第06話:束の間の団欒
学校が無事終わり、心は屋敷へ行くついでにレンタルビデオ店に立ち寄った。
「いらっしゃい」
とレジの前に座った店員が言う。
「ってお前、校則違反じゃねえか!」
店員は驚いて目を丸くした。
「何か問題あるか?」
「大ありだよ! それ白皇の制服だろ?てか、お前何処か見た事あるような顔だな」
店員はそう言って心の顔をマジマジと見詰める。
「お前、ひょっとして、借金執事の子どもか?」
「借金執事?」
「綾崎 颯だよ」
「おっちゃん、パパの知り合い?」
「おっちゃんじゃねえ! 橘財閥の三千院 亘だ!」
「橘なのに何故姓が三千院なんだ?」
「それは結婚したからだ」
「ひょっとしてナギと?」
「よく知ってるな」
「三千院って言ったらナギしか思い付かん。しかもバイト先だ」
「バイト? お前、メイドかなんかやってんのか?」
「否、執事だ。それより、ナギの使いでDVDを借りにきたんだが」
「ったく、またかよ。で、何を借りるんだ?」
「これだ」
心は懐からメモを取り出してワタルに見せた。
「ああ、これか。あいつも好きだなぁ」
そう言いながらワタルはDVDを取りに行き、直ぐに戻ってきた。
「ほらよ」
ワタルが心にDVDを渡す。
「料金は返却時に払ってくれりゃ良いから」
「ああ。じゃあな」
心はそう言うと、DVDを鞄に仕舞って店を出た。
すると学校帰りの正太郎と出会った。
「心さん?」
「東宮か。私は今日から白皇だぞ」
「もう転校したんですか?」
「ああ。そう言う訳だからお前とはもう逢えないな」
「では明日手続きして、来週には」
「ストーカー」
「違うよ!」
「あ、そ。じゃあな」
心はそう言って去っていった。
三千院家に到着すると、心は門を抜けて屋敷を目指した。
所が途中で迷子になり、森の中へ入ってしまった。
(此処は何処だ?)
と辺りを見回す心。
(つーか何で森があんだよ!?)
とその時、何処からとも無く「あーああー!」と言う声が聞こえてきた。
心は、気のせいだ、と自分に言い聞かせ、森を進む。
「あーああー!」
再び聞こえた。しかもそれは、どんどん大きくなっている。
「あーああー!」
その時、心の真横を何かが猛スピードで駆け抜ける……否、人が蔓に掴まって通過した。
そいつは心に気付くと、蔓を放して目の前に着地した。
「お前、迷子か?」
そう訊ねるのは、たった今目の前に降りてきた13歳くらいの金髪ポニーテールの少女だ。
「誰お前?」
心はそう口にして疑問符を浮かべた。
少女は心の問いに答える。
「私は三千院 奈瑠。お前は誰だ?」
「執事だ」
「それは名詞だ。私はお前の姓名を訊いているのだ」
「綾崎 心。三千院家で執事のアルバイトをやってる」
「そうか。で、迷子なのか?」
「ああ、迷子だ。つーかお前、三千院って言ったな。と言う事は、此処の敷地には詳しいのか?」
「ああ、少しはな」
「屋敷まで案内してくれないか?」
「土下座でお願いしますって言ったら案内してやる」
「…………」
心は言葉を失う。
「どうした。出来ないのか?」
(こ、この私が、年下に土下座だと!? そんな事出来る訳が無い! 此処は年上の私が偉いと言う事を証明してやれねば!)
心は奈瑠に近付き、頭を小突いた。
「いたっ! 何をする!?」
奈瑠は涙を浮かべながらそう言った。
「こんなのが痛いのか。弱虫だな」
「弱虫言うな!」
奈瑠は心の腹に跳び蹴りを放った。
「うっ!」
心は激痛に呻き声を上げ、腹を押さえて蹲った。
「てめ……子どもが生めなくなったらどうしてくれるんだ……?」
と顔を引き攣らせて言う心。
「そんなの私の知った事か。それより屋敷に案内して欲しかったら土下座しろ」
(くっ、するしかないのか……。仕方ない。此処は素直に土下座して、屋敷に着いた瞬間ボコす!)
心はそう決めると、徐に土下座をした。
「屋敷に案内して下さい!」
「良いだろ。付いて来い」
奈瑠はそう言って屋敷に向かって歩き出した。
心は立ち上がり、その後を追う。
そして森を抜け、屋敷に着くと、奈瑠が「着いたぞ」と言った。
「おう、有り難う、な!」
心がそう言って奈瑠の頬をぶん殴ろうとすると、猫が慌ててやって来て心の顔に飛び付き、爪を立てて引っ掻いた。
「ぎゃあああああ!」
顔中を傷だらけにされた心は叫び声を上げてその場に倒れた。
「助かったぞ、白野威」
奈瑠はそう言って猫の頭を撫でてやった。
それと同時に騒ぎを聞きつけたメイドのマリアが屋敷内から姿を現し、心の無惨な姿を確認した。
「奈瑠、これは一体何があったのかしら」
「あ、聴いてくれマリア! この女が私を殴ろうとしたのを、白野威が助けてくれたんだ!」
「はあ」
マリアは奈瑠を見るとそう返事して心に向き直った。
「心さん、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか」
「全く。駄目ですよ、直ぐに暴力振っちゃ」
「このクソ生意気なガキが私に土下座をさせたんだ! 屈辱的な事この上無かったんだぞ!?」
心は起き上がり様に奈瑠を指差してそう言った。
「執事ならそれぐらい我慢しなさい。それより傷の手当てしますから、私の部屋に来て下さい」
「否、結構だ」
「でもそのままでは黴菌が入ってしまうので、せめて消毒だけでも」
「必要無い」
「そうですか。何が遭っても知りませんよ?」
マリアはそう言うと、屋敷の中へ入って行った。
それと同時に心が立ち上がり、後を追うように屋敷内に入る。
「よう、心」
と二足歩行したタマが現れて声を掛けてきた。
「うわっ、虎が二足歩行すんな! 驚くだろ!?」
と驚き飛び退く心。
「別に良いだろ。二人だけなんだから。てかその顔どうしたんだ?」
「ああ、これか? これは先刻、外で白野威とか言う猫に引っ掻かれたんだ」
「何!? オレの心ちゃんに傷を付けるとは……。白野威め、許してはおけん!」
タマが炎に包まれた。
「お前燃えてるよ!」
「安心しろ。ただの幻覚だ」
そう言うと、タマを包んでいた炎が消えた。
「何だ、幻覚か。て言うかお前、怖いからもう来んな」
すると突然、タマが跳んで心を押し倒し、上に乗し掛かった。
「殴るぞ?」
「やってみろ」
心はタマにグーで殴り掛かる。が、既の所でそれは留まる。
「殴れない。私には殴れない」
「ふっ。それでは執事は勤まらんな」
「何とでも言え。あ、そうだ」
「どうした?」
「先刻、森の中で雌虎を見たぞ」
「何!? こうしてはおれん!」
タマはそう言うと慌てて屋敷を出ていった。
心は「ふう」と安堵の溜め息を吐いた。
(助かった。けどどうしょう。嘘を吐いてしまった。屹度、後で大変な目に遭うだろうな)
そう思うと、心は「はあ」と溜め息を吐いた。
その瞬間、タマが再び現れた。
「てめえ騙したな!?」
「うわぁっ!」
心は慌てて立ち上がり、階段を上って上に移動した。
するとタマが追い掛けてきて心を壁まで追い詰める。
「よせタマ!」
「嫌だね!」
「ごめんよタマ! 嘘吐いた事は謝る! だからよせ!」
「反省してるなら俺の子を生め」
「それは却下! 私は人間だ! 人間は人間の子しか生まないんだ!」
「そうか。なら無理にでも──」
タマがそう言い掛けた刹那、小刀形の手裏剣が飛来して壁に突き刺さった。
「誰だ!?」
タマが後ろを振り返ると、シャンデリアに水色の髪をした二十歳くらいの青年がぶら下がっていた。
「タマ、僕の娘に変な事したら許さないからな」
「なっ、貴様は借金執事! 死んだと聞かされたが生きてたのか!?」
「否、死んだよ。死んだけど、訳ありで降りて来たんだ」
「訳あり?」
「別にお前が知る必要無いだろ」
「けっ、そうかよ」
タマはそう言うと去っていった。
青年はシャンデリアから手を放して床に着地し、階段を上って心の下に来て手裏剣を取ると言った。
「怪我は無いかい?」
すると心は青年に抱き付いて泣き出してしまった。
「よしよし、もう大丈夫だぞ」
青年はそう言うと、手裏剣を仕舞って心を抱き締めた。
「それはそうと、大きくなったな。ママにそっくりだ」
もうお分かりであろう。この青年は言うまでもなく、綾崎 颯である。
何故に現世に居るのかと言うと、今日は3月3日。ヒナギクの誕生日であり、彼女を祝う為に降りてきたのだ。
「さてと。それじゃあパパは家に居るから、仕事頑張るんだぞ」
ハヤテはそう言うと心を解放し、踵を返して階段を降り、屋敷を出ていった。
午後7時。
執事のバイトを終えた心は、自宅へと帰宅した。
「ただいま」
そう言うと、いつもよりテンションの高いヒナギクが「おかえり」と笑顔で出迎えた。
「テンション高えな。何かあったのか?」
「何って、久しぶりにパパが帰ってきたのよ。こんなに嬉しいことは他には無いわよ」
そう言ってヒナギクはリビングへと入っていく。
心は靴を脱ぎ、リビングへと移動した。
「おかえり」
ハヤテが心に笑顔で言う。
「ただいま。そしておかえり、パパ」
「ただいま。執事の仕事どうだった?」
「一寸聞いてよパパ」
心がそう言ってハヤテの横に座り、屋敷で遭った事を話そうとすると、ヒナギクが割り込んできた。
「心、その顔の傷は何?」
「気付くの遅いよ! って、そんな突っ込みは無視して、これは屋敷で白野威とか言う猫に引っ掻かれて出来た傷だ」
「そう。じゃあ手当てしないとね」
ヒナギクはそう言うと救急箱を用意し、マキ○ンと書かれた消毒液を取り出した。
「良いよそんなの」
「駄目よ、ちゃんとしなくちゃ」
心は立ち上がりつつ後方へゆっくり下がり始めた。
「ハヤテくん、心の事捕まえててくれる?」
「解りました」
ハヤテはそう言って一瞬で心の背後に回り羽交い締めにした。
「ちょっ、放して!」
「心、傷はちゃんと消毒しなきゃ駄目じゃないか。何で嫌がるんだ?」
「だって染みるんだもん」
そう言ってる間に、ヒナギクの魔の手が心に迫る。
「来んなっ、あっち行け!」
「心、良い子だから静かにしてね」
「私は悪い子だ!」
心はそう言うとヒナギクが持っていたマキ○ンを蹴り上げた。が、直ぐにヒナギクが反対の手で掴む。
(こっ、このままでは拙い! 何か策は無いか!?)
とその時、心は後方へ引っ張られて倒れ、ハヤテに両足を固定された。
「ちょっ、卑怯じゃないかこれ!?」
「あなたが暴れるからよ」
ヒナギクはそう言ってチリガミを取り、マキ○ンを心の傷に垂らす。
「ぎゃああああ!」
心は激痛に叫んで涙した。
ヒナギクはそんな心を見て肩を竦める。
「この娘、いつもこうなのよ? 何とかならないかしらね」
「丸で高所恐怖症のヒナギクさんみたいですね」
「いつまでも高所恐怖症じゃないわよ」
「克服したんですか?」
「したわ。心が生まれて直ぐ」
「そうですか。って、逃げられた!」
ハヤテとヒナギクは部屋の隅っこを見た。
すると心がそこで小さくなっていた。
「子どもですね」
二人はそんな心を見ながらクスクスと笑った。
「あそこまで嫌がると、少し異常ですよね」
とそこに現れたのは和服姿の女性、鷺ノ宮 伊澄。
「ハヤテ様、お迎え上がりました」
「え、もうそんな時間ですか?」
その問いに伊澄は時計を指差した。
時刻は午後8時を回っている。
「あ、本当だ。ではヒナギクさん、僕はこれで逝きます」
ハヤテはそう言って立ち上がる。
「もう逝っちゃうの? 未だケーキ食べてないのに」
「それは後でお墓に持ってきて下さい」
「解った。次はいつ来るのかしら?」
「判りません。今、あの世で神様の執事やってるんですよ。それが忙しくてなかなか休みが取れないんです」
「あなた死んでも執事続けてんの?」
「はい、それが僕の生き甲斐ですから」
「もう死んでるでしょ?」
「そうでしたね。それじゃあ」
ハヤテはそう言ってヒナギクの唇に自分のそれを重ねると、伊澄と共に去っていった。
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