第12話:ヒナギクのお迎え
練馬に広大な敷地を持つ小中高一貫式の白皇学院。心は現在、此処に籍を入れて通っている。最初は潮見に籍を置くつもりだったが、ヒナギクがそれをさせなかった。
そんな心が朝、ヒナギクと一緒に校門に来ると、小学生くらいの黄色いツインテール少女を連れたハヤテと出会った。
「おはよう御座います、ヒナギクさん」ハヤテが微笑みながらそう挨拶した。
「おはよう、ハヤテくん」とヒナギクも微笑みながら挨拶を交わす。そのついでに「ナギもおはよう」と少女の方を向いて言う。
「ヒナギク、"も"とは何だ、"も"とは? 人をおまけみたいに言うな」
ゴチン!
突如、少女の頭に拳骨が飛来した。
「ヒナギクさんだ。年上を呼び捨てすんじゃねえよチビ」
そう言ったのは心である。チビは頭のたんこぶを押さえながら涙を流して彼女を見上げた。
「誰だ貴様!?」
「何故お前に教えにゃならんのだ? つーか人に名を訊く時は先ず自分から名乗るもんだろ。常識だ。そんな事も出来ないのか、お前は?」
少女は心を睨みながら「三千院 凪だ」と答えた。
「そうか。私はあや」
そう言い掛けた所で、ヒナギクが耳を引っ張って囁いた。
「(綾崎は拙いわよ。桂にしなさい)」
「(どうして?)」
「(問答無用。解った?)」
「ちっ」
心は舌打ちをするとナギの方を見た。
「桂 心だ」
「桂? ヒナギクと同じ姓ではないか」
そこでまたヒナギクが心の耳を引っ張る。
「(双子って事でお願い)」
「(何で?)」
「(良いから言う通りにしなさい)」
「(しゃーねーな)」
心はナギに向き直った。
「実は私たち、双子なんだ」
「そうなのか?」
とナギがヒナギクを見る。
「一寸待って下さい」とハヤテ。
「どうした?」
ナギがハヤテを見る。
「その人、あや」
そう言い掛けた所でヒナギクが慌ててハヤテの口を塞いで顔を近付けた。
顔面には<お願い、空気読んで>と書いてある。
ハヤテは頷くと「な、何でもありません、お嬢様」と言った。
「何だ、おかしな奴だな。それより行くぞ、ハヤテ」
ナギはそう言って校門を潜って行った。
「ふう」と安堵の溜め息を吐くヒナギク。
「あの、ヒナギクさん。どうして偽名なんです?」
「ナギの前で私たちの娘だって言える?」
ハヤテは少し考えて「無理です」と答えた。
「でしょ? 解ったら私に合わせて」
「解りました」
「おーい、ハヤテー!」
とナギが校門の向こうで叫んだ。
「それじゃあ先に行ってます」
ハヤテはそう言うと慌てて校門を潜って行った。
ヒナギクは心の方を向くと言った。
「心、あなたはこれから白皇に居る間は娘じゃなくて双子の妹だからね」
「妹?」
「妹じゃ不満かしら?」
「不満……かな」
「あなた、誕生日いつよ?」
「11月11日」
「歳は?」
「16。次の誕生日で17」
ヒナギクはドーンっと音を立てて四つん這いになった。
「敗けたわ」
「何が?」
「歳よ。私は3月3日生まれ。どう見てもあなたのが先よ」
「はいはい。けど、生まれた年は違う。お袋は平成元年、私は平成22年」
「だからお袋は辞めてって言ってるでしょ?」
「俎板」
「殴るわよ?」
「殴れるもんならな」
心がそう言うと、ヒナギクが立ち上がって拳を放ったが、しかし、攻撃は既の所でかわされ空を切った。
「遊んでないで行くぞ」と心は校門を潜る。
「ちょっ、待ちなさいよ!」と後を追い掛けるヒナギク。
「嫌なこった」と走り出す心だが……。
ズザー!
何者かに足払いを掛けられ躓いて転び地面を滑った。
「おっと悪い。つい足が滑っちまったぜ」
「何すんだてめえ!?」
心は立ち上がり様に声の主に振り向いた。その先には正太郎に似た少年が立っていた。
「正太郎?」と疑問符を浮かべる心。
「僕は東宮 康太郎だ。正太郎なんて知らないな。つーかお前誰だ?桂さんみたいな格好しやがって」
その言葉にヒナギクが答える。
「私の双子の姉よ」
康太郎は振り向き「あ、桂さん。え、双子?」と二人を交互に見る。二人はほぼ同時に頷いてみせた。
「桂さんって双子だったの?」
と疑問の表情を浮かべる康太郎に二人は再度頷く。
康太郎は心に近付くと、申し訳なさそうな顔で「先刻はゴメン」と言った。
「ゴメンで済むかっつーの」
心はそう言って手の平を見せた。
血だらけになっていた。
「あら、怪我したの? それじゃあ手当しないとね」
ヒナギクはそう言って懐からマキ○ンを取り出した。
心はそれを見ると恐怖で鳥肌を立てた。
「い、良い……」
「何言ってんのよ。ちゃんと消毒しないと黴菌入るわよ」
「だから良いって言ってるだろ」
心はそう言って去ろうとするが、咄嗟にヒナギクに腕を掴まれてしまった。
「何で逃げるのよ?」
「放して!」
心はヒナギクの腕を振り払って駆け出した。
「待ちなさい!」と後を追うヒナギク。
「うわっ、来んなよ!」
「そうはいかないわよ!」
「誰か私を助けてー!」
心は涙目になりながらそう叫んだ。
するとどこからともなく、と言うか茂みからクラウスが現れヒナギクの前に立ちはだかった。
「まあ待ちたまえ」
クラウスさん──と立ち止まるヒナギク。
「って、何か以前より老けてない?」
「む……それは気のせいだ」
それよりも──とクラウスは心の方を向いた。その先では彼女が呆気に取られて佇んでいる。
「何で……どうしてクラウスさんが居んの?」
「それは迎えに来たからに決まっているだろう。お母さんも一緒だ」
クラウスがそう言うと、背後でヒナギクが倒れた。
「お袋!?」
心は慌てて駆け寄った。
「しっかりしろ、お袋!」としゃがんで仰向けにして抱き起こす。
するとヒナギクは薄目を開けた。
「迎えに来たわよ、心」
「は?」
心は目を点にした。
「迎えに来たって言ったのよ。全く、親に心配掛けさせちゃ駄目じゃない」
「あの、言ってる事がよく……」
「あ、そうだったわね。説明するわ。実はね──」
とヒナギクは話しを始めた。
それは、心が元居た世界での出来事である。
彼女が消えた後、夏澄がその場で霊視をし、空間に異世界へ通じる穴を見付けた。その後、夏澄は綾崎家を探してそこに向かい、白皇の旧校舎で遭った事をヒナギクに伝えた。ヒナギクは心のバイト先である三千院家にその事を連絡し、クラウスと共にこちらの世界にやって来たのだ。最初は、クラウスでは無く、マリアと行く予定だったが、クラウスが『私が行く』と駄々をこねた為、結局マリアが残る事になったのだ。
「──と言う訳なのよ」
「へえ。けど何でその体なの?」
「それは精神だけこっちに来たから。同じ人物が二人も居ちゃややこしいでしょ?」
「確かに」
「だから夏澄ちゃんに頼んで精神だけを送って貰ったのよ。そしたらこっちの世界に居る私の体に入っちゃったって訳。まあそう言う訳だから、これから旧校舎に行くわよ」
「旧校舎?どうして」
「元の世界に帰る道がそこに在るからよ」
「マジで?それじゃあ早く行こう!」
心はヒナギクを放すとすっくと立ち上がって旧校舎に向かった。
|