の庭』。そう呼ばれるらしいこの世界で、麻耶は管理者もどきの仕事をしていた。
だからと言って麻耶が神様と言われればそうではない。彼女はこの世界に現存する唯一の人間であり、ついでに言えば異世界の人間でもある。
だが麻耶からしてみればこの世界が異世界で、この世界の住民こそが異世界人なのだが、そこの主張は聞いてくれる人が居ないのでもう止めた。どちらにせよ、麻耶が異端であるのに変わりはない。
元の世界の地球にある出身国の日本では、麻耶は会社に勤めていた。もうじき25歳になる一応は役つきだったが、それもこれも過去のものだ。
「・・・そもそも、どうして私だったのよ」
幾度も口にした疑問だが、それに答えてくれた人の回答はいつだって『君だから』。
どれだけ問い詰めてもそれ以上は理由がないらしく、そしてそれこそが最大の理由らしい。
「植物の種を育てたら、それが神様候補だって、そんな馬鹿ないわよ」
うるうると瞳を潤ませ顔を膝につける。体育座りのまま蹲れば、そこだけは自分の世界の気がした。
今にも涙が零れそうになっていると、肩に衝撃が走る。つづいて、背中、腰、ついでに足と手首にも。
それでも強情に顔を上げずにいると、可愛らしい声が耳元で響いた。
「ねぇねぇ、マヤ!構ってよー」
「僕たち暇だよー」
「そうだ!お前は俺様を構う義務があるんだぜー!!」
「暑苦しいです、あなた。離れてください。・・・マヤ、私の相手もしたくないんですか?」
「マーヤ!俺が遊んでやるから顔上げろー!!」
5つの声がそれぞれ自己主張しながら体を叩く。小さな掌から繰り出される衝撃などたかがしれているので全部無視だ。
暫く続いた攻防は、やがて徐々に収まってきた。
ぽすぽすと体に触れていた手が離れ、代わりに嗚咽が聞こえ始める。
咬んでも殺しても漏れるとばかりに些細な音が、麻耶の心の琴線を弾いた。
膝に埋めていた顔をそうっと持ち上げると、目の前には並んだ5つの端整な顔。
どれもこれも個性的だが、悔しげに、あるいは哀しげに歪められ、ぽろぽろと涙を零していた。
「うく・・・うぇ」
「ひ、・・・ぇっ、マヤ」
「・・・何で、俺様を構わないんだ、バカー」
「どうして、無視するのです・・・っ」
「お、俺がぁ、あそ、んで、やるって」
その姿を見て麻耶の心はつきりと痛む。
目の前に並んだ5人の子供。彼らは神様候補で、麻耶が育てている子供たちだ。
人とは違い手のひらサイズの彼らは、麻耶の体に触れずに泣いていた。
小さな体で哀しいと全身で訴えて、頭に咲いている花も萎んでしまっている。
彼らは麻耶が騙されて育てた神様候補。そうして麻耶を心から慕う子供でもある。
ある日麻耶は会社からの帰りに、道端で転がっているおじいさんを見つけた。
仕事で疲れていたが流石に無視するほど薄情になれなかった麻耶は、そのおじいさんまで駆け寄ると助け起こした。
意識を失っていると行けないので、声を掛けてから体に触れたのだが、助け起こしてみてびっくり。おじいさんと思っていた人は、どうやらまだ若い男らしかった。
ぼろぼろの服と伸びた白い髪と夜の闇の所為で勘違いしてしまったらしい。どうするかと一瞬だけ迷うと、助け起こされた男は思った以上の勢いで体を起こした。
腹筋を利用した見事な動きに目を丸めていると、まだ何もしていないのに『助けてくれてありがとう!お礼にこれをどうぞ!』と熱烈な感謝の言葉と小さな袋を押し付けてきた。
あまりの反応の早さに目を丸めていると、聞いても居ないのに彼は説明を始める。
曰く、『袋の中には種が入っている。育てるととても可愛い花が咲く。どうか大事にしてやってくれ』と。
怪しさ抜群の態度の呆然としている内に、倒れていたのが嘘のように立ち上がり、陸上選手も真っ青なフォームで彼は闇へと消えていった。
そうして手元に残った袋に、どうしたものかと悩んだが、結局それは持ち帰った。
ほんの軽い気持ちだったのだ。
一人暮らしのマンションのベランダに空いているプランターがあったとか、趣味の域を出ないが植物を育てるのが好きだったとか、そんな軽い気持ちだったのだ。
袋から取り出した種を栄養たっぷりの土壌に植えると、上機嫌に愛情もって育てたのは、園芸好きとして当然だろう。
どんな花が咲くか判らないドキドキ感と、少しずつ大きくなる新芽の姿。
毎日毎日話しかけながら、麻耶はせっせと植物を世話した。
そうしてある日、ついに5つの花が咲いた。
どれも違う種類だったのに同時に咲いたのには驚いたが、その季節感を無視した花にも驚いた。
一番左端の花は雛菊だろうか。可愛らしい桃色の花弁を幾重にも重ねてほわほわした質感を出している。
その隣はメランポジウムに見える。明るい黄色の花と、鮮やかな緑の葉っぱの対比が可愛い。
真ん中はエレモフィラ・ラケモサ。他の花より少しだけ背が高く、これだけ三つ、花と蕾がついていた。
その横は薔薇。真っ白な花弁はオールドローズを髣髴とさせ、凛とした居住まいがある。
一番右端はマツバボタン。オレンジ色の花が元気よく咲いている。
しかしどれもこれも『もどき』と称した方がいいかもしれない。
何故ならあまりにも季節感が不揃いであるし、更に言えばこの花々は真っ直ぐに伸びた茎には双葉が生え、タンポポのように天辺に花が咲いている。真ん中のだけ例外だが、それでも同じように双葉はあり一つの茎に生えていた。
私の知識は拙いものだが、これらの花がこんな咲き方をしないのだけは判る。むしろ昨日まではてっきり同じ花が咲くと思い込んでいたほど基本の見た目が同じだった。
不思議だと思って観察していると、不意に雛菊の花が揺れた。風でも吹いてきたかと立ち上がろうとしたが、次の瞬間に見た光景に、麻耶は縫い付けられたように動けなくなった。
「こんにちは!」
「・・・・・・こんにちは」
思わず挨拶を返してしまった。
先ほどまで雛菊が咲いていた場所から自力で這い上がった『それ』は、頭に雛菊をはやしている。
その姿は小さな子供。股間についているものを思わず確認したが、ミニマムサイズの男の子だ。丁度麻耶の掌と同じくらいのサイズの彼は、咲いている雛菊と同じ桃色の髪を揺らしてにこりと微笑んだ。
何だこれは。息を呑み、固まっていると、その不思議な現象は次々と続く。
「こんにちはー」
「おっす!」
「・・・こんにちは」
「こんにちは!!!」
癖毛がちな黄色の髪を揺らしながらのんびりと挨拶する子供。しゅたっと顔の横に手をやり、腰に手を当ててふんぞり返る子供。淡々としながら、それでもきらきらした目を向けてくる子供。元気一杯に飛び跳ねる子供。
頭に花を生やした彼らは、土に汚れたまま素っ裸で挨拶をしてきた。
ははははは・・・と空笑いしながら意識を失った麻耶を、誰も責めれないに違いない。
そうこうして意識を失う間に異世界に連れてこられ早一週間。
子供は何処から見繕ったのか衣服を纏い、母親認識でもしているのか今日も今日とて麻耶に纏わりついてくる。
あの日私に種を押し付けた青年によると、彼らは神様候補らしい。愛情一杯に育てられ大きくなったら世界を平定する神様の一人になる。
そして私は彼に選ばれた管理者で、この広大な広い土地で只管彼らの育成と神様候補の世話をしていく運命らしい。
何故か理解できないがこの世界には麻耶の存在そのものが愛されるべきものであり、彼女の手で育てないと神様は育たない。
この世界に連れて来られた瞬間、麻耶は人間じゃなくなった。体は成長を止め、食欲や排泄もなくなった。世界の中心にある巨木に魂を繋がれ、もう戻ることは出来なくなった。
家族にも友人にももう二度と会えない。麻耶という存在は、この世界から離れられない。
それが哀しくて怖い。
世界を拒絶するように泣き続けて一週間。朝も昼も夜も泣いているのに眠くならない。寝ようと思えば眠れるが、睡眠自体を体が必要としていない。その事実に、また涙が零れる。
小さな彼らを決して嫌っていない。
むしろ文字通り種の頃から育てた可愛い息子達だ。愛情一杯注いでいたし、愛していると胸を張って言える。
そして彼らが自分を刷り込み状態で慕っているのも判っていた。
涙がほろほろと零れ落ちる。
それでも手を伸ばせば、頭の花を萎ませた子供達が必死に縋り付いて来た。
彼らを全員持ち上げてきゅうっと腕の中に抱き込む。
「ごめん。もう少しだけ泣かせて。もう少ししたら、ちゃんと元気になるから。ちゃんと笑って、あなたたちを愛するから。もう少し、もう少しだけ泣かせて」
声を殺して嗚咽を漏らせば、つられたように彼らも泣き出す。
体に触れる小さな体温。一生懸命伸ばされた小さな手が顔に当たり、麻耶は少しだけ表情を崩した。
「笑った」
「ねぇ、見た?マヤが笑ったよ」
「俺様に笑ったんだぜ!」
「違います。私にです」
「誰にでもいいじゃん!マヤが笑ったんだから!」
ひそひそと嬉しそうに話す子供達は、やはり可愛い。
可愛いと、愛しいと思える自分に心から安堵する。
大丈夫。きっと、ここで生きていける。
白い雲に青い空、頬を擽る風に心地よい日差し。
そして魂の片割れの大木に、愛しく可愛い彼らの存在。
もう少しだけ泣いて泣いて気が済んだら、この世界でも笑って暮らせる。
「マヤ、大好き」
「僕も~、マヤ好き」
「俺様だって好きだぞ!」
「・・・その、私も、好きです」
「俺も、俺もマヤ大好きだ!」
世界に一人ではないと、漸く実感できたのだから。